桐之院家の日誌

斉凛

文字の大きさ
3 / 12

●三ペエジ

しおりを挟む
 その日は小春日和ともいえる暖かな日だった。風もなく日当りの良い場所なら、外でも暖かい。寒い冬がやってくる前の、最後の穏やかな陽気だった。

「旦那様。今日は暖かいですし、たまには庭でお茶を召し上がりますか?」

 旦那様の顔をしっかり見て、私は言った。この所仕事が忙しいのか、夜遅くまで書斎で書き物をされていて、お疲れのように見えたから。少しでも気晴らしになればと思って。
 しかし旦那様は首を横に振った。

「私は太陽の日差しが嫌いだ。私から生気を奪っていくようで、忌々しい」

 その言葉を聞いて、ふいに御坊ちゃまの冗談を思い出した。太陽の光が嫌いな吸血鬼。その姿と旦那様が被って見えたのだ。

「美佐。何かあったのか?」

 言われてどきりとした。御坊ちゃまとのあの時の会話も日誌に書いたし、それを旦那様にも見せた。告げ口のようで御坊ちゃまに申し訳ないのだが、それが私の仕事だから仕方が無い。
 旦那様の静かな瞳に、じっと見つめられると、嘘も隠し事もできなかった。恐る恐る……と重い口を開く。

「御坊ちゃまが言っていた、吸血鬼の話を、思い出してしまって……」

 旦那様を吸血鬼のようだと思ったなどと、気を悪くされないだろうかと怯えたが、旦那様は微動だにせずにあっさりと言い放った。

「なんだ。その事か。安心しなさい、美佐。私は吸血鬼だが、お前の血を吸う事は無い」

 思わず驚きの声をあげそうになって、慌てて手で口を塞いだ。
 今まで旦那様の冗談を聞いた事も無いし、冗談を言ってるようにも見えない。
 私が驚くさまを見て、旦那様は眉をひそめ、眼鏡のつるを押し上げる。

「善吉から聞いているかと思っていたが。知らなかったのか?」

 祖父はそんな話を一度としてしなかった。こくりと頷くと、旦那様は、ほう……と溜息をひとつ零した。

「吸血鬼といっても、私の祖母がその家系であったというだけで、非常に血は薄い。だから日の光を浴びても死ぬ事は無いし、大蒜も十字架も嫌いだが、特に問題は無い」

 開いていた帳面をぱたりと閉じ、机の上に両肘をつき、手を組んでその上に顎を乗せる。私の顔をじっと見た。
 旦那様は興味が無いときは、まったく話を聞かないが、何かを話すときは、相手の顔をいつもじっと見ている。いつも通りの旦那様だからこそ、違和感しかなかった。

「摂取しなければいけない血の量も少ない。それも大替品があるし、二十年以上、生きた人間に噛み付いて、血を吸っていない。だから安心しなさい」

 二度目の安心しなさいという言葉だったが、安心できるわけがない。
 二十年以上吸ってないというが、逆に言えば以前は生きた人間に噛み付いて吸っていた。旦那様が化物だという話になる。
 私が動揺から立ち直れないから、何を言っても無駄だと思ったのか、旦那様はこめかみをひくひくと引きつらせ、重々しく告げた。

「美佐。下がりなさい。夕食の時間まで休んでいて良い」

 その言葉に縋るように私は部屋を飛び出した。



 その日の夕食も、いつものように旦那様は食後のデザートを食べた。思い返して見ると、毎食だされるデザートの種類は色々だが、どれも赤みを帯びていた。

「今日もバタークリームに混ぜたのか。乳臭さでごまかしても、元の臭みは消えない」
「申し訳ございません、旦那様。近頃質の良い材料が手に入りませんので」

 寺田さんは申し訳なさそうに頭を下げた。『材料』が何を意味するのかやっとわかった。人間の血液だ。旦那様は甘味好きなのではなく、血の味を楽しんでいたのだと、その時やっとわかった。
 問題はその『材料』をどうやって手に入れたのか。まさか人を殺して……そう考えただけで、血の気が引きそうでガタガタと震えた。

「美佐。大丈夫か?」

 御坊ちゃまが私を気遣うように、そっと声をかけてくださった。いつもは悪戯っ子のように笑っているのに、今日は珍しく真剣な顔。本気で私を心配してくださっているのだろう。

「美佐は私が吸血鬼だと知らなかったそうだ」

 旦那様がそう言うと、御坊ちゃまはとても痛まし気に私を見つめた。

「美佐。前に揶揄って悪かったね。怖がらなくても大丈夫だよ。父上は人を殺したり、酷いことはしない。……売血行為は褒められたことではないが、それでも誰も傷つくことではないし、気に病むことはない」
「売血……行為?」

 聞き慣れない単語に戸惑うと、御坊ちゃまは丁寧に説明してくれた。
 自分の身体以外に財産を持たない貧しい人々がいる。彼らは生きる上で問題ない程度に血を抜かれ、その報酬として金をもらって、日々を生き抜く。
 まだ研究中であるが、輸血という医療行為があって、その実験の為にそうやって血を集めているのだとか。

「研究に使うはずの血液を、密かに横流ししてもらっている。違法ではあるが、報酬は支払っている。私の支払った金で、貧しいもの達が生きていけるのであるし、誰も困らないのだから問題ない」

 旦那様はそう言った。売血という自分の身を切り売りし、生きる人がいる事も知らなかったし、それを裏取引で売り買いするというのがおぞましい。
 祖父が言っていた、桐之院家の闇とはこの事かと気づいて、目眩がしそうだ。

 ーーこの時の私は、さらに深い闇が、この家に存在する事を知らなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中

桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。 やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。 「助けなんていらないわよ?」 は? しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。 「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。 彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。

処理中です...