図書館から異世界へ1(第一部)

えりー

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図書館から異世界へ

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「もうすぐ迎えに行くから、待っていて」
(またこの声。いつも突然聞こえる声にもう驚くことができないくらい慣れている)
(もうすぐっていつ?迎えに来るって・・・なぜ?あなたは誰?)
待っていた藤野綾香ふじのあやかは期待にも似た気持ちでー・・・

「おはよう、綾香」
突然声をかけられ綾香は驚いた。
「お、おはよう」
戸惑いながらも返事を返すことができた。彼女は同じクラスの河原実樹かわはらみき
「どうしたの?ぼんやりして、大丈夫?」
実樹は心配そうに綾香の顔を覗き込んできた。どうやら長い間ぼんやりしていたようだ。
「うん、大丈夫。何でもないよ。」
自分を呼ぶ不思議な声を聴いているなんておかしをなこと言ってしまったら妄想癖があると思われかねない。
今は登校途中。急がないと遅刻してしまう。
「急ごう」
心配そうな実樹の肩をポンとたたいて足早に歩みを進めた。
何とかホームルームには間に合った。
「はぁ、ぎりぎりセーフ」
ため息をつきながら間に合ったことに安堵した。
(今日の最初の授業は自由授業だったな。図書館に行かなくちゃ。)
(うれしいな、一時間だけだけど朝から好きな本が読める。)
綾香の学校には週に一度だけ自由授業というものがある。体育、家庭科、図書、美術の4つから好きな授業を選べる選択授業が取り入れられていた。
もともと読書が好きな綾香は迷うことなく図書を選んだ。
図書館に入ると本独特の香りが広がっている。この香りをかぐと気持ちが高揚してくる。
「今日は何の本にしようかな。心理学、宗教、神話、この辺は大体読んでしまったし」
どの本を読むか真剣に悩んでいるとバサッと本が落ちる音がした。
「ひゃ!」
辺りを見回してみるが人はいない。
「どこかで本が落ちたのかな?」
綾香は本を探すことにした。
「ないなぁ・・・」
しかし床をどんなに探してもどこにも本は落ちていない。
「おかしいなぁ」
書庫を出て本が落ちた音がしたほうへ綾香は歩き出した。
「ここの図書館はこんなに廊下が長かったかな?」
綾香の通っている学校は特別広い図書館を所有している。でもほとんど本で埋まってしまっているからこんなに長い廊下というのは存在しないはず。
不思議に思いながらも長い廊下を進み続けると見たことのない扉が現れた。
昔の蔵に用いられてたような頑丈で立派な鉄の開き戸。
「何、この扉」
(おかしい、絶対におかしい。こんな扉今まで一度も見たことがない。
綾香は読書が好きなので休み時間も図書館で過ごすことが多かった。
立ち入り禁止になっている持ち出し禁止の本がある部屋はどこにでもある平凡なドアでいつも司書の先生が管理している。
立ち入り禁止になっている部屋には入ったことはないが今自分がいるところとは無関係だろう。
綾香は恐る恐るその戸を押してみた。鉄製なので重いと思っていたが簡単に開いてしまった。
「!」
その瞬間強い光に体が包まれ、ふわり浮いた。そうして扉の中に吸い込まれてしまった。
「きゃぁ!なにこれ、どういうこと!?」
ぎゃあぎゃあ騒いでいると”声”がした。
「そんなに騒がなくても大丈夫だ」
聞きなれた声ー・・・そう、あの声だ。綾香を呼んでいた声。
その声を聴いて少し冷静になった綾香は声の主を確認した。
「だれ?」
綾香の瞳に映ったのはとてもきれいな青年だった。
「迎えに来た」
長身で黒髪、美しい青い瞳を持つそのひとは言った。
身につけているものは着物・・・だろうか?
和装にも中国の衣装にも似ていた。初めて見る衣装だった。
「なんだ?じっと見て」
観察するように見ていた綾香に気づき彼は話しかけてきた。その声で綾香は我に返ることができた。
「あなた、誰なの?ここは何?それに迎えに来たってどういうこと?」
聞きたいことがあふれてくる。まばゆい光の洪水の中にいるのだ。誰だってパニック状態になるというものだ。
「とりあえず落ち着いてから説明する」
めんどくさそうにそう言い綾香を抱きかかえてきた。いわゆるお姫様抱っこという奴だ。
「何!?降ろしてよ!」
慌てる綾香を面白そうに見下ろして彼は低く嗤った。
「降ろしてもいいが、俺とはぐれたら一生この空間を彷徨うことになるぞ?」
「この空間というのはこのまばゆい光の空間のことだ。」
(冗談じゃない!)
そう思い綾香は青年の服をつかんだ。決してお姫様だっこという恥ずかしい状態を許したわけではない。
「それでいい」
彼は笑いをこらえている。何がそんなにおかしいのか。
(嫌な奴・・・)
やがて光の中に景色が見えてきた。肥沃な大地が広がっている。都や集落らしきものが見える。
「ここは?」
「俺の治める国だ」
青年は短く答えた。その表情はどこか悲しげだった。
何が何だかわからないでぼんやりしてる間に広い部屋に連れてこられた。促されるままに椅子に腰を下ろした。
 ふぅーっと深呼吸してなるべく冷静に話ができるように綾香は頭の中を整理した。
 (愁宋はこの国の王様で、私を正妃として迎えたいと・・・)
 「ねぇ、どうして私なの?他にもそういう相手がいるんじゃないの?」
 綾香が読んできた小説は王族は一夫多妻制だったり、皇族、貴族や身分の高い家の娘を妃にするストーリーが多かった。
 「ずっと好きだったんだ。お前に一目ぼれしたんだ」
 愁宋は淡々とした口調で答えたがだんだん顔が赤くなっていっている。照れているようだ。
 「・・・」
 綾香は呆然とした。今まで異性から告白なんてされたこともなく日々楽しく本を読んで過ごしてきたので恋愛方面は経験がないし興味もなかった。
 「・・・」
 何か言わなければと考えるが口がパクパク動いてしまうだけだった。
 いきなり現れた美青年が自分に一目ぼれしてずっと盗み見ていたうえ、正妃にしたいので迎えに来たのだという。
 (ストーカーが自分を拉致したとも考えていいかもしれない)
 こんなこと現実にあるはずない。
 これは夢を見ているのではないのだろうか。
 そう思い目の前にいる愁宋に背を向けながら
 「わかった!これは夢なのよ。最近ファンタジー小説にはまっていたから、こんなおかしな夢をみているのよ。・・・そうとしか思えない!」
 そう一息に言うと綾香は自分の頬をぎゅうぅぅとつねった。
 「あれ!いたっ、痛い」
 夢だと思て思い切り力いっぱいつねったのでかなりの痛みを受けてしまった。
 「何をやっているんだ?痛いだろうに」
 いつの間にか愁宋は目の前にいた。きれいな黒髪が目の前で揺れ、青い瞳が綾香を捉えた。
 「気でも違えたのか?」
 そんなことを言いながら赤くなった綾香の頬にそっと口づけした。
 綾香はドンッと愁宋を押して勢いよく後ずさった。
 「正気よ!正気だから現実に戻ろうとしたんじゃない!」
 口づけされたところをごしごし拭いながら綾香は愁宋に怒鳴っていた。
 静かな室内に結構響いた。
 「?言っていることがよくわからないんだが、これは現実だぞ?」
 愁宋は小首をかしげながら心底不思議そうに綾香に言った。
 「だって、おかしいわよ。私はさっきまで学校の図書館にいたのよ?それとも何?ここが異世界だとでもいうの?」
 「ああ、お前からすると異世界だろうな。」
 愁宋は軽くうなずいて見せた。
 確かに綾香のいた世界とは違う。それはわかっている。
 だけどそれを簡単に認めるのは難しい。
 「本当にここは異世界なの?」
 愁宋の言っていることが本当ならわたしは大変なことに巻き込まれている。
 こうしている間にも元の世界の時間も進んでいるに違いない。当然クラスメイトも先生も自分のことを探しているはずだ。
 「はやく帰らなくちゃ・・・」
 綾香は部屋の入口のほうへ足を向けた。
 綾香の後ろから怖いくらい優しい声がした。
 「どうやって?」
 愁宋は綾香の腕をつかみ自分のほうへと引き寄せた。
 「どうやって帰るつもりなんだ?もうあの道は閉じた。あれを開けることができるのは俺だけだ」
 自然と後ろから抱きしめられる形になった。
 綾香は振り返り愁宋を見上げた。彼の表情は笑っているがどこか寂しそうにも見える。
 (この表情・・・さっきも見たわ。)
 「やっと迎えに行けたのにどうして帰るなんて言うんだ?」
 「わ、私の居場所はここじゃないわ」
 愁宋の迫力に押されながらも綾香は反論した。
 背筋がひんやりして冷たい汗が流れていくのを感じた。
 綾香は自分がおびえていることに気がついた。
 しかしこのまま流されるのだけは避けなくてはいけない。
 流されてしまえばもう二度と元の世界には帰れない。
 「さっきから聞いていれば勝手なことばかり言って!私の気持ちなんてどうでもいいのね!?」
 綾香は愁宋を睨み付けた。
 「どうでもいいなんて思っていない。婚礼だってすぐにあげるつもりはない」
 「じゃあ何だっていうのよ。それに私はあなたのこと好きじゃないし、結婚なんてする気はないわ!」
 ギリっと愁宋の腕に力が入った。
 「っ!」
 痛さで顔が歪んだ。でも綾香はひるまなかった。しばらく愁宋と綾香は睨み合った。
 先に目をそらしたのは愁宋だった。
 腕に込めた力を緩め、愁宋はこう言った。
 「いいだろう。では、俺と取引しよう」
 「取引?」
 「ああ、一か月ここに滞在してもって俺のことを好きになってもらう、もし好きになれなかった場合俺はお前のことを諦めて元の世界に帰そう。どうだ?」
 一か月・・・。
 おそらく、彼にとって一番の妥協案だろう。
 雰囲気から察するところこれを承諾しなかったら綾香を閉じ込めて、無理やり婚礼を行いかねない。
 「いいわ、取引しましょう」
 綾香はしぶしぶ承諾した。
 「では、取引成立だな。」
言いながら愁宋は綾香の頬に再度口づけを落とした。
 「なっ、いきなり何するのよ!びっくりするじゃない」
 心臓の高鳴りを悟られないように愁宋の腕を振り払った。
 「頬に口づけしただけなんだが・・・?」
 「私の世界ではこんなことは親密な人にだけするものよ!気軽にするものじゃないの!」
 心臓の音は隠せても綾香の顔は真っ赤になっていた。動揺しているのがどうしても伝わってしまった。
 「この国でもそうだ。好きになってもらうためにこのくらいはさせてもらわないと意識してもらえないだろう?」
 綾香は顔をふいっとそらした。恥ずかしくて愁宋を直視できなくなった。
 「意識したからって必ずしも好きになるってわけじゃないと思うけど」
 愁宋は腕を組んで考えてから不穏な笑みを浮かべた。
 「では、色々試させてもらうとしようか」
 会話が終わったのを見計らってか使用人の一人が愁宋のもとへやってきた。
 「愁宋様」
 そういうと愁宋の足元に跪き顔を伏せる姿勢をとった。
 「何だ、入室を許した覚えはないが・・・?」
 急に凛とした空気が張り詰めた。愁宋は王としての威厳を持っているようだ。
 今日、初めて会った綾香にもわかるほど強い何かを感じる。
 「申し訳ありません。北地区で少々怪しい動きがあると通達がありましたので早急にお知らせに上がりました。」
 はぁっと愁宋がため息をつき口を開いた。
 「軍事責任者を呼んで来い、すぐ執務室へ向かう」
 「はっ、仰せのままに」
 その人物は慌てた様子で部屋から出ていった。
 「綾香、俺は今から仕事に行かなければならない。この部屋はお前の為に用意した部屋だ。好きに使うといい」
 「えっ、はい」
 あっけにとられ、使用人とのやり取りをみていた綾香は我に返った。
 「何か不自由なことがあればこれを使って人を呼ぶといい」
 愁宋は綾香の手を取りそっと掌に乗るほどの鈴を渡した。
 その鈴は凝った細工でとてもきれいな音色だった。
 「これは?」
 「呼び鈴だ、鳴らせば使用人が来てくれる。俺はもう行く」
 そういうと踵をかえし部屋から出て行ってしまった。
 あとに残されたのは立ち尽した綾香と、小さく心細げに”ちりん”となる鈴だけだった。

 そんな経緯で綾香は一か月このよくわからない世界に留まらなくてはならなくなった。
 (なるべく元の世界のことは考えないようにしよう)
 考えれば考えるほど不安になるから。
 とりあえず愁宋のことを好きにならないようにしよう。
 (今の私にできることはそれくらいだから)
 テーブルに突っ伏しため息をついていると扉越しに人の気配を感じた。
 「誰かいるの?」
 顔を上げて扉のほうに向かい声をかけた。
 「あっあの失礼します!」
 ぎいっと扉が開き12歳くらいの女の子が入ってきた。
 不安そうな表情で綾香のほうをじっと見ている。
 「あの、わたし沙希さきといいます。綾香様のお世話をするように命じられてきました」
 かしこまった口調ではあるが幼さが残る話し方だ。
 (か、可愛い)
 子供が好きな綾香は自分の状況を忘れて沙希と名乗った少女に釘付けになってしまった。
 沙希は色の白い小柄な女の子だった。髪を両方に分けて結んでいる。
 身につけているものは中国の女官を思わせるような衣装だった。民族衣装なのだろうか。愁宋も同じような衣装だった。
 「沙希ちゃんって呼んでもいい?かわいい名前ね」
 名前を誉められた沙希は顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしている。
 「私の世話って・・・愁宋が沙希ちゃんに命じたの?」
 「はい、愁宋様が綾香様は呼び鈴を使わないと思うからお側についておいてくれっと」
 確かに綾香は呼び鈴を使う気になれなかった。自分のことは自分でして育ったのだから誰かに頼むのはいやだった。
 (どうしてわかったのかしら)
 複雑な気分だった。好きになってはいけない相手からの心配り。
 綾香は自分に再度言い聞かせた
 (好きになんてならないんだから)
 綾香は気持ちを切り替えて頭を左右に振った。
愁宋には聞きにくいから色々沙希ちゃんに聞いてみよう。
「沙希ちゃん、ここはどんな国?私はほかの国から来たの。だから色々教えてくれないかな?」
「はい!私にできることなら喜んで。何でも聞いてください!」
使命感に燃える沙希を見て心が温かくなった。
(まず聞きたいことはー・・・)
「沙希ちゃん、お手洗いはどこにあるのかな?」
これだけはきちんと聞いておかないといけない。どんな環境でも生理的な現象は起こるのだから。
お手洗いから戻ってきた綾香は驚いた。ベッドの上に広げられている衣装と美しい宝石の数に。
「沙希ちゃん!これは?」
「愁宋様からの贈り物です」
沙希は次から次へと荷物を運びこんでいた。
綾香が部屋を出てそんなに時間は経っていないはずなのに・・・。結構仕事ができるこのようだ。
愁宋からの贈り物はどの品も高級品だと綾香にも分かった。
綾香はため息をついて簪を手に取った。その簪もきらきらと光り輝いていた。
「困るわ」
「え?なぜです?」
綾香が喜ぶと思っていた沙希は戸惑った。女性なら美しい装いをして高価な宝石でその身を飾りたいと思っていたからだ。もちろん、王からの贈り物なのだから絶対に喜ぶと確信していた。それなのに、綾香はこんなものいらないとでもいうような表情を浮かべていた。
綾香も女だ。
これが元の世界なら珍しい衣装にきれいな宝石を見たら喜んだかもしれない。
しかし、今はとても喜べる状態ではなかった。
なぜなら、取引の最中なのだから。
(甘い誘惑、これはきっと罠だ)
「ねぇ、沙希ちゃんお願いがあるんだけどいいかな?」
「はい、何なりとお申し付けください」
罠にはまらないように綾香も考えて動かなくてはならない。
綾香の”お願い”に沙希は一瞬躊躇ったが了承してくれた。

あたりが暗くなりはじめ鈴虫が泣き始めるころ愁宋が綾香の部屋を訪ねてきた。
綾香を見るなり笑い始めた。
「何がおかしいのよ?」
愁宋はくっくっくっと笑いをかみ殺している。
遠くから沙希がその様子を不安そうに見ている。
「いや、簡単にはいかないようだと思ってな。何が気に入らなかった?どれも高級品ばかりだったのに」
「いいえ、気に入らなかったわけじゃないわ。ただ受け取れないのよ」
「しかし、その恰好は・・・」
「私はこの服を気に入ったの。大事な友達に借りているの」
愁宋が言いたいことは分かってる。先に借りたこの服のサイズが綾香に合っていないことだ。
綾香は愁宋の贈り物を身につけなかった。でもずっと制服のままというわけにもいかず沙希に服を借りたのだ。
綾香が身につけているのは沙希の服だった。
少し丈が短い。例えるなら子供用の浴衣を着ているような感じで下からスカートをはいているような状態だ。
面白そうに愁宋が綾香を見つめている。
「誘惑しているのかと思った。そんなに短い丈の衣を着て」
はっとして綾香は両手で足を隠した。
「なっ、どこを見ているのよ!変態」
今までそんなことを意識していなかった分、恥ずかしさが増す。
「今回は贈り物をするのを諦めるとしよう。その姿が見られた分だけ良しとしよう」
あっさり引き下がられて綾香は戸惑った。
「え?」
「だが」
愁宋は綾香に自分がまっとていた服を着せた。すっぽりと覆われ、腰に飾り紐が素早く巻かれた。
「素肌を人前で晒されるのは面白くない。」
だぼだぼのその服からふわりと甘い香の香りがした。
不覚にもドキッとさせられてしまった。
仕返しをしたしたつもりが倍返しで戻ってきた感覚だ。
(ときめいてしまうなんて・・・)
一人で落ち込んでいると愁宋が沙希に声をかけた。
「沙希、もう下がっていいぞ。ご苦労だったな」
そうして、愁宋と二人きりになってしまった。
時間帯は夜の8時から9時頃だろうか。この部屋には時計がない。
なので正確な時間を把握することはできない。なんとなくでしか時間の流れがわからない。
「どうした」
不思議そうに綾香に問いかけてきた。綾香はそっけなく返した。
「何でもない」
特にすることもないのでとりあえず、椅子に腰かけ窓の外を眺めていると愁宋は綾香の部屋にあるベッドにゴロンと横たわった。
(疲れてる・・・?)
仕事のほうは片付いたのだろうか、きっと今まで仕事をしていたのだろう。
「ご苦労だったのはあなたのほうじゃない。問題は解決したの?」
「どうだろうな、まだしばらく様子を見ていかないと何とも言えない」
ぼそりと呟き、青い瞳を閉じた。
そんな様子を見ていた綾香から自然と言葉が漏れた。
「王様も大変ね」
「ああ、王なんて進んでやりたいとは思わないな」
何かを嘲笑うように吐き捨てた。
「不思議な力があるんだからそれを使ってぱぱっと片付けられないの?」
愁宋に不思議な力が備わっていることを綾香は思い出した。
(光の空間を開いたり、変な珠で盗み見たり、異界とつなげる力があるのにどうしてその力を使わないのだろう)
「俺の持つ力は異界とつなげることと、田畑を潤したり、水害から国を守ったりできるくらいだ。人間相手に使える力じゃない。」
「ふーん・・・?それって魔法なの?」
「魔法か、まぁ、そのようなものだ」
愁宋は特に詳しく説明するつもりはないらしい。
「力のせいで王族でもない俺は玉座に縛られる」
「え?」
(どういうことだろう)
「生まれながらの王族じゃないの?」
綾香は彼の表情が見たくて、愁宋の横たわっているベッドまでいき隣に腰かけた。
愁宋はずっと瞳を閉じている。
「この国では青い瞳をし、水を操れる者が王位を継ぐことになっている」
「水を操る?」
(そういえばさっき、田畑を潤すとか、水害から守るっていっていたわ)
「じゃあ、水を操ることができるってだけで王にされているの?」
愁宋は瞳を開き、起き上がり綾香の隣へ座った。
「綾香・・・今から昔話でもしようか・・・」

「昔話?」
「そう、俺の昔話をしよう」
「俺はもともとは貧しい農村部の生まれだったんだ。この国、藍司あいしは国王が崩御すると能力が他者へ移る。それも幼い子供に。神官たちは国を守るため、能力が移った子供を探す。子供が見つかると親から多額の金でその子供を買う。
青い瞳は目印だ。俺の瞳ははじめ・・・黒かった」
愁宋もそうやって連れてこられた子供だった。だが、愁宋の場合、悲劇が生まれた。
「俺は母と二人暮らしをしていた。父はすでに他界していた。母は俺をとても大事にしてくれていた。母は神官たちの申し出を拒んだんだ。金も受け取らず、俺を渡そうとしなかった。貧しい農村部だったから周囲の人はそんな母を非難した」
綾香はうつむきながら話す愁宋の顔を覗き込んだ。愁宋は悲しそうな表情を浮かべている。
「それでなにがあったの?」
「村人は母を殺し、俺を国に売った」
あまりにも悲しい話に綾香は息が詰まった。
「嘘・・・そんなことって」
「この世界では稀にあることだ。それだけ水が大切なんだ。今は肥沃な大地が広がっているが、藍司は砂漠の真ん中にある国だ。とても人が生きていける環境じゃなかった。初代の王がなぜここに国を作ったのかは誰も知らないし記述も残ってはいない。
「じゃあ、愁宋がいなくなって次の王が現れなかったらここはー・・・」
「そう、また砂漠に戻り、民は行くあてもなく彷徨うだろう」
この時初めて今までの愁宋の言葉が一つにつながった。
なぜ悲しそうなのか、自嘲気味に笑うのか、なぜ王座に縛られているのか。
愁宋は両手で顔を覆ったまま言った。
「母も馬鹿だ。おとなしく俺を渡していれば死なずに済んだものを」
綾香はぎゅうっと愁宋を抱きしめた。
「そんな言い方しないで!愁宋のお母さんはあなたを愛していたから国に売ったりできなかったのよ」
しまったと思った時には遅かった。しっかりと両腕で愁宋を抱きしめていた。
「ご、ごめんなさい」
ぱっと手を放し離れようとしたが、いつの間にか腰を捉えられて、抱きしめられていた。
居心地が悪くてもぞもぞしていると頭の上で声がした。
「すまない、もう少しこのままでいさせてくれないか?」
いつも強くてはならない人の弱い部分を見てしまい綾香は戸惑った。
本人の意思とは関係なく、周囲に求められているものと自分が持った能力がつり合ったというだけで彼は王座に縛られている。
「愁宋が死なないと次の能力者は現れないの?」
「今までがそうだったようだ。生きてるうちに王が変わったという話は聞いたことがない。死ぬまで俺は、王であり続けなくてはならないのだろうな」
愁宋の瞳は青く澄んでいて美しかった。今はその瞳は天井を仰ぎ見ている。
そうやって王になった愁宋だけど彼は民を見放したりしないだろう。根拠はないが綾香はそう思った。
「綾香、何もしないから今日はこのまま眠ってもいいか?」
そういうと綾香に抱きついたままベッドへ横たわった。
「わっ」
当然綾香も一緒に転がるようにしてベッドに倒れこんだ。
豪華な天蓋が視界に入ってきた。
それと同時に安らかな寝息が聞こえてきた。どうやら愁宋は眠りについてしまったらしい。
「何なのよ、もう」
やるせない気持ちで胸がいっぱいになった。
(聞きたいこと、言いたいことがたくさんあったのに。それなのに。こんな話聞いてしまったら・・・)
「腕を振り払うこともできないじゃない」
また明日話を聞こう。
綾香も瞳を閉じ眠りについた。

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