大江戸町火消し。マトイ娘は江戸の花

ねこ沢ふたよ

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炊き出し

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 火事の翌日。
 お七はお鈴と一緒に寺で宗悟の手伝いをしていた。 本当は、佑も来たがったのだが、大工見習いの佑は火事の翌日には仕事で抜けられる道理が無かった。

 寺には、火事で焼け出され、帰るところのない人々が寝泊まりしている。
 本堂に雑魚寝ではあるが、それでも、人の良い和尚は心を尽くして世話をしていた。
 昨晩も、焼け出された人々の苦痛を少しでも和らげようと、和尚は一睡もせずに人々の声を聞いて歩いていたのだそうだ。

 と組は、皆、昨日の火事の活動で疲れ果てて、本日の鳶の仕事は休み。
 お七も疲れてはいるが、火事の中に竜吐水を押して消火に参加したことをクドクドと文句言うお父の話を聞いているより、お鈴や宗悟達と一緒にいる方が何百倍も良かった。

「さあ、この椀を配ってくれ」

 お七のお父が寄付した野菜を入れて、宗悟が作った芋煮。お七とお鈴は、芋煮の入った椀を火事で焼け出された人に配っていく。
 本堂の床に座す人々。椀を配れば、スッと少しだけ生気が戻る。

「ありがとう」

 力なく礼を言う人々に、お七は掛ける言葉を見つけられない。
 辛いだろうってことは、分かる。気を取り直さなければ、いつまでも落ち込んでいてもどうしようもない。そんな事は、この人達だって分かっているのだ。

 だけれども、あんなに無惨に生きていく場所を奪われてしまっては、命が助かったって心が辛いのだ。
 悪人だからその報いで罰を受けている訳ではない。
 さいの出目が悪く、たまたま、本当に運悪く、火事が暴れた場所に家があっただけ。

 お七のお母が亡くなったのだって一緒だ。

「あんた。と組の女の子だろう? この間、往来を鳶の恰好で歩いてるのをみたよ」
「はい」

 お七の顔を見て、話し掛けてくる者がいた。
 煤だらけの着物のおじさんだった。

「と組があの火事を鎮めてくれたんだってね。ありがとよ」

 はい、でも私は見習いで何もできませんでした。
 そう言いかかっていたお七よりも早く、おじさんは言葉を続ける。

「あと一歩、あと一歩早ければ……家は焼けなかったかもしれないねぇ」

 恨みではない。
 ただ、ポツリと心の底の言葉が漏れたのだろう。
 
 と組の皆だって、少しでも早く火事を鎮めるように努力していた。
 だが、その努力が及ばず焼けてしまった家々も、もちろんあった。
 文句を言うなとは、今までの生活の全部を失ってしまったこのおじさんには、とてもお七は癒えない。

「頑張ったんですが……ごめんなさい」

 いたたまれないお七は、小さな声でおじさんに謝る。
 泣きそうなお七の言葉に、おじさんが慌てる。

「ああ、すまない。つい……」
「いえ……」

 ここであたしが泣いてしまっては、駄目だ。
 お七は堪えて、笑顔をつくる。

 きっと、この人も普段ならこんな言い方はしないのだろう。
 だが、今は焼け出された直後で心に余裕がなく、他人に気を使えないのだろう。

 分かっている。分かっているけれど、不用意に受けた言葉は、ざっくりと心に刺さる。

「お七ちゃん、ちょっと休憩しようか?」

 一通り椀を配ったところで、辛そうなお七の様子を見て、お鈴がそう声をかけてくれる。
 お七は素直にお鈴の言葉を受け取って、本堂の外へお鈴と一緒に出る。

 ◇  ◇  ◇
 本堂の横の大きな銀杏の木の根本に二人で腰掛ける。


「そういや、お七ちゃん。火消しの方はどう?」
「うん……。やっと、ただの掃除係から下っ端見習いに成れたところかな」

 お鈴は少しでも明るい話題をふってお七の気を紛らわせてやりたかったのだが、お七はうつむいたままだった。

「佐和姉は? 今日は平気? なんだか味噌屋の平八に付き纏われていたから、お鈴ちゃんずっと警戒していたのに」
「うん……ちょっとね。今、佐和姉と喧嘩中なの」
「珍しい! あたしとお父なら毎日のことだけれど、お鈴ちゃんと佐和姉が喧嘩だなんて」

 何があったんだろうと、お七は首を傾げる。

「ねぇ、お七ちゃん。夢って……無かったら変かなぁ」
「え、夢? 夢が無かったら?」

 お七は、清吉に助けられたあの時から、清吉に憧れてマトイ持ちになる夢を追ってきた。
 夢中で追ってきた夢だったから、それが無いなんて状況は考えられない。

「変……かなぁ。考えたことも無かった。むしろ、私の夢が荒唐無稽だとか、無茶苦茶だとか、そう言われ続けてきたんだけれど」
「そう……」
「お鈴ちゃんは、夢が無いの?」
「うん……。お七ちゃんみたいに堂々とこうしたいって言える夢なんてなくってさ。あ、こうなったら嫌だ……みたいなのはあるのよ。皆と喧嘩したくないとか、佐和姉の負担になるのは嫌だとか」

 でも……。
 
 お鈴は顔を曇らせる。

「こう成りたいって具体的な将来なんて、突然聞かれても分からなくって」
「そうなんだ……」
「そう。佐和姉が、もう十五歳なんだから、将来の身の置き所みたいなことをそろそろ決めろって言い出して。それが『普通』だって。でも、そんなの突然言われてもね」

 『普通』の女の子って物は、十五歳になったらどうするのだろう?

 マトイ持ちなんて突飛な夢を追いかけるお七には、分かるわけがなかった。

「お鈴ちゃんはさ。お鈴ちゃんで良いと思うの」
「え?」
「あたしさ、こんなだから『普通』なんてまるっきり分からないけれども、お鈴ちゃんがまだ夢なんて物に出会っていないのなら、そのままで良いんじゃない?」
「お七ちゃん」
「もちろん、お鈴ちゃんがこうしたいって夢を見つけたならば、全力で応援するけれど。でもね、夢ってそんなすぐ見つかる物じゃないでしょ? 突然、こう……ドボンッてハマって抜けられなくなる感じなのよ」
「ドボン……」

 ピンとは来ないようで、今度はお鈴が首を傾げる。

「そう! ここで会ったが百年目的な?」
「お七ちゃん。それじゃあ、なんだか宿敵みたい」

 お鈴が笑う。

「そうなの! でもそうなのよ! 夢なんて宿敵と一緒なのよ! 本当にどうにもならない強敵なのよ」
「ええっ、もう! 何よそれ」

 今度は、お七とお鈴と。二人で笑い合った。
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