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憧れの絵姿
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長屋の部屋でお七は、この間買った浮世絵を見つめる。
浮世絵を買ってからずっと、お七はこの調子で暇さえあれば絵を眺めている。
「恰好良い……」
うっとりとして見つめるのは、当然、清吉の絵姿。
しっかりと見据える厳しい眼差し、構えるのは、い組のマトイ。箱のような四角い形の上に球体の載ったマトイを持つ清吉の逞しい腕は、あの日、お父とお七を助け出してくれた腕だ。
あたしも男だったら、鍛えたらこんな風に筋肉がついただろうか?
お七は自分の細い腕を見て、がっかりとする。
いや、親方は言っていた。
マトイ持ちになるということは、何も技術とかそいういことだけではないのだと。
だったら、女で筋力がないからといって、将来マトイ持ちになれないなんて、決まってはいない。
だったら自分で出来ることを頑張って、チャンスを待つべきだ。
誰もが唸るくらいに実力をつけて、お七がマトイを持つのが一番だって思ってもらえるくらいになればいいのだ。
「まだまだ先は長い」
目標は遠い。
清吉の絵姿をお七は、大切に文箱にしまって、もう一枚の絵姿を取り出す。
と組の辰吉を描いた物だ。
知り合いなのだから、売り切れてしまっては二度と買えやしないのだからと、つい買ってしまった一枚。
清吉の浮世絵と同じ絵師が描いたのだろう、こちらも見事な出来だった。
しっかりとした清吉の眼差しとは対照的な、繊細でどこか不安そうな辰吉の眼差し。
辰吉の内面をしっかり表している。
と組の丸い形の上に方向を変えて重ねた丸い飾りを構えてこちらを見る辰吉は粋だ。
「うん。良い出来じゃないか」
辰吉は、心底嫌がってた。
自分を描いた絵なんて見たくもない。と、身震いしていたが、浮世絵は良い出来だ。
と組の親方は、辰吉を面で選んではいないと言っていた。
その言葉に偽りはないのだろうが、やはり辰吉の見目は良い。
浮世絵が人気の清吉の次に売り切れてしまったのも分からなくはない。
この辰吉を差し置いて自分がマトイ持ちになるには、どうしたら良いのだろう。
お七は、マジマジと辰吉の絵姿を見つめて、ため息をつく。
「お七。気持ち悪いな。じっと男の絵姿を見てはため息なんて。ひょっとして、恋煩いか?」
「お、お父! ち、違う!!」
お父がお七から浮世絵を奪う。
「こりゃ、マトイ持ちの浮世絵か」
「そうだよ。どうやったらこんな風になれるのか、考えていたのよ」
お七はお父から浮世絵を奪い返す。
良かった。辰吉の浮世絵で。
お父が清吉の浮世絵をあんな風に乱暴に扱ったら、ぶん殴ってしまうところだった。
……とはいえ、せっかく買った浮世絵を手荒には扱いたくはない。
お七は、辰吉の浮世絵も丁寧に文箱へしまう。
「けっ、多少は女らしく色気づいてきやがったと思ったら、またマトイ持ちかよ」
「当たり前でしょ? 何のために町火消に入ったと思っているのよ」
「あ! お七。嫁に行くとしても、マトイ持ちはやめておけ」
「なんでよ? 江戸では、鳶は結構モテるのよ?」
今回の浮世絵だって、早々に売り切れてしまった。
どこかの大名が、いなせな鳶の姿に憧れて自分用の法被を作らせたなんて話も聞く。
「モテるからだ。お前みたいな恋愛のれの字も分からんような女は、そんなモテる男に引っかかったらあっという間に騙されるぞ?」
お父は、結局、お七に嫁に行って欲しいのか、行って欲しくないのか。
女らしくしろ、だが、鳶のような男には引っ掛かるな。
何をしても、お父は文句を言うようにしか思えない。
「さあ、どうだろうねぇ。手遅れかもよ?」
「なに! お七!!」
ちょっとした悪戯心のお七の言葉にお父が焦り出す。
「良いか? もし、そんな恋仲の相手ができたら、必ずお父に見せるんだ。いいな?」
「嫌よ。お父に見せたって、どんな男だって反対するに決まっている!」
まあ、そんな相手なんていないのだけれども。
「あ……、ねえ。この間の火事」
町火消の話をしていて、お七は、この間の祐の話を思い出す。
祐が、宗悟が付け火の下手人を探していたと言っていた。
まだ忙しくてと組の皆には話を聞けずにいたのだが、どうなったのだろうか。
「ん?」
「この間の火事、付け火だって噂なんだけれども」
「ああ、らしいな。十手持ちと岡っ引きが、あれこれと話を聞きまわっているって話だ」
「やっぱりそうなんだ」
十手持ちと岡っ引きが探していたのか。
ならば、事件はそろそろ解決する?
「じゃあ、もう犯人って見つかったの?」
「いや……そんな話は聞かないなあ」
「ふうん……」
「それこそ、と組のマトイ持ちに話を聞いてみれば良いじゃねえか。マトイ持ちなら、火事の現場を屋根から見ているんだ」
なるほど。目の良い辰吉ならば、何か気づいたかもしれない。
でも、無口な辰吉が、そんなにベラベラと火事の詳細を教えてくれるだろうか。
お七の想像の中の辰吉は、「はあ? そんな面倒な話してられっかよ。俺は忙しいんだ」と、ひと睨みして眉間に皺を寄せている。
ふと、文箱が目に入る。
そうだ……。良い手がある。
お七は良からぬことを思いついた。
浮世絵を買ってからずっと、お七はこの調子で暇さえあれば絵を眺めている。
「恰好良い……」
うっとりとして見つめるのは、当然、清吉の絵姿。
しっかりと見据える厳しい眼差し、構えるのは、い組のマトイ。箱のような四角い形の上に球体の載ったマトイを持つ清吉の逞しい腕は、あの日、お父とお七を助け出してくれた腕だ。
あたしも男だったら、鍛えたらこんな風に筋肉がついただろうか?
お七は自分の細い腕を見て、がっかりとする。
いや、親方は言っていた。
マトイ持ちになるということは、何も技術とかそいういことだけではないのだと。
だったら、女で筋力がないからといって、将来マトイ持ちになれないなんて、決まってはいない。
だったら自分で出来ることを頑張って、チャンスを待つべきだ。
誰もが唸るくらいに実力をつけて、お七がマトイを持つのが一番だって思ってもらえるくらいになればいいのだ。
「まだまだ先は長い」
目標は遠い。
清吉の絵姿をお七は、大切に文箱にしまって、もう一枚の絵姿を取り出す。
と組の辰吉を描いた物だ。
知り合いなのだから、売り切れてしまっては二度と買えやしないのだからと、つい買ってしまった一枚。
清吉の浮世絵と同じ絵師が描いたのだろう、こちらも見事な出来だった。
しっかりとした清吉の眼差しとは対照的な、繊細でどこか不安そうな辰吉の眼差し。
辰吉の内面をしっかり表している。
と組の丸い形の上に方向を変えて重ねた丸い飾りを構えてこちらを見る辰吉は粋だ。
「うん。良い出来じゃないか」
辰吉は、心底嫌がってた。
自分を描いた絵なんて見たくもない。と、身震いしていたが、浮世絵は良い出来だ。
と組の親方は、辰吉を面で選んではいないと言っていた。
その言葉に偽りはないのだろうが、やはり辰吉の見目は良い。
浮世絵が人気の清吉の次に売り切れてしまったのも分からなくはない。
この辰吉を差し置いて自分がマトイ持ちになるには、どうしたら良いのだろう。
お七は、マジマジと辰吉の絵姿を見つめて、ため息をつく。
「お七。気持ち悪いな。じっと男の絵姿を見てはため息なんて。ひょっとして、恋煩いか?」
「お、お父! ち、違う!!」
お父がお七から浮世絵を奪う。
「こりゃ、マトイ持ちの浮世絵か」
「そうだよ。どうやったらこんな風になれるのか、考えていたのよ」
お七はお父から浮世絵を奪い返す。
良かった。辰吉の浮世絵で。
お父が清吉の浮世絵をあんな風に乱暴に扱ったら、ぶん殴ってしまうところだった。
……とはいえ、せっかく買った浮世絵を手荒には扱いたくはない。
お七は、辰吉の浮世絵も丁寧に文箱へしまう。
「けっ、多少は女らしく色気づいてきやがったと思ったら、またマトイ持ちかよ」
「当たり前でしょ? 何のために町火消に入ったと思っているのよ」
「あ! お七。嫁に行くとしても、マトイ持ちはやめておけ」
「なんでよ? 江戸では、鳶は結構モテるのよ?」
今回の浮世絵だって、早々に売り切れてしまった。
どこかの大名が、いなせな鳶の姿に憧れて自分用の法被を作らせたなんて話も聞く。
「モテるからだ。お前みたいな恋愛のれの字も分からんような女は、そんなモテる男に引っかかったらあっという間に騙されるぞ?」
お父は、結局、お七に嫁に行って欲しいのか、行って欲しくないのか。
女らしくしろ、だが、鳶のような男には引っ掛かるな。
何をしても、お父は文句を言うようにしか思えない。
「さあ、どうだろうねぇ。手遅れかもよ?」
「なに! お七!!」
ちょっとした悪戯心のお七の言葉にお父が焦り出す。
「良いか? もし、そんな恋仲の相手ができたら、必ずお父に見せるんだ。いいな?」
「嫌よ。お父に見せたって、どんな男だって反対するに決まっている!」
まあ、そんな相手なんていないのだけれども。
「あ……、ねえ。この間の火事」
町火消の話をしていて、お七は、この間の祐の話を思い出す。
祐が、宗悟が付け火の下手人を探していたと言っていた。
まだ忙しくてと組の皆には話を聞けずにいたのだが、どうなったのだろうか。
「ん?」
「この間の火事、付け火だって噂なんだけれども」
「ああ、らしいな。十手持ちと岡っ引きが、あれこれと話を聞きまわっているって話だ」
「やっぱりそうなんだ」
十手持ちと岡っ引きが探していたのか。
ならば、事件はそろそろ解決する?
「じゃあ、もう犯人って見つかったの?」
「いや……そんな話は聞かないなあ」
「ふうん……」
「それこそ、と組のマトイ持ちに話を聞いてみれば良いじゃねえか。マトイ持ちなら、火事の現場を屋根から見ているんだ」
なるほど。目の良い辰吉ならば、何か気づいたかもしれない。
でも、無口な辰吉が、そんなにベラベラと火事の詳細を教えてくれるだろうか。
お七の想像の中の辰吉は、「はあ? そんな面倒な話してられっかよ。俺は忙しいんだ」と、ひと睨みして眉間に皺を寄せている。
ふと、文箱が目に入る。
そうだ……。良い手がある。
お七は良からぬことを思いついた。
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