8 / 32
1現世
聖者
しおりを挟む
夕月は、ニセの要求に応じて姿を現す。流れるような黒い髪に憂いを秘めた眼差し。ニコリと笑う笑顔は、今日も少しだけ悲しみを含んで見える。
「ご質問がおありだとか。分身体」
いつもながら、穏やかな優しい声。ニセが不安そうに俺と夕月を見ている。俺が、夕月に妙なことを言い出さないかと心配しているのだろう。夕月は、俺に自分を折れと言っていた。それが、ニセが魔王で無くなるために必要なことだと。ニセは、そのことを俺が実行に移さないかとハラハラしているのだろう。
「夕月、お前、あの歌を誰から聞いた?」
「自明です。私の主の一人から。私は、主の命しか聞きません」
「どうして、その歌が、勇者や聖なる子に分割されている?」
「さて、何故でしょう。存じませんね。私は、ただ主から、この歌を一字一句間違えずに覚えるように命じられただけ」
夕月は、微笑みを絶やさず答える。
「主は、魔王だったか?」
「フフッ。途中から、魔王にお成りに。あなたがニセと呼ぶ、英司様もそうだったでしょう?」
そう。魔剣の主ならば、魔王以外にない。ニセも夕月に認められたことで、聖なる子から魔王になった。
「歌を教えた主の元の職業は?」
「聖者でございました。」
サラリと夕月が答える。歌の歌詞にあった、聖者。聖剣を持って古の王国に蔓延っていた魔を退けた。では、聖者が魔王になったのだろうか。
「それが、初代の魔王?」
「そうですね。私が魔剣としてお仕えした最初の魔王でございます」
「ん? じゃあ、夕月は最初から魔剣であったわけではない?」
夕月の言い方にひっかかった。『魔剣として』つまり、夕月が魔剣では無い時期があったのかもしれない。
「ええ。聖剣と呼ばれている時期がありました。賢者の手によって、私は魔剣となり、主も魔王に落とされてしまいました。英雄としてあがめられていた主は、一瞬にして憎まれ疎まれ追われる身になり、一人きりで寂しく、かつての仲間の手によって命を落としました。かつての主の流した血の涙。それを雪いでくださったのが、今の主、英司様でございます」
夕月が静かに笑う。ニセは、黙って、俺と夕月の話を聴いている。ニセの分身体である俺に夕月が嘘を言うとは思えない。ならば、それは、夕月の真実なのだろう。
「夕月、その聖者の話を詳しく教えてほしい。どうして、夕月が魔剣となったのかを」
「かしこまりました。しかし、私は、あくまで剣精。自分で調べたり考えたりは致しません。私が知っていることだけしかお話しできませんよ」
夕月は、そう言って、古の物語を語り出した。
夕月は、気づいた時には、聖者である主の手の中にあった。聖なる石を抱き、聖なる力を発する夕月は、聖者の証であり、その力を持って、魔物の群れに恐れられていた。聖者と共に、国中に蔓延る魔物を退ける。それが、夕月の役目。夕月は、聖者の仲間と共に、聖者を守り過ごしていた。
魔物の数は多く忙しい日々。その中で、聖者の妻と子が魔物に殺された。聖者が他の場所で魔物を討伐している間のことだった。はめられたのだ。他の場所で騒ぎを起こして、聖者たちを呼び寄せた。そして、そこで人々を助けて戦っている間に、本拠地を襲撃された。聖者は嘆き悲しみ、仲間たちも夕月も、どうやって慰めていいのか分からなかった。親身になって、嘆き悲しむ聖者に寄り添っていたのが、後に賢者と呼ばれる女だった。
ある日、聖者は夕月に歌を教えた。意味不明な歌詞。だが、主の言葉に夕月は疑問を挟まない。主が覚えろと言えば、覚えるし、歌えと言えば、歌う。
聖者が歌を教えてからしばらく経ってから、決定的な事件が起きた。賢者が夕月から聖なる石を奪ったのだ。夕月が気づいた時には、賢者の手の中に聖なる石があり、夕月は黒く輝く魔剣へと変化していた。賢者が逃げた後、夕月は周辺の邪気を集め、主である聖者も聖なる力を失い、魔王と化した。
「魔王と化した主と共に、今まで守ってきた国を追われた私は、邪気をまとい、賢者を憎みました。魔王は、魔物領域に城を築き、かつての仲間に追われる身となったのです」
夕月が、フウとため息をつく。物憂げな瞳は、古の主を思い出しているのだろう。
「歌にあった通りだな。かつて夕月が、聖剣であったことを忘れないように、歌を残したのかもしれないな」
ニセが、つぶやく。ニセの言う通りかもしれないが、不思議なことがある。
「でも、夕月がまだ聖剣であった時に、すでに聖者は、その歌を夕月に教えたのだろう? ええと、夕月に教えたのは、どこまでだっけ?」
俺の質問に、夕月は、コクンと頭を縦に振る。
「古の聖者たちが、自身の剣を持って魔物を振り払い、平和をもたらすところまでです。ですが、歌を教えていただいた時には、まだ魔物が王国に攻め入っていました。……そうですね、歌の通りになったのは、私が魔剣となってからです。私と魔王の邪気に惹かれて、魔物は我らの城の周辺に蔓延るようになりました。強大な邪気、魔物から攻撃されることは有りませんが、魔王は魔物とは相いれず、城の外に蔓延る魔物たちを城に招き入れることはなく、仲間にも致しませんでした。理由は分かりません。魔物が、魔王に魅入られている隙に、賢者が王国に聖なる歌で結界を張ったのです。それで、王国は、平和になりました。ああ、ニセ様が聖なる子であった時に歌っていた歌です」
「なるほど。魔王が誕生したことで、逆に王国は平和になったんだ」
「ですが、日に日に大きくなる魔王の邪気は王国にとって脅威でした。そこで、かつての仲間が、魔王を討伐に来たのです。初代魔王は、かつての仲間と、聖なる石に選ばれた勇者に攻められて、命を失いました。私は、その後、何人かの人間を魔王……主とし仕えましたが、賢者の残した杖の力と、勇者の存在のために、ことごとく主を失いました。挙句、捕らえられ、王国の倉庫に閉じ込められてしまうことになったのです。そしてついに、賢者の杖を打ち破って下さった今の主にお仕えしています」
夕月の言葉に嘘はないだろう。平和をもたらした聖者たちは、二手に分かれ、争い、片方が魔に染まってしまう。魔に染まった片方を何世代もかけて滅ぼし、ついに王国が成り立つというニセの歌った建国の物語の通りだ。
「なあ、夕月。初代魔王は、聖者は、自分が魔王になることを知っていたんじゃないか? だから、まだ魔王になる前に、その歌を夕月に教えたのかもしれない」
俺の言葉に、夕月は目を丸くする。
「では、私を魔剣にする計画を、賢者と練ったのが、主自身であったと? 何のために? 主はそのために仲間も栄光も全て失いました。何のメリットもありません」
「きっと、王国に平和をもたらすために。妻と子を失った聖者は、思いつめて極端な作戦に手を出してしまったのかも」
俺の言葉に、ニセの眉間に皺が寄る。
「待て。そもそも、妻と子どもを失った話が変だ。魔物はそれぞれ個別で、そんな大きな作戦は立てない。誰か手引きした人間がいるはずだ」
そうなんだ。俺は、ニセの言葉を考える。聖者は、そのことに気づかなかったのだろうか?
「当時、聖者も考え込んでおられましたが、その犯人は分からずじまいです。私は、考えるということは致しませんので、犯人が結局誰なのかは」
「賢者が怪しいな。聖なる石のことといい、全てのことに関わり過ぎている」
「でも、賢者って言うくらいだから、賢く立ち回りすぎて目立っただけかもよ? ほら、推理小説でも、探偵が一番怪しく見えるし」
「昔の話過ぎて、どうしようもないな。分かっているのは、結局、聖剣だった夕月が、魔剣になったことで、魔王が誕生した。賢者が聖なる石を持ち去ったことが原因だが、聖者自身もこのことは事前に知っていた。この事件で、聖者が犠牲になり、国に平和がもたらされた」
ニセが頭をかく。
「英司。これが分かったところで、どうするんだ。俺が魔王であり、魔王の分身体であるお前が、勇者に命を狙われているのは、何の変わりもない」
ニセは、不機嫌だった。なぜこんなことを俺が知りたがったのか、ニセは理解していないのだろう。
「だから、それを変えるためだよ。お前が魔王でなければ、これほど執拗に狙う必要がなくなる。結局、罪のために逃亡生活になるとしても、犠牲も少なくなるしいいだろうが。魔王がどうして産まれたのかを知れば、方法があるかと思って」
「は? どういうことだ? 夕月は折らせんぞ?」
「違う。ニセ、お前は短気すぎる。だから、夕月を折らないで解決する方法を探っているんだろうが。夕月、聖なる石があれば、聖剣に戻れるのか?」
俺の言葉に、夕月がキョトンとする。
「ああ、そうですね。戻れるかも知れませんね。もう長きに渡って私の手元に有りませんでしたので、自信はありませんが」
「だろ? ワンチャンある計画だ」
「意味が分からん。夕月が聖剣に戻ったところで、何になる?」
ニセがイライラしている。
「だから、魔剣である夕月の力でお前は魔王なんだろ? じゃあ夕月が聖剣に戻れば、お前が魔王でなくなるだろ? ええと、夕月が聖剣になれば、ニセは聖者とかいうのになる?」
「さあ、聖者だった主は、魔剣になった時に魔王になりました。ですが、逆も成り立つのかは、前例がありませんので分かりません。しかも、聖なる石は、勇者を選んでいます。私と石が一つになって、ニセ様が聖者になるのか、それとも勇者が聖者になるのか」
夕月がとまどっている。チラリと、夕月がニセの方をみる。ニセは難しい顔をしている。
「リスクが高すぎるだろ。もし、そのまま、夕月が聖剣になって勇者を選べば、俺の力が弱くなって勇者の力が強くなる。そうなれば、一瞬で討伐されて終わる話だ。それに、まだ夕月が聖剣に戻れるならば、それで夕月が二度と封印されずにすむならいい。だが、夕月が変化に耐えられずに、聖剣に戻れないで折れてしまう可能性もあるだろうが。それだけは、絶対に避けたい」
夕月が折れてしまう。ニセの恐れていることは、結局それだ。姫が、ニセが魔剣夕月に魅入られていると言っていた。
「折れる可能性もあるの?」
「ええ。私は、長い間に邪気にまみれておりましたので。いまさら聖なる石に触れれば、その強い力との反発で、刀身が耐えられなければ、ポッキリと真っ二つですね」
あっさりと、夕月は認める。
「なんだよ。名案だと思ったのに」
「バカ英司。その程度のこと思いついただけでどや顔しおって。そもそも、聖魔法を使える俺が、強力な聖なる歌をどうして使えないのかを考えれば、力の反発などすぐに思いつく……まてよ。邪気を少しずつ浄化して……。俺の魔力を使って……」
いや、思いつかんって。この世界に魔法なんてものは無い。聖なる魔法と邪気が反発するなんて話も今初めて聞いたし。不平を漏らす俺を他所に、ニセが考え込む。
「主は、聖魔法も操るまれな魔王ですから。主の聖魔法を使えば、それも、可能かもしれませんね。ですが、それだと、私の魔剣としての力は弱まります。つまりは、主をお守りする力が、弱まります。勇者が近くにいるのに、それは、まずくないですか? それを試すならば、私一人の時に聖なる石を抱いて……。聖なる石諸共消滅してしまった方が良いと思われます」
夕月が反論する。夕月の心配は、ニセの安全のみ。自分が折れる可能性は、気にしていないのだろう。
「だめだ。絶対に許さない。それならば、英司の意見を無視して勇者を消滅させた方が、いい」
ニセが、強く反発する。結局、このデストロイ組の意見は、消滅とか殺すとか、物騒な話に行きつく。何とかならないのか、このネガティブ思考。
第三者として意見を言いたいが、魔法のことは、さっぱり分からない。どうしよう。このことを勇者に話せば、俺とニセの弱点を勇者の知らせるだけの結果になるのだろうか。できれば、意見を聞きたいのだが。
「ロマンスよね。なんだか素敵な話……」
結局、ニセの許可をとって俺が姫に電話をすれば、電話口で姫と綾香先輩がキャアキャア言っている。
ロマンス? 素敵? そんなものが、この話の中にあったのだろうか?
「だって、妻と子を失った聖者を支える女賢者。恋心があっても不思議はないわ」
は? そんな物があったら、もっとドロドロした話にならないか? 聖者を手に入れるために女賢者が手を回して妻子を殺害とか。どこのサスペンス劇場だ。
「いいわよね。落ち込んでいるイケメンを支えている内に、恋心が芽生えて……。でも、聖者の心には、愛しい妻の姿しかなくて」
綾香先輩が、乙女チックな妄想を繰り広げる。
イケメン設定はどこから来たのだろう。そんなことは、一言も言っていないのだが。
「そうそう。じれったい関係の中、聖者が国を助けるための計画を考え付いて。賢者は愛しい人を止めたいけれども、『どうしても、妻と子が死んだこの現状を変えたいんだ』とかなんとか懇願されて。賢者は仕方なく協力するの。それが、愛しい人の身を破滅させると分かっていながら。ああ、切ないわ!」
姫も楽しそうだ。俺の隣で、不貞腐れて横を向くニセと、突拍子の無い新説に目を丸くする夕月がいる。
「なるほど……。そんな可能性が……ええと、無いことも無いのでしょうか……。いや、でも……。しかし……」
夕月が混乱している。今まで、憎い相手としか認識していなかった賢者が、自分の主である聖者を想っていたなんて可能性、思いもよらなかったのだろう。
「ああ、国から従者が本を持って来てくれたの。きっと、この本に、夕月の話につながる何かが載っているはずよ。ちょと、調べておくわね」
俺の話をひとしきり楽しんだ後、電話は切られた。結論は得られないままに。
「アホらしい。焼きそばもらうぞ」
ニセが、不貞腐れたままヤカンに手をのばした。ずいぶんこの世界に馴染んだものだ。
「ご質問がおありだとか。分身体」
いつもながら、穏やかな優しい声。ニセが不安そうに俺と夕月を見ている。俺が、夕月に妙なことを言い出さないかと心配しているのだろう。夕月は、俺に自分を折れと言っていた。それが、ニセが魔王で無くなるために必要なことだと。ニセは、そのことを俺が実行に移さないかとハラハラしているのだろう。
「夕月、お前、あの歌を誰から聞いた?」
「自明です。私の主の一人から。私は、主の命しか聞きません」
「どうして、その歌が、勇者や聖なる子に分割されている?」
「さて、何故でしょう。存じませんね。私は、ただ主から、この歌を一字一句間違えずに覚えるように命じられただけ」
夕月は、微笑みを絶やさず答える。
「主は、魔王だったか?」
「フフッ。途中から、魔王にお成りに。あなたがニセと呼ぶ、英司様もそうだったでしょう?」
そう。魔剣の主ならば、魔王以外にない。ニセも夕月に認められたことで、聖なる子から魔王になった。
「歌を教えた主の元の職業は?」
「聖者でございました。」
サラリと夕月が答える。歌の歌詞にあった、聖者。聖剣を持って古の王国に蔓延っていた魔を退けた。では、聖者が魔王になったのだろうか。
「それが、初代の魔王?」
「そうですね。私が魔剣としてお仕えした最初の魔王でございます」
「ん? じゃあ、夕月は最初から魔剣であったわけではない?」
夕月の言い方にひっかかった。『魔剣として』つまり、夕月が魔剣では無い時期があったのかもしれない。
「ええ。聖剣と呼ばれている時期がありました。賢者の手によって、私は魔剣となり、主も魔王に落とされてしまいました。英雄としてあがめられていた主は、一瞬にして憎まれ疎まれ追われる身になり、一人きりで寂しく、かつての仲間の手によって命を落としました。かつての主の流した血の涙。それを雪いでくださったのが、今の主、英司様でございます」
夕月が静かに笑う。ニセは、黙って、俺と夕月の話を聴いている。ニセの分身体である俺に夕月が嘘を言うとは思えない。ならば、それは、夕月の真実なのだろう。
「夕月、その聖者の話を詳しく教えてほしい。どうして、夕月が魔剣となったのかを」
「かしこまりました。しかし、私は、あくまで剣精。自分で調べたり考えたりは致しません。私が知っていることだけしかお話しできませんよ」
夕月は、そう言って、古の物語を語り出した。
夕月は、気づいた時には、聖者である主の手の中にあった。聖なる石を抱き、聖なる力を発する夕月は、聖者の証であり、その力を持って、魔物の群れに恐れられていた。聖者と共に、国中に蔓延る魔物を退ける。それが、夕月の役目。夕月は、聖者の仲間と共に、聖者を守り過ごしていた。
魔物の数は多く忙しい日々。その中で、聖者の妻と子が魔物に殺された。聖者が他の場所で魔物を討伐している間のことだった。はめられたのだ。他の場所で騒ぎを起こして、聖者たちを呼び寄せた。そして、そこで人々を助けて戦っている間に、本拠地を襲撃された。聖者は嘆き悲しみ、仲間たちも夕月も、どうやって慰めていいのか分からなかった。親身になって、嘆き悲しむ聖者に寄り添っていたのが、後に賢者と呼ばれる女だった。
ある日、聖者は夕月に歌を教えた。意味不明な歌詞。だが、主の言葉に夕月は疑問を挟まない。主が覚えろと言えば、覚えるし、歌えと言えば、歌う。
聖者が歌を教えてからしばらく経ってから、決定的な事件が起きた。賢者が夕月から聖なる石を奪ったのだ。夕月が気づいた時には、賢者の手の中に聖なる石があり、夕月は黒く輝く魔剣へと変化していた。賢者が逃げた後、夕月は周辺の邪気を集め、主である聖者も聖なる力を失い、魔王と化した。
「魔王と化した主と共に、今まで守ってきた国を追われた私は、邪気をまとい、賢者を憎みました。魔王は、魔物領域に城を築き、かつての仲間に追われる身となったのです」
夕月が、フウとため息をつく。物憂げな瞳は、古の主を思い出しているのだろう。
「歌にあった通りだな。かつて夕月が、聖剣であったことを忘れないように、歌を残したのかもしれないな」
ニセが、つぶやく。ニセの言う通りかもしれないが、不思議なことがある。
「でも、夕月がまだ聖剣であった時に、すでに聖者は、その歌を夕月に教えたのだろう? ええと、夕月に教えたのは、どこまでだっけ?」
俺の質問に、夕月は、コクンと頭を縦に振る。
「古の聖者たちが、自身の剣を持って魔物を振り払い、平和をもたらすところまでです。ですが、歌を教えていただいた時には、まだ魔物が王国に攻め入っていました。……そうですね、歌の通りになったのは、私が魔剣となってからです。私と魔王の邪気に惹かれて、魔物は我らの城の周辺に蔓延るようになりました。強大な邪気、魔物から攻撃されることは有りませんが、魔王は魔物とは相いれず、城の外に蔓延る魔物たちを城に招き入れることはなく、仲間にも致しませんでした。理由は分かりません。魔物が、魔王に魅入られている隙に、賢者が王国に聖なる歌で結界を張ったのです。それで、王国は、平和になりました。ああ、ニセ様が聖なる子であった時に歌っていた歌です」
「なるほど。魔王が誕生したことで、逆に王国は平和になったんだ」
「ですが、日に日に大きくなる魔王の邪気は王国にとって脅威でした。そこで、かつての仲間が、魔王を討伐に来たのです。初代魔王は、かつての仲間と、聖なる石に選ばれた勇者に攻められて、命を失いました。私は、その後、何人かの人間を魔王……主とし仕えましたが、賢者の残した杖の力と、勇者の存在のために、ことごとく主を失いました。挙句、捕らえられ、王国の倉庫に閉じ込められてしまうことになったのです。そしてついに、賢者の杖を打ち破って下さった今の主にお仕えしています」
夕月の言葉に嘘はないだろう。平和をもたらした聖者たちは、二手に分かれ、争い、片方が魔に染まってしまう。魔に染まった片方を何世代もかけて滅ぼし、ついに王国が成り立つというニセの歌った建国の物語の通りだ。
「なあ、夕月。初代魔王は、聖者は、自分が魔王になることを知っていたんじゃないか? だから、まだ魔王になる前に、その歌を夕月に教えたのかもしれない」
俺の言葉に、夕月は目を丸くする。
「では、私を魔剣にする計画を、賢者と練ったのが、主自身であったと? 何のために? 主はそのために仲間も栄光も全て失いました。何のメリットもありません」
「きっと、王国に平和をもたらすために。妻と子を失った聖者は、思いつめて極端な作戦に手を出してしまったのかも」
俺の言葉に、ニセの眉間に皺が寄る。
「待て。そもそも、妻と子どもを失った話が変だ。魔物はそれぞれ個別で、そんな大きな作戦は立てない。誰か手引きした人間がいるはずだ」
そうなんだ。俺は、ニセの言葉を考える。聖者は、そのことに気づかなかったのだろうか?
「当時、聖者も考え込んでおられましたが、その犯人は分からずじまいです。私は、考えるということは致しませんので、犯人が結局誰なのかは」
「賢者が怪しいな。聖なる石のことといい、全てのことに関わり過ぎている」
「でも、賢者って言うくらいだから、賢く立ち回りすぎて目立っただけかもよ? ほら、推理小説でも、探偵が一番怪しく見えるし」
「昔の話過ぎて、どうしようもないな。分かっているのは、結局、聖剣だった夕月が、魔剣になったことで、魔王が誕生した。賢者が聖なる石を持ち去ったことが原因だが、聖者自身もこのことは事前に知っていた。この事件で、聖者が犠牲になり、国に平和がもたらされた」
ニセが頭をかく。
「英司。これが分かったところで、どうするんだ。俺が魔王であり、魔王の分身体であるお前が、勇者に命を狙われているのは、何の変わりもない」
ニセは、不機嫌だった。なぜこんなことを俺が知りたがったのか、ニセは理解していないのだろう。
「だから、それを変えるためだよ。お前が魔王でなければ、これほど執拗に狙う必要がなくなる。結局、罪のために逃亡生活になるとしても、犠牲も少なくなるしいいだろうが。魔王がどうして産まれたのかを知れば、方法があるかと思って」
「は? どういうことだ? 夕月は折らせんぞ?」
「違う。ニセ、お前は短気すぎる。だから、夕月を折らないで解決する方法を探っているんだろうが。夕月、聖なる石があれば、聖剣に戻れるのか?」
俺の言葉に、夕月がキョトンとする。
「ああ、そうですね。戻れるかも知れませんね。もう長きに渡って私の手元に有りませんでしたので、自信はありませんが」
「だろ? ワンチャンある計画だ」
「意味が分からん。夕月が聖剣に戻ったところで、何になる?」
ニセがイライラしている。
「だから、魔剣である夕月の力でお前は魔王なんだろ? じゃあ夕月が聖剣に戻れば、お前が魔王でなくなるだろ? ええと、夕月が聖剣になれば、ニセは聖者とかいうのになる?」
「さあ、聖者だった主は、魔剣になった時に魔王になりました。ですが、逆も成り立つのかは、前例がありませんので分かりません。しかも、聖なる石は、勇者を選んでいます。私と石が一つになって、ニセ様が聖者になるのか、それとも勇者が聖者になるのか」
夕月がとまどっている。チラリと、夕月がニセの方をみる。ニセは難しい顔をしている。
「リスクが高すぎるだろ。もし、そのまま、夕月が聖剣になって勇者を選べば、俺の力が弱くなって勇者の力が強くなる。そうなれば、一瞬で討伐されて終わる話だ。それに、まだ夕月が聖剣に戻れるならば、それで夕月が二度と封印されずにすむならいい。だが、夕月が変化に耐えられずに、聖剣に戻れないで折れてしまう可能性もあるだろうが。それだけは、絶対に避けたい」
夕月が折れてしまう。ニセの恐れていることは、結局それだ。姫が、ニセが魔剣夕月に魅入られていると言っていた。
「折れる可能性もあるの?」
「ええ。私は、長い間に邪気にまみれておりましたので。いまさら聖なる石に触れれば、その強い力との反発で、刀身が耐えられなければ、ポッキリと真っ二つですね」
あっさりと、夕月は認める。
「なんだよ。名案だと思ったのに」
「バカ英司。その程度のこと思いついただけでどや顔しおって。そもそも、聖魔法を使える俺が、強力な聖なる歌をどうして使えないのかを考えれば、力の反発などすぐに思いつく……まてよ。邪気を少しずつ浄化して……。俺の魔力を使って……」
いや、思いつかんって。この世界に魔法なんてものは無い。聖なる魔法と邪気が反発するなんて話も今初めて聞いたし。不平を漏らす俺を他所に、ニセが考え込む。
「主は、聖魔法も操るまれな魔王ですから。主の聖魔法を使えば、それも、可能かもしれませんね。ですが、それだと、私の魔剣としての力は弱まります。つまりは、主をお守りする力が、弱まります。勇者が近くにいるのに、それは、まずくないですか? それを試すならば、私一人の時に聖なる石を抱いて……。聖なる石諸共消滅してしまった方が良いと思われます」
夕月が反論する。夕月の心配は、ニセの安全のみ。自分が折れる可能性は、気にしていないのだろう。
「だめだ。絶対に許さない。それならば、英司の意見を無視して勇者を消滅させた方が、いい」
ニセが、強く反発する。結局、このデストロイ組の意見は、消滅とか殺すとか、物騒な話に行きつく。何とかならないのか、このネガティブ思考。
第三者として意見を言いたいが、魔法のことは、さっぱり分からない。どうしよう。このことを勇者に話せば、俺とニセの弱点を勇者の知らせるだけの結果になるのだろうか。できれば、意見を聞きたいのだが。
「ロマンスよね。なんだか素敵な話……」
結局、ニセの許可をとって俺が姫に電話をすれば、電話口で姫と綾香先輩がキャアキャア言っている。
ロマンス? 素敵? そんなものが、この話の中にあったのだろうか?
「だって、妻と子を失った聖者を支える女賢者。恋心があっても不思議はないわ」
は? そんな物があったら、もっとドロドロした話にならないか? 聖者を手に入れるために女賢者が手を回して妻子を殺害とか。どこのサスペンス劇場だ。
「いいわよね。落ち込んでいるイケメンを支えている内に、恋心が芽生えて……。でも、聖者の心には、愛しい妻の姿しかなくて」
綾香先輩が、乙女チックな妄想を繰り広げる。
イケメン設定はどこから来たのだろう。そんなことは、一言も言っていないのだが。
「そうそう。じれったい関係の中、聖者が国を助けるための計画を考え付いて。賢者は愛しい人を止めたいけれども、『どうしても、妻と子が死んだこの現状を変えたいんだ』とかなんとか懇願されて。賢者は仕方なく協力するの。それが、愛しい人の身を破滅させると分かっていながら。ああ、切ないわ!」
姫も楽しそうだ。俺の隣で、不貞腐れて横を向くニセと、突拍子の無い新説に目を丸くする夕月がいる。
「なるほど……。そんな可能性が……ええと、無いことも無いのでしょうか……。いや、でも……。しかし……」
夕月が混乱している。今まで、憎い相手としか認識していなかった賢者が、自分の主である聖者を想っていたなんて可能性、思いもよらなかったのだろう。
「ああ、国から従者が本を持って来てくれたの。きっと、この本に、夕月の話につながる何かが載っているはずよ。ちょと、調べておくわね」
俺の話をひとしきり楽しんだ後、電話は切られた。結論は得られないままに。
「アホらしい。焼きそばもらうぞ」
ニセが、不貞腐れたままヤカンに手をのばした。ずいぶんこの世界に馴染んだものだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
おいでよ!死にゲーの森~異世界転生したら地獄のような死にゲーファンタジー世界だったが俺のステータスとスキルだけがスローライフゲーム仕様
あけちともあき
ファンタジー
上澄タマルは過労死した。
死に際にスローライフを夢見た彼が目覚めた時、そこはファンタジー世界だった。
「異世界転生……!? 俺のスローライフの夢が叶うのか!」
だが、その世界はダークファンタジーばりばり。
人々が争い、魔が跳梁跋扈し、天はかき曇り地は荒れ果て、死と滅びがすぐ隣りにあるような地獄だった。
こんな世界でタマルが手にしたスキルは、スローライフ。
あらゆる環境でスローライフを敢行するためのスキルである。
ダンジョンを採掘して素材を得、毒沼を干拓して畑にし、モンスターを捕獲して飼いならす。
死にゲー世界よ、これがほんわかスローライフの力だ!
タマルを異世界に呼び込んだ謎の神ヌキチータ。
様々な道具を売ってくれ、何でも買い取ってくれる怪しい双子の魔人が経営する店。
世界の異形をコレクションし、タマルのゲットしたモンスターやアイテムたちを寄付できる博物館。
地獄のような世界をスローライフで侵食しながら、タマルのドキドキワクワクの日常が始まる。
攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】
水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】
【一次選考通過作品】
---
とある剣と魔法の世界で、
ある男女の間に赤ん坊が生まれた。
名をアスフィ・シーネット。
才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。
だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。
攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。
彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。
---------
もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります!
#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
---
追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
チート魅了スキルで始まる、美少女たちとの異世界ハーレム生活
仙道
ファンタジー
ごく普通の会社員だった佐々木健太は、異世界へ転移してして、あらゆる女性を無条件に魅了するチート能力を手にする。
彼はこの能力で、女騎士セシリア、ギルド受付嬢リリア、幼女ルナ、踊り子エリスといった魅力的な女性たちと出会い、絆を深めていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる