黒虎記~たかが占いと伝承のせいで不吉の虎と呼ばれ迫害され暗殺されかけた王子だが、商人の家で得た知識で巻き返す

ねこ沢ふたよ

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運命への反撃

即位式

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 王宮に凱旋して、西寧は、妹と初めて対面した。まだ五歳の幼い妹。腹違いの妹。ありきたりの普通の毛並みの虎精の少女。名を福寿ふくじゅと言った。

「西寧兄様でございますね」

 ニコリと笑う福寿は可愛らしかった。大人しく控えめな性格らしく、話し方もずいぶんおっとりしていた。

「福寿。怖い思いもたくさんさせたと思う。これからは、兄がお前を守ろう。足りないことがあったら、いつでも言ってくれ」
西寧の言葉に、福寿は一礼した。

 腹違いといえども、西寧にとっては、初めて見る血を分けた家族。不思議な感じがした。西凱王は、福寿が物心つく前に崩御しているはずだ。福寿の母も西凱王が亡くなってすぐに崩御したと聞いている。福寿もまた、西寧と同じく親の愛に恵まれてはいない。
 そう思えば、一入この幼い妹の行く末を守ってやらねばと思う。

「兄様ありがとうございます。出来れば、兄様とたくさんお話がしとうございます」
福寿は、そう言って微笑んだ。

 西寧は、忙しい合間をぬって、暇を見つけては、福寿を膝に抱き色々な話をした。やたらと厳しかった陽明という家臣の話。その後に、商人の家に下働きをした時お辛かった話。壮羽と出会った時の嬉しかった話。どの話も、福寿は、ニコニコしながら聞いてくれた。西寧も、福寿と話すのは、楽しかった。

 王宮の裏山で見つけた野の花。花輪を作って遊ぶ福寿を西寧は見守る。
 穏やかな時間。
 これが、家族なんだ。
 西寧の心は、じんわりと満たされる。

 陽明のことを思い出す。幼い西寧に厳しかった陽明。
 陽明は、自分がこのような形で強引に玉座に就いたことを、卑怯だと怒ってはいなだろうか?
 西寧は、陽明が自分を育ててくれた小さな庵の跡を見に行く。

「本当に、兄様はこんなところでお育ちになられたのですか?」

 福寿が、寂れて天井すらなくなった廃墟を興味深そうに見て回っている。
 こんな風に崩れ果てた姿を観れば、なんとも小さな庵。
 ここで、陽明と二人で過ごしていた。自分の部屋と居間と台所、陽明の部屋。最小限の空間。しかし、幼い頃は、これが全てだった。

 足元の瓦礫が、パキパキと音を立てて崩れる。
 西寧は、陽明の部屋のあとから、一冊の記録を見つける。
 陽明の日記だ。
 落ちた天井の裏にでも隠していたのか。それが、天井が落ちたことで、ここに野ざらしで放置されることになったのだろう。

 雨風にさらされてボロボロの紙をめくって、まだ読めるところをすくって読めば、西寧の事ばかり書かれている。

 初めて立った日の喜び。
 初めての言葉は「よおよお」陽明のことをそう呼んだらしい。陽明は、その日のことを幸せに感じていたのだと書かれている。

 風邪をひいた時には、どれほど不安で眠れなかったかがつづられている。
 西寧様のご成長は、妃様に全てご報告し、妃様も西寧様にお会いしたいと泣かれている。それなのに、一目も会わせてあげられぬ。私が、太政大臣に権力で負けているからだ。不甲斐ない自分に腹が立つ。どうしても、あの男に裏をかかれてしまう。自分が不甲斐ないから、この子を親から引き裂いてしまったのだ。
 幼い西寧には見せなかった陽明の嘆きが、喜びが、そこら中にしたためられている。

「陽明……ごめん」

 陽明の心の半分も分かっていなかった。
 いつか、政敵を皆打ち滅ぼして、西寧様を堂々と王族に列席させたい。ご両親に会わせて差し上げたい。その為にも、誰も文句が言えないくらいに、西寧様を立派に育て上げたい。

 陽明の夢がつづられている。

 こんなに西寧を想い、色々なことを抱えていたなんて、今まで思ってもみなかった。
 色々なことを飲み込んでの、あの陽明の厳しさ。表面的な厳しさだけに目がいって、その奥の陽明の心の深さに気づきもしなかった。
 
 日記帳を抱きしめれば、陽明の心を感じて、温かくなる。
 自分は、どんな時も、陽明の愛に包んでもらっていたのだと気づく。
 
 ある日、力上達、軍部の要望により、西寧の即位式が正式に行われることになった。

「だが、黒い虎精の王の即位式なんて、誰も望まんだろう?」

 西寧が自嘲気味に言えば、太政大臣も大きく首を縦に振る。

「全くその通り。誰も観たくないでしょう」

 太政大臣の言葉に、力上は恐ろしい形相で睨む。百戦錬磨の力上に睨まれて、太政大臣は、言葉を継げなくなる。

「いや、西寧様は、先の大戦で勝利を呼び込まれた英雄。英雄を邪険に扱うなぞ、武勇を誇る青虎の国の名折れになります」

 力上は、そう言って一歩も引かなかった。
 まあ、いい。国民から非難が出て暴動がおきれば、その時に対処すればよい。
 西寧は、観念して即位式に了承した。

 即位式の当日。西寧は、着たこともない金糸や銀糸を使った立派な服を着せられる。

「高そうな服だな。費用はいくらくらいかかったんだろう?」
と、西寧が困った顔でつぶやけば、

「また、そんな……。めでたい時ですから、こんな時ぐらい、純粋に楽しんで下さい」
と、壮羽が苦笑いする。

「しかし、これも国庫から費用は出ていて、この金で孤児院を造ったりだな、色々と使い道が……」

「それは、西寧様が国を豊かに治めることで造って下さい。今日の分の費用も、このぐらい取り戻す気でいてくれなければ困ります」

 壮羽がそう言えば、西寧は、壮羽め、と言って壮羽の胸を軽く小突く。

「分かった。格式高い烏天狗の壮羽が、驚くぐらいの名君になってやる」
西寧は、そう言って壮羽に笑う。

 西寧は、力上に促されて即位式の会場となる王宮の広場に出る。
隣には、壮羽が控えていつ何が起きても対処できるようにと緊張している。
 王族席に一人だけ座っている福寿が、

「お兄様、素敵です」
と、にこやかに笑って手を叩いて喜んでくれている。

 太政大臣と仲の良い大臣たちが、黒い虎には不格好だ、汚らわしい、みっともない、と意地の悪いことを、西寧に聞こえるようにひそひそと言い合っている。

 無視だ。
 いまさら、西寧は、そんなことを気にしない。
 隣には、壮羽がいる。それに、力上もいる。妹の福寿もいる。陽明の想いも心に刻んだ。
 それだけで十分だ。
 あんな奴らの好意なんて、必要とは思わない。

 堂々と広場を見渡せば、大勢の兵士。西寧の顔を見て歓喜の声をあげているのは、先の戦で共に戦った者達。
 拍手と歓声。

「ここに、西寧王の即位を発表する」

 力上の大きな声が広場に響けば、広場には、歓喜の声が上がる。

「西寧様、おめでとうございます。あんなにも、皆、西寧様の即位を喜んでおります」

 壮羽が、歓声を聞き、嬉しそうに笑う。

「うん。……ありがとう」

 受け止めきれない光景に、西寧は戸惑う。
 ずっと、虎精には受け入れられない存在なのだと諦めていたのに。
 西寧は、涙をグッとこらえていた。

「西寧王。バンザイ!」

力上の力強い声に、広場は、いつまでも喜びにみちあふれていた。
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