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抜け殻
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その夜、私は部屋で小さな頃を思い返していた。
貴子と二人、いつも一緒に遊んでいた。
幼稚園や小学校の低学年の頃には、この部屋にも貴子が来て、一緒に絵本を読んだり絵を描いたりしたのだ。
その頃の私達二人の夢は一緒だった。
宇宙飛行士だ。
星の図鑑を見ては、星空の中を進むロケットに乗る妄想を話していた。
「ロケットか……」
そんなの、夢のまた夢なんだって気づいたのは、小学校の高学年の頃だった。
ロケットに乗るような優秀な人間と自分は違う。
私は、そのことに気付き、自然と夢を諦めた。
貴子は……貴子は運動も勉強もできるし、きっと望めば今でも宇宙飛行士になれる才能があるけれど、きっと、宇宙飛行士になりはしない。
忙しくなった芸能活動で、学校にも来なくなった。
貴子のお母さんは、貴子が女優やモデルで活躍することを望んでいる。
貴子は、高校を卒業すれば、この田舎町を離れて東京へ行き本格的に芸能活動をするのだと、貴子のお母さんが言っていた。
「ウチの貴子に近づかないでくれるかな? ちょっと、もう世界が違うんだから」
貴子のお母さんの口真似をしてみる。
うわ……どうしよう。
今でもかなりムカつく。
貴子のお母さんは、やっぱり苦手だ。すぐ怒るし。
いつだったか、貴子が一時間ほど帰るのが遅くなっただけで、家に怒鳴り込んで来たことがあった。
すごい剣幕で、家の貴子を誘拐するつもりかって、大声で怒鳴っていた。
ああ、思い出した。おやつも無添加の砂糖も塩分も控えめの物出ないとダメだって、制限していた。
だから、貴子が来る時には、私も甘いものが食べられなくなった。
貴子は、キッズモデルもやっていたから、太らないようにと栄養状態も気をつけていたのだろうけれども、ずいぶんと窮屈だったことを覚えている。
何気なく眺めた窓の外に貴子の部屋の灯りが見える。
まだ、部屋で何かやっているらしく、人影がカーテン越しに動いているのが見える。
今はもう十一時だ。
珍しな、こんな時間まで貴子が起きているの。
いつも、貴子はお母さんに言われて十時には寝るのに。
「でも、本当に良かった。生きていて」
姿は見えないけれども、やっぱり貴子が死ぬのは嫌だ。
慎也は、明日、もう一度確かめようと言うけれども、貴子のお母さんが、嘘をいう訳がない。
中庭で倒れていたのが何だったのかは分からない。
「まさか、他の生徒の遺体ってことは……」
いいや、違う。
あんなにスタイルの良い生徒なんて、見たことないもの。
スラリと伸びた手足、完璧なスタイル。
遠目に見たって、暗闇だって、ずっと貴子を見て来た私が、見間違うはずがないのだ。
その日は、私は、布団に入ってからもずっと貴子のことを考えていた。
そして、いつの間にか眠っていた。
◇ ◇ ◇
朝、慎也達との待ち合わせのために私はリビングに降りる。
お母さんはパートに出てもういない。
お父さんも、今日は出勤のはずだ。
食パンをトースターをぶち込んで、何となくテレビを付ける。
「わ、貴子だ」
いきなり飛び込んできたのは、貴子の顔。
四月に公開の映画の宣伝だ。
録画だと思う。だって、スタジオじゃない個室でのインタビューだし。
だが、私があんなに悩んでいたのに、貴子が画面の向こうで笑っている。
馬鹿らしくなってくる。
「なんだ。やっぱり生きているんだよ」
チーンと鳴るトースターからパンを引っ張り出して、苺ジャム付けて食べる。
甘くて酸っぱい苺ジャムとパンと、それからリンゴジュース。
机の上には、『春休みだからって、勉強はしろ! 来年は受験!』と、お母さんからの耳が痛くなるメモが置かれている。
「もう! 分かっているってば!」
毎日一回は小言を言わないと気が済まないのだろうか、家の親は。
絶妙なタイミングで私の神経を逆撫でする小言をぶっこんで来るのは、もはや一種の才能ではないだろうか。
さっさと平らげて、歯を磨いて顔洗って家を出る。
メモは……無視だ。
気づかなかったことにしよう。
今は、友達との約束が大切だ。
だって、昨日のあの死体は、やっぱり気になる。
沼二の正門前。
本日、立派に廃校となった学校の前に行けば、慎也だけが立っていた。
「あれ? 他のみんなは?」
天文部のグループチャットに慎也が送ったメッセージには、ちゃんと人数分の既読が付いていた。
「来ないって、個別に連絡が来た」
「え、どうして?」
意外だ。
だって、あんなに変なことが起こったのだ。
貴子が生きていたとしても、やっぱり気になる。
「奈美は興味ない。紗栄は怖いからヤダ。貴子は連絡なし。理人は、後から来るって」
「え、そうなの?」
紗栄が怖いっていうのは分かる。
昨日、あんなに怖がっていたし。
奈美が興味ないって、絶対に嘘だ。
これは、あれだな。面倒なことの巻き込まれて、進路に障るのを嫌がったんだ。
貴子は、もう、連絡がない方が定番だ。
きっとまた忙しいのだ。
理人は? どうして遅れてくるのか。
……まあ、いいや。後で聞けば。
「で、確かめたいってどうしたのよ? 貴子は生きていた。話はそれで終わりでしょ?」
「それが……これを見て欲しいんだ」
慎也が取り出したのは、昨日の観測会で使うはずだった一眼レフのデジタルカメラだ。
慎也が指した液晶画面には、昨日の遺体が写っている。
「え、これ! 撮っていたの?」
「当たり前だ! 何かの証拠になるかもしれないし! いいか、科学者ってものは、いつ何時でも、記録を怠らないものなんだ!」
「いや、そんな熱弁されても困るんだが」
ともかく見ろと言われても、昨日と同じショックな画像だ。
うわぁ。改めて見るのは、ちょっと怖い。
でも、そうよね。
やっぱりあそこには、誰か倒れていたのよ。
貴子じゃなくっても。
「顔を拡大する」
慎也が、カメラを操作して、遺体の顔の部分の画像を拡大する。
「え……」
望遠レンズは、確かに捉えていた。
遺体の顔を。
「たかこだ……」
私は、青ざめる。
慎也の撮った写真には、間違うことなき、貴子の美しい顔が写っていた。
貴子と二人、いつも一緒に遊んでいた。
幼稚園や小学校の低学年の頃には、この部屋にも貴子が来て、一緒に絵本を読んだり絵を描いたりしたのだ。
その頃の私達二人の夢は一緒だった。
宇宙飛行士だ。
星の図鑑を見ては、星空の中を進むロケットに乗る妄想を話していた。
「ロケットか……」
そんなの、夢のまた夢なんだって気づいたのは、小学校の高学年の頃だった。
ロケットに乗るような優秀な人間と自分は違う。
私は、そのことに気付き、自然と夢を諦めた。
貴子は……貴子は運動も勉強もできるし、きっと望めば今でも宇宙飛行士になれる才能があるけれど、きっと、宇宙飛行士になりはしない。
忙しくなった芸能活動で、学校にも来なくなった。
貴子のお母さんは、貴子が女優やモデルで活躍することを望んでいる。
貴子は、高校を卒業すれば、この田舎町を離れて東京へ行き本格的に芸能活動をするのだと、貴子のお母さんが言っていた。
「ウチの貴子に近づかないでくれるかな? ちょっと、もう世界が違うんだから」
貴子のお母さんの口真似をしてみる。
うわ……どうしよう。
今でもかなりムカつく。
貴子のお母さんは、やっぱり苦手だ。すぐ怒るし。
いつだったか、貴子が一時間ほど帰るのが遅くなっただけで、家に怒鳴り込んで来たことがあった。
すごい剣幕で、家の貴子を誘拐するつもりかって、大声で怒鳴っていた。
ああ、思い出した。おやつも無添加の砂糖も塩分も控えめの物出ないとダメだって、制限していた。
だから、貴子が来る時には、私も甘いものが食べられなくなった。
貴子は、キッズモデルもやっていたから、太らないようにと栄養状態も気をつけていたのだろうけれども、ずいぶんと窮屈だったことを覚えている。
何気なく眺めた窓の外に貴子の部屋の灯りが見える。
まだ、部屋で何かやっているらしく、人影がカーテン越しに動いているのが見える。
今はもう十一時だ。
珍しな、こんな時間まで貴子が起きているの。
いつも、貴子はお母さんに言われて十時には寝るのに。
「でも、本当に良かった。生きていて」
姿は見えないけれども、やっぱり貴子が死ぬのは嫌だ。
慎也は、明日、もう一度確かめようと言うけれども、貴子のお母さんが、嘘をいう訳がない。
中庭で倒れていたのが何だったのかは分からない。
「まさか、他の生徒の遺体ってことは……」
いいや、違う。
あんなにスタイルの良い生徒なんて、見たことないもの。
スラリと伸びた手足、完璧なスタイル。
遠目に見たって、暗闇だって、ずっと貴子を見て来た私が、見間違うはずがないのだ。
その日は、私は、布団に入ってからもずっと貴子のことを考えていた。
そして、いつの間にか眠っていた。
◇ ◇ ◇
朝、慎也達との待ち合わせのために私はリビングに降りる。
お母さんはパートに出てもういない。
お父さんも、今日は出勤のはずだ。
食パンをトースターをぶち込んで、何となくテレビを付ける。
「わ、貴子だ」
いきなり飛び込んできたのは、貴子の顔。
四月に公開の映画の宣伝だ。
録画だと思う。だって、スタジオじゃない個室でのインタビューだし。
だが、私があんなに悩んでいたのに、貴子が画面の向こうで笑っている。
馬鹿らしくなってくる。
「なんだ。やっぱり生きているんだよ」
チーンと鳴るトースターからパンを引っ張り出して、苺ジャム付けて食べる。
甘くて酸っぱい苺ジャムとパンと、それからリンゴジュース。
机の上には、『春休みだからって、勉強はしろ! 来年は受験!』と、お母さんからの耳が痛くなるメモが置かれている。
「もう! 分かっているってば!」
毎日一回は小言を言わないと気が済まないのだろうか、家の親は。
絶妙なタイミングで私の神経を逆撫でする小言をぶっこんで来るのは、もはや一種の才能ではないだろうか。
さっさと平らげて、歯を磨いて顔洗って家を出る。
メモは……無視だ。
気づかなかったことにしよう。
今は、友達との約束が大切だ。
だって、昨日のあの死体は、やっぱり気になる。
沼二の正門前。
本日、立派に廃校となった学校の前に行けば、慎也だけが立っていた。
「あれ? 他のみんなは?」
天文部のグループチャットに慎也が送ったメッセージには、ちゃんと人数分の既読が付いていた。
「来ないって、個別に連絡が来た」
「え、どうして?」
意外だ。
だって、あんなに変なことが起こったのだ。
貴子が生きていたとしても、やっぱり気になる。
「奈美は興味ない。紗栄は怖いからヤダ。貴子は連絡なし。理人は、後から来るって」
「え、そうなの?」
紗栄が怖いっていうのは分かる。
昨日、あんなに怖がっていたし。
奈美が興味ないって、絶対に嘘だ。
これは、あれだな。面倒なことの巻き込まれて、進路に障るのを嫌がったんだ。
貴子は、もう、連絡がない方が定番だ。
きっとまた忙しいのだ。
理人は? どうして遅れてくるのか。
……まあ、いいや。後で聞けば。
「で、確かめたいってどうしたのよ? 貴子は生きていた。話はそれで終わりでしょ?」
「それが……これを見て欲しいんだ」
慎也が取り出したのは、昨日の観測会で使うはずだった一眼レフのデジタルカメラだ。
慎也が指した液晶画面には、昨日の遺体が写っている。
「え、これ! 撮っていたの?」
「当たり前だ! 何かの証拠になるかもしれないし! いいか、科学者ってものは、いつ何時でも、記録を怠らないものなんだ!」
「いや、そんな熱弁されても困るんだが」
ともかく見ろと言われても、昨日と同じショックな画像だ。
うわぁ。改めて見るのは、ちょっと怖い。
でも、そうよね。
やっぱりあそこには、誰か倒れていたのよ。
貴子じゃなくっても。
「顔を拡大する」
慎也が、カメラを操作して、遺体の顔の部分の画像を拡大する。
「え……」
望遠レンズは、確かに捉えていた。
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