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謝罪に行ったけれども

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 まず、なんでセシルが俺たちの教室にいたのか?
 それは、昨日俺たちが入学早々油まみれになって寮室で暴れていたのを、一言注意しに来たかららしい。クラスの奴が教えてくれた。

 なんで、そのことを注意せずに、さっさと教室を離れてしまったか?
 俺とマキノが、神聖な卒業プロムを馬鹿にするようなジョークを言っていたからだと推察される。

 シロノの通う貴族の子女が通う女子校と、俺の通う貴族の子息が通う男子校が、これ見よがしに隣に建てられて頻繁に交流しているか。それは、十三から十五歳の成人直前の貴族が、将来の結婚相手を探すためでもある。
十五歳で正式に社交界デビューを果たす前に、どんな子がいるのか、お互いに見ておけというのだ。悪趣味な制度だ。

 卒業プロムで誘うこと、それは、事実上の婚約宣言でもある。
 神聖なものであり、たいていの貴族は、そこで正妻をめとる。……まあ、王族だけは別で、フライングで、十五歳の誕生日の時に、盛大なパーティを開き、正妃を決めるのだが。
 この風習は、美女の取り合いで、王族が部下と揉めないようにとの配慮と思われる。

 真面目なセシルには、その伝統をないがしろにする態度が気に喰わなかったのだろう。
 ……最悪だ。
 もうどうしよう。シロノ。お兄ちゃん、シロノの恋を邪魔しちゃったかも。

 これは、早々に謝りに行くべきだろう。そうに違いない。

 俺は、セシルの教室を探して上級生の教室へ向かう。マキノが付いて来ようとしたが、それは断った。一人で行く方が、謝罪の意が伝わる気がしたから。

 十四歳の子が通う一つ上の学年の教室を覗けば、俺の顔を見て教室内がざわつく。
 下級生が上級生のクラスに顔を出すのが珍しいのだろうか。それか、悪名高い宰相の息子だときづいて、警戒されているか。一々面倒だな。

「どうしたの? 子猫ちゃん」

 声をかけられて見上げれば、赤毛の長身の男がヘラヘラ笑っている。
 子猫ってなんだ。そんな俺ちっこいか? お前がデカいだけだろう?

「あの、セシル様に謝罪したくて」

「セシル様に? なんで? 何かしたの?」

 なんでとは、俺が聞きたい。どうして、顎をクイッと持ち上げた? どうして、壁に手をついて包囲している?これじゃあ、セシルがいるかどうか、教室の中がまるでみえない。邪魔だ。

 だんだんムカついてくる。

「放っておいてください。あなたには関係ないでしょう?」

つい、そう言ってしまった。

「うん? 可愛いねえ。気が強いんだ。」

殴るぞ。なめた事ばかりいっていると。


「無礼でございましょう? たとえ下級生であっても初めてお会いする者にその態度は!!」

この美しい凛とした声は、……愛しいシロノだ!!
 腕を組んで、上級生を堂々と睨む毅然としたシロノの態度。
 なんて素敵なんだ!! さすがシロノだ!
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