25匹の魚と猫と

ねこ沢ふたよ

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魚の反乱

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 メダカのメダちゃんは激怒した。
 必ずや、あの暴虐無人の猫を許してはならぬと。
 水槽の中で、メダカはぐるりを一回転して怒りを露わにした。

「いや、そうは言ってもさ。相手は猫だぞ?」

 グッピーのぐっちゃんは、諦めるのが早い。
 南国の気質のせいか、グッピーたちは、何かにつけて我慢が効かないとメダちゃんは思う。
 残念な話だ。
 一般家庭にしては、少々大きめのこの水槽世界で育んだ友情はある。
 グッピーのぐっちゃんは、メダちゃんの親友だ。
 だが、せっかくメダちゃんが怒りに立ち上がって、猫に怒りを向けたというのに、出鼻を挫く発言は聞き捨てならない。

「その蛍光色のひれは節穴か!」

 メダちゃんは、すぐに言い返す。

「いや、別に蛍光色は、特に関係ないだろ。なんだよ、ひれが節穴って!」

 ぐっちゃんの反論は、かなり正論だ。
 目が節穴かどうかなら分かるが、ひれが節穴という概念は、さすがに魚界といえども……ない。

「かの英雄、大きな魚に群れで立ち向かった『僕が目になるよ!』君のように、猫を駆逐することは、きっとできるはずだ!」

 メダちゃんが、怒りでひれこぶしを震わす。
 気持ちはぐっちゃんも分かる。
 二十五匹の魚たち、皆、猫には困っているのだ。
 穏やかに水槽ライフを楽しむ魚たちを、じっと見つめる大きな瞳には、威圧感がある。
 猫は、水槽の蓋を開けはしない。
 ただ、じっと見ているだけなのだが、魚たちにとっては、たまったものではない。
 遺伝子レベルで刻み込まれた恐怖が蘇り、ストレス絶大になるのだ。

「じゃあさ、皆で編隊を組んで……大きな魚のふりして猫を威圧する?」
「ぐっちゃんよ。それでは、意味がない。大きな魚になったとて、猫が怖がるか?」

 きっとメダちゃんがぐっちゃんを睨む。
 吐き出す泡も、ブクブクと激しく、メダちゃんの興奮を現わしている。

「いや、喜ぶだろうな」

 だって、猫にとって魚は獲物。
 それは、猫が普段食べている餌の絵柄を見れば分かる。
 お魚ミックスだの、カツオ風味だの、おぞましい猫の食べ物の名前。
 ご飯の袋にプリントされた生気を失った魚の絵柄。
 それは、全身の毛も……全身の鱗もよだつ光景だ。
 だから、猫にとって魚は獲物。
 獲物が大きくなったとすれば、それは、猫には喜びしかないだろう。
 何だったら、我慢できずについに手を出してくるかもしれない。
 最悪だ。
 だって、猫にとって魚は獲物。
 進撃の猫に城壁すいそうを破られて、猫の口に母が収まる光景なんて、ぐっちゃんは見たくない。

「だろう。だから、俺達が大きな魚に擬態したところで、何の効果もないんだ!」
「だったら、どうするって言うんだよ」

 ぐっちゃんは、もうそろそろ、この不毛な会話に飽きてきていた。
 もうすぐ、飼い主の人間が、餌をまいてくれる時間だ。
 早く水面に上がって、美味しい餌にありつきたいと思うのが、正しい魚情にんじょうではないか。
 そうに違いない。

「待て、ぐっちゃん!」

 水面に浮上しようとするぐっちゃんをメダちゃんが引き留める。
 
「なんだよ。お前も早くしないと、食いっぱぐれるぞ?」

 何せこの水槽には、二十五匹も魚がいるのだ。
 メダカが十匹。
 グッピーが十五匹。
 お魚天国を形成している。
 みんな、腹ペコ。ご飯は、有限。
 うかうかしていると、食事はなくなってしまうのだ。

「我ら一匹一匹は小さくとも、二十五匹の力を合わせれば、必ずや猫に一泡吹かせることができるのだ!」
「いや、だからどうするんだよ」
「それを考えているのではないか」

 おい、ここまで会話を引っ張って、考えなしとは、酷くないか?
 もうちょっと目処を立ててから提案するのが社会人のマナーではないか。
 そろそろ本気でぐっちゃんは嫌になる。

「ぐっちゃん、頼むから一緒に考えてくれ」
「メダちゃん……そう言われても……」

 ぐっちゃんだって、猫の嫌いな物なんて考えたことなんて、ないのだ。
 巨大な体のモフモフの猫。
 大きな瞳で、じっとこちらを見て、ゴロゴロと喉を鳴らしている。
 赤い口をパカリと開けて、手をサリサリと舐める様は、思い返してもゾッとする。
 あの口に吸いこまれたら、辞世の句を詠むまでもなく魚生じんせいが終わるのだ。
 ぐっちゃんは、想像しただけで震えあがる。

「ほーら! ご飯だよ!」

 人間の声がする。
 メダちゃんとぐっちゃんの腹が鳴る。

「仕方ない。今は休憩といこう」

 二匹は、仲間の後を追って水面に浮上する。
 ご飯は、パラパラと天から降ってくる。
 乾燥プランクトンを頬張って、二人ともご機嫌だった。

「今日のプランクトンはあれだで。フレッシュで美味しいで」
「うん、うめえ。これは、開封したての新しいプランクトンでい」
「人間は、この絶品プランクトンを、自分では食べないらしいぜよ」
「何ともそれは人生の半分損している話でごわす」
「口に入れた途端に広がるこおばしいフレーバーも、コクのある喉越しも知らずに一生を終える。なんとも憐れな生き物でおじゃる」

 二十五匹の魚たちは、口々に勝手なことを言いながら、ご飯を食べる。
 人間は、水槽に魚たちのご飯を落とすと、そのままどこかへ行ってしまった。
 魚たちが、夢中でご飯を食べていると、部屋からけたたましい音をする。
 ブオオオオオオオ。
 
「びっくりした。掃除機か」

 メダちゃんは、ホッとする。
 やめてほしい。
 いつも何の予告もなしに、人間は掃除機をかける。
 腹が立つ。
 せめて、「掃除機をかけてもよろしいでしょうか?」と、お伺いをたててほしい。
 メダちゃんは、イラっとする。

「おい、あれ……」

 ぐっちゃんが、水槽の外をひれゆび指す。
 
「ああ……本当だ」

 ぐっちゃんのひれの指した先には、猫がいた。
 
 ◇ ◇ ◇

 その日、猫は不思議な光景を見た。
 いつも覗いている水槽の様子が違うのだ。
 魚たちが、群れ成して、何かを形作っている。

「なんだろ……?」

 何かに似ている。
 見たことのある形……。
 ええっと……。

「猫じゃらし!」

 猫が答えると、水槽の中の魚たちが一斉に×の形を創り出す。
 違うらしい。
 丸くって、長い棒がくっついていて……。

「ええっと、たわし?」

 また、すぐ×の形に魚たちが、編隊を変える。
 また、違うらしい。
 困った。
 猫は、頭を前足で擦って、悩む。

「どうやら、掃除機とは通じていないが、困っているようだぞ」

 メダちゃんは嬉しそうにほくそ笑む。
 そもそも、掃除機とは、何なのかが分からないメダちゃん達。
 編隊で形を真似してみるが、その再現精度は極めて低い。
 猫に分かるわけがないのだ。
 あの日、猫が掃除機を怖がって逃げていた。
 それを目撃したから、再現しただけのことなのだ。

「あ、諦めて逃げた! メダちゃん! やったよ!」

 ぐっちゃんが言う通り、猫が撤退して、爪とぎでバリバリと爪を研いでいる。

「はっは! 悔しがっている!」

 最初とは趣旨は違うが、何とか、猫撃退という目的は果たしたようだ。
 魚たちは、歓喜の泡を一斉に上げた。

 ここは、水槽の中の世界。
 クラムボンもぷかぷか浮かばない、小さな世界。
 二十五匹の魚たちは、本日も平和である。

「こ、今度こそ当ててやる!」

 決意に燃える猫が、時々挑戦にくる以外は、とても平和である。
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