平安の都で妖狐は笑う

ねこ沢ふたよ

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金毛九尾

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 紫檀が全身を振るわせてクルリ回る。

「どうせ戦うことになるんだから、まだるっこしく説得なんてしなくて良かったではないか!!」

 紫檀の声色はウキウキしている。
 至上の存在である九尾狐と戦う機会なんてそうそうある物ではない。
 どう考えても格上の九尾が、怒りに満ちた様子で目の前にいる。

 周囲の空気が凍り付く。
 張り詰めた……いや、そんな言葉では足りない。
 一歩前に進めば喰い殺されそうな圧を感じる。

 狐火を全身にまとった金色の大狐は、虚空に浮かび、紫檀たちを見下ろす。

「すごいな!!」
「アホ狐。完全にこちらが不利になってしまったではないか」
「だが、本気の九尾だぞ!! 姑息な手で絡めとるなどもったいない……いやいや、失礼ではないか」

 本来は、鳴神がまず説得し、それに応じないようであれば、結界の中に潜んでいた晴明達が、九尾の動きを少しでも封じで、ともかくこの都からは退去させ、そこでまた策を講じて戦意を削ぐ予定であった。
 
「さて、どうするか……私と鳴神と紫檀。この三人でかかっても、九尾を抑える力があるのかどうか……」

 思案する晴明の言葉を、鳴神が大人しく待つ。

「爺《じじい》の策は待ってられん!!」

 ピョンと跳んだ紫檀が、玉藻の前に一人立ち向かっていく。
 玉藻の前が、冷たい目を紫檀に向ける。

「なんとも子狐というものは、無礼で無謀な……妖狐の里で礼節を教わったはずではないのか?」
「あいにくその手の座学は全部居眠りで聞いておらん」
「その居眠りが命取りになろうこと、後悔するが良い」

 玉藻の前が目を細めた瞬間に、大きな狐火が紫檀を包む。
 狐火に包まれた途端に辺りの風景が消えて見たこともない沼が広がる。

「これが九尾の結界……」
「焼き殺す気で放った狐火であったが、どうやら座学以外は真面目に学んではいるようだな」

 すうっと降り立つ女の姿に戻った玉藻の前。
 玉藻の前の足元に、薄紅色の蓮の花が現れてその足を支える。

 ――玉藻の前の結界の中。全ての物が、玉藻の前の都合に合わせて存在するということなのだろう。

「子狐、どうする? ここは、わらわの結界の中。お前がどうあがこうが、何も変わらない」

 高みの見物をするつもりなのだろう。
 玉藻の前は、蓮の上でくつろいでいる。
 
 何も無いように見えていた沼は、もはや蓮の群生地と化して、水面は見えない。
 青い蓮の葉、白や薄紅の蓮の花、華の蕾《つぼみ》。
 紫檀は蓮に囲まれ身動きが取れなくなる。

「くぅ!」

 紫檀が自らの狐火で周囲の蓮を焼き払っても、蓮は次から次へと沼から生えて紫檀を囲む。

「なんとも愉快な!」

 紫檀がもがいている様子を見て、玉藻の前が悠然と笑う。
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