平安の都で妖狐は笑う

ねこ沢ふたよ

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半妖

招き入れたるは

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 いや、やはりこのモノは怪しい。
 微かに感じる気配は、重く薄気味悪い。
 もし仮に本当に主上だったとしても、生きてさえいれば後の笑い話にも出来る。

「姫様、ここは開けずに……」
「ええい! 意気地のない!」

 ズカズカと梨花のそばに歩いてきた乳母は、開けることに躊躇していた梨花を突き飛ばす。
 梨花は部屋の隅に突き飛ばされて慌てる。

「い、いけませぬ!」
「黙りなさい! 胡散臭い話ばかりし……て……」

 乳母は、二度とその言葉の先をつなげることは出来なかった。
 外から大きな腕がにゅっと現れて、乳母をそのまま外へと引きずり出してしまったのだ。

 クシャ……ニチャ……ボキリ……

 外の闇から、恐ろしい音が響いてくる。
 ああ……。これは、乳母の君は、もう助からない。

 扉を閉めてしまいたいが、何かが挟まっているようで、閉めることはままならない。

 静かに木の床に広がる血溜まりは、つい先程まで乳母の体を流れていたものであろう。

「な、何が起きているのですか?」

 異様な様子に怯える女主人の顔は青ざめている。
 先程の大きな腕は見えなかったのであろう。だから、女主人には、突然廊下の暗がりに出て行った乳母が帰って来ないことしか分からない。

 これほどの力の妖でも、普通は見えぬものなのか。梨花は驚く。

 強大な力を持つ妖ならば、流石に通常の人間にも視えてもおかしくはない。
 もちろん、その妖が結界を張るならば、残念ながら梨花ですら視えない時はあるが。
 いや、意地の悪い妖ならば、わざと正体を見せびらかして、恐怖で獲物が震え上がるのを楽しみながら仕留める。

 それ、こんな風に。

 ヌッと顔が闇に浮かぶ。
 ギロリと鋭い大きな目。
 多くの歯は、先程手に入れたばかりの獲物の鮮血で赤い。

 最悪だ。
 妖の舌の上にのっているのは、見知った女の生首。妖は、その生首を舌で転がして、そのまま一飲みにしてしまった。

「ヒィィィ」

 誰かの口から音が漏れる。
 本当に怖いときには、不思議と悲鳴は出ない。筋肉が強張って喉が潰れたように閉じて息も出来なくなる。

「もうし。如何なされた?」

 先程外から聞こえた声で妖がそう尋ねてニィと笑う。
 
「あな……」

 梨花の女主人は、そうこえを発した瞬間に帰らぬ人となった。
 
 この名も知らぬ妖の一撃で、上半身が引きちぎられて、足の部分のみが元の場所にそのままの姿で座っていた。

 逃げねば

 目の前の地獄絵図を見て必死で思いついた答えたそれ。

 だが、その単純なことが難しい。
 震え上がる足を何とか説き伏せて、上がらない腰を引きずり、とにかくこの場を離れるために動こうとはするが、どこに向かえば安全なのかも分からない。
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