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新たな日々を貴方と(完)
しおりを挟む木々の芽が膨らみ、雪解け水が小さな川を作る。
春の訪れたその地で、アレンは手際よく畑を耕し、リュシアンはその隣でせっせと土をならしていた。
最初は慣れない作業に手つきがぎこちなかったが、少しずつ慣れてきたのか綺麗にならされている。
「こうして土に触れていると、不思議と落ち着くな。」 「うん、そうだね。土とか草の色んな匂いが混じり合っているからかな。」
アレンの手が、リュシアンの手の上にそっと重なる。土の温もりと体温が混ざり合い、互いの存在を確かめ合っているようにも感じた。
昼になれば、家の窓辺で昼食をとる。 アレンが焼いた黒パンの香ばしい香りが広がり、リュシアンが煮込んだ野菜スープが湯気を立てる。
「……料理なんて、昔はしたこともなかった。」 リュシアンが呟くと、アレンが少し笑う。 「昔の君は、きっと台所に近づいただけで叱られてたんじゃない?」 「そうかもしれないな。でも……今の俺は、この時間が一番好きだ。」
そう言って、リュシアンはスープを掬う手を止め、アレンを見つめた。 その瞳は、かつての貴族としてのものではなく、一人の“人”としての温かみのあるものだった。
午後は本を読む事が多い。 今日はアレンが町で買ってきた古い詩集を読み上げてくれた為、リュシアンはその声に耳を傾ける。 風がカーテンを揺らし、光が床に模様を描く。 まるで時が止まってしまったかのような、穏やかな午後。
「詩は、いいな。」
リュシアンがポツリと呟くと、アレンは少し頷く。
「心が痛いときほど、優しく響くんだ。……たぶん君が感じてる“生きている実感”も、そういうものに近いんだと思う。」 「そうか……俺は、やっと今を“生きている”のかもしれないな。」
夜になると、二人で星を見る。 暖炉の焔の代わりに、空の光を眺めるのが二人の習慣になっていた。 小さな庭に敷いた毛布の上、アレンが指を伸ばして空を指す。
「ほら、あの星。あの光が消えるまで、何千年もかかるんだって。」 「そんなに長く……」 「うん。だから、今見ている光は、ずっと昔に生まれたんだ。まるで僕たちみたいだね。遠い過去の痛みを抱えたままでも、ちゃんと光ってる。」
リュシアンはその言葉に、目を細めた。
「俺も、君も。もう過去じゃなくて、今を灯す光でいられるように。」 「うん、約束だよ。」
二人の声が重なり、夜風に溶けていく。
流星が一つ、空を横切った。 その瞬間、アレンがそっと彼の手を取った。
「今世での願いごとは、何にする?」 「君と、一緒に生き続けること。」
リュシアンの答えに、アレンは満足したように小さく微笑んだ。
「私も同じ。」
焔に巻かれ命尽きる、そんな凄惨な過去は、もう2度と訪れる事はない。
星の光は、静かに──けれど確かに、今を生きる二人を優しく包み込んでいた。
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