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1章.翼のない悪魔
5.上級天使
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看守の天使から物珍しい悪魔が捕まっているという噂を聞きつけた上級天使のアクロアは、モリオンの閉じ込められている懲罰房に向かっていた。
3対6枚の美しい翼に、宝石のように輝く瞳、長く透き通るような白銀の髪を持つ彼は、どこか尊大な態度を取りつつも上級天使として成すべき使命を完遂する、非常に優秀な存在だ。
そんな彼は使命の時以外、決して悪魔には近づかない。過去、懲罰房に捕まっていた悪魔の中には、呪詛や瘴気に満ち溢れそれを撒き散らす者もいた為、穢れることを誰よりも嫌うアクロアが悪魔の元へ行くこと自体がかなり特殊なことだった。
さらさらと髪を靡かせながら懲罰房のある神殿へと足を踏み入れたアクロアの目に、衝撃的な光景が飛び込んで来た。
──下級天使達が寄ってたかって1人の悪魔に暴行を加えているのだ。
彼等は普段、地上に暮らす悪魔の討伐を任されている天使達だ。
そんな彼らの前に、本来なら激しく暴れ抵抗する筈の悪魔が、大人しく鎖に繋がれているのだ。
下級天使達からしてみればモリオンの存在は、悪魔という罰を受けるべき存在、そして日頃の鬱憤を晴らす為の道具……要するに格好の獲物だったのだ。
いくら天使の敵である悪魔だとしても、不当な暴力を与えていい訳ではない。暴力を受けた悪魔が地上に開放された後、天使に報復することだってあり得るのだ。
「おい、貴様等!何をしている!!」
アクロアが怒りを顕にしながら声を上げると、暴力を振るわれ、ボロ雑巾のような姿になったモリオンを嘲笑っていた下級天使達は慌ててその場から逃げ去っていった。
「ひぃっ!ぁ…アクロア様……ッ!」
「す…すみませんでしたぁ……!!」
「待て貴様等!!逃げる前に何故こんな事をしていたのか説明しろっ!!」
そう言い放ったアクロアから逃げるように、姿を消した下級天使達に呆れと苛立ちを覚えながらも、モリオンの元へ歩み寄る。
彼はピクリとも動かない。
「……おい、大丈夫か?」
そんな悪魔の姿に僅かに憐れみを覚えたアクロアは、有ろう事か懲罰房の中に入り鎖を解くとそっと手を差し伸べた。
(…手……握り返しても、いいのか……?)
そんなアクロアの姿をぼんやりと見上げたモリオンは、漸く身じろぎをすると彼の差し出した手を力無く握り返した。
(かなり衰弱しているな……)
殆ど触れるだけの弱々しい反応に、アクロアは焦燥感を覚えた。
そんなアクロアの心境を知らないモリオンは、今まで生きてきた中で初めて優しくしてくれた彼に向けて儚げな微笑みを浮かべた。
「………ッ!お前……!」
今まで無表情だった彼の突然の微笑みに、驚いたアクロアはモリオンの顔を見つめ返した。
そんなアクロアの様子に僅かに安堵した様子を見せると、モリオンは頭をぐらりと擡げ気絶してしまった。
「おい、しっかりしろ!」
慌てて身体を受け止めると、解いた鎖がジャラリ…と音を立てた。
今アクロアの腕の中に収まっているのは、天使とは敵対関係である悪魔だ。
気絶した彼を抱きしめる義理などないし、このままこの場を離れても天界の者達は決して文句は言わないだろう。
それでもアクロアは、ぐったりと目を瞑るモリオンのことを無下にすることは出来なかった。
アクロアは改めて気絶したモリオンの全身を観察した。
痛々しく腫れた頬と、口や鼻からは血の流れたの跡が残っている。青黒い痣も瞼をはじめ方々に散らばっている。
傷だらけの身体は治癒等の痕跡が見当たらず、欠けた角と千切れた翼をみるに散々な扱いを受けたことは明白だ。
思わず目を背けたくなるような有様だったが、それよりも驚いた事が1つあった。
彼の身体から、一切魔力の流れを感じないのだ。
本来天使や悪魔には、自身を巡る魔力が必ず存在する。
その為、天使や悪魔は自らの魔力を魔術という形で行使することが出来、例え致命症を受けたとしても自己修復により身体に傷が残ることは無いのだ。
しかしモリオンの場合、天使に捕まる前からずっと拷問紛いの仕打ちを受けていた形跡があるにも関わらず、傷が魔力によって修復された痕跡が見当たらない。
真新しい傷の下には、いつ付けられたかすら分からない古傷が幾重にも残っている。
「一体…どういうことなんだ。」
何故、モリオンの身体には魔力が無いのか。
他にも疑問が次々と浮かんでくるものの、はっきりした答えは見つからない。
そんなことを考えているうちに、腕の中のモリオンが微かに身動ぎをした。
「ん……」
「おいっ!目が覚めたのか!?」
「………?」
モリオンは虚ろな目のまま辺りをキョロキョロと見渡すと、漸く目の前にいるアクロアの存在に気が付いた。
「…貴方は……天使…?」
掠れた声で呟いたモリオンの質問に対し、アクロアはゆっくりと頷いた。その姿を見たモリオンはどこか諦めた様子で言葉を続けた。
「俺のこと、殺さなくていいのか…?」
小刻みに震えながら腕の中で小さく身体を丸めるモリオンの姿に、アクロアは思わず顔をしかめてしまった。
(やはり…この悪魔は、何かが違う。自ら死を願うだなんて、本来ならばあり得ない。彼はひとまず、他人の目から遠ざける必要がありそうだ…。)
そんな考えが頭に浮かんだ瞬間、無意識のうちにモリオンの背中に回していた手に力がこもり、彼をきつく抱き締めていた。
「あの…少し、苦しい。」
急に自分のことを抱きしめたアクロアに、モリオンは戸惑いながら声をかけた。
するとアクロアはハッとした様子を見せ、慌てて力を緩めた。
「すまない、少し考え事をしていた。とにかく、私がお前を殺すことはない。それだけは理解していてくれ。」
そう言うと、モリオンは安心したようにふわりと笑った。
初めて見る彼の笑顔に、アクロアは呼吸を忘れるほどに見入ってしまった。
看守の天使から物珍しい悪魔が捕まっているという噂を聞きつけた上級天使のアクロアは、モリオンの閉じ込められている懲罰房に向かっていた。
3対6枚の美しい翼に、宝石のように輝く瞳、長く透き通るような白銀の髪を持つ彼は、どこか尊大な態度を取りつつも上級天使として成すべき使命を完遂する、非常に優秀な存在だ。
そんな彼は使命の時以外、決して悪魔には近づかない。過去、懲罰房に捕まっていた悪魔の中には、呪詛や瘴気に満ち溢れそれを撒き散らす者もいた為、穢れることを誰よりも嫌うアクロアが悪魔の元へ行くこと自体がかなり特殊なことだった。
さらさらと髪を靡かせながら懲罰房のある神殿へと足を踏み入れたアクロアの目に、衝撃的な光景が飛び込んで来た。
──下級天使達が寄ってたかって1人の悪魔に暴行を加えているのだ。
彼等は普段、地上に暮らす悪魔の討伐を任されている天使達だ。
そんな彼らの前に、本来なら激しく暴れ抵抗する筈の悪魔が、大人しく鎖に繋がれているのだ。
下級天使達からしてみればモリオンの存在は、悪魔という罰を受けるべき存在、そして日頃の鬱憤を晴らす為の道具……要するに格好の獲物だったのだ。
いくら天使の敵である悪魔だとしても、不当な暴力を与えていい訳ではない。暴力を受けた悪魔が地上に開放された後、天使に報復することだってあり得るのだ。
「おい、貴様等!何をしている!!」
アクロアが怒りを顕にしながら声を上げると、暴力を振るわれ、ボロ雑巾のような姿になったモリオンを嘲笑っていた下級天使達は慌ててその場から逃げ去っていった。
「ひぃっ!ぁ…アクロア様……ッ!」
「す…すみませんでしたぁ……!!」
「待て貴様等!!逃げる前に何故こんな事をしていたのか説明しろっ!!」
そう言い放ったアクロアから逃げるように、姿を消した下級天使達に呆れと苛立ちを覚えながらも、モリオンの元へ歩み寄る。
彼はピクリとも動かない。
「……おい、大丈夫か?」
そんな悪魔の姿に僅かに憐れみを覚えたアクロアは、有ろう事か懲罰房の中に入り鎖を解くとそっと手を差し伸べた。
(…手……握り返しても、いいのか……?)
そんなアクロアの姿をぼんやりと見上げたモリオンは、漸く身じろぎをすると彼の差し出した手を力無く握り返した。
(かなり衰弱しているな……)
殆ど触れるだけの弱々しい反応に、アクロアは焦燥感を覚えた。
そんなアクロアの心境を知らないモリオンは、今まで生きてきた中で初めて優しくしてくれた彼に向けて儚げな微笑みを浮かべた。
「………ッ!お前……!」
今まで無表情だった彼の突然の微笑みに、驚いたアクロアはモリオンの顔を見つめ返した。
そんなアクロアの様子に僅かに安堵した様子を見せると、モリオンは頭をぐらりと擡げ気絶してしまった。
「おい、しっかりしろ!」
慌てて身体を受け止めると、解いた鎖がジャラリ…と音を立てた。
今アクロアの腕の中に収まっているのは、天使とは敵対関係である悪魔だ。
気絶した彼を抱きしめる義理などないし、このままこの場を離れても天界の者達は決して文句は言わないだろう。
それでもアクロアは、ぐったりと目を瞑るモリオンのことを無下にすることは出来なかった。
アクロアは改めて気絶したモリオンの全身を観察した。
痛々しく腫れた頬と、口や鼻からは血の流れたの跡が残っている。青黒い痣も瞼をはじめ方々に散らばっている。
傷だらけの身体は治癒等の痕跡が見当たらず、欠けた角と千切れた翼をみるに散々な扱いを受けたことは明白だ。
思わず目を背けたくなるような有様だったが、それよりも驚いた事が1つあった。
彼の身体から、一切魔力の流れを感じないのだ。
本来天使や悪魔には、自身を巡る魔力が必ず存在する。
その為、天使や悪魔は自らの魔力を魔術という形で行使することが出来、例え致命症を受けたとしても自己修復により身体に傷が残ることは無いのだ。
しかしモリオンの場合、天使に捕まる前からずっと拷問紛いの仕打ちを受けていた形跡があるにも関わらず、傷が魔力によって修復された痕跡が見当たらない。
真新しい傷の下には、いつ付けられたかすら分からない古傷が幾重にも残っている。
「一体…どういうことなんだ。」
何故、モリオンの身体には魔力が無いのか。
他にも疑問が次々と浮かんでくるものの、はっきりした答えは見つからない。
そんなことを考えているうちに、腕の中のモリオンが微かに身動ぎをした。
「ん……」
「おいっ!目が覚めたのか!?」
「………?」
モリオンは虚ろな目のまま辺りをキョロキョロと見渡すと、漸く目の前にいるアクロアの存在に気が付いた。
「…貴方は……天使…?」
掠れた声で呟いたモリオンの質問に対し、アクロアはゆっくりと頷いた。その姿を見たモリオンはどこか諦めた様子で言葉を続けた。
「俺のこと、殺さなくていいのか…?」
小刻みに震えながら腕の中で小さく身体を丸めるモリオンの姿に、アクロアは思わず顔をしかめてしまった。
(やはり…この悪魔は、何かが違う。自ら死を願うだなんて、本来ならばあり得ない。彼はひとまず、他人の目から遠ざける必要がありそうだ…。)
そんな考えが頭に浮かんだ瞬間、無意識のうちにモリオンの背中に回していた手に力がこもり、彼をきつく抱き締めていた。
「あの…少し、苦しい。」
急に自分のことを抱きしめたアクロアに、モリオンは戸惑いながら声をかけた。
するとアクロアはハッとした様子を見せ、慌てて力を緩めた。
「すまない、少し考え事をしていた。とにかく、私がお前を殺すことはない。それだけは理解していてくれ。」
そう言うと、モリオンは安心したようにふわりと笑った。
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