男装令嬢と女装王子 〜菫色の令嬢は病弱王子の騎士になる〜

黒狐

文字の大きさ
1 / 10

1.婚約破棄の件喜んでお受け致します

しおりを挟む



「ヴィオレット・サンセール!今日限りでお前との婚約は破棄させてもらう!男の格好をするのも、女性らしくないその態度もウンザリだ!」

 王族の開催するパーティー会場に、大きな声が響き渡る。
 この国の第一王子であるネグロ・トリフォリウムは、怒りの形相でそう叫んだ。彼の傍らにはニヤついた表情を浮かべるローズ・フォルシュット子爵令嬢の姿がある。

 パーティーに参加している人々は皆一様に驚き、困惑した表情を浮かべている。
 しかし、ヴィオレットだけは表情を変えずに真っ直ぐ前を——ネグロとローズを見据えていた。

(……ついに、この時が来たか)

 彼女は心の中で呟くと、そっと目を伏せる。
 そんなヴィオレットの様子を見て、彼はますます腹を立てたようだ。眉間のシワを深めながら口を開く。

「何か言ったらどうなんだ!?弁明のひとつくらいしてみせろよ」
「……いいえ、わたしから貴方に言うことは何一つありません。」

 ヴィオレットは抑揚のない声で答える。それを聞いたネグロはローズを抱き寄せながら言い放つ。

「ふんっ、相変わらず気に入らん奴だ……。だがまあ良いだろう。俺はヴィオレットと婚約破棄をし、新たにローズ・フォルシュット子爵令嬢を妻に迎えるつもりだ。」

 ネグロの言葉を聞いてヴィオレットは僅かに目を見開く。そしてすぐに微笑みを浮かべる。
 その様子を見た人々はざわつき始める。
 人々があちこちで囁き合う中、ヴィオレットは一歩前に足を踏み出す。

「ネグロ殿下、婚約破棄の件、喜んでお受け致します。もとよりわたしには殿下との婚約は荷が重いと感じておりました。更に、わたしは男装が好きな女性騎士。貴方と馬が合わないことも承知しております故。」

 彼女の言葉を聞き、ネグロは顔を歪める。

「では、失礼いたします。」

 ヴィオレットは優雅な動作で一礼すると踵を返し、その場を立ち去ろうとする。

「ふふ、これでようやくネグロ様はわたくしのものね……。」

 その後ろ姿を眺めながら、ローズは不敵な笑みを浮かべた。


 ーーその時だった。


「ヴィオレット、兄上と婚約を破棄されるのなら、どうか私の専属騎士として仕えて欲しい。私には貴方が必要なんだ。他でもない、私のことを理解し受け入れてくれた貴方が…!」

 会場に澄んだ声が響き渡る。
 ヴィオレットはその声の主の方へ顔を向けた。

 そこには、美しい白髪を腰の辺りまで伸ばした、美麗な容姿の青年が立っていた。

 その青年はゆっくりとヴィオレットに向かって歩いていく。
 新たな人物の登場に、周囲は再びざわめき始めた。

「あぁ、久しぶりに会えた。私の大切な人。」

 その青年はこの国の第二王子であり、ネグロの実弟にあたる、ビアンカ・トリフォリウムだった。
 ビアンカは生まれつき病弱で離宮で療養している為、滅多に人前に現れる事は無い人物だ。
 ゆっくりと歩みを進めている今も、僅かに顔色が悪い。
 それでもビアンカは、ヴィオレットの正面まで来ると、嬉しそうな表情を浮かべて彼女を見つめた。

「ヴィオレット、私は貴方のそばにいたい。こんな病弱な身体では迷惑かもしれないけれど、精一杯努力して貴方にふさわしい人になる。貴方が望んでくれるのなら、どうか私の手をとって欲しい。」

 そう言ってビアンカはそっと右手を差し出す。
 ヴィオレットは彼の言葉に目を丸くした後、差し出された手に視線を移す。

(どうしてこの人は、ここまでわたしのことを想ってくれているのかしら?)

 ヴィオレットは不思議に思いながらも口を開く。

「ビアンカ様……ありがとうございます。でも、わたしなんかでいいのですか?わたしは他の女性とは違い、男装が好きで、愛らしさ等は無に等しいのですよ?」

 ヴィオレットの言葉にビアンカは首を振る。

「何も問題なんて無いよ。ヴィオレットが男装好きなのは幼い頃から知っているよ、それに私は自分を偽ることの無いヴィオレットだからこそそばにいて欲しいんだよ。」
「……そう、ですか。」

 ビアンカの言葉にヴィオレットは戸惑いつつも、頬を赤らめて俯く。

(ビアンカ様とは互いにありのままの姿を、受け入れ認め合った大切な存在。そんな彼が良いと言ってくれるなら……)

 ビアンカは穏やかな表情でヴィオレットに微笑みかけた。その表情を見たヴィオレットは、今までの迷いを全て払拭して、彼の手を優しく握り返した。

「はい、これからは貴方の為の騎士としてそばにお仕えします。どうかよろしくお願いします。」
「こちらこそ、よろしく。」

 ヴィオレットとビアンカは互いに見つめ合いながら、楽しそうに笑いあった。

「おい!待てよ!!こちらを無視して勝手に話を進めるな!!」

 突然、背後から怒鳴り声が上がる。
 ヴィオレット達が振り返ると、そこには顔を真っ赤にしたネグロと、状況を把握出来ていないのか口をポカンと開けたままのローズの姿があった。

「お前はいつもそうだ。婚約者であった俺をたてることもなく、女性らしく振る舞うこともせず、勝手気ままにしやがって!!ビアンカもビアンカだ!男のくせに病弱で、療養しなければならないだなんて情けないにもほどがある!!」
「……兄上、流石にそれは言い過ぎです。ここには多くの貴族の方々がいるのですよ?」
「黙れっ!お前みたいな女々しい奴なんか弟だとは思わない。出ていけ!この場から、ヴィオレットと共に出ていけ!!」
「……分かりました。それでは殿下、ローズ様ご機嫌よう。ビアンカ様、どうぞお手を。」
「わかった。」

 ネグロから放たれたあまりにも傲慢な言葉に心底呆れ果てたヴィオレットは、彼らから視線を外し、ビアンカの手をとった。
 そしてビアンカの負担にならないよう、ゆっくりと歩いて出口へと向かっていく。
 やがて2人の姿は、パーティー会場から見えなくなった。
 会場に残された人々は呆然としながら、その光景をただ見つめることしかできなかった。

「これでようやく邪魔者がいなくなった。待たせてしまったなローズ、お前を妻にできる日は近い。さぁ、パーティーを再開しよう。今宵のダンスは俺とローズの婚約を祝福するものだ!」
「まぁ!ネグロ様……!!とても素敵です!」

 会場に再び流れ始めた音楽に合わせて、2人の男女は嬉しそうに笑いながら踊り始めた。
 その様子を見た人々も、次第に我を取り戻したのか踊り始める。
 しかし、ヴィオレットとビアンカを追い出した会場に、明るく楽しげな雰囲気が戻ることは無かった。



 その事に気が付かない2人は、ただただ幸せそうな笑みを浮かべていたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「愛想がなく可愛くない」と捨てられた私、最強の竜騎士に拾われる。「その美しさに僕だけが狂わされたい」と、愛の重さでベッドから下ろしてくれない

唯崎りいち
恋愛
夜会の最中、王子に「愛想がなくて可愛くない」と婚約破棄された無表情令嬢。 だが彼女の美しさに一目惚れした隣国最強の竜騎士に連れ去られ、 「君はもう僕のものだ」 と毎晩愛の重さでベッドから下ろしてくれない生活が始まる——。

婚約破棄された令嬢は“図書館勤務”を満喫中

かしおり
恋愛
「君は退屈だ」と婚約を破棄された令嬢クラリス。社交界にも、実家にも居場所を失った彼女がたどり着いたのは、静かな田舎町アシュベリーの図書館でした。 本の声が聞こえるような不思議な感覚と、真面目で控えめな彼女の魅力は、少しずつ周囲の人々の心を癒していきます。 そんな中、図書館に通う謎めいた青年・リュカとの出会いが、クラリスの世界を大きく変えていく―― 身分も立場も異なるふたりの静かで知的な恋は、やがて王都をも巻き込む運命へ。 癒しと知性が紡ぐ、身分差ロマンス。図書館の窓辺から始まる、幸せな未来の物語。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

冷遇妃ライフを満喫するはずが、皇帝陛下の溺愛ルートに捕まりました!?

由香
恋愛
冷遇妃として後宮の片隅で静かに暮らすはずだった翠鈴。 皇帝に呼ばれない日々は、むしろ自由で快適——そう思っていたのに。 ある夜、突然現れた皇帝に顎を掴まれ、深く口づけられる。 「誰が、お前を愛していないと言った」 守るための“冷遇”だったと明かされ、逃げ道を塞がれ、甘く囲われ、何度も唇を奪われて——。 これは冷遇妃のはずだった少女が、気づけば皇帝の唯一へと捕獲されてしまう甘く濃密な溺愛物語。

冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件

水月
恋愛
「君を愛するつもりはない」 結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。 出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。 愛を期待されないのなら、失望させることもない。 契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。 ただ「役に立ちたい」という一心だった。 ――その瞬間。 冷酷騎士の情緒が崩壊した。 「君は、自分の価値を分かっていない」 開始一分で愛さない宣言は撤回。 無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。 以後、 寝室は強制統合 常時抱っこ移動 一秒ごとに更新される溺愛 妻を傷つける者には容赦なし宣言 甘さ過多、独占欲過剰、愛情暴走中。 さらにはリーリアを取り戻そうとする実家の横槍まで入り――? 自己評価ゼロの健気令嬢と愛が一分も我慢できなかった最強騎士。 溺愛が止まらない、契約結婚から始まる甘すぎる逆転ラブコメ

崖からポイ捨てされた不運令嬢ですが、銀髪イケメン竜王に『最愛の伴侶』としてスカウトされました!

阿里
恋愛
不作も天災も、全部わたしのせい!? 「不運な女」と虐げられ、生贄として崖から捨てられたわたし、ミラ。 でも、落ちた先で待っていたのは、まぶしいほど綺麗な銀髪の竜王・アルベルト様でした! 「君がいたから、この国は守られていたんだよ」 えっ、わたしって実はすごい聖女だったの!? 竜宮城で贅沢三昧&溺愛生活スタート! そんな中、わたしを捨てて大ピンチになった元婚約者が「ミラ、戻ってきて!」と泣きついてきて……。

さようなら、私を「枯れた花」と呼んだ貴方。~辺境で英雄を救って聖女と呼ばれたので、没落した元婚約者の謝罪は受け付けません~

阿里
恋愛
「お前のような見栄えの悪い女は、俺の隣にふさわしくない」 婚約者アレクに捨てられ、辺境へ追いやられたセレナ。 けれど、彼女が森で拾ったのは、アレクなど足元にも及ばないほど強くて優しい、呪われた英雄ライアンだった。 セレナの薬草が奇跡を起こし、王都を救う特効薬となったとき、かつて自分を捨てた男との再会が訪れる。 「やり直そう」と縋り付くアレクに、セレナは最愛の人と寄り添いながら静かに微笑む。 ――あなたが捨てたのは、ただの影ではなく、あなたの未来そのものだったのですよ。

「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」

まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。 目が覚めたら、婚約破棄されていた。 理由は「地味で面白みがない」から。 泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。 最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。 でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。 厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。 そして就任スピーチで宣言した。 「500人全員の名前を、覚えます」 冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。 悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。 元婚約者は——後悔し始めていた。 婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。 なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。

処理中です...