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膝枕

1.

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――今日は残業で遅くなるので行けません。決して一人で出かけないように
――はいはーい

 スマホに表示されている、メールのスレッド画面を見る。
 まるで新婚の夫婦のように見えなくも……ないよな?
 まあ、そんな事でニヤける私じゃねーけどさ。

「おねーちゃんさ、最近何かいいことあった?」
「……え?」

 現在、家族三人で夜ご飯中。
 私の顔を見る穂乃花。私を訝しげに観察している。

「最近、夜になるとソワソワしているし。その割には、いつも早く寝るじゃん?前までずっと夜更かししてたのにさ。
 何かあったわけ?」
「……」

 さすが穂乃花……この子の前だと、ウソも何もかも身ぐるみはがされそうだな……。
 隠し事を悟られないように――縁センセーとの事を知られないように――
 私はウソをつきながら、ご飯を進める。

「最近、授業が忙しいんだよ。課題も多いし」
「ふーん。さすが受験生。一年生とは違うんだねぇ」
「うん、模試も増えてきてるしね」

 ふうん、と私に興味を無くした穂乃花に代わり、今度は母が口を開く。
 その顔は、不機嫌そうに、眉間にシワが寄っている。
 今は、機嫌が悪いらしい。

「真乃花、あなた一体どこの大学を受けるの?」
「まだ、決まってない……」

「決まってないのに勉強を頑張っても意味ないんじゃない?」
「……そうだね」

「それに、バイトしながら大学の授業費なんて払えるの?」
「え――?」

 授業費?
 大学の授業費?
 私が一人で払うのか?

 驚いた顔をしていると、母が眉間のシワを更に深めた。

「なに?もしかして、親に払わせようと思ってる?
 冗談はよしてよ。だって、大学生ともなれば、もう大人でしょ?
 自分のことくらい自分でしてよね」
「……そう、だよね」

 心の中で「いや親が払えよ」と思ったけど、ここでそんな事を口にしようものなら、母がブチ切れるに決まっている。そしてその矛先は私に向かってくるんだから、何も言わないのが己のためだ。

「自分で管理できる範囲の大学を目指すよ」
「そうしなさい」
「うん……ごちそうさま」

 ガタッと席を立つ。お皿を洗い、拭いてしまって……自室に戻る。
 その時。

「ねーママ、私バカだから、きっと私立大学になると思うけど、どうしよう?」
「その時はママとパパが学費を出してあげるに決まってるじゃなーい」

「そっか、だよね。ありがと、ママ!」
「ふふ」

「(……あほクサ)」

 私がまだ近くにいることを知っているのに、よくもそんな話が出来るな。
 穂乃花はいいよな。だって、どのレベルの大学にしても「とりあえず」は行けるもんな。
 金さえ払えば入れる大学なんて、その辺にゴロゴロある。

 逆を言えば、金がない私は――

「大学じゃなくて仕事探しをするか」

 はあ、とついたため息は誰にも聞かれなくて……。
 それがまた、より一層の虚しさを引き立てる。

「(センセー、今日は公園に来ないって言ってたな)」

 だけど、会いたい。
 無性に、会いたい。
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