結城 隆一郎 の事件簿 Seazon 6

一宮 沙耶

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第1章 犯罪カウンセラー File 6

2話 転院

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 最近は、患者も体力を戻しつつあり、片言は私にも話しかけてくれるようになっていた。

「犯人は捕まったんですか?」
「まだだと聞いています。事件のことは、まだ、思い出さない方がいいですよ。」
「いえ、先生のおかげで、最近は落ち着いてきましたから、大丈夫です。でも、大切な娘だったんです。もちろん、自分の子だから当たり前なんですけど、私が最も大切にしていた友人が私に授けてくれた子供だったんで。」
「そうなんですか。でも残念です。娘さんに、お母さんは元気だよと言えるように、もう少し、健康の回復を図りましょう。」
「そうですね。」

 まだ、目はうつろなことが多く、話すのもたどたどしいが、考えていることは、しっかりとしてきたようだ。このままいけば、あと3ヶ月ぐらいで精神病棟を出て、一般の病院に転院できるだろう。

「先生、私はこれからどうすればいいんだろう。」
「まだ、若いんですから、楽しいことはありますよ。絵が趣味なら、公園に出て噴水を書いてみるとか、音楽が趣味ならピアノを弾いてみるとか。」
「ごめんなさい。私、これまで趣味らしい趣味ってなくて。そういえば、大切な友人と温泉に行ったときは楽しかった。」
「それなら、温泉巡りとか。日本には無数の温泉がありますから、それを1つ1つ巡るだけでも、一生かかっちゃいますね。」
「そうかも。でも、昔行った時は、大切な人と一緒だったから楽しかったんだと思う。1人じゃ、行けないかも。」
「あなたは、とても素敵な人なんだから、彼とかも、またできます。」
「そうかな。」
「そうですって。女性の友達だっていいじゃないですか。」
「振り返ってみると、あまり友達っていなかったな。」
「じゃあ、友達から作りましょう。今どき、SNSでいろいろな趣味の集まりがありますよ。これって、過去に会ったことない人でも仲良くなれるんです。例えば、温泉を趣味とするグループもありますよ。多分。そのグループの中で大勢で、ガヤガヤしながら行ったらどうですか? そこで、個人的に仲良くなった人と、今度は一緒に行くとか。」
「楽しいかもしれないわね。いつも、元気付けてくれて、ありがとう。なんか、やっていける気がしてきた。」
「その気ですって。」

 そんな会話を続けて、まだ、体は、ベットから起きて1人で歩けるまでにはなっていなかったが、患者の心は、日に日に元気になっていった。

 今日は退院の日。私は、一緒に闘ってきた同志のような気持ちで、患者の退院をお祝いにきた。まだ、痩せているが、車椅子や杖とか使わずに、自分で歩くこともできるようになり、暖かい陽の光に顔を向けて、綺麗な空気を吸って深呼吸をしている。

 ここまで回復したのは本当に嬉しい。これは、彼女の、行きたいという強い気持ちのおかげなんだと思う。旦那さんは、もういないけど、誰かいい人とまた一緒になって幸せになってほしい。

 まだ、ほほも痩せこけているが、娘さんが亡くなる前は、笑顔がとっても似合う、とても可愛らしい人だったのだろう。その面影がある。

 そして、この1年ぐらい、ずっと一緒にいて、本当に心が優しい人だと分かった。人を疑うことはせず、そうは言っても、相手の気持ちがよく分かって、真摯に対応しようとする姿勢は美しかった。

 患者は、精神病棟を出て、その前の通りで親が運転する車を待っていた。

 その時だった。目の前をボールがコロコロと転がり、それを小さな女の子が追いかけていた。女の子は何も気づかなかったが、そこに車が突進してきたんだ。私の患者は、咄嗟に、その女の子を守ろうと道路に飛び出した。

 女の子は、患者が歩道に押したので、転んで泣いていたが、轢かれることはなかった。でも、道路には、空を見上げ、頭から血が大量に流れ出ている患者の姿があった。


 後で、聞いたが、この車を運転していたのは、あの娘さんを殺した犯人の手下だった。そして、光莉を雇っていたオーナーが、患者が光莉から何か聞いているんじゃないかって不安を消せず、患者を殺害したということだった。

 私は、道路で起きた、信じられない光景の前に、どうして、こんな心が美しい人がと言葉を失って、ただ、その場に立ちつくしていた。
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