愛しいブス

一宮 沙耶

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3話 出社

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変な夢を見たもんだ。
女に変わってる、そんなこと、ありえないだろう。
でも、朝起きても、あの女の姿のままだった。

今日は日曜日。
朝は、スマホで女言葉のマスターみたいなYouTubeを見てみた。
どんなやつが、こんなサイトを見てるんだろう。
ただ、女言葉を知らない僕にとっては役に立つ。

そして、メイクのYouTubeも見てみた。
化粧品が必要だな。
午後に、最低限の安い道具を買い、帰ってから練習してみた。
夕方には、とりあえず会社には行けるレベルにまでにはなったと思う。

部屋の鏡に映った僕は、何度見ても貧相な女だ。
キャミソールスリップとパンツだけだが、全く魅力がない。
もっと、魅力のある女だったらよかったんだが。

どこがというより、魅力がある所を探せない。
このままずっと、この姿なんだろうか。
でも、元に戻る方法が分からない。
僕は、眠りについた。

朝、クローゼットにあったリクルートスーツを着て会社に向かった。
町工場のような建物。
会社に入ると、40代ぐらいの女性を紹介された。

「江本さんね。今日から、よろしく。まず、ここの更衣室で制服に着替えて。サイズはSで良かったわよね。早く着替えて。朝礼で挨拶してもらうから。」
「はい。」
「でも、これなら、男性も騒がずに、仕事に専念できるわね。まあ、正解だったかな。仕事はしっかりやってもらうからね。あ、それから、どうせ制服に着替えるから、出社するときはラフな格好でいいから。」

着替えると、みんなの前に通された。

「みんな、今日から新入社員で入った江本さんだ。いろいろ教えてやってくれ。」
「はい。」
「江本さん、自己紹介をして。」
「はい。江本です。何もわからないですが、早く1人前になって頑張りたいと思います。よろしくお願いします。」
「はい、拍手。じゃあ、体操を始めよう。」

体操? こんな古い会社が今どき、あるのか?
でも、挨拶は、新人としてこんなもんかという内容にしてみた。
最初から、完璧なこと言っちゃうと目をつけられるだろう。

総務に2人の30代、40代の女がいて、あとは男ばかり。
男は若い人もいれば、おじいさんもいる。
後ろの方から、ブスとか、残念という声が聞こえている。
それはそうだろうな。僕もそう思う。

「顔と違って声はかわいいな。」
「声がいいからって、一緒に寝れるか?」
「無理、無理。」
「そうだよな。声だけじゃな。」

そんな声も聞こえてきた。
たしかに、僕も声はいいなとは思っていた。
でも、このぐらいの声がいい女はどこにでもいる。

女の先輩達は、事務全般をしていて3人で全て回すという。
まずは、朝に全員の机を拭き、お茶出しをするのが僕の仕事らしい。
そのために、毎朝30分早く来なくてはいけないと言われた。

「朝の分は残業代でるんですか?」
「何もできない子が何を言っているの。本当に、今どきの若い子は。お給料をもらえるだけでも感謝しなさい。どこから教えなくちゃいけないのか、これからが思いやられるわ。」
「そうね。しかも、お茶の入れ方も知らないの。どういう教育を受けてきたんだか。早く、覚えなさい。」

なんてブラックな会社なんだ。
でも、体操から始まる会社だから、昭和のカルチャーなのだろう。
40代の先輩が、社長に、あんな無知な女性は失敗だと愚痴ってる。
社長は、まだ初日だからとお局様をなだめていた。

男の社員たちは、大半は日中は工事現場に行っているらしい。

上下の作業着も毎日のように洗濯するのも僕の仕事だという。
乾かしてアイロンもかけなければならない。

「これは業者に委託することじゃないんですか?」
「お金がかかるでしょう。あなたが給料がいらないというのなら別だけど。」

それが終わると、夕方の会議のための資料をコピーするよう言われた。
女の先輩達は、経理、お役所への申請等で忙しい。
だから、庶務は全て僕がしろと言っている。

「コピー機も使えないの。紙を無駄にしないでね。本当に忙しいんだから、早く1人前になってよ。頼むから。」

コピーって、今どき人間の仕事か?
そもそもiPadとかでペーパーレスで仕事ってできるんじゃないか。
でも、周りを見渡すとそんな雰囲気じゃない。
どの机も書類の山だ。

「ホチキスの位置が違うじゃない。さっき、言ったでしょう。」
「聞いていませんが。」
「なにもできないのに口ごたえするの? 紙が無駄になったでしょう。紙代、あなたの給料から天引きしておくからね。ホチキスの位置はここ。やり直して。」
「給料、減っちゃうんですか?」
「あたりまえでしょう。あなたのミスなんだから。」

なんという会社なんだ。
とは言っても、コピーを終わらせると、次は、郵便物の作成だった。
見積書、請求書、先輩が打ち出した書類を宛先が書かれた封筒に詰める。

「間違って、違う会社の封筒に入れないでよ。そんな事になったら、競争相手にこの価格でだしているのかなんて大きなクレーム受けちゃうんだから。」
「わかりました。」

そんなに不安なら、お前がやれよ。
でも、それが僕の今の仕事だから頑張った。
切手を貼って、200通、郵便ポストに入れた。

「若い女性なんだから、職場の雰囲気を良くするためにも、もう少し女性らしくケラケラ笑ったりしなさいよ。」
「面白いことないし、そんなに器用に笑えないのですけど。」
「何を勘違いしているのよ。あなたが率先して、職場を明るくするんでしょう。あなたが楽しいかなんて関係なくて、あなたが楽しくするの。まあ、その容姿じゃあ、いくら背伸びしても無理とは思うけど。」

本当に、バカにされきっている。
お前も女だろう。率先して職場の花になれよ。
いや、この女も花はない。

この工務店は、男が浮つかないように、女はブス選ぶ方針なのだろう。
トップのブスである俺を採用できた時は喜んだのかもしれない。
この女も、やっと合格できたとお互いさまだったのだと思う。

そして、夕方の会議の前に、みんなのお弁当の手配。
夕方の会議と聞いて、夕食はどうするのかと気になっていた。
今どき、会社でお弁当を頼むなんてびっくり。
家族経営という感じか。

会議でも文句言われる。

「なんか、江本はしょんべん臭くないか。」
「いくら、そんな顔だからと言って、そこまでいうのは失礼だろう。いや、むしろ本当だから傷つくのか。あはは。」
「江本、もうちょっと女らしく化粧とかしたらどうだ。」
「無理だって。化粧と言ったって限界はあるだろう。無理を言ってもだめだよ。」
「お面のように、顔を交換できたらいいんだけどなぁ。」
「顔だけじゃだめだよ。服を脱いでも、見たいなんて全く思わないもんな。全身、総とっかえじゃないとダメだ。」
「冗談はそこらにして会議を始めるぞ。江本さん、まあ、みんなから愛されていると思って、気にしないで。」

本当に失礼な奴らだ。
ああ、気分が悪い。

夜8時になり、会議が終わると気力と体力が尽きた。
社員を送り出し、制服を着替え、鍵を閉めて事務所をでる。
本当に疲れた。

1日、人間として扱われなかったように思う。
というより、腹が立つことばかりを言われた。
これは、この姿が貧相だからなのだろう。

愛されているなんて嘘だろう。
そんなことを考えている間に眠りに落ちた。
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