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第1章 秘密
1話 発砲事件
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僕の悪夢は、池袋の繁華街で響いた、一発のピストルの乾いた音から始まった。
その日、街はクリスマス一色に染まっていた。
葉が落ち、枝だけになって凍える街路樹は暖かいイルミネーションに包まれる。
見上げると雪が舞い始めていた。
サンシャインに向かう道は人々で埋め尽くされ、クリスマスソングが流れる。
周りは居酒屋やカラオケ店の煌びやかな看板で囲まれ、夜空は見えない。
人々の顔にはいずれも笑みがこぼれている。
「今日は寒いね。ほら、息を吐くと、こんなに白くなる。」
「うん。鈴木さん、今日はありがとう。」
「いつも言っているだろう。鈴木じゃなくて、健斗と呼んでよ。」
「分かった。健斗さん。」
「ところで、何が、ありがとうなの。」
「今日、誘ってくれて。」
「あたりまえじゃないか。僕にとって、聖奈のことが一番なんだから。早く、レストランに行こう。スープとかで温まらないと。」
「うん。」
横を歩く女子高生は、優しい顔で包み込んでくれる彼を、言葉少なげに見上げている。
彼は大学生だろうか、彼女の手を握り、自分のコートの中に入れた。
彼女は暖かいと小声でつぶやき、はにかむように下を向く。
ニットにプリーツスカート、その上に白いシルエットが美しいコートを羽織る。
女子高生がこの日に向けて精一杯背伸びしたのだろう。
幸せに包まれた彼女の笑顔は微笑ましく、それを見る人々に幸せを運ぶ。
僕は、婚約したばかりの莉菜にクリスマスプレゼントを買いに来ていた。
莉菜が欲しいと言っていたネックレスが入った紙袋に目を向ける。
イブの日、プレゼントを渡した時の莉菜の笑顔を早く見たい。
そう思うと、寒さに痛みを感じていた足は軽快に前に進む。
「パパ、ママ、お店に早く入ろうよ。焼肉って美味しいんでしょう。友達が言っていた。早く食べたい。」
「そんなに走ると転ぶぞ。」
「颯真を焼肉に連れてきて良かったわね。颯真の笑顔を見るのが一番の幸せ。」
「ママにもいつも苦労させているから、今日は美味しい焼肉をいっぱい食べよう。」
「あら、あなたが焼肉を食べたいんじゃないの。」
はしゃぐ我が子を連れて焼肉屋に入ろうとする家族が前を通り過ぎる。
「先輩、今日は、若手だけの忘年会で盛り上がりましょう。」
「会社を出る時にハラハラしたよ。だって、山田部長が来ちゃったら、いつもの説教で盛り下がっちゃうしな。」
「そうそう、なんで、今日は若者がみんな早く帰宅しちゃうんだろうと不思議がって、今でも残業しているに違いないわ。」
会社の忘年会だろうか、10人ぐらいの会社員が大笑いしながら居酒屋の前で待つ。
みんなが、1年に1回だけのこの季節を大切に過ごしている。
そんな暖かい空気が、一発の銃声で一瞬にして凍りつく。
目の前で、車から降りてきた、睨みをきかす老人が撃たれた。
繁華街の中心地で車を降りた組長が、対抗する組の組員によって拳銃で殺害される。
撃たれた組長の車が猛スピードでバックしてきて、僕は、壁との間に挟まれてしまう。
胸やお腹の感覚はもうなく、手も足も動かすことはできない。
ただ、トランクの上で、目の前で起きている光景を自分と関係ない映像のように見ていた。
暴力団は、ビルの陰に隠れて発砲を続け、僕に衝突した車は放置されたままだった。
近くにいる組員に助けてと目線を送っても、相手は余裕はなく、見ぬふりをする。
そんな組員も、胸に敵の銃撃を受け、後ろに飛ばされた。
悲鳴が雑然とした街のあちこちからあがる。
人々は、前にいる人を突き飛ばし、我先にその場を走り去ろうとする。
雪に滑り、ころんだ子供が母親とはぐれて泣き叫ぶ。
人々は理性を失い、駅へと逃げ惑った。
15分もの撃ち合いが続く、非日常的な時間。
横では、この光景と真逆のゲームセンターの明るい曲が流れている。
まるで映画の1シーンにでも迷い込んだみたいで、現実感がない。
さっきの女子高生は、腰が抜けたのか、道路にしゃがみ込み、震えている。
いつのまにか、さっきまで微笑んでくれていた彼はどこにもいない。
その時、彼女の頭を銃弾が貫き、血しぶきが後ろに流れていく。
35名もの死者を出す大惨事。
暴力団どうしの闘争に留まらず、周りの一般市民も巻き込んで。
多くの一般人が血を流し道路に横たわっている。
もう息をしているようには見えない。
さっきまで幸せそうに笑っていた顔。
それが、一瞬にして、ある顔は恐怖に染まり、ある顔は苦痛に口を歪める。
ただ、いずれも動く気配はない。
救急車が何台もかけつけ、倒れた人たちを助けようとする。
でも、ほとんどは死亡していて救急隊は何もできずにうなだれる。
なんとか息をしている私と女子高生が病院に運ばれた。
でも、2人とも死ぬ直前で生き残るのは絶望的。
医師は、すがる2人の両親に、まだ技術として確立していない脳移植を提案した。
僕の脳を取り出し、女子高生の頭蓋骨に移植し、神経を繋げる。
僕を死亡したことにし、女子高生を生かす手術。
脳が最も重要な組織だとすれば、女子高生は死亡し、僕を生かす手術。
2人の両親は、これに承諾し、扉の上にある手術中と書かれたランプが灯る。
その日、街はクリスマス一色に染まっていた。
葉が落ち、枝だけになって凍える街路樹は暖かいイルミネーションに包まれる。
見上げると雪が舞い始めていた。
サンシャインに向かう道は人々で埋め尽くされ、クリスマスソングが流れる。
周りは居酒屋やカラオケ店の煌びやかな看板で囲まれ、夜空は見えない。
人々の顔にはいずれも笑みがこぼれている。
「今日は寒いね。ほら、息を吐くと、こんなに白くなる。」
「うん。鈴木さん、今日はありがとう。」
「いつも言っているだろう。鈴木じゃなくて、健斗と呼んでよ。」
「分かった。健斗さん。」
「ところで、何が、ありがとうなの。」
「今日、誘ってくれて。」
「あたりまえじゃないか。僕にとって、聖奈のことが一番なんだから。早く、レストランに行こう。スープとかで温まらないと。」
「うん。」
横を歩く女子高生は、優しい顔で包み込んでくれる彼を、言葉少なげに見上げている。
彼は大学生だろうか、彼女の手を握り、自分のコートの中に入れた。
彼女は暖かいと小声でつぶやき、はにかむように下を向く。
ニットにプリーツスカート、その上に白いシルエットが美しいコートを羽織る。
女子高生がこの日に向けて精一杯背伸びしたのだろう。
幸せに包まれた彼女の笑顔は微笑ましく、それを見る人々に幸せを運ぶ。
僕は、婚約したばかりの莉菜にクリスマスプレゼントを買いに来ていた。
莉菜が欲しいと言っていたネックレスが入った紙袋に目を向ける。
イブの日、プレゼントを渡した時の莉菜の笑顔を早く見たい。
そう思うと、寒さに痛みを感じていた足は軽快に前に進む。
「パパ、ママ、お店に早く入ろうよ。焼肉って美味しいんでしょう。友達が言っていた。早く食べたい。」
「そんなに走ると転ぶぞ。」
「颯真を焼肉に連れてきて良かったわね。颯真の笑顔を見るのが一番の幸せ。」
「ママにもいつも苦労させているから、今日は美味しい焼肉をいっぱい食べよう。」
「あら、あなたが焼肉を食べたいんじゃないの。」
はしゃぐ我が子を連れて焼肉屋に入ろうとする家族が前を通り過ぎる。
「先輩、今日は、若手だけの忘年会で盛り上がりましょう。」
「会社を出る時にハラハラしたよ。だって、山田部長が来ちゃったら、いつもの説教で盛り下がっちゃうしな。」
「そうそう、なんで、今日は若者がみんな早く帰宅しちゃうんだろうと不思議がって、今でも残業しているに違いないわ。」
会社の忘年会だろうか、10人ぐらいの会社員が大笑いしながら居酒屋の前で待つ。
みんなが、1年に1回だけのこの季節を大切に過ごしている。
そんな暖かい空気が、一発の銃声で一瞬にして凍りつく。
目の前で、車から降りてきた、睨みをきかす老人が撃たれた。
繁華街の中心地で車を降りた組長が、対抗する組の組員によって拳銃で殺害される。
撃たれた組長の車が猛スピードでバックしてきて、僕は、壁との間に挟まれてしまう。
胸やお腹の感覚はもうなく、手も足も動かすことはできない。
ただ、トランクの上で、目の前で起きている光景を自分と関係ない映像のように見ていた。
暴力団は、ビルの陰に隠れて発砲を続け、僕に衝突した車は放置されたままだった。
近くにいる組員に助けてと目線を送っても、相手は余裕はなく、見ぬふりをする。
そんな組員も、胸に敵の銃撃を受け、後ろに飛ばされた。
悲鳴が雑然とした街のあちこちからあがる。
人々は、前にいる人を突き飛ばし、我先にその場を走り去ろうとする。
雪に滑り、ころんだ子供が母親とはぐれて泣き叫ぶ。
人々は理性を失い、駅へと逃げ惑った。
15分もの撃ち合いが続く、非日常的な時間。
横では、この光景と真逆のゲームセンターの明るい曲が流れている。
まるで映画の1シーンにでも迷い込んだみたいで、現実感がない。
さっきの女子高生は、腰が抜けたのか、道路にしゃがみ込み、震えている。
いつのまにか、さっきまで微笑んでくれていた彼はどこにもいない。
その時、彼女の頭を銃弾が貫き、血しぶきが後ろに流れていく。
35名もの死者を出す大惨事。
暴力団どうしの闘争に留まらず、周りの一般市民も巻き込んで。
多くの一般人が血を流し道路に横たわっている。
もう息をしているようには見えない。
さっきまで幸せそうに笑っていた顔。
それが、一瞬にして、ある顔は恐怖に染まり、ある顔は苦痛に口を歪める。
ただ、いずれも動く気配はない。
救急車が何台もかけつけ、倒れた人たちを助けようとする。
でも、ほとんどは死亡していて救急隊は何もできずにうなだれる。
なんとか息をしている私と女子高生が病院に運ばれた。
でも、2人とも死ぬ直前で生き残るのは絶望的。
医師は、すがる2人の両親に、まだ技術として確立していない脳移植を提案した。
僕の脳を取り出し、女子高生の頭蓋骨に移植し、神経を繋げる。
僕を死亡したことにし、女子高生を生かす手術。
脳が最も重要な組織だとすれば、女子高生は死亡し、僕を生かす手術。
2人の両親は、これに承諾し、扉の上にある手術中と書かれたランプが灯る。
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