純愛

一宮 沙耶

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8話 横浜

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クリスマスイブに、莉菜と一緒に横浜に来ていた。
あの事件から2年が経っている。
莉菜が今付けているネックレスを、2年前のこの日に私がプレゼントするはずだった。

このネックレスをずっと付けて、これからも私を想っていて欲しい。
でも、ネックレスを外して、莉菜の気持ちが自由になって欲しいという気持ちもある。
私の心は、常に、この両極端を行ったり来たりしている。

馬車道駅からしばらく歩くと、赤レンガ倉庫に向けて光を纏った街路樹が一直線に伸びる。
クリスマスのイルミネーションはとっても素敵。

莉菜の顔を見ると、周りの光を浴びて輝いている。
最近は、顔の艶も昔に近づいてきている気がする。

寒いけど、道を歩く恋人の気持ちは暖かそう。
女性になってみるこの光景は、神聖というか幻想的。

星の中に2人だけが浮いているよう。
大きな宇宙に2人だけが迷い込むけど、星が、明るい光で正面に誘導しているような。
明るい未来が私達にも、この先にあるんじゃないかと思えた。

はく息が白くなり、澄みきった空気が心を清らかにしてくれる。
私は冬のこの神聖な雰囲気が大好き。
穢れがなく、頭もクリアになれる。

でも、私は、こんな体になってしまった。
莉菜のことを思い続けているのが女性だなんて、神聖といえる資格はない。

寒い寒いと言っていたら、莉菜は手を握って、ポケットに私の手を入れてくれたの。
手も温かかったけど、私の気持ちも温かくなった。
ずっと、この時間が続いて欲しい。

赤レンガ倉庫に着くと、壁はライトアップされている。
暗やみの中で光る赤いレンガは横浜の長い歴史を感じさせてくれる。

莉菜と私は、レンガ倉庫の中で、青色のガラス製品を見て回った。
そして、2号館のジュエリーで莉菜は私をとびっきりの笑顔を見つめている。

「聖奈さん、このイヤリング似合うと思うんだけど、付けてみて。」
「イヤリング、あまりしたことないし。落とさないかな。」
「大丈夫だから。ほら、やっぱり似合う。聖奈さんは、もっとお洒落すればいいのよ。これ、私が買ってあげる。」
「高いでしょう。」
「若い子は遠慮しないの。私からのクリスマスプレゼント。」
「じゃあ、私も買わないと。」
「じゃあ、私、さっき通った蜂蜜屋さんで、蜂蜜が欲しいかな。」
「そんな安物でいいんですか?」
「聖奈さん、知らないんでしょう。杉養蜂園の蜂蜜って高いのよ。果汁入り蜂蜜をヨーグルトの上にかけて朝にいただいたら、とってもおしゃれだと思う。欲しいな。」
「莉菜さんが、それがいいというのなら。」
「さあ、買いに行こう。」

周りから見ると、仲のいい姉妹に見えていたかもしれない。
こんな莉菜の様子だけを見ていれば、付き合っていた頃の姿に最近は戻っていた。
天真爛漫でみんなへの優しさに溢れる莉菜。

莉菜は行きたいレストランがあるという。
すぐだからといい、タクシーに乗り込んだ。
そして、ドライバーに行き先は中華街と告げる。

「クリスマスイブに中華街なんて笑っちゃうでしょう。でも、こんな日だから混んでないし、安かったりもして、お得なのよ。クリスマスの日にフレンチに行くと、まず予約なしに入れないし、限定メニューとかでいつもの2倍ぐらいの値段するでしょう。」
「そうですね。お腹すいてきた。」
「今日は、聖奈さんを連れてきたいお店があるの。」

私は、あの店に違いないとすぐに思った。
中華街の入口でタクシーを降り、莉菜は歩き始める。
そして、立ち止まった所は、3年前のクリスマスイブに一緒に来たお店だった。
そして、その時にプロポーズをして一緒に暮らし始めた。

やっぱり、莉菜はまだ昔の私との思い出の中で生きている。
嬉しくもあり、なんとか解放してあげたいという気持ちが胸を締め付ける。

いつも大行列のお店は今日は空いていた。
店内に入ると、すぐにテーブル席に通される。

「そうね。天心セットとか美味しそうじゃない。食べてみる。」
「莉菜さんが食べたいものを食べたいな。この5色の小籠包、食べてみたい。きれいだし、おいしそう。」
「じゃあ、それと、蒸し餃子とか、シュウマイとか、私が適当なもの頼んでおくね。」

私は、莉菜を悲しませることになるとは思いつつ、昔の思い出を莉菜から聞きたかった。

「もしかしたら、この横浜でも彼との思い出があるとか。」
「よくわかったわね。この中華街で、3年前のクリスマスイブの日のディナーでプロポーズされたの。ちょど、その時も、クリスマスイブなのに中華街でディナーって笑っちゃうでしょ。」
「いえ、お得なんでしょう。私も賛成です。ところで、今更ですけど、彼のどこがよくて、プロポーズを受けたんですか。」
「この人と一緒にいると、楽というか、自然な私でいられるのよね。結婚って、そうじゃないともたないじゃない。これまでも男性とは何人かは付き合ってきたけど、なんとなく、いつも私が背伸びしているようで、疲れちゃっていたの。でも、誠一は、なんでも、ありのままの私でいいよって言ってくれた。もう、そんな人、いないかもしれないわね。」
「とっても、素敵な人だったんですね。でも、私には、わからないけど、まだ莉菜さんの人生は長いんだから、そろそろ別の人を好きになった方がいいんじゃないですか。」
「そうかな。また暗い話になっちゃったわね。ところで、この前も言ったけど、聖奈さんも彼氏を作った方がいいって。」
「私、なんか男性って、よくわからないし、まだいいって感じかな。」
「男性も、怖い人もいるけど、優しい人もいるわよ。女性だって、同じじゃない。男性とか女性でなくて、その人なのよ。これから、楽しい人生が待っていて、若いって羨ましいわね。お料理も来たようだし、食べようか。」
「はい。」

莉菜は、紹興酒を呑みながら、笑顔で食べている。
やっと、急に涙がながれるような情緒不安定な状況は脱したように見える。
ふと、私を見上げ、話し始めた。

「そういえば、この前、家まで送ってくれたんだよね。本当に、最近、お酒に弱くなっちゃって、ダメよね。でも、9月から聖奈さんと一緒に、いろんな所に出かけて、本当に気持ちが軽くなったというか、落ち着いてきた。本当に、ありがとう。」
「いえいえ、私も楽しんでますから。これまで、海外とかには行ったけど、日本では住んでる所からあまり出なかったから、この横浜とか、江ノ島とか、外苑前とかに行けて、本当に楽しいですよ。この前のディズニーシーも楽しかったです。」
「なんか、聖奈さんと一緒だと安心できるの。どうしてかな。聖奈さんからみると、こんなおばさんとと思うだろうけど、これからも付き合ってね。」
「おばさんなんて、そんなことない。せめてお姉さんですよ。ところで、なんか雪降りそうだけど、大丈夫かしら。」
「そうなったら、その時でしょ。今を楽しみましょうよ。」

1時間もすると雪がひどく降り始めている。
窓から見ると、道路に、あっという間に15cmぐらいは積もってしまってる。
電車も止まったと店内のテレビでニュースが流れた。

「莉菜さん、雪で電車止まっちゃったって。どうしよう。」
「この辺のホテルに明日まで泊まるしかないわね。みんなが予約していっぱいになる前にホテルを予約しないと。聖奈さんは、親御さんに連絡して、今日は雪で友達と泊まるって連絡しておいて。」
「わかりました。では、ホテルを見つけるの、よろしくお願いします。」

莉菜は、この事態に、大人らしくテキパキと動き始めた。
こういうこともできるぐらい、気持ちも回復したのは良かった。

「ここから5分ぐらいの所にあるクラシカルなホテルが予約できたから、行こう。親御さんもOKだったわよね。」
「もちろんです。行きましょう。」

莉菜は部屋で飲み直したそうで、コンビニで缶酎ハイを3本買っていた。
ホテルの部屋に2人で入る。

「寒いわよね。先に、シャワー浴びてきたら。温まるから。」
「先にいいんですか?」
「もちろんよ。私は、飲んでるから。」
「じゃあ、お先に。エアコン、付けときますね。」
「ありがとう。じゃあ、待ってるからね。」

シャワーを浴びて出ると、莉菜は、お酒に飲まれた様子だった。
ソファーで目を涙いっぱいにして寝ている。
流石に、寝ちゃうと重くて、お風呂に連れて行けそうにない。

だから、上着と、服を脱がせ、下着だけにしてベットに寝かせた。
そして、厚い布団をかける。

莉菜、ごめん。
私が事故に遭ったばっかりに、こんなに悲しい思いをさせてしまって。
私も下着姿になって、莉菜の布団に入る。

私の今の体じゃあ、莉菜を抱きしめ、幸せで包み込んであげられない。
でも、目の前にある莉菜の顔を見ていると、愛おしくなって後ろから抱きしめた。
暖かい。そう、莉菜が寝ると、いつもこうして寝顔を見ていた。

でも、朝起きて、女性と寝ていたと思ったら嫌われるかもしれない。
だから、ずっと一緒にいたかったけど、私は、横のベットに入って寝ることにした。
誰もいなかったベットは、とっても寒い。

朝日が窓からこぼれて、目が覚めると、莉菜が横にいた。
私からずれた布団をかけ直してくれている。

「おはよう。起こしちゃったかな。でも、私、昨日も酔って寝ちゃったのね。服脱いだ記憶ないけど、自分でベットに入ったみたい。いつも、恥ずかしいところを見せちゃってごめんなさい。」
「いえ、そんなことないですよ。私、シャワー浴びてすぐ寝ちゃったから、その後に、莉菜さんは自分で寝たんじゃないかな。でも、今日は昨日と違って、とってもいい天気ですね。雪、とってもキラキラ、陽の光を反射して綺麗だけど、すぐに溶けて電車も動くかも。」
「そうね。今はとても綺麗だけど、溶けると泥だらけになるから、早く出ようか。」
「はい。でも、もう少し、この綺麗な風景を見てましょうよ。」

真っ白な雪が、横浜の街の汚いものを全て消してくれている。
窓から差し込む暖かい陽のもと、2人は並んで下着姿のまま、ずっと外を見ていた。
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