トイレの花子さん

一宮 沙耶

文字の大きさ
2 / 9

1話 政界

しおりを挟む
「次の総理は、的場さんで決まりだな。」
「え、そうなの。坂本総理は、次は、桜井総務会長を後任にすると言ってたじゃないか。」
「お前の情報収集はたいしたことないな。」

ここは民事党本部があるビルの男子トイレ。
そして、私は、トイレ清掃員。
トイレ清掃員というとおばさんが多いけど、私は22歳の女。

外は紅葉で素晴らしい景色が広がっているらしい。
紅葉から溢れる陽の光はとても美しい。
休日には、家族で紅葉を見に山をハイキングしている人も多いとか。

でも、私は日頃は身を隠しているからビル街しか歩かない。
紅葉は、街の公園でわずかに目に入るだけ。
仕事はオフィスビルのトイレ掃除で、いつも見える世界は同じ。
だから、四季なんて私には関係はない。

私は、さすがに若い女とは思われていないと思う。
作業着を着てるし、ずきん、マスク、メガネを着けているから。
というより、存在していると思われていない。

トイレの入口に清掃中だからご遠慮くださいと看板を出している。
でも、いいですかとも言わずに、私を無視して入ってくる人は多い。
特に、偉いと言われている人ほどそう。

でも、その分、誰も私がいることに気づいていない。
ほとんどは、私がいるのに、とんでもない内容の会話が続く。
人間って、本当にバカなのではといつも思う。

女子トイレも同じ。
いえ、女の方が女のトイレ清掃員なんて見下している。
少しでも触れてしまえば、すごい剣幕で怒鳴られる。

それでも女子トイレは仕事がやりやすい。
井戸端会議という感じで、社内のあらゆる噂話しが繰り広げられる。
情報収集には最適な環境。

今回は政界の情報収集をしようと、まずは男子トイレにいる。
早速、こんなスクープ情報がトイレで話されている。
スマホで録音してることも気づかれていない。

「それはな、桜井さんが所属する鈴木派に恩を打っておいて、桜井さんが自滅するのを待ってるんだよ。自分から失脚すれば、それは坂本総理のせいじゃないし、鈴木派に恩を打ったことは事実として残る。しかも、桜井さんが失脚するのに十分な情報を持っているんだ。」

相手の胸を肘で小突く。
そんなことも気づかないのかという感じで。
私は下を向いて、トイレットペーパーの交換をする。

「それを使って、子飼いの的場官房長官に席を譲る。もうシナリオは出来上がってるんだよ。」
「まんまと騙されていたな。それにしても、お前の情報収集力はいつもすごいな。」
「まあ、それだけで生きているからな。だから、芽がないといわれている今こそ、的場官房長官に尻尾を振っておくのがいいな。」
「そうするよ。やっぱり、持つべきものは優秀な同期だな。」

こんな話しをしているのに、横に人がいることに全く気づいていない。
バカなんだろうか。

しかも、政治家は政策検討等をすることが仕事のはず。
自分の保身のためだけに情報収集するだけなら、何も仕事をしていないのと同じ。
衆議院議員1人に1億円も国費を使っているのだから、国民の税金の無駄使い。

しかも、総理は、不正をしていることを知っている人を後任にすると公言している。
政争のためにだけに奔走し、政治なんて何もしていない。
そんな人達は排除しなければならない。

ただ、調査は入念にする。
桜井総務会長のオフィス近くにあるがトイレからも会話を拾う。
女子トイレで、秘書達が話している。

「桜井総務会長って、やはりやり手ね。この前も、三木建設の会長が、将来の総理と言って、3,000万円も渡していたわよ。」
「本当に、この世界にいると、賄賂なんて当たり前で、ごく普通のことと感覚が鈍っちゃうわよね。桜井総務会長が総理になったら、お祝いということで、私たちにも高級フレンチをご馳走してくれないかしら。」
「そうよね。二人でねだってみましょうよ。」

あらあら、私がいるのにとんでもないことを話している。
本当に私が幽霊で、見えていないとしか思えない。
でも、そんなことだから桜井総務会長も足をすくわれる。

坂本総理も、すぐに不正の情報を入手できたのだと思う。
脇が甘い政治家は、生き延びることができない。
そして、的場官房長官のオフィス近くのトイレにも行く。

「的場官房長官、総理確定、おめでとうございます。」
「何の話しだ? 嫌味か? 次期総理は、桜井総務会長だろう。」
「とぼけないでくださいよ。坂本総理からじきじきに聞いたんですから。これから大変でしょうけど、私が誠心誠意、支えますから、頑張ってくださいね。」
「そうか、聞いたんだ。まあ、これからもよろしくね。ただ、他の人には言うなよ。」
「分かってますよ。」

日本は、とことん秘密を守れる国ではない。
身内の間なら、秘密という概念はなく、どんなことでも話す。
内緒といいながら、噂はどこまでも広がる。

でも、最初に聞いた男達の会話は、これで間違いない。
私は、毎朝新潮に音声データとともに情報を提供する。
総理大臣の後任に関するデータの対価として50万円を受け取った。
毎回、それなりのお金貰えるから、今の仕事はやめられない。

毎朝新潮も、私のことを重要な情報源として優遇してくれている。
普通の情報屋だと、こんな大金は貰えない。

1年で10件は情報が入るし、1件で100万円を超えることもある。
しかも税金は申告しないから、年収はそれなり。
依頼主も表に出せるお金じゃない。

私の仕事は、トイレで情報を仕入れること。
トイレの掃除は、ついでにしているだけ。
一般的には、情報屋と呼ばれている。

だから、プライドを持って仕事をしている。
汚いことも多いし、人間扱いされていない。
でも、だからこそ貴重な情報が手に入る。

こんな仕事をしていると普通の生活は目立たない方がいい。
だから、男にも近づかない。
でも、男には嫌な思い出しかないからいい。

昔、高校の先輩と付き合い始めたことがあった。
つらい日々を誰かに助けてもらいたかったから。
その時は、その先輩といられる時間だけが救いだった。

私が高校3年のとき、先輩からホテルに誘われる。
そして、エッチを求められた。もう、いいだろうって。
好きだとは言っても、初めてのエッチは怖い。
だって、痛そうだし、高校生で妊娠もしたくない。

今日は妊娠しやすい日と言ったけど、聞いてくれない。
これ以上、断ると嫌われると思って、言い出せなかった。
そして、先輩は生がいいと言って、つけてくれない。

その日のエッチで妊娠してしまう。
それを先輩に伝えたら、本当に自分の子かと言われた。
そんなことは、映画やアニメの世界だけだと思っていた。

ショックだった。最初は本当に優しくしてくれたのに。
あれは、エッチをするための嘘だったのかしら。
男なんて信じられない。

もう、先輩に何を相談してもダメだと諦めた。
だから、1人で堕ろす。強姦されたと医師に言って。
それ以来、男には幻滅し、近づかないようにしてる。

両親はいつも暖かく見守ってくれている。
でも、この件は相談できなかった。
誰にも相談できずに、全て一人で苦しむしかない。
お金も、先輩は全く払ってくれず、自分一人で払うしかない。

学生の私にとって、10万円の支払いは大変だった。
2万円が足りず、アルバイトも前借りをする。
その後の返済のために、アルバイトを増やすしかない。

それからしばらく、過酷な労働が続いた。
周りは、何か欲しいものがあるんだねと笑うだけ。
バッグとかに、そんなに頑張らなくてもと、やつれた私に冷たい声をかける。

そもそも、女を守れない男なんて、この世の中にいらない。
そんな男達は、みんないなくなればいい。
今、情報屋をやっているのは、そういった目的もある。
ひどい男達を懲らしめてやるために。

だから、私には男なんて興味がないい。
私には守らなければならない妹がいる。
それで精一杯。男を作る余裕なんてない。

翌日の週刊誌で、総理の策略は大々的に暴露された。
総理は否定したけど、音声データもあり、桜井総務会長の疑惑も本当だった。
総理は党内での信頼を完全に失い、日々、国民からも大きな批判を浴びる。

成功し続けてきた人のメンタルは弱い。
都内のホテルで首を切り自殺している総理が発見される。

また、トイレで話していた男二人の会話も公表される。
全く役立たない国会議員が話題になり、議員定数削減の議論が本格化する。
男二人は、政党員の資格を剥奪され、いずれも議員辞職に至る。

影では、また「トイレの花子さん」が現れたと囁かれた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

秘書と社長の秘密

廣瀬純七
大衆娯楽
社内の調査のため、社長・高橋健一はこっそり秘書・木村由紀と不思議なアプリで入れ替わることに。 突然“社長役”を任された由紀と、自由に動ける立場を手に入れた高橋。 ふたりの秘密の入れ替わり作戦は、どの様な結末になるのか?

処理中です...