愛する女性の行方

一宮 沙耶

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11話 脅迫

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 ある日、私に、メッセージがきた。

「木本さん、私は、あなたの不正行為を知っている。警察に言われなくなかったら、2月11日、夜8時に、メタバース渋谷のスズカフェの入口で待ってろ。俺も、その時間にいく。」

 なんのことかしら。知らない男性と会うのは怖いけど、このカフェなら、人もいっぱいいるはずだから、変なことできないはず。万が一、襲ってきたりしたら、同期モードのスイッチを切ってしまえば、そこから消えることができるから不安はない。

 私は、指定された時間に、そのカフェの入口で待ってみた。そうすると、時間ぴったりに男性が現れたの。

 家でゴロゴロして過ごすようなジャージ姿で、いかにもITオタクって感じで、目の動きが挙動不審。何が始まるのかしら。

「あなたが木本さんだね。まずは、カフェに入ろう。」
「なんの件ですか?」
「いいから、入るぞ。」

 席に通されると、その男性はいきなり本題に入ってきたの。

「私は、ある商社で、どこかはわかっていると思うけど、社内情報システムを管理しているんだが、先日、サーバーのログを見ていたら、気になるアクセスを見つけたんだ。それ自体は、最初は普通の社内からのアクセスかと思ったが、なんとなく気になって調べたんだ。」
「なんの話しですか?」
「最後まで、聞けよ。そしたら、外部から不正に、社内のプロジェクト推進者名簿と、社員名簿にアクセスしてるじゃないか。そのアクセス元を調べるのに苦労したよ。でも、やっとわかったんだ。それは、あなた、木本さんだってね。」
「勘違いじゃないですか? 証拠はあるんですか?」
「証拠があるかって聞くやつが一番怪しんだよ。証拠はあるよ。マックアドレスが、あなたのものだったんだよ。」
「本当かどうか怪しいですね。で、それが本当だとして、何が言いたいんですか?」
「これは明らかに犯罪だぞ。刑務所行きだろうな。女性の輝けるときって短いんだろ。お前も5年とか刑務所にいたら、すぐにおばさんだ。だから、お金で解決してやろうっていってるんだよ。500万円を出せば、忘れてやる。どうだ。悪くない取引だろう。」
「私は、やっていないし、そもそも、そんなお金、持っていない。しかも、そういう人って、500万円出しても、繰り返し脅すんでしょ。そんな脅しに屈するはずないでしょ。」
「いいのか。まあ、考える時間をやろう。2週間がリミットだ。2週間後、同じ時間にここで待っている。金で解決したいというのなら、その時に500万円を持ってこい。まあ、どちらが得か、よく考えてみるんだな。結論は出てると思うけど。」

 私がやったことって、そんな悪いことじゃないわよね。ちょっと調べただけなのだから。それよりも、それを使って、ゆする方が犯罪よね。

 私は、まず、この男性の実名と現実世界の住所を調べることにした。メタバース渋谷の運営は結構、厳格でてこづったけど、商社名と突合することで、なんとか分かったわ。佐伯 裕一という人だった。

 そこまでわかれば、住んでるところも私のスキルがあればすぐにわかる。茗荷谷で一人暮らしだったの。私は、現実世界で、この男性が外出する後を数日、ついて行ってみた。

 顔は知られているから、見つからないように注意して。こんな時は、メタバースでアバターを別の顔にしておけばよかったと思うわね。

 最近は、誰でもそうだけど、生活はほとんどメタバースでしてるから、現実世界では、外で知り合いと話すなんてことはない。この男性も同じだった。だから、外に出かけると言っても、散歩ぐらい。

 そこで、メタバースでも、数日、後ろからついて行ってみると、ほとんど商社での仕事ばかりだけど、時々、大学の頃の親友たちと飲み会をしてるみたい。そんな飲み会では、佐伯は、大声で自慢ばっかりしていた。

 俺はITの世界ではトップクラスなんだとか、俺はペンタゴンでもハッキングできるんだとか。そんな優秀なら、もっと違うところで働いて大金をもらうでしょ。こんな安い居酒屋で大声で怒鳴っていることで、すでにあなたの実力はしれてるのよ。

 1人でできる能力に限界があって群れをなし、自慢で自分をごまかすことしかできない人なのね。その程度の人。東大の人って、優秀が故に、一匹狼が多いものね。私も、基本は、1人でいることが多い。

 こんなくだらない人に、バレてしまったのは私のスキルの未熟さね。おそらく、人間としては下の下でも、私のこと見つけたんだから、ITスキルが上級レベルなのは認めるわ。

 それにしても、この男性はどうしたらいいの。このままだと、私は、永遠に、お金をむしり取られてしまう。暴力団とかに頼むって方法はあるのだろうけど、そんな人知らないし、逆に弱みを握られそう。

 家族の弱みを握るという方法もあるかもしれないけど、1人暮らしで、付き合っている女性もいないみたい。こんなゲスな男には、女性も寄り付かないのね。また、両親はもう亡くなってることがわかった。この手もダメか。

 こんな何もない人だから、人をゆすって金をむしり取ろうと考えるのね。生きてる価値もない人。

 警察に脅迫されたって助けを求める? 警察は、私がやったことも犯罪だというから、私にとっては、あまり得策じゃない。それをわかって、ゆすっているのだものね。

 私は、もう夜8時になろうかという時間に、現実世界のその男性の家の前に佇んでいた。住宅地の道路は、最近では、こんな夜中には、みんなメタバースにいて誰も歩かないから、街灯もほとんどなく、真っ暗。今日は新月で、あたりを照らすものがない。

 私の気持ちを表しているの? 私は、決して清廉潔白という感じで生きてきたわけでもないけど、こんなに真っ暗な道を歩んできたわけでもない。だから、当然の報いで、神様からの罰ということでもないわよね。もらい事故ってことかな。

 私はどうなっちゃうんだろう。キャバクラとかに売り飛ばされるとか。そこから抜け出せずに、ずっと、男性のおもちゃになっちゃう。そんな人生は嫌。私の得意なのは、そこじゃないし。

 今、歩いている道は、枯れ葉が風にふかれ、カラカラと乾き切った音しかしない。時々、北風が強く吹き、手もこんなに冷たくなっちゃった。手袋ぐらいじゃ、暖かくならない。私って、つくづく、神様から見放されているのね。

 こんな寒いなか、私を包み込み、温めてくれる人は横にいない。困ってること、助けてほしいことがいっぱいあるのに。もう、私の人生は終わりなのかしら。

 そんな気持ちで、目の前を見上げたら、アパートの2階に彼の部屋があって、そこに行く階段を照らす電球が、消えかかってるけど将来への明るい道筋に見えてきた。本当に1つぽつんと消えそうな電球だったけど、確かに、私を導いている。

 その時、メタバースでは、その男性は、例の仲間たちと飲み会をしていた。

「おい、佐伯、お前、最近、浮かれてるじゃないか。何か、いいことあったのか?」
「それがさ、金づるの女を見つけて、近々、まとまったお金が手に入りそうなんだよ。あわよくば、そいつを犯すこともできるかも。美人だし、使いようは、もっとありそうだ。」
「どうして、お前は、いつも、そんなラッキーなんだ。どこで、そんないい女を見つけたんだよ。羨ましいな。」
「いや、それは秘密だ。でも、お金を巻き上げたら、その後は・・・。」
「あ、消えた。これって、あれか。」
「あれだな。嫌になってメタバースから退場することはあるが、さっきの佐伯は、話している途中にいきなり消えたから、強制終了という感じだもんな。」
「メタバースにいるときは、多くはベットで寝た状態だから、そこで心筋梗塞とかで死んだか、殺されたかということだよな。いきなり強制終了って、即死ってことだと思う。」
「そうだよ。大変だ。佐伯の家の住所を知ってるから、それを警察に連絡した方がいいな。俺が、今、電話するわ。」

 警察が、現実世界の彼の家に到着して目にしたのは、ベットの上で、心臓を包丁でひとつきされ即死している彼の死体だった。
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