ちょっとハッとする話

狼少年

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今日から私は(前編)

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今日も聞こえて来る……

「ごめんなさい。ごめんなさい。お母さんごめんなさい……」

「何であんたって子はこんな事も出来ないの!!」

「ごめんなさい。ごめんなさい。お母さんごめんなさい……」

「………………」

「叩かないで………痛い……やめて……」

「泣くんじゃないよ!!」

「やめて……お願い……叩かないで……」

隣の部屋(家)から毎晩の様に聞こえて来る虐待の実態。
私は何度も児童相談所に連絡してたが、そこは名前だけの機関なのか?私の声には耳を貸してくれなかった。

最初はそう……桜が綺麗に咲いていたっけ。

私が夕飯の買い出しに近くのスーパーに行った帰り道。
散り行く花弁の向こうに、隣の僕が公園の砂場で遊んでいるのを見つけた。
私は暫しの間公園のベンチに座って彼が遊んでいるのを見ていたが、いつしか声をかけていた。

「僕1人で遊んでるの?」

「………………」

「おばさんねーー僕のお家の隣に住んでるの、知ってた?」

「………………」

「これなぁに?」
私は彼が一生懸命にコネコネしている砂の玉を指さして聞いてみた。

「………………」

彼は一生懸命にコネコネしている。
うーーんと私が考え込んでいると、

「………お母さんに知らない人と喋っちゃダメって……怒られるから……」

とボソリッ

「そっかぁじゃあ自己紹介しなきゃね。私はチカって言います。僕のお名前は?」

「………ゆうと………」

「そっかそっか!!ゆうと君かぁ!!これでもう知らない人じゃ無くなったね」

「そうなの?」
彼は手を止めて、つぶらな瞳をこちらに向けて来る。

「そうだよーーだってもう名前を知ってるんだもん。君はゆうと君。私は?」

「……ちかちゃん?……」

「正解!!じゃあそのお団子はなぁに?」

「お団子なんかじゃないや!!最強の玉だ!!」

「最強??強そうだねーーじゃあおばさんも作ろっかな!最強の玉」

確か最初はこんな感じだったと思う。もう少し警戒してたかもな。

それからは彼が1人で遊んでいる所を見つける度に私は彼に声をかけ、泥遊びや、ブランコ、滑り台、鉄棒何でもやった。
一緒に笑い、一緒に泥だらけになり、怒られちゃいけないと同じ様な服を買ってきたりもした。
38歳の独身女性からしてみれば、彼はとても純粋でとても素直でとても可愛かった。 
彼の母親は何故彼を叱りつけるのだろうか?彼が何か悪さでもするというか?これ程素直で聞き分けのいい彼が……しかも体罰まで加えて……私には不思議でならなかった。

道路の街路樹から蝉の声が聞こえて来る頃。私は今一度児童相談所に相談してみたが、結果は変わららずじまいの要観察。親権とは一体何なのだろうか?行政とは何をやってる所なのだろうか?私の中の不満は溜まる一方だ。


「ピーーポーー、ピーーポーー」

深夜の静まり返った住宅街を一台の救急車が近づいて来る。何だか嫌な予感がした。
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