11 / 42
第一章 悪女と婿にしたい男性ナンバーワン
3-01
しおりを挟む
二人の足は〝裏の森〟に向かっていた。
ここは、小さい頃に四人でよく遊んだ場所でもある。
クライドはしばらく無言で周囲の景色を眺めていたが、
「ああ、そういえば言うの忘れてた」
思い出したように、ダリアを振り返る。
「久しぶり。元気だった?」
昔と変わらぬ優しい笑顔を向けられて、ダリアも思わず笑顔になった。
「ええ、あなたも元気そうでよかったわ。あなたが騎士団だけでなくノーバック子爵代理としてもがんばっている噂はお茶会でよく耳にしたのよ。婿に来てほしい男性ナンバーワンという呼称はどうかと思うけど、それはあなたが努力した結果なのよね」
「俺が王都にいるから父の代理を言いつけられているだけで、そんなにたいしたことはしてないよ」
クライドは照れたように下を向いて右手の親指で鼻の頭を擦った。
二人が会話をするのは七年ぶりだ。
七年前に、トレッドに出入り禁止を言い渡されてからは、子供同士が会うことも手紙のやり取りも禁止された。
貴族の集まりなどでお互いを見かけることがあったが、不用意に接触してトレッドの機嫌を損ねてしまうことを恐れ、話をすることもなく、ただ遠くからお互いの存在を確認するだけだった。
七年ぶりに交わした会話がアレか。
先程執務室で交わした会話が、七年前とさほど変わらず気安いものだったことに二人は今更ながら気づいた。
「裏の森に来るのは、トレッド様から出入り禁止を言い渡されて以来か。なんかあんまり変わってない気がするよ」
「最低限の手入れしかしてないもの。樹木が育ったぐらいで何も変わってないと思うわよ」
クライドが大きく伸びた樹木を見上げると、木の枝の上に小さな巣箱が見えた。
「アレは巣箱?」
ダリアは隣りに立つクライドを見た。目線の先にはクライドの二の腕があった。
七年前には同じぐらいだった目線は今ではずっと上にある。自分の頭一つ上にあるクライドの顔を見上げ、そのまま彼の目線を追う。
目線の先には木に掛けられた小さな巣箱があった。
「そう。ここは小鳥も多いからね」
クライドは急に頭を左右に動かし、何かを探すような動作をする。
「どうかした?」
「いや、たしか俺も昔……」
付近をうろうろとしはじめ、やがて、少し森に入った木の上に古びた巣箱を見つけた。
「あった! あれ、俺が昔作った巣箱だろ」
宝物を見つけたような笑顔を向ける。
「よく覚えていたわね」
「君と一緒に作っただろ。どっちの巣箱に先に鳥が先に巣を作るか競争しようって。そういやその日の帰りに出入り禁止を言い渡されたんだっけ」
笑顔から一転、クライドは遠い目をする。
「それで、どっちが勝った?」
「え?」
「どっちの巣に先に鳥が住み着いた?」
「……忘れたわ」
ダリアがぷいっと目線を逸らすと、クライドは不満そうに口をへの字にした。
「ちぇ。それじゃあ、こっちにある新しい巣箱は誰が作ったの?」
「……私」
「え?」
「これもあれも、そっちにあるのも私が作ったの。もう全部の巣箱に鳥も住み着いてるわ」
ダリアは巣箱を指さしながら、なぜか勝ち誇ったような顔をする。
「俺の巣箱に鳥は住んでる?」
「昔は住んでたけど、今は空室。もうすっかり古くなってるからね」
「撤去しても良かったのに。落ちたら危ないだろ」
「そうね。……でもまあせっかくだから」
そう言われればそうだ。ボロボロになったのなら取り外して新しいのをつければいい。
他の巣箱はそうして、古くなったら新しいものに交換していた。でもこの巣箱はなぜかそんな気はおきなかった。そんな心の中に起こった小さな疑問はすぐに忘れた。
ここは、小さい頃に四人でよく遊んだ場所でもある。
クライドはしばらく無言で周囲の景色を眺めていたが、
「ああ、そういえば言うの忘れてた」
思い出したように、ダリアを振り返る。
「久しぶり。元気だった?」
昔と変わらぬ優しい笑顔を向けられて、ダリアも思わず笑顔になった。
「ええ、あなたも元気そうでよかったわ。あなたが騎士団だけでなくノーバック子爵代理としてもがんばっている噂はお茶会でよく耳にしたのよ。婿に来てほしい男性ナンバーワンという呼称はどうかと思うけど、それはあなたが努力した結果なのよね」
「俺が王都にいるから父の代理を言いつけられているだけで、そんなにたいしたことはしてないよ」
クライドは照れたように下を向いて右手の親指で鼻の頭を擦った。
二人が会話をするのは七年ぶりだ。
七年前に、トレッドに出入り禁止を言い渡されてからは、子供同士が会うことも手紙のやり取りも禁止された。
貴族の集まりなどでお互いを見かけることがあったが、不用意に接触してトレッドの機嫌を損ねてしまうことを恐れ、話をすることもなく、ただ遠くからお互いの存在を確認するだけだった。
七年ぶりに交わした会話がアレか。
先程執務室で交わした会話が、七年前とさほど変わらず気安いものだったことに二人は今更ながら気づいた。
「裏の森に来るのは、トレッド様から出入り禁止を言い渡されて以来か。なんかあんまり変わってない気がするよ」
「最低限の手入れしかしてないもの。樹木が育ったぐらいで何も変わってないと思うわよ」
クライドが大きく伸びた樹木を見上げると、木の枝の上に小さな巣箱が見えた。
「アレは巣箱?」
ダリアは隣りに立つクライドを見た。目線の先にはクライドの二の腕があった。
七年前には同じぐらいだった目線は今ではずっと上にある。自分の頭一つ上にあるクライドの顔を見上げ、そのまま彼の目線を追う。
目線の先には木に掛けられた小さな巣箱があった。
「そう。ここは小鳥も多いからね」
クライドは急に頭を左右に動かし、何かを探すような動作をする。
「どうかした?」
「いや、たしか俺も昔……」
付近をうろうろとしはじめ、やがて、少し森に入った木の上に古びた巣箱を見つけた。
「あった! あれ、俺が昔作った巣箱だろ」
宝物を見つけたような笑顔を向ける。
「よく覚えていたわね」
「君と一緒に作っただろ。どっちの巣箱に先に鳥が先に巣を作るか競争しようって。そういやその日の帰りに出入り禁止を言い渡されたんだっけ」
笑顔から一転、クライドは遠い目をする。
「それで、どっちが勝った?」
「え?」
「どっちの巣に先に鳥が住み着いた?」
「……忘れたわ」
ダリアがぷいっと目線を逸らすと、クライドは不満そうに口をへの字にした。
「ちぇ。それじゃあ、こっちにある新しい巣箱は誰が作ったの?」
「……私」
「え?」
「これもあれも、そっちにあるのも私が作ったの。もう全部の巣箱に鳥も住み着いてるわ」
ダリアは巣箱を指さしながら、なぜか勝ち誇ったような顔をする。
「俺の巣箱に鳥は住んでる?」
「昔は住んでたけど、今は空室。もうすっかり古くなってるからね」
「撤去しても良かったのに。落ちたら危ないだろ」
「そうね。……でもまあせっかくだから」
そう言われればそうだ。ボロボロになったのなら取り外して新しいのをつければいい。
他の巣箱はそうして、古くなったら新しいものに交換していた。でもこの巣箱はなぜかそんな気はおきなかった。そんな心の中に起こった小さな疑問はすぐに忘れた。
22
あなたにおすすめの小説
地味で器量の悪い公爵令嬢は政略結婚を拒んでいたのだが
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
心優しいエヴァンズ公爵家の長女アマーリエは自ら王太子との婚約を辞退した。幼馴染でもある王太子の「ブスの癖に図々しく何時までも婚約者の座にいるんじゃない、絶世の美女である妹に婚約者の座を譲れ」という雄弁な視線に耐えられなかったのだ。それにアマーリエにも自覚があった。自分が社交界で悪口陰口を言われるほどブスであることを。だから王太子との婚約を辞退してからは、壁の花に徹していた。エヴァンズ公爵家てもつながりが欲しい貴族家からの政略結婚の申し込みも断り続けていた。このまま静かに領地に籠って暮らしていこうと思っていた。それなのに、常勝無敗、騎士の中の騎士と称えられる王弟で大将軍でもあるアラステアから結婚を申し込まれたのだ。
役立たずのお飾り令嬢だと婚約破棄されましたが、田舎で幼馴染領主様を支えて幸せに暮らします
水都 ミナト
恋愛
伯爵令嬢であるクリスティーナは、婚約者であるフィリップに「役立たずなお飾り令嬢」と蔑まれ、婚約破棄されてしまう。
事業が波に乗り調子付いていたフィリップにうんざりしていたクリスティーヌは快く婚約解消を受け入れ、幼い頃に頻繁に遊びに行っていた田舎のリアス領を訪れることにする。
かつては緑溢れ、自然豊かなリアスの地は、土地が乾いてすっかり寂れた様子だった。
そこで再会したのは幼馴染のアルベルト。彼はリアスの領主となり、リアスのために奔走していた。
クリスティーナは、彼の力になるべくリアスの地に残ることにするのだが…
★全7話★
※なろう様、カクヨム様でも公開中です。
さよならをあなたに
キムラましゅろう
恋愛
桔梗の君という源氏名を持つ遊君(高級娼婦)であった菫。
たった一人、州主の若君に執着され独占され続けて来たが、
その若君がとうとう正妻を迎える事になった。
と同時に菫は身請けをされるも、彼の幸せを願い自ら姿を消す覚悟を決める。
愛していても、愛しているからこそ、結ばれる事が出来ない運命もある……。
元婚約者としての矜持を胸に抱き、彼の人生から消え、そして自らの人生をやり直す。そんな菫の物語。
※直接的な性描写はないですが行為を匂わす表現が作中にあります。
苦手な方はご自衛ください。
重度の誤字脱字病患者の書くお話です。
誤字脱字にぶつかる度にご自身で「こうかな?」と脳内変換して頂く恐れがあります。予めご了承くださいませ。
完全ご都合主義、ノーリアリティノークオリティのお話です。
菩薩の如く広いお心でお読みくださいませ。
そして作者はモトサヤハピエン主義です。
そこのところもご理解頂き、合わないなと思われましたら回れ右をお勧めいたします。
小説家になろうさんでも投稿します。
某国王家の結婚事情
小夏 礼
恋愛
ある国の王家三代の結婚にまつわるお話。
侯爵令嬢のエヴァリーナは幼い頃に王太子の婚約者に決まった。
王太子との仲は悪くなく、何も問題ないと思っていた。
しかし、ある日王太子から信じられない言葉を聞くことになる……。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない
鈴宮(すずみや)
恋愛
孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。
しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。
その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?
【完結】婚約者と養い親に不要といわれたので、幼馴染の側近と国を出ます
衿乃 光希
恋愛
卒業パーティーの最中、婚約者から突然婚約破棄を告げられたシェリーヌ。
婚約者の心を留めておけないような娘はいらないと、養父からも不要と言われる。
シェリーヌは16年過ごした国を出る。
生まれた時からの側近アランと一緒に・・・。
第18回恋愛小説大賞エントリーしましたので、第2部を執筆中です。
第2部祖国から手紙が届き、養父の体調がすぐれないことを知らされる。迷いながらも一時戻ってきたシェリーヌ。見舞った翌日、養父は天に召された。葬儀後、貴族の死去が相次いでいるという不穏な噂を耳にする。恋愛小説大賞は51位で終了しました。皆さま、投票ありがとうございました。
宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました
悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。
クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。
婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。
そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。
そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯
王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。
シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる