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醜い婚約者 前編

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…クスクス…

 いつもと何ら変わりない光景。今日は義妹ぎまいの婚約パーティーだというのに、私が屋敷に入ると注目の的にされてしまいます。

 最初は驚いたような視線を向けられ、そしてそれは徐々にいつもと同じように、卑しいものを見るかのような視線へと変わっていくのです。嘲笑の声が聞こえ、憐みの様な視線を向ける者もおります。私はそのどれもが嫌で、会場の隅へと逃げ込みました。

「やはり来なければ良かった…」

 ひとり呟いて、嘲笑の原因である頬を手で隠すように触れました。手に当たる感触は、張りのある柔らかい肌ではありません。ガサガサで硬いものが、手に当たるのです。鏡で自分の顔を見ることが怖くて、もう十何年も自分の顔など見ていませんが、おそらく昔と変わらず、禍々しい色をした醜い姿なのだろうと想像できます。

 それは、化粧で隠すこともできない、火傷の跡でした。

 私がまだ5歳の頃。家が全焼する程の火事が起きました。それに巻き込まれて、私の両親は亡くなっています。唯一生き残ったのが、私とメイドであるアンナだけでした。

 アンナは燃え盛る炎の中、私を抱きかかえて命からがら逃げ出したらしいのですが、その火事で私は大火傷を負い、三日三晩生死を彷徨ったと聞いています。それでも何とか命を取り留め、今こうして生きているのですが、火傷が癒えることはなく、醜い跡となって残ってしまったのです。

 アンナには申し訳ないと思いながらも、あの時、両親とともに死んでいたらと、私は今でも考えることがあります。死んでしまえば、こんな風に人から笑われることも、蔑んだ目で見られることもないのです。

「あら、お義姉さま。こんなところにいらしたのですか?」

 そんなことを考えていると、後ろから声をかけられます。私は慌てて涙を拭って、声の方を振り返ると、そこには、自分と同じ銀糸の長い髪の義妹が立っていました。瞳の色は私と違って、少し薄めの茶色で彼女の母親譲りです。

 彼女はイリスと言って、私が今お世話になっている家の長女でした。両親が死んで、私は母の弟の家に引き取られました。

 叔父は家柄を大事にする人で、私が来ることをとても嫌がっていたのですが、身内は叔父だけだったので、断るのも世間的に問題になると、嫌々ながらに引き受けたのだと聞いています。

 そして、イリスとその母親も、私を醜いと蔑んでいました。

「聞いていらっしゃいますか?シェリアお義姉さまッ。」

「あ、え、ええ。聞いているわ。」

「全く…本当でしたら会いたくもないのですけれど、今日は彼を紹介するように、お父様に強く言われているので、わざわざ探したのですのよ。」

「そうだったの。ごめんなさい。」

「まぁ、あまり目立つところに居られても迷惑ですから、良いのですけれど…。コホン…」

 イリスの咳払いに、近くで他の人と話をしていた青年が、慌ててこちらにやって来ます。イリスよりもだいぶ年が離れているように見えます。私と同じくらいでしょうか?17,8歳に見える青年は栗毛の頭に、瞳はイリスと同じ薄い茶色で、周りがうっとりするような整った顔立ちをしています。

「シーク様、こちら私の義姉ぎしでシェリア・メイソン。」

 義妹の紹介に青年は不思議そうに首をかしげました。

「メイソン?キャンベルじゃなくて?」

「ええ、メイソンはお父様の姉の夫の家名ですのよ。」

「ふぅん…」

 そう言ってこちらを見る瞳は、私の顔を捉えており、すごく嫌な感じがしました。そんなことは気にしていないのか、気づいていないのか、イリスはわざとらしい咳払いをして、胸を張ります。

「それで、こちらが私の婚約者でジルべニア国の第一王子…シーク・ジルべニア様ですわ。」

 これが言いたくて仕方がなかったのでしょう。鼻高々に言う彼女はとても上機嫌に見えました。

「シーク殿下、ご婚約おめでとうございます。」

「ありがとう…えーっとぉ」

「どうぞ私のことはメイソンとお呼びください。」

「あ、ああ。ありがとう。メイソン。…君、イリスの姉ってことは、私の弟の婚約者なんだよね?」

「え、ええ。」

 私が戸惑っていると、イリスが怒ったようにシーク殿下を見ます。

「殿下、前にお話したではありませんか。」

「へぇ…あの、根暗ユリスに…ぷっ…」

 まじまじと私を見ていた殿下は、急に手で口元を隠すと、そのまま後ろを向いてしまいました。肩が震えているのが目に入り、笑いを堪えているのだろうと、嫌でも分かりました。

「だから、笑わないために心の準備が必要だと、お伝えしたではありませんか。」

「君の言う通り準備してたよ。で、でも、あのユリスにこの婚約者って…あまりにもお似合いな組み合わせで…初夜とか想像したら…ぷっ…」

「シーク殿下ったら、下品ですわよッ。」

 そう言いながらもイリスもクスクスと笑っています。彼らのあまりにも酷い言葉に、私は恥ずかしくなって、気付くとその場から逃げ出していました。
  無我夢中で走って、屋敷から中庭へと出てしまったようです。もうこのまま、家まで帰ってしまおうと門の方に歩くと、霞む視界に人の姿が映ります。

「お嬢様!?どうなされたのですかッ?」

 声で、それが私のメイドだと分かりました。

「…アンナ…」

「また何か言われたのですか?」

 コクンと頷くと彼女は強く抱き締めてくれました。彼女の温かさに、心が落ち着きを取り戻します。

 私は城内での出来事を彼女に話しました。

「やはり私もついて行くべきでした。申し訳ございません。」

「…仕方ないですわ。王城にお付きは入れない決まりなのだから。」

「いえ、そんな決まりなど守らずに、ついて行けば良かったです。」

「そんなことをしては、アンナが捕まってしまいますよ。」

「大丈夫ですよ。その前に、アイツらを叩きのめします。」

 何が大丈夫なのでしょう?と、思いつつも笑ってしまいます。アンナはいつもこうやって、周りを明るくしてくれるのです。だから、私は彼女に口が裂けても死にたいなどと言えません。

「そんなことを言ってはいけないわ。」

「良いんですよ。誰も聞いておりません。それに、お嬢様にはユリス殿下がおられます。」

「またその話し?」

 アンナはいつも言うのです。私にはユリス殿下という婚約者がおられるから、心配ないと。だけど、私はもう18歳で、本来なら結婚して良い歳です。

 ユリス殿下は私より年下だと伺っていますが、この国ではもう成人している年齢でした。それなのに、結婚の話は進みません。つまり、彼もまた私との結婚を渋っているのでしょう。

 普通に考えれば、こんな醜い人間と誰が結婚したいと思うでしょうか。なのにアンナは何かあると、自信を持ってその言葉を口にするのです。必ず迎えに来るから心配ないと。

「でも、私…殿下のお顔も覚えていないのよ。」

「仕方ないですよ。お嬢様がまだ小さい頃に、一度しかお会いしていないのですから。」

「パーティーで、エスコートすらして頂けないのですよ。」

「そ、それは、お忙しくていらっしゃるから。」

「今日、シーク殿下にも言われたわ。根暗ユリス…と…」

「あい…シーク殿下がそのようなことを?」

「え、ええ。」

「あんなや…シーク殿下の言葉など聞く必要はございません。気になさらないことです。」

 何だか汚い言葉が聞こえた気がしましたが、他に誰もいないので私は聞かなかったことにしました。

 こんな話は終わりにしましょうとアンナは言って、私たちはそのまま馬車で帰路に着きました。



 それから数日後、次期王位継承について重要な発表をすると、国王からの通達があったようで、屋敷内で話題となっていました。このジルベニア国では、王位継承権を持つ者が全員成人すると、王位継承者を先に決めるという法があります。一度決まると、その者が死なない限り王位継承権の剥奪は出来ないのです。

 今度、第3王子が成人する日に、王位継承者を決めるのでしょう。

 世間では第1王子が有力だと、専らの噂になっています。シーク殿下は性格に難ありですが、公務はしっかりとこなし、評判も悪くありません。そして、顔も良く表舞台に立つには相応しいと、評価が高いようです。

 それに比べ、第2王子であるユリスは根暗と周りに言われる程、ほとんど表に出てくることがない方だと、聞いています。理由は様々噂されていますが、一番聞くのはお顔が醜いのだと言う話でした。ジルベニアの家系は代々、見目の良い方が多いと言われる中で、見られた顔ではないから表に出てこないのだと。
    全くひどい噂です。私も一度しかお会いしたことがないので、顔はうろ覚えですが、見目が悪いとは思わなかったですし、とてもお優しい方でした。
    ですが、世間が評価するのは見た目と公務をこなせるかです。それで考えると、ユリス殿下に王位継承される可能性は少ないでしょう。

  そして、今度成人する第3王子ですが、彼は病弱で気も弱いと聞いています。こちらも王位を継ぐタイプではないという噂でした。

「シェリア。」

「はい、叔父様。」

 叔父様が私を呼ぶなんて珍しいなと思いながら、私は食事の手を止めて、一番遠くにいる叔父の顔を見ます。

「明日の第3王子の誕生日パーティーだが、お前にも招待状が届いている。必ず参加するように。」

「えっ?」

「何だ、不都合でもあるのか?」

「いやだ、お父様ったら、不都合なんて見たら分かるじゃない。」

 クスリと笑うのは、私の斜め向かいに座るイリス。その隣にいたイリスの母も、嘲笑しています。

「そんな急に言われたら、準備が大変じゃない…って、貴女には見た目なんて関係なかったわね。」

「っ…」

「何か文句でもあるのかしら?」

「い、いえ。…た、ただ…」

「何だ?」

 鋭く睨む叔父に、一瞬怯みますが、私は思いきって言葉を口にします。

「エスコートはどうするのですか?さすがに王子の誕生日パーティーに一人で向かうのは…」

「問題ない。手配済みだ。」

 叔父がそこまでして、私を王城主催のパーティーに参加させるのは珍しいと思いました。前回の婚約パーティーですら渋っていたのにと、私は不思議に思いましたが、聞いても答えてはもらえないだろうと聞くことはしませんでした。



 そして、パーティー当日。昼からのパーティーに、私はいつもより早く起こされます。

「アンナ?どうしたの?」

「どうしたの?では、ございません。さぁ、準備しますよっ。」

 普段ならこんな早く起きることはなく、いつもと同じ時間に起きてゆっくり準備しても、時間が余るくらいなのに。今日はいつもより数刻も早い時間に起こされました。

 不思議に思う私などそっちのけで、湯浴みの準備をしているアンナ。私は、彼女に促されるがままに、湯浴みをして自室に戻ると、知らない顔のメイド達がズラリと並んで私を待っているのです。
    私が呆けているのを良いことに、彼女達は慣れた手つきで次々に準備をして行きます。アンナの指示で、私に鏡を見せないようにするなどの配慮も完璧でした。

「さぁ、出来ましたよ。」

「私、こんなドレス持っていたかしら?」

「これは、贈り物ですよ。」

「贈り物?誰から?」

「ユリス殿下です。」

 アンナの言葉に私は驚きます。私のことなど忘れているかと思っていたのに…

 ですがこれは、私には似合っていないだろうなと思いました。普段着ている紺や黒を基調にしたものより、明るい色合いのドレスは、さりげなくフリルが付いていて可愛らしい物でした。好みで言えば好きな形だったので、着てしまったのですが、どう考えても私の容姿には合いません。

 そう思いながらも、私はせっかくだからと、その姿でパーティーに向かうことにしました。少し不安な気持ちもありましたが、今更笑われたって気にすることではありません。

 今日の私は少しだけ強気でした。だって、今日はエスコートしてもらえるのです。今まで、一人で寂しく入室していたので、それだけで私は何だか気持ちが前向きです。

「お嬢様。パートナーがお待ちですよ。」

「えっ?もう?」

「ええ。エントランスで待っていただいています。」

 アンナに言われて私は慌てて、エントランスへと向かいます。するとそこには、一人の少年が待っていました。
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