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悪役令嬢だって心変わりできるんです!②

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「そんなことが…」


 私は少女-エマの話を聞いて愕然がくぜんとする。このエマは男爵家の令嬢で、侯爵家の令嬢たちにいじめられているようだった。参考書がなくなったのも、彼女たちの仕業のようで、エマは構内をかなりの時間をかけて探していた。

 こんなあからさまな嫌がらせがあるなんて、私には驚きだった。


『前からあったの?貴方なら知っているでしょ?』

『そうだね…前はもっと少なかったと思うよ。』

『それはなぜ?』

『お答えしても良いけど、今は彼女を助けるのが優先じゃない?』


 リュカに言われて彼女を見ると、服のいたるところがボロボロで、相当な時間探していたのだと気付く。あまりにも酷い格好だったので、私は一つ魔法を唱えると彼女にかける。


「これは…」

「あまりにも服がボロボロで見ていられなかったのよ。余計なことだったかしら…」


 驚いて自分の服をまじまじと見ているエマの反応に、私は不安を感じた。彼女もまた心ではどう思っているのか分からなかったから。でも、彼女は私に興奮気味な声でお礼を言った。


「ありがとうございます!ルイスさんの魔法はすごいですね。これ、水魔法の応用ですよね?」

「え、ええそうよ。」


 飛びつくような勢いで目を輝かせるエマ。どうやら迷惑ではなかったようだと、私はほっと安堵の息をついた。


「それで、その参考書というのはおじい様の形見…なのですよね。」

「…はい。あれだけは見つけたくて…」

「特徴は?」

「え?」

「ここまで話を聞いたのですから、探すのをお手伝いしますわ。」

「でも、授業は?」

「大丈夫ですわ。さぼった所で問題ございませんの。」


 そう答えると何故かエマは再び、キラキラと輝いた瞳でこちらを見つめて来る。こんな視線を送られることはよくあったのだが、エマのはワクワクした雰囲気も混ざっていて何だか可愛らしいと思った。


『じゃあ、せっかくなので魔法の勉強もしますかね?』

『あら、何か良い魔法でもあるのかしら?』

『ええ、探査魔法の応用ですよ。』


 そう言ってリュカは、私に本を探すのに役立つだろう魔法を教えてくれる。この世界で使える魔法はイメージと魔力の扱い方が大切になる。呪文などはそのイメージや魔力をコントロールするためのものであって、必ずしも必要ではない。

 今、私がリュカに教えてもらったのは、無機物の探査に役立つものだった。草の中や水の中に無機物が落ちていると、術者の目には光って見えるという何とも便利な魔法。とは言っても、無機物なんていっぱいあるので、その中に紛れ込んでいたら見つけられない。それに効果の範囲が狭いため、近くに行かないと分からないというのが難点だ。

 それでも、何もないよりはマシかと、私はエマと構内を探して必要な時にその魔法を使った。



「ありましたわっ。」


 そう、私が声をかけたのは日が暮れ始めた頃。結局、昼頃からこの時間まで探しっぱなしだった。


「ほ、本当ですか!!?」

「ただ…」


 私が本を見つけたのは、草むらの中。先日降った雨のせいで泥まみれになっていて読めそうにもない状態だった。これは、私でも元通りにすることは難しい。エマはとても悲しそうな顔をして、私からその本を受け取った。


「…ありがとうございます。」

「え?でも本は…」

「そうですね。とても悲しいですが、でもルイスさんがいなかったら、この本すら見つけることはできなかったと思うので…。それに、こんな形でも本が見つかったことは嬉しいです。だから、ありがとうございます。」


 涙を堪えながらも言葉を口にするエマは、健気だった。


「おやまぁ、これは酷いですね。」


 そんなすっとんきょうな声に振り向くとリュカの姿。昨日会った時と同じでヘラヘラ笑っている。


「ちょっと、借りますね。」


 そう言ってエマの目の前に行くと、泥だらけになってしまった本をひょいとエマから取り上げた。

 少しだけ悩んでから、何やら呪文を唱えると、本が淡く光り出す。そして、みるみるうちに泥が落ちていくのだった。そんな様子をエマと二人で驚き見ていると、あっという間に本は綺麗な状態に戻った。


「はい、どうぞ。ついでに追跡魔法をかけましたので、次からはすぐに見つけられますよ。」

「あ、ありがとうございますっ!」

「いえいえ、これくらいお安いご用です。」

「ちょ、ちょっと、リュカ。今の魔法は?」

「ええっと、詳しくはお教えできませんが、時の魔法を応用したといえば、分かりますかね。」


 時の魔法ですって!?と、私は心の中で驚愕する。時の魔法は本来、物体のスピードを早くしたり遅くしたりする程度の魔法なのだ。でも、今のはどう見ても時間が巻き戻ったように思う。
 私はあまりの驚きに、どうやったら出来るのだろうかと、考えようとして、目の前で喜ぶエマの顔を見て止めた。

 彼女の顔を見ていたら何だか、理屈などどうでもよくなってきた。エマの笑顔を見ていると、こちらまで嬉しくなる。


「あ、ありがとうございます!」

「いえいえ、どういたしまして。」

「私、エマ・コルベールと言います。貴方のお名前をお聞きしても?」

「ええ、私はリュカです。」

「えっとぉ、家名は…?」

「どうぞリュカと呼んでください。」

「は、はぁ…分かりました。」


 有無を言わせないもの言いに、エマは戸惑っていたが承諾していた。

 ホッと息がつけたのだろう、エマは空が暗くなって来た事に気付いて慌て出した。


「もう、こんな時間!?お、お二人とも申し訳ございませんが、今日はこれで失礼させていただきます。明日、改めてお礼をさせてくださいっ。ルイスさんとは同じ教室ですから、また明日にお会いできますね。では、ごきげんよう。」


 パタパタと急ぎ足で行ってしまう。


「行っちゃった…。」

「どうでしたか?」


 にこりと笑って聞いてくるリュカに私は首をかしげる。


「どうって?」

「困っている人を助けると言うのは。」

「あぁ、うーん…そうね…嬉しそうな顔を見るのは、気分が良かったわ。」

「それは良かった。…とりあえず、エマと仲良くなってみては?」

「そうね。せっかくだから明日、話をしてみるわ。ところで、リュカ、先程答えてもらえなかったことを教えてくれないのかしら?」

「あぁ、虐めのこと?」


 リュカの答えに頷くと、彼は少し考えてから答えてくれる。


「結論から言うと、ルイスが歯止めになっていたんだよ。」

「私が?」

「古い考えで、周りの令嬢を威圧して権力を制御させていたからね。それで目をつけられたくなくて、動きが鈍かったんだ。」


 そんなことになっていたなんて、私は全く気が付いていなかった。


「でも、婚約を解消された今、その制御も効力をなくしてしまって、虐めが明るみに出ているって訳だね。」

「なら、私は変わらない方が良いのでは?」

「いや、それは侯爵家の影響があってこそだから、今の君が威圧しても意味がないだろうね。それに…」

「それに?」

「わざわざ、君一人がそんな役を担う必要はないよ。嫌われ役だからね。」


 そう言ってリュカは申し訳なさそうな笑みを浮かべたのだった。


 次の日から私は、エマと講義を受けたり食事をしたりと、一緒に過ごす事が多くなった。彼女のお気に入りの場所は図書室のようで、二人で本を読んだり勉強をしたりと、のんびりとした時間も過ごすことが多い。


「随分、あの娘と仲良くなったみたいだね。」


 学校の授業も終わった夕方。用事があるからと、エマが先に帰ってしまったため、ひとり図書室で読書をしていると、声をかけられる。


「彼女といると、ゆったりとした時間が過ごせて、何だか心地が良いのよ。知識も豊富で話をするのも楽しいし、とても良い子だわ。あんな子、今までいなかったから新鮮。」

「それは、何より。」

「今まで、我慢することも多かったから…」

「そう言えば、どうしてトールと婚約したの?」

「何でもご存知なのでは?」

「何でもって訳じゃないよ。…それに、君から直接聞きたいって言うのもある。」


 絶対楽しんでいる。私をいじめるのが彼の楽しみなのだろう。私は少し彼を睨み付けたが、気にした様子もない彼に私はため息をついて諦める。


「私の家はお祖父様の代に、伯爵という爵位を頂いたの。だけれど、父は私が小さい頃に事業に失敗してね…、借金まみれ。なのに、父は世間体を気にして、贅沢に振る舞ってみせるのよ。だから、借金は積もるばかり。」

「家を立て直そうとはしないの?」

「あまりそう言うのが得意ではないのよ。私はこうすれば良いって案があるのだけれど、女性がそんなことする必要はないのだと言われてしまって…。」

「ふぅん。…それと、婚約に何の関係があるの?」

「それで、このままじゃ御家取り潰し、ってなった時に、トール様が婚約を申し出てくれたの。しかも婿入りで。理由はよく分からないけど、私たちにとっては、願ったり叶ったりだったわ。」

「それで、婚約したの?」

「そうよ。それからは、トール様の婚約者に相応しくあろうと、色々努力したわ。」

「でも、取られちゃったね。」


 なぜ、このリュカは人の心を抉るような事を、平然というのだろうか?ムッと私は頬を膨らます。


「あれは、シルフィーナが来たからで、彼女さえいなければこんなことには…」

「ならなかった?」

「ええ。」


 そうかなぁ?って顔をするリュカ。


「シルフィーナじゃなくても、別の女性が現れたらトールはいなくなったんじゃない?」

「そ、それは…分からないわ。」

「だって、シルフィーナって特別に可愛い訳じゃないでしょ。顔やスタイルだけで言ったら、ルイスの方が可愛いし魅力的だと思うけど?」

「へ?」


 突然言われて私は頬が熱くなる。それを隠そうと、頬を両手で触れて俯く。


「わ、私が可愛い?魅力的?何かの間違いではなくて?い、今までそんなこと誰にも言われたことないわ。」

「トールも言わなかったの?」

「えぇ、一度も…」


 そう言われて思い返すと、本当に婚約者だったのかと思うほど淡白な関係だったと思う。


「じゃあ、こう言うこともしてない?」


 リュカが私の顎に手を掛けるとクイッと、上を向かせて視線を合わせる。その表情は、いつもの雰囲気とは違っていた。恥ずかしくて視線を反らせたいのに、なぜか目が離せない。

 リュカの青い瞳は、夕陽でキラキラと輝いて見える。まるでそれは、太陽で輝く海のように綺麗で、思わず見とれてしまう。

 リュカの指が唇に優しく触れた。頭にモヤがかかったようにボーッとする。


 だけど、どこかに冷静な私がいて、私の使命を思い出させる。手をリュカの肩に置いて押すと、それは簡単に離れた。


「ごめんなさい。私にはトール様が…」

「フラれたのに?」

「まだ、正式な婚約解消はされていないわ。」

「それも時間の問題でしょ。」

「わ、分かってるわよっ!」


 自分からリュカを遠ざけたのに、簡単に離れてしまったリュカに小さな不満が生まれていた。その理由の分からない怒りに任せて言葉を口にする。


「分かっていても、私はトール様が好きなの!リュカには関係のないことだわっ!」


 その言葉にリュカは傷ついたような顔をしたように見えた。自分は散々人のことをいじめておいて、そんな顔をするなんてずるいと思う。何だか私が悪者みたいに思った。

 私は居心地が悪くなって、リュカを残して図書室から出ていった。


 その後、リュカが私の前に現れることはなくなった。


 リュカが顔を見せなくなってから、数十日が過ぎていた。結局あれから、婚約解消の話は進んであとは私がサインをするだけとなっている。

 トール様にすがってまで、婚約解消を取り消したいとは思わなかったが、同時にサインも出来ずにいた。

 エマには事情を話せていなかったので、相談できる相手もいない。


 もう限界だった。

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