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魔王の婚約者②

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 数日後、アデル様は花を植えるのに必要な道具をそろえてくれました。私は早速、土を耕しに向かいます。

「完成ですね。」

ふぅ…を息をついて、きれいに耕した畑を見ます。これは良い出来です。

「おいッ!お前ここで何してんだ!!」

 夢中で土を耕して、花の種まで植え終えたところに、怒鳴り声が響きました。慌てて振り返ると、目の前にはヘルス様がいて、こちらを睨み付けています。

「ヘルス様…こ、これは…」

 立ち上がって答えると頬を叩かれました。勢いが良く、私は軽々と吹っ飛びます。

「なんだこれ?まさか、花でも植えようってのか?」

 馬鹿にしたように笑って、せっかく植えた土を蹴り飛ばして、ぐちゃぐちゃにしていきます。これではもう花は咲かないでしょう。

 一通り畑を荒らして満足したのか、ヘルス様はそれ以上は何もせずに帰って行かれました。私は荒らされた畑を茫然と見つめます。

「うわ…何これ?どうしたの?」

 少し後に駆け寄って来たアデル様を見て、涙が流れました。

 事の次第を話すとアデル様は怒った様子でしたが、特に何も言わずに畑を直すのを手伝ってくださいました。

「シヴァリアは何で反論しないの?」

「え?」

 畑も綺麗になって一息ついたとき、アデル様が突然聞いてきました。

「いつも抵抗とか反論とかしないよね?言いたいこと言ってる?」

「そ、それは魔力が…」

「魔力がないからってだけで、反論しちゃいけないの?」

 アデル様に言われて、私は言葉が続きませんでした。確かに、魔力がない特別な力がないというだけで、他の魔族に逆らってはいけないというルールはありません。
    ただ、私自身がそうルールを決めてしまっているのです。昔はそんなこと考えずに、好き勝手に行動していた自分を思い出します。あの頃は何もかもが自由で楽しかったです。

 ですが、私に魔力が無いことや特別な能力がないと分かり、両親も含めて周りの態度があからさまに変っていきました。母は毎晩泣いて、父は酒に溺れました。周りの友達も離れていき、話をする相手もいなくなってしまったのです。

 ここに来て虐められはしますが、話し相手は出来ました。アデル様といるのは楽しくて、話している時間はあっという間に終わってしまいます。

 そんなことを考えていると、アデル様が私の腕を引きました。

 顔が近づき頬を舐められます。

「あ、アデル様?」

 戸惑い彼を見るといつもの可愛らしい笑みはなく、獲物を狙う獣のような鋭い目つきで私を捉えます。

「抵抗してみなよ。」

 今度は反対の頬にキスされます。ドキリと心臓が跳ね上がります。アデル様の視線が怖くて目を閉じると、耳元で囁かれます。

「このまま黙ってたら…襲うよ?」

 それでも私が動かないので、アデル様は強引に私の唇を奪いました。口にアデル様の舌が入り込んで私の舌に絡めます。呼吸がうまくできずに、息苦しくなりますが、私は抵抗しませんでした。

「…ねぇ、何で抵抗しないの?」

 アデル様が少し怒った様子で見るのですが、その綺麗な瞳に吸い込まれるように私は頭がボーッとしてきます。

「誰にでもそうなの?」

 首を左右に振って答えます。

「嫌なら嫌って…」

「違います。アデル様…だから…」

「僕なら襲わないって…」

 言いかけてアデル様は何かに気付いたように、言葉を失いました。みるみるうちに頬が朱に染まっていきます。

「ち、ちょっと待って!む、無理だよっ!君は魔王の婚約者で…」

「婚約は解消させます。いつも私はディルデア様の顔色を見てしか、お話しできませんでした。婚約についても心のどこかで、どうでもいいと思っていたのです。ですが、今は違います。私は…」

 言いかけてアデル様に口を手で塞がれてしまいます。

「ごめん、それだけは無理だ。」

 そう言ってからアデル様は何か呪文を唱えると、一瞬で姿が消えてしまいました。言いたいことを言えと言ったのは向こうなのに、言おうとしたら口を塞がれて、あげく本人は逃走するなんて酷い話です。怒りが込み上げてきます。

 私は立ち上がると、王城の中へと逃げたであろうアデル様を追いかけました。

「おい!シヴァリア、今度は…」

「ヘルス様!アデル様を知りませんか?」

「お前、俺が先に…」

「そんなことは良いですから!アデル様がどこにいるかご存じありませんか?あなた、確か魔王軍の隊長でしたよね?」

「お、おう…」

 アデル様に対する怒りで頭がいっぱいになっていた私は、ヘルス様がたじろぐのも気にしないで問詰めます。

「団長の名前ぐらいご存知でしょう?」

「だ、団長ならディルデア様だぞ。」

「へ?」

 彼の思いもよらない言葉に、私は間抜けな声が出てしまいます。

「そ、そんなはずはありません!確かに、アデル様が魔王軍の団長だと…」

「お、お前どうしたんだ?なんか変だぞ?魔王軍の団長は魔王様だ。それに、アデル?そんな名前の奴俺は知らないぞ。」

 ヘルス様の言葉に力を失くしました。倒れ混みそうになるのを堪えて、最後にもうひとつ質問をします。

「では、もう一つお聞きします。ディルデア様の特別な力はどのようなものでしょうか?」

「魔王様の力?お前そんなことも知らなかったのか?」

「小言は良いですから答えてください!」

    私の人生で初めてではないでしょうか。人を睨み付けたのは。
    私の睨みにヘルス様はビクリと身を竦めます。

「ち、治癒の能力だよッ!確か、体液が特殊で舐めると傷が治るとか…」

 その言葉を聞いて私は居ても立ってもいられず、魔王のいる部屋へと急ぎました。

 バンッ!!

 勢いよく扉を開くと、部屋にいた全員がこちらに注目します。マーサとティニャもいてこちらを驚いた表情で見ていました。ですが私の目的は彼女たちではありません。

「ディルデア様。」

 私の声に視線を上げるティルデア様は、驚いた様子もなく私を見据えます。

「今、会議中だ。話なら後で…」

「いいえ、私の話を先にさせていただきます。」

 ディルデア様が目を見張りましたが、私は気にも留めません。

「なっ!お前、魔王様の婚約者だからって良い気になるなよッ!!」

「マーサの言う通りだ、お前はさっさと出て…」

「あー、もうッ!!少し黙っていていただけませんかッ!!私は、魔王様に話があってきたのです!!」

 怒りの声に全員が口を閉ざします。

 そんな沈黙を破り響くのは、楽しそうな笑い声でした。私は笑っている私の怒りの元凶を睨み付けます。

「クックック…ここでは騒がしくなるから移動しようか…。」

 笑いを堪えながら呪文を唱えるディルデア様。魔法が完成して、ふわりと体が浮くような感覚に陥ります。ですがそれもすぐ終わり、気が付くと私は自分の部屋にいました。

 そこにはディルデア様もいます。

「私をからかっていたのですか?。」

「からかってなどいない。」

「では、何故?」

 私は彼に遊ばれていたのだと思いました。ディルデア様がアデル様に変身して、私をからかって遊んでいたのだと。ですが、彼は違うと首を振ります。もう、訳が分からなくなり涙が溢れてきました。

「すまなかった。」

「謝っていただかなくていいので、理由を教えてください。」

 困ったように頬を搔くディルデア様は少しの間沈黙したが、ため息をつくと話し始める。

「昔のことは覚えているだろうか?まだ、私が魔王になる前で、故郷にいた頃だ。」

「も、もちろんです。」

「じゃあ、私があのころからシヴァリアを好きだったことは?」

「え?」

「やはり、気付いていなかったようだな。」

 少し悲しそうな寂しそうな笑みを見せるディルデア様は、昔の気が弱かったころの彼を思い出させる。昔は私の方が勝気でいつも彼を泣かせていた。その頃の彼にはまだ特殊な能力がなく、気も弱いせいで周りからよくいじめられていたのだ。だけど、周りが彼をいじめるのは許せず、よくケンカをしては傷だらけになっていたのを思い出す。

 その後、彼は能力を発揮したとかで、どんどん出世して魔王になってしまった。

「私はあれからずっと君のことだけを想っていたんだ。だから、少し強引だったけど婚約をさせてもらった。」

「そんなの普通に言ってくれれば…」

「それではダメだったんだ。魔力がなく特別な力がない君を婚約者にするならば、君自身が強くならなければダメだと言われてしまった。だから、無理やり婚約をして、その婚約を解消するように強い意志で君が断るか。ヘルスやマーサ、ティニャに反抗するか。何かしらの抵抗を見せたら婚約を認めると…」

「誰がそんなことを?」

「前に話した口うるさい副団長だよ。それに、宰相たちもだな。俺は魔王だが、まだ日が浅い。俺のわがままだけを通すことはできなかったんだ。」

「だからと言って、アデル様に変身していたのはなぜですか?」

「あまりにもここの生活が辛そうだったから、話し相手になれればと思ったんだ。だけど、俺の考えが甘かった。好きな子を前にして、冷静でいられるはずなかったんだよ。」

 頭を抱えて嘆く姿はアデル様らしい雰囲気で、やはりディルデア様とアデル様は同一人物なのだと感じました。

「だから、さっきは君に嫌われるの覚悟で、あんなことをした。嫌われても抵抗されれば、婚約が認められると思ったんだよ。そうしたら、まさかあんな反応されるなんて思わなくて…」

 頬を染めて言われると何だかこちらまで恥ずかしくなってきます。

「シヴァリアは俺のことを好きなんだろ?」

「分かりません。」

 即答する私に、彼は今にも泣きそうな顔をします。

「私が好きなのはアデル様です。」

「それも俺なんだけど。」

「そう言われてもすぐに、納得できるものではありません。」

 再びしゅんとするディルデア様は何だか可愛らしく見えます。

「ですが、ディルデア様を嫌いという訳でもありません。だって、嫌われていると思っていたので…」

「嫌われている?俺に?」

「だって、醜いと…」

 マーサとティニャから受け取ったドレスを着て、パーティーに出た時の話です。確かに彼は醜いと言っていました。

「あれは、ドレスを仕組んだ私の宰相に向けた言葉だよ。君が抵抗するようにヘルス、マーサ、ティニャを仕向けたのは確かに俺だが、あのドレスは宰相が仕組んだんだ。君に嫌がらせをして、ここを出ていくように仕向けたらしい。」

「え?じゃあ…」

「君に向けた言葉じゃない。まさか、そんなこと死んでも言わないよ。」

 私は一気に気が抜けてベッドの上に座り込みます。

「それで…婚約は解消するのか?」

「いいえ、しませんよ。というより、私にそんな権限あるんですか?」

「無理やり婚約したけど、君の気持ちは尊重したいと思ってる。嘘じゃない。婚約を認められたら、君に事情を説明して、改めて決めてもらおうと思っていたんだ。」

「それで振られたら元も子もないような気がしますが…。」

「あはは…」

 笑って誤魔化そうとする辺り、何も考えていなかったのでしょう。私はひとつため息をつきます。

「とりあえず、あなたのことはまだ分からないことが多いです。だから、少しずつ教えてください。」

 私が再びため息をついて、気を緩めた瞬間に、ディルデア様が私を抱きしめます。

「わ、私まだあなたのことは…」

「こっちの姿ならどう?」

 楽しそうに笑うのはアデル様の姿。分かっていても私の胸は跳ね上がります。頬が熱くなるのを感じて、視線をそらせますが手でクイッと戻されてしまいます。

 黄金の瞳が私を捉えて離しません。そして、魔王様は私の心と一緒に唇を奪うのでした。
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