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3.橋田
49.タイおっち
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津久井泰輔。
七十九歳。南米、欧州の大使等歴任し、米国の総領事も経験している賢風寮OB。
現在、風聯会の事務局を束ねるひとりである。
神経質そうな面立ち。小柄で痩身ながら、メガネの奥から放たれる眼差しはあくまで鋭く、小柄な体躯から放たれるとは思えないほどの大音声で彼らを一喝する。
そう、彼らの知る津久井は、常に見下したような眼差しと物言いを崩さない、尊大な人物である。
「待て、たっくん。おれぁ来年八十になるんだぞ」
……はずなのだが。
「四階まで駆け上がるなんぞ……はあ、ふう……」
「だっらしねえ~、あぁ~、なっさけねえ~」
「無茶を言ってくれるな……はぁ」
しかし今、津久井は息を荒げつつも、眉尻を下げた笑顔だった。
「なに言ってんだよ! うちのじいさんは八十三まで毎朝竹刀振ってたっつの!」
「あんなバケモンと一緒にせんでくれ」
ふぁ、ふぁ、と上がった笑い声に、集まっていた寮役員たちは緊張を解かずに息を呑み、目を丸くした。
おそらくその時、彼らの脳裏には、同じ声が響いていただろう。
『却下だ!』
昨年秋、執行部が一新された最初の仕事として、寮則の改編を目標に挙げた彼らは、1週間寝ずに練った草案を手に、承認を求めて畝原というOBの自宅へ行った。風聯会幹部は自宅を開放して事務局とする。現在は畝原宅が事務局なのだ。
事前に話を通して向かったのだが、そこにいた数人の老人たちは友好的では無かった。冷たい視線を浴びながら、それでも彼らは草案を示し、承認を求めた。
総括部長となったばかりの唐沢、副会長となったばかりの乃村、監察部長となったばかりの庄山らがくちを限りに有用性を主張したが、色よい回答は返らない。
そんな中、小柄ながら鋭い眼差しの津久井に、大音声で一喝されたのだ。
『却下だ! 承認はせん! 必要以上の自由なんぞ、学生に与えてはいかん!』
それはものすごい迫力で、彼らは寮則を変えることを諦めて、すごすごと寮へ戻った。しかし何日も睡眠時間を削って話し合った結果を無碍にされたのだ。諦めきれず、もう一度修正を入れて事務局へ向かった。
何日も寝食を犠牲にして練り上げた草案、修正入れた部分を説明し、ダメなところがあるなら修正しますと言ったが、前回を凌ぐ迫力でこの津久井に却下され、結局風聯会には逆らえないのかと無力感に塗れ……
なのにその津久井が笑った。
気の抜けたような顔と声で、確かに笑った。
(笑うとこんな顔なのか)
(初めて聞いたぜ笑い声)
「ったく、ちゃんと鍛えとけよ~!」
「うう……勘弁してくれ、少しは年寄りを労れっちゅう……」
「なんだよ、いっつも若いモンには負けんとか言ってんじゃん!」
その津久井に遠慮なしの罵声を浴びせているのは、一年生である。
(なんだ?)
(なんで津久井さんにこんな?)
もちろん五名の一年、そして執行部の面々もそれが誰かは知っている。
明るく朗らか、誰とでも仲良しで親切。理不尽や納得出来ないことには無条件で刃向かうガキみたいな奴。すぐに騒ぐし面倒くさい、残念イケメン藤枝拓海。
疑問は、なぜ風聯会幹部相手にタメ口なのかということだ。
しかし空気を解さない藤枝は、いつも通りにニカッと笑って言った。
「先輩たち揃ってんじゃん、ちょうど良かった……て、あれ?」
言いかけて途中で止め、片眉を上げた。
「なんでおまえらまでいんの?」
居並ぶ五名の一年に声をかける。誰もがあっけにとられたように見返すだけで答えない中、ひとつ低い声が響いた。
「……今までどこにいた」
きつく眉を寄せた丹生田が、拓海をにらみつけている。
「いや、つかちょい、あの……」
無言の眼力にすぐに負け、「ごめん!」と言って、ぺこっと頭を下げた藤枝は、しかしすぐにパッと顔を上げた。
「後で話すから、今はゴメン丹生田!」
それだけ言って、顔を反対へ向ける。
「でも今は先に……先輩たち!」
穏やかな笑みで見守る津久井を、不思議なものを見る目で注目していた彼らは、ハッとしてデカい声の主へ目を移す。
「俺、タイおっちと一晩話してきた!」
どこか必死に見える顔と声に、全員が同じ事を思った。
(タイ、おっち……?)
*
風聯会幹部の名前を聞いた拓海は、賢風寮を飛び出して、まっすぐ電車に飛び乗った。乗り換えを一度して一時間少々。そこからバスに揺られて二十分。バスを降りてから走って五分。
飛び込んだのは門構えもゴツイ藤枝家。つまり拓海の実家、藤枝家である。
両親共働きで妹は受験生なので、昼間は誰もいない家に飛び込んで、資料室と化している一室へ向かった。そこに藤枝家に関連ある情報が整理されているのだ。なんでもファイリングしてしまう職業病の母がやったのだが、もちろん三年前に亡くなったじいさんのモノも全部ここにある。拓海は早速ファイルを手にした。
じいさんは風聯会の幹部だった。
事務局長も長くやってて、和室の続き間は十五年以上、風聯会の事務局として使われていた。
物心ついた頃から両親は共働きで家にいなかったけれど、幼い拓海が寂しいと感じたことは一度も無かった。いつもおっちゃんたちに遊んでもらっていたからだ。
拓海は知らない顔でもすぐに懐いたし、遊んで遊んでと無邪気にねだると、みんな遊んでくれたから、みんな大好きになった。
彼らは風聯会の幹部や賢風寮の役員だったのだが、もちろん幼い拓海はそんなこと知らない。ただ耳に入る『フウレンカイ』や『シチセイダイガク』が、とても良いもので、毎日楽しいと認識していただけだった。
やがて拓海はおっちゃんたちを勝手にあだ名で呼ぶようになったが、みなそれを鷹揚に受け入れた。ちなみに『タイおっち』とは『たいすけおっちゃん』の略である。
そして普段は威厳を保っている、組織では畏敬や尊敬を受けている男たちは、拓海に無邪気な興味を持って問われると相好を崩し、聞かれればなんでも答えた。
「教えてやるが、たっくん。誰にも内緒だ。男同士の約束、守れるか?」
『男同士の約束』
それは当時の拓海にとって、憧れの言葉だった。
だから「うん!」元気いっぱいに頷いて、約束を守ると誓った。そうして聞いた秘密はたいしたものでは無かったかも知れない。けれど自分が一人前の男な感じがして、とても満足し、やがて秘密を知りたいと思うような相手へ『男同士の約束』を強要するようになる。
そのうち拓海に『男同士の約束』をねだられることが、風聯会での立場を強化するようになっていたことなど知らなかったのだが、ともかく。
拓海はおっちゃんたちのアイドルだった。それは拓海が高校二年のとき、じいさんが亡くなるまで続いた。
つまり拓海は、各界で力を持つ有能な男たちの、他の誰も知らない、ちょっとした秘密を知っている。もちろん男同士の約束を守って、誰にも一言も漏らしたことは無いけれど。
じいさんがいなくなり、風聯会関係の書類は新たな事務局に持って行かれた。けど、じいさんの個人的な交遊の記録は残っている。拓海はそこから目当ての人物の居所を探し出し、すぐに向かった。
「タイおっち!」
汗びっしょりに飛び込んだ拓海を、タイおっちはニコニコと迎え入れてくれた。
「おお、たっくん。久しぶりだなあ」
じいさんの部屋に来るのは男ばっかで、偉い人とかもいたっぽいけど、誰より威張ってたのは拓海のじいさんだった。そしていつもいたタイおっちは、じいさんの次くらいに威張ってたし、誰か来ると一番コワい顔して、でっかい声を出すのもタイおっちだった。
(なんつーか迫力あっからな~、そういう役振られちゃうんだよ。そんで畝原とかが「まあまあ」なんつってなだめるみてーな)
そういう役割をあてられがちだったけど、タイおっちがめっちゃ優しいってことを拓海は知ってる。
じいさんの葬式で、ガキみたいに泣いてた拓海のそばにずっといてくれたのはタイおっちだった。肩や背中を叩く手はすげー優しくて、涙がぜんっぜん止まらなくなったりしたのは、ちょい思い出したくない感じでハズいけど、拓海はその時、賢風寮に入ってこの人たちの後輩になりたいと思ったのだ。
『たっくん』なんて可愛がられるだけじゃねえ、ちゃんと役に立つ後輩になってやると決めたのだ。
(あのとき決めた賢風寮に俺は来てる。なのにいつのまにかヘンな感じになってて、ぜんっぜん気づいてなくて、俺ってばサイテー馬鹿って感じで自分に腹立つし! 先輩たちが悪い感じでおっちゃんたちのこと言うの、すっげーヤだったし、みんなが大事にしてた寮がヘンになんの、ぜってーイヤだし!)
そんな感じで一杯になって、無我夢中でここまで来た。タイおっちを選んだのは、単純に一番近くに住んでたから。チャリで十五分くらいのトコにいたのだ。
「どうなってんだよ!?」
怒鳴った拓海に、タイおっちはニコニコしながら落ち着いた声で言った。
「何のことだ、たっくん。まあ落ち着け」
促されるまま深呼吸した拓海は、ハッと気づいて「じゃなくて! だから!」また大声を上げる。
「だから賢風寮! なんかヘンなことになってんだけど!」
「おお、たっくん、とうとう入ったか!」
拓海を上回る大声で言いながら、タイおっちは嬉しそうに笑んだ。一気に嬉しくなった拓海も満面笑顔になる。
「うん! そうなんだよ!」
「そうかそうか! 良くやった!」
周囲が驚くような大声の応酬が続いているが、ふたりとも笑顔だ。
「つか同室がすっげ良い奴と面白い奴でさ! スゲエ奴もいっぱいいて、先輩も面白いし、やっぱ最高つか、ビバ! 賢風寮!」
「なんだそれは!」
こぶしを天井に打ち上げる拓海にツッコミながら、タイおっちもハッハッハと笑っている。
「だが、そうか。そうかそうか、良かったなあ、たっくん。うんうん、良かった、良かった……」
目を細めて「そうか、そうか」と何度も頷くタイおっちに「んでさ……」言いかけても
「藤枝先輩に見せたかった……」
なんて涙ぐむ感じで、なかなか話が進まない。思い出話なんてされたら拓海も涙出てきちゃったりして、おばさんとか出てきて座んなさいとか言われて、メシ食って風呂までもらって晩酌に付き合って。
「みんなンなこと言ってんだよっ!」
「分かった分かった、落ち着きなさい」
そんな感じで一晩かけて話した。タイおっちってば聞き上手つか、いろいろ全部言っちまってた。
「ふうむ。そうなっちまうか、まったく」
きつく眉を寄せ、低く唸るタイおっちは迫力満点だ。
「若いくせに気概が足りん!」
「いいよそういうのは! つか来てよ、寮にさ!」
そうして津久井泰輔、タイおっちは、ここに引っ張られてきたのだった。
七十九歳。南米、欧州の大使等歴任し、米国の総領事も経験している賢風寮OB。
現在、風聯会の事務局を束ねるひとりである。
神経質そうな面立ち。小柄で痩身ながら、メガネの奥から放たれる眼差しはあくまで鋭く、小柄な体躯から放たれるとは思えないほどの大音声で彼らを一喝する。
そう、彼らの知る津久井は、常に見下したような眼差しと物言いを崩さない、尊大な人物である。
「待て、たっくん。おれぁ来年八十になるんだぞ」
……はずなのだが。
「四階まで駆け上がるなんぞ……はあ、ふう……」
「だっらしねえ~、あぁ~、なっさけねえ~」
「無茶を言ってくれるな……はぁ」
しかし今、津久井は息を荒げつつも、眉尻を下げた笑顔だった。
「なに言ってんだよ! うちのじいさんは八十三まで毎朝竹刀振ってたっつの!」
「あんなバケモンと一緒にせんでくれ」
ふぁ、ふぁ、と上がった笑い声に、集まっていた寮役員たちは緊張を解かずに息を呑み、目を丸くした。
おそらくその時、彼らの脳裏には、同じ声が響いていただろう。
『却下だ!』
昨年秋、執行部が一新された最初の仕事として、寮則の改編を目標に挙げた彼らは、1週間寝ずに練った草案を手に、承認を求めて畝原というOBの自宅へ行った。風聯会幹部は自宅を開放して事務局とする。現在は畝原宅が事務局なのだ。
事前に話を通して向かったのだが、そこにいた数人の老人たちは友好的では無かった。冷たい視線を浴びながら、それでも彼らは草案を示し、承認を求めた。
総括部長となったばかりの唐沢、副会長となったばかりの乃村、監察部長となったばかりの庄山らがくちを限りに有用性を主張したが、色よい回答は返らない。
そんな中、小柄ながら鋭い眼差しの津久井に、大音声で一喝されたのだ。
『却下だ! 承認はせん! 必要以上の自由なんぞ、学生に与えてはいかん!』
それはものすごい迫力で、彼らは寮則を変えることを諦めて、すごすごと寮へ戻った。しかし何日も睡眠時間を削って話し合った結果を無碍にされたのだ。諦めきれず、もう一度修正を入れて事務局へ向かった。
何日も寝食を犠牲にして練り上げた草案、修正入れた部分を説明し、ダメなところがあるなら修正しますと言ったが、前回を凌ぐ迫力でこの津久井に却下され、結局風聯会には逆らえないのかと無力感に塗れ……
なのにその津久井が笑った。
気の抜けたような顔と声で、確かに笑った。
(笑うとこんな顔なのか)
(初めて聞いたぜ笑い声)
「ったく、ちゃんと鍛えとけよ~!」
「うう……勘弁してくれ、少しは年寄りを労れっちゅう……」
「なんだよ、いっつも若いモンには負けんとか言ってんじゃん!」
その津久井に遠慮なしの罵声を浴びせているのは、一年生である。
(なんだ?)
(なんで津久井さんにこんな?)
もちろん五名の一年、そして執行部の面々もそれが誰かは知っている。
明るく朗らか、誰とでも仲良しで親切。理不尽や納得出来ないことには無条件で刃向かうガキみたいな奴。すぐに騒ぐし面倒くさい、残念イケメン藤枝拓海。
疑問は、なぜ風聯会幹部相手にタメ口なのかということだ。
しかし空気を解さない藤枝は、いつも通りにニカッと笑って言った。
「先輩たち揃ってんじゃん、ちょうど良かった……て、あれ?」
言いかけて途中で止め、片眉を上げた。
「なんでおまえらまでいんの?」
居並ぶ五名の一年に声をかける。誰もがあっけにとられたように見返すだけで答えない中、ひとつ低い声が響いた。
「……今までどこにいた」
きつく眉を寄せた丹生田が、拓海をにらみつけている。
「いや、つかちょい、あの……」
無言の眼力にすぐに負け、「ごめん!」と言って、ぺこっと頭を下げた藤枝は、しかしすぐにパッと顔を上げた。
「後で話すから、今はゴメン丹生田!」
それだけ言って、顔を反対へ向ける。
「でも今は先に……先輩たち!」
穏やかな笑みで見守る津久井を、不思議なものを見る目で注目していた彼らは、ハッとしてデカい声の主へ目を移す。
「俺、タイおっちと一晩話してきた!」
どこか必死に見える顔と声に、全員が同じ事を思った。
(タイ、おっち……?)
*
風聯会幹部の名前を聞いた拓海は、賢風寮を飛び出して、まっすぐ電車に飛び乗った。乗り換えを一度して一時間少々。そこからバスに揺られて二十分。バスを降りてから走って五分。
飛び込んだのは門構えもゴツイ藤枝家。つまり拓海の実家、藤枝家である。
両親共働きで妹は受験生なので、昼間は誰もいない家に飛び込んで、資料室と化している一室へ向かった。そこに藤枝家に関連ある情報が整理されているのだ。なんでもファイリングしてしまう職業病の母がやったのだが、もちろん三年前に亡くなったじいさんのモノも全部ここにある。拓海は早速ファイルを手にした。
じいさんは風聯会の幹部だった。
事務局長も長くやってて、和室の続き間は十五年以上、風聯会の事務局として使われていた。
物心ついた頃から両親は共働きで家にいなかったけれど、幼い拓海が寂しいと感じたことは一度も無かった。いつもおっちゃんたちに遊んでもらっていたからだ。
拓海は知らない顔でもすぐに懐いたし、遊んで遊んでと無邪気にねだると、みんな遊んでくれたから、みんな大好きになった。
彼らは風聯会の幹部や賢風寮の役員だったのだが、もちろん幼い拓海はそんなこと知らない。ただ耳に入る『フウレンカイ』や『シチセイダイガク』が、とても良いもので、毎日楽しいと認識していただけだった。
やがて拓海はおっちゃんたちを勝手にあだ名で呼ぶようになったが、みなそれを鷹揚に受け入れた。ちなみに『タイおっち』とは『たいすけおっちゃん』の略である。
そして普段は威厳を保っている、組織では畏敬や尊敬を受けている男たちは、拓海に無邪気な興味を持って問われると相好を崩し、聞かれればなんでも答えた。
「教えてやるが、たっくん。誰にも内緒だ。男同士の約束、守れるか?」
『男同士の約束』
それは当時の拓海にとって、憧れの言葉だった。
だから「うん!」元気いっぱいに頷いて、約束を守ると誓った。そうして聞いた秘密はたいしたものでは無かったかも知れない。けれど自分が一人前の男な感じがして、とても満足し、やがて秘密を知りたいと思うような相手へ『男同士の約束』を強要するようになる。
そのうち拓海に『男同士の約束』をねだられることが、風聯会での立場を強化するようになっていたことなど知らなかったのだが、ともかく。
拓海はおっちゃんたちのアイドルだった。それは拓海が高校二年のとき、じいさんが亡くなるまで続いた。
つまり拓海は、各界で力を持つ有能な男たちの、他の誰も知らない、ちょっとした秘密を知っている。もちろん男同士の約束を守って、誰にも一言も漏らしたことは無いけれど。
じいさんがいなくなり、風聯会関係の書類は新たな事務局に持って行かれた。けど、じいさんの個人的な交遊の記録は残っている。拓海はそこから目当ての人物の居所を探し出し、すぐに向かった。
「タイおっち!」
汗びっしょりに飛び込んだ拓海を、タイおっちはニコニコと迎え入れてくれた。
「おお、たっくん。久しぶりだなあ」
じいさんの部屋に来るのは男ばっかで、偉い人とかもいたっぽいけど、誰より威張ってたのは拓海のじいさんだった。そしていつもいたタイおっちは、じいさんの次くらいに威張ってたし、誰か来ると一番コワい顔して、でっかい声を出すのもタイおっちだった。
(なんつーか迫力あっからな~、そういう役振られちゃうんだよ。そんで畝原とかが「まあまあ」なんつってなだめるみてーな)
そういう役割をあてられがちだったけど、タイおっちがめっちゃ優しいってことを拓海は知ってる。
じいさんの葬式で、ガキみたいに泣いてた拓海のそばにずっといてくれたのはタイおっちだった。肩や背中を叩く手はすげー優しくて、涙がぜんっぜん止まらなくなったりしたのは、ちょい思い出したくない感じでハズいけど、拓海はその時、賢風寮に入ってこの人たちの後輩になりたいと思ったのだ。
『たっくん』なんて可愛がられるだけじゃねえ、ちゃんと役に立つ後輩になってやると決めたのだ。
(あのとき決めた賢風寮に俺は来てる。なのにいつのまにかヘンな感じになってて、ぜんっぜん気づいてなくて、俺ってばサイテー馬鹿って感じで自分に腹立つし! 先輩たちが悪い感じでおっちゃんたちのこと言うの、すっげーヤだったし、みんなが大事にしてた寮がヘンになんの、ぜってーイヤだし!)
そんな感じで一杯になって、無我夢中でここまで来た。タイおっちを選んだのは、単純に一番近くに住んでたから。チャリで十五分くらいのトコにいたのだ。
「どうなってんだよ!?」
怒鳴った拓海に、タイおっちはニコニコしながら落ち着いた声で言った。
「何のことだ、たっくん。まあ落ち着け」
促されるまま深呼吸した拓海は、ハッと気づいて「じゃなくて! だから!」また大声を上げる。
「だから賢風寮! なんかヘンなことになってんだけど!」
「おお、たっくん、とうとう入ったか!」
拓海を上回る大声で言いながら、タイおっちは嬉しそうに笑んだ。一気に嬉しくなった拓海も満面笑顔になる。
「うん! そうなんだよ!」
「そうかそうか! 良くやった!」
周囲が驚くような大声の応酬が続いているが、ふたりとも笑顔だ。
「つか同室がすっげ良い奴と面白い奴でさ! スゲエ奴もいっぱいいて、先輩も面白いし、やっぱ最高つか、ビバ! 賢風寮!」
「なんだそれは!」
こぶしを天井に打ち上げる拓海にツッコミながら、タイおっちもハッハッハと笑っている。
「だが、そうか。そうかそうか、良かったなあ、たっくん。うんうん、良かった、良かった……」
目を細めて「そうか、そうか」と何度も頷くタイおっちに「んでさ……」言いかけても
「藤枝先輩に見せたかった……」
なんて涙ぐむ感じで、なかなか話が進まない。思い出話なんてされたら拓海も涙出てきちゃったりして、おばさんとか出てきて座んなさいとか言われて、メシ食って風呂までもらって晩酌に付き合って。
「みんなンなこと言ってんだよっ!」
「分かった分かった、落ち着きなさい」
そんな感じで一晩かけて話した。タイおっちってば聞き上手つか、いろいろ全部言っちまってた。
「ふうむ。そうなっちまうか、まったく」
きつく眉を寄せ、低く唸るタイおっちは迫力満点だ。
「若いくせに気概が足りん!」
「いいよそういうのは! つか来てよ、寮にさ!」
そうして津久井泰輔、タイおっちは、ここに引っ張られてきたのだった。
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