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交わる世界

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その男を一言で表すならば『異端』であろう。




曰く その男が歩けばモーセが海を割ったように人が端に避け、一本の真っ直ぐな道が出来る。

曰く その男には腕自慢のヤンキー達ですら不用意に近づかない。

曰く その男が破壊した人や物の数は数知らず。

曰く その男が声をかけると女子供は泣き叫び、命乞いをし出すものまで現れる。

曰く その男の身体能力は人間を軽く超越しているらしい。





それもそうであろう。この男は身長が2m20㎝ある。
ボディビルのように体を大きく見せる分厚い無駄な筋肉ではなく、限界まで圧縮された実用性しかない筋肉で覆われている。腹筋は10個に割れ、手の大きさなんて25㎝はあるだろう。

そしてその体の大きさや筋肉は、そのまま身体能力にも直結している。
非公式ではあるが、学校で行われるスポーツテストにおいて全てギネス記録を更新するぐらいには身体能力が飛び抜けている。そんなことなど本人には何処吹く風だが。

硬く長く伸びた少しボサボサした癖毛の髪を後ろで1つに纏め上げており、顔つきは少し吊り目気味だが割とワイルドでカッコいい部類に入るであろう。現に彼の良さを知っている人の間では人気が高い。纏め上げた髪が後ろで広がり、その男の気迫と相まってライオンのようだと例える人もいる。


しかし最早人間なのか?と疑うような体のポテンシャルを兼ね備えているが、彼はちゃんとれっきとした人間である。


しかし初対面の人間であれば誰が気付くだろうか?
そしてその事実を誰が信じるであろうか?


バケモノや怪物と揶揄される彼だが、彼はまだ18歳の高校3年生であるという事実を。

だからこそ制服を纏って歩く彼に通行人達は驚愕の視線を向けている。彼はそれを知る由もない。





彼の名前は東雲 雲竜しののめ うんりゅう
バケモノポテンシャルを全て兼ね揃えた、ごく普通の 今年大学受験を控えた高校三年生である。

















「疲れた……   今日も儂は頑張った!」


とあるアパートの一室で雲竜は高らかに叫んだ。しかし返事は返ってこず、部屋はしんと静まり返っている。


彼は幼い頃に家族を亡くし、高校に入ってからは一人暮らしをしている。それに昔から慣れてしまったため、今となってはこの生活が当たり前であるが。

しかし何でも卒なくこなしてしまうようなスペックを持った雲竜が一体何を頑張ったのか。それは……



「いやぁ、毎日練習しているが力加減が難しいな。気を抜くと全部壊れてしまう」


ただペンを持つという幼稚園児でも出来る簡単な動作である。


そう、彼は力が強すぎるため手に収まるものは力加減を間違えると全て壊れてしまうのだ。
壊したペンの本数は数知らず。居眠りしていて先生に呼ばれ、飛び起きた勢いで机が割れたときには我ながらビックリした。

まぁ、本格的に力を制御しようとし始めたのは小学校の時だが……
あの時はまさか腕相撲したら相手の腕が粉砕骨折するとは思わなかった。

そこから今までずっとあだ名が『破壊神』になったのはいい思い出だ。今でも呼ばれるけど……


「しかし最近は調子がいい。机どころかいろんな機材を壊していない!ペンはスペア必須だが……」


しかし昔からのことなのだ。今更考えたところで仕方がない。有り余る力は一長一短で制御は出来ないのだ。時間を掛けて矯正していくほかない。



……ぐうぅぅぅ~



するとここで大きな音がなった。出所は雲竜の腹だ。


「腹減ったな…帰りに買ってきたコンビニ弁当でも食べて明日の予習でもするか。」


誤解されやすいが、彼は至って真面目なのである。買ってきた弁当をささっと食べ終え、勉強を始めようとしたところ……








《この世界は異界と交わりました。》


「ん?」


《新しい時代の幕開けです。この世界に適応し、新しい世界を創り出していきましょう。》






よく分からない無機質な音声が頭に響いた。



「なんだ?頭の中に声が聞こえたような……異界と交わった?新しい世界?外で怪しい宗教の勧誘でもやっとるのか?」


だが今は腹が減っているため、カーテンをめくって確認する気力もない。


「気疲れし過ぎて変な幻聴でも聞こえ始めたのか……?今日はもう寝るか。早く寝て明日の朝に予習すればいいか」


そしてそのまま特に外の様子を気にすることもなくベットに横になり、すぐに夢の世界に落ちた。






だから気づかなかった。今世界が重篤な危機に陥っていることを。

疲れからくる幻聴だと思っていたことが、実際に脳内に聞こえていたということを。

永遠に平和だと思っていた時代が突如として終わりを迎え、弱い者から餌になっていく激動の時代が始まろうとしていることを。















「ギャァァァァァァァァァァァァ!!」



突如として聞こえてきた断末魔によって目を覚ました。まだ寝起きで覚醒しきっていない脳であってもその異常性がひしひしと伝わってくる。


「誰だ朝からスプラッタ映画を大音量で見ている奴は!!!!」


しかしこの男はわりかし抜けている。
寝起き早々頓珍漢な事を叫びながら雲竜は起床した。

ベットから飛び起き、部屋の中を確認するが特に異常はない。

異常があるとすれば隣の部屋から聞こえてきたと思っていた断末魔が外から聞こえてくるという点のみだ。

だからこそ急いで部屋のカーテンを開けた。




するとそこは、まさに異常ならざる光景であった。





醜悪な姿をした小さい生き物が、外にいる人を刃物で襲っている。さらに上空には日本には存在しないような大きな鳥が飛んでおり、さらに少し遠くを見ると大きな豚が二足歩行で歩いている。


「……これが二日酔いというやつか?」


最初に口から出たのはそんな感想である。
もちろんお酒は飲んでいない。というか未成年であるため一度も飲んだことがない。しかしまるで酔って自分が幻覚でも見ているのではないかと疑ってしまうような光景に混乱している。

だから俺は自分の頬をつねってみた。


「痛え!!……夢ではないな。頬がすごく痛ぇ。じゃあこれは現実なのか!?」


そこで初めて今見てる光景が現実であると認識する。

「なんだこれは……!まるでファンタジーのような……!暇な時読んだりしていた小説に似たような展開は……!」


人から化け物だの言われているが、雲竜はネット小説が好きなのだ。いろんなファンタジー小説を読んでいたからこそこの現状を見ても多少の動揺だけで済んだと言っても過言ではない。

そこで昨日の現象を思い出した。


「昨日の頭の中に響いた言葉……確か異界と交わった?とか言っていたな。てっきり宗教の勧誘だと思っていたが現実だったのか……!?」

それなら辻褄が合う。日本で、いや世界でも見たことがない見た目をした生物。ここではもうモンスターと呼ばせてもらおう。モンスターがはびこっている。
それは異界と交わったからこの世界に出現したのだろう。

こんな奴らが元々日本に居たならば、今頃政府やら研究員やらが黙ってはいないだろう。

じゃあ今家の下でのそのそと刃物を持って歩いている緑色の醜悪な見た目をしたやつはゴブリンか?ファンタジーならお馴染みの。


「こんなのはフィクションだからいいんだよ……リアルで見たら気持ち悪いな」


俺はそっとカーテンを閉める。
想像していた5倍は気持ち悪かった。


「だが今の惨状は異常だ。そうなれば電波は繋がるのか?」


携帯の電源を入れてみた。充電されていたためつくにはついだが、圏外と表示されている。

「電波はイカれてしまったか……じゃあテレビはどうだ?」

俺はリモコンを手に取り、テレビの電源を付けた。するとテレビは無事についた。どうやらまだギリギリ繋がっているようだ。

そしてテレビに映った映像に今度こそ夢ではないということを思い知らされた。


『見えますでしょうか!?ドラゴンです!?東京の上空にドラゴンが現れました!夢ではありません!今まさにドラゴンが街を破壊して………キャァ!?……』


その映像を最後にテレビが再びつくことは無かった。




どうやら世界はとんでもないことになってしまっているようだ。



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