辺境伯に嫁いだので、可愛い義息子と楽しい辺境生活を送ります ~ついでに傷心辺境伯とのぐずぐずの恋物語を添えて~

空野 碧舟

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母親と父親の会話

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 ルイとお休みの挨拶をして別れたエメリーンは、その足でヒューバートの執務室に向かった。執務室前で待機していたらしいバアルが、エメリーンとマーサの姿を視界に捉えて、歩み寄ってきた。

「奥様、こんな時間にどうされたんです?」

「約束も先触れもしてないのですが、旦那様に急ぎの用があります。取り次いでもらえますか?」

「なるほど。分かりました。聞いてみますので、ここで少し待っててください」

 エメリーンの求めるままに、バアルが執務室に入り、面会の了承を取って戻ってきた。

「大丈夫だそうですよ」

「バアル、ありがとう」

「いえいえ、このようなことでしたらお安い御用です。では、どうぞお入りください」

 エメリーンとマーサが入れるように、バアルが扉を開ける。執務室に入ると、まだ仕事中らしいヒューバートと執事長が話をしているところだった。扉の内側には、侍従や兵士たちが控えている。

 ヒューバートがエメリーンに気が付き、執事長が振り返って頭を下げた。

「お仕事中ごめんなさい。後回しで構わないわ」

「いえ、奥様。本日の業務は終わりですので、どうぞお話しください」

 執事長がそう言って執務室から退出していったため、確かに終わりなのだろう。

「奥様、どうぞこちらへ」

 兵士長ルドガーから声を掛けられた方を見ると、以前はなかった応接セットが整っている。

「ああ、これですかな? 儂は毎回椅子を担いで動かすのでも、構わないと言ったんですが。ヒューバート様が、奥様はこの部屋に訪れることが多いだろうからと」

「当然です。毎回あのような対応をするなど、執事長もわたくしも到底許すことは出来ません。何より埃が立ちますよ」

 ルドガーの説明に侍女頭のレイニーが苦言を呈し、ルドガーがその大きな肩を竦めた。

「まあ、そういうわけなんで。奥様、どうぞお掛けください」

「ありがとう」
 
 少しして、ヒューバートがデスクから離れて、エメリーンの向かいにやって来た。そのタイミングは、執事長がトレイにグラスなどを乗せて戻って来たのと、ほぼ同時だった。

「エメリーン様は、夜はお水を飲まれるとお聞きしていますので」

「ありがとう。旦那様も寝酒ではないのかしら?」

 エメリーンと同じように、目の前に水を置かれたヒューバートが、執事長に労いの言葉を掛けている。エメリーンに視線移すと、ヒューバートが少し困ったように笑う。

「いや、水で良い。君との話は、覚えていた方が良さそうだからな」

「そうですか?」

 どういう意味なのか、掴みかねているエメリーンに、ヒューバートは話を促した。

「それで、今日の話は商会のことか? 良い買い物が出来たようだと聞いているが」

 ルイの話だとは微塵も思っていなさそうなヒューバートに、一瞬イラッとしたエメリーンだったが、自身もルイの異変に気が付いていなかったことを思い出して、ふぅと息を吐いた。

「旦那様は、とりあえず謝ってください」

 エメリーンに睨まれながら言われた一言に、ヒューバートが目を見張った。

「はっ?」

 今日は商会からたくさんの品物を購入したことに対して、感謝の言葉の一つもあるのではないか。そんなヒューバートの予想は、完全に外れた。

「あー、エメリーン? さすがに私の聞き間違いだろうか? 私が君に謝罪しなければならないことなど、今日は無かったはずだぞ」

 水で喉を潤しながら問うヒューバートは、少し慌てているようにみえる。その言葉通り、まさか今日は、責められることはないだろうと思っていたのが明白だ。

「旦那様、私に謝って欲しいのではありません。旦那様がまず謝らなくてはならないのは、ルイ様に対してです」

「は? ルイにだと?」

 分からないといった風に首を捻っているヒューバートは、本当に考えが甘い。今はまだ、償いのスタート地点にいることを、都合良く忘れているのではないのか。ルイの泣き顔を思い出したエメリーンは、未熟な母親ではあるが、不出来な父親に、家族として向き合うことにした。

「ルイ様は聡明な子供です。もう少し幼い子供であったなら、今のようにヌルッと、シレッと、日々の会話を増やして、家族らしくなることが出来たかもしれません」

「ヌルッと、シレッと……?」

 エメリーンの言葉を復唱するように呟いたヒューバートの表情は強張って固まっているが、エメリーンは構わずに続けた。

「私も、このまま時間を掛ければ何とかなるのではないかと、楽観視していました。でも、このままでは無理そうです」

「……どういうことだ?」

「ルイ様は、旦那様がルイ様のことを嫌っているのだと思っているんです」

「は? 何故だ? 私はそんなことを言った覚えはないぞ?」

 本気で困惑しているヒューバートの前で、エメリーンは深いため息を吐いた。

「いやいや、言葉に出さなければ良いってもんじゃないでしょう。話し掛けることもなく、視界にも入れなかった。辺境伯領に置いていった。いくらでも思い当たることはあるでしょう?」

「そ、それは……」

「旦那様の過去の不誠実さについては、もうお伝えしたので、再度同じことで責めたいわけではありません。ただ、今のままではルイ様を無駄に苦しめるだけだと言っているんです」

 エメリーンの言葉がようやく届いたのか、「そうか」とヒューバートは目線を落として黙り込んだ。少し経って、ヒューバートは弱りきった様子でエメリーンに聞いた。

「……エメリーン。私はどうすれば良いだろうか? とりあえず、食事は別に戻した方が良いか?」

「それでは本当に元通りですよ。旦那様が少なからず努力されたことが無駄になる上に、ルイ様の誤解も解けません」

「ああ……」

「旦那様はルイ様のこと、お嫌いではないでしょう? もし違うのなら、私はこんな面倒臭いことをしませんけど」

 もしヒューバートがルイに対して有害でしかない父親だったなら、エメリーンは時間の掛かりそうな二人の関係性の改善に尽力しようとは思わなかった。ヒューバートのことは放っておいて、ルイの周りを信頼できる大人たちで固め、エメリーン自身は変わらずルイに愛情を注いだだろう。エメリーンは、どちらでも良かったのだ。

「嫌いなわけがないだろう。たった一人の息子だぞ」

 迷いなくそう答えるヒューバートの、その言葉に嘘はないのだろう。だがそれが本当でも、ルイに伝わっていなければ何の意味もない。

「でしたら、やっぱり旦那様がルイ様に謝罪するところから、始めてみてはどうですか?」

「謝罪……」

「たぶん、言えないこともあるんでしょうけど、言えることもありますよね? 少なくとも、旦那様がルイ様のことをどう思っているのか、面と向かって伝えてあげてください」

「……分かった。そうしよう」

 そうと決めたヒューバートの行動は早いはずだ。それが分かってはいても、エメリーンは念押しせずにはいられなかった。

「では、明朝でお願いします。食後で。少しでも早く、ルイ様を楽にしてあげたいので」

 ルイファーストなエメリーンの言葉だが、ヒューバートは苦笑しつつ、それにも「分かった」と応じた。ヒューバートは、やると言ったらやる男だ。だからその夜、エメリーンはスッキリした気分で眠ることが出来たのだった。
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