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これが噂の間違い召喚?
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数秒の無音の後、どよめきとパチパチとまばらな拍手が聞こえる。
「よしっ!成功した・・・ぞ?ん?」
しわがれた声の男性が話している。
声の主は誰だろう?と床にへたり込んだまま顔をあげると、目が合った。と思う。
「ヒッ!・・・お、おまえは聖女じゃないのか!」
小さく悲鳴を上げつつ、私を指をさす。
物語やドラマじゃない限り、お前ってなかなか言われない言葉だわーなんて思いつつ、せいじょ、聖女?あーゲームやファンタジーでよく聞くあの聖女?だとすればもちろん違う。
私はごく普通の女性だ。しかも若くはないし、なんなら普通の主婦でおばちゃん・・・孫も子供もいないけれど、近所の子供や友人の孫と接する時は「おばあちゃん」と自称する還暦間近の人間だ。
「えーっと、人違いのようですね?」
返事をしつつ、周囲を確認する。
先ほどから話をしている男性は司祭のような黒い服を着ており、白髪で60代~70代に見える。他にも同じような服装の男性や、揃いのお仕着せを着た女性が数人いる。
見慣れない人たちも気になるけれどそれは横に置いて、ここはどこだ。こんな広い部屋、しかも礼拝するような場所って実物を見たことが無いよ。
さっきまで自宅のリビングにいたよね?夫と庭仕事の服装について話をしていたよね?え、夫がいないんだけど。
オロオロし始めた私に向かって、先ほどの声の主より少し若い40代くらいの茶髪の男性が話しかける。
「突然のことで驚かれたでしょう。まずはあちらの椅子に腰かけて、少しお話をしませんか?」
状況把握も大事だなと考えつつ『はぁ』と生返事をする。
壁際に並んだテーブルと椅子に案内されるようなので、よっこらしょと声を出しつつ立ち上がると、部屋にいた何人かはちょっとギョッとしている。何に驚いたんだろう?よっこらしょの掛け声?私の恰好?農家ファッションともいえる本気の装備は傍から見ると怪しく見えるだろう。
まずは頭。つばが前の方だけ張り出したような帽子で、首の後ろをカバーするように布が広がっている、その布は口元まで覆っているので目元しか出ていない。その目元も日光対策でサングラスを装着している徹底ぶりである。NO日光、NO日焼け。
身体は撥水加工のフルジップヤッケ、色は赤だ。腰巻エプロンのポケットにはハサミや紐、針金など庭作業具が入っている。下はしゃがんでもゆとりのあるデニムで仕上げに庭用手袋まで装着している。
もしかして、ここにいる人達にとって私って性別も不明状態かもしれない。
案内された椅子に座る頃には、周囲にいた人たちもぞろぞろと動き始め、部屋に残るのは最初の司祭っぽいおじいちゃんと椅子案内の男性、それとお仕着せを着た女性が2人のようだ。まずは自己紹介から始まり、おじいちゃんは本当に司祭だったようで、アルフレッド・ペティエ、椅子案内の男性は助祭のフェリクス・マランと名乗った。
私の名前を聞かれたけれど、本名の夏井久美子と名乗らず、見知らぬ場所と人々に防犯意識が働いてネットで使用する名前を名乗る。
「・・・佐藤菊です。主婦です」
職業『パート』と言ってさらに詳しく職場の名前を伝えるのもどうかと思い、そこは伏せておく。
「あの、ここはどこなのでしょう?夫はどこに?」
続けて聞いてみる。
目の前の2人は一瞬沈黙し目配せし合ったのち、助祭が話し始める。
話をまとめるとこうだ。
ここは自宅のある町内でもなければ、区でも市でも県でもない。日本でもない。いわゆる異世界らしい。
魔法を使うことが出来、人間も含めて生き物は死ぬと魔石というものを残すそうだ。稀に大木などの植物からも得られ、その魔石を使用して道具類を動かしているという。
道具類はそこそこ発展し、近年になって魔動車という魔石で動く車も使われ始めているらしい。
ただし、人が扱う魔力が少なくなってきていて、今後は発展よりも衰退する予測が一部で出ており、魔力を増やすにはどうしたらいいかと各所で議論されていた所、古い文献を読んだ教会(私が今いる場所)で聖女を召喚してみようという話になったそうな。
なんだか気軽に実行してる上に、人間1人召喚したところで解決するのかこれ?産めよ増やせよコースのような怪しげな桃色話じゃあるまいし?だとしても物理的におばあちゃんには無理な話である。
「こんな文献があったからちょっと試しに実行してみよう」
そんなノリでモルモット召喚になった気配が濃厚だなー。ちょっとだけほっとしたのは、ファンタジーにありがちな魔王を倒す旅に出ろとか言い出されなかった事。そういう存在はもしかしたらいないのかもしれない。
教会側にとってはお試しで実行して、本当に人が来ちゃったよ、じゃあどうする?そんな状態。
私にとっては自宅のリビングにいたはずが、誘拐されている状態。頼りにしたい警察も、海外だったら駆け込みたい大使館も無い。さらに言えば『戻す方法がわかりません』と止めまで刺されている。
草原で草を一本取っても元に戻せるかって言うと、目印でも無いと難しいよね。通常の(?)誘拐ならさっさと逃げだして、しかるべきところに駆け込むところだけれど、未知の場所ではどうにもならない。まずは情報が必要だ。
ざっくり説明してもらったところで、改めて助祭に質問される。
「サトーさんは先ほど『夫』と言っていたようですが、既婚者なのですか?失礼を承知ですが、お年は?」
子供の頃ならしょっちゅう年齢を聞かれて、ドヤ顔で〇歳!と申告するけれど、社会人になると年齢を言う機会って殆どない。せいぜい病院で問診票に記入する時くらいで、持病も無い私は自分の年齢を再確認する機会が少ないため、咄嗟に正確な年齢を言うことなく、他人と話す際には還暦(60歳)近いですという事が多い。
「既婚者です。60です」
今回もそう言った。四捨五入出来ない年だけれど、どんな意図で年齢を聞かれてるのかわからないし、誘拐相手に正直に伝えたいわけではない。
この部屋に出てきた人間は私1人だけだったと言うけれど、謎の図(魔法陣?)が書かれた範囲を見ると直径3mはあるだろうか。その範囲であれば、目の前にいた夫が一緒に召喚されていても不思議じゃないのに、いない。ピンポイントで女性だけ引っ張ったのだろうか?夫のことが心配だけれど、まずは自身の安全を確保しなければ。
いきなり『人違いだったから用はない』と未知の土地に準備も知識も無く放り投げられるのは、それはそれで困るなぁと思いながら正面の2人の顔を見る。
「こちらの不手際もありますし、少しの間、教会の中で過ごしていただいて、この世界の事を学んでから今後の事を決めましょう」
仕方がないなと言う態度で助祭は言う。
勝手に呼び出してそんな事を言われても、滞在させてもらえるのは助かるけれど、宿泊費はどうするか?誘拐犯に全部任せても後から何か言われないか?両親が健在だった頃、実家に里帰りする時だって宿泊費と食費を親に渡したものですし、それが誘拐犯とはいえ、他所様だった場合は確実にお支払いする案件だと思う。
ただより怖いものはない。
そばに控えていたお仕着せの女性に部屋へ案内するように言いつけ、司祭と助祭は立ち上がる。
私も立ち上がり、前後を挟むように歩き出した女性についていく。
最初の発言以外は終始無言だった司祭。若くて可愛らしい聖女が来たと期待したのだろうけれど、全身を覆った謎の人物にショックを受けたんだろう。こんなおばあちゃんで本当にごめんねと心の中で謝っておく。
建物の中をペタペタと歩くと、音に違和感を覚えた女性達が立ち止まって私の足元を見る。リビングにいたから裸足だったのよね。この建物内は土足で歩くようだけれど、廊下は綺麗に掃除されていたので、慌てて何か準備しようとした彼女達にはこのまま部屋へ案内してもらい、後で足拭きをしたり、部屋履きを借りる事になった。
いくつかの階段を上がり、案内された部屋は自宅のリビングくらいの広さで、入り口付近に小さなテーブルとソファのセット、真ん中くらいに書き物机と椅子、衝立の向こうにベッドとクローゼットがあるらしい。まずは足を清め、落ち着いたところで彼女達の名前を聞く。
ダークブロンドのお嬢さんがサラさん、赤毛のお嬢さんがアンさん、2人ともきっちり髪をまとめている。
聞いた瞬間に某ラップの商品名が思い浮かんでしまったのはしょうがない。サンドイッチを包んだりするかなー?なんて考えがよぎる。ついでにアンさんは髪の毛の色と共に名前を言いそうになるので気をつけなくては。司祭たちと違って覚えやすい名前で良かった。
目の色は部屋が薄暗いのとサングラスをしていることもあり、近くまで寄らないと分からない。
洗面やトイレなど日常的に使う場所を聞きながら、この世界の一般常識を教えてもらう。
最初から言葉が通じていたので、日本語が達者な外国人さん達だなーと思っていたら、違う言語だった。話すこと読むこと(ルビを振ったように翻訳されている)は出来るけれど、文字を書く時には勉強しないと書けないな。
そして魔法。生活魔法や攻撃魔法、防御魔法などいくつか種類があるようだけれど、生活魔法は5~6歳頃から使える人が多いらしい。使える種類は身近な人を真似て出来たかできないかで判断したり、文字が読める人は書物で知ったことを試すそうだ。
異世界の魔法あるあるで、いきなり室内で炎や水の魔法を使おうとしたら、うっかり燃やしたり濡らしたりといった惨事しか予想できない。そのため、子供が生活魔法を覚え始める頃には大人が周囲の安全に配慮して教えるそうだ。
「灯りの魔法を見てみますか?」
サラに問われてお手本をお願いすると、『lux』と唱えて指先がぽわっと明るくなり、そばにあったレトロなランプに指を移動するとランプが点いた。
おおう、魔法だ。本物だ。と、ちょっとドキドキする。
「今のは私の生活魔法でランプを点けたのですが、ランプが魔道具になっているので、子供や魔力が少ない状態の人でも点ける事が出来ます。キク様も点けてみますか?」
そもそも魔法の無い世界の人間は魔道具を使うことが出来るんだろうか?一度消したランプの魔石がはめ込まれた部分を触るように促されたので、タッチパネルを押すような感覚でちょんっと触ってみると、スッと体温が引いたような感覚がした後、ランプが光る。おお・・・点いたよ。
ランプの魔道具が使えると、ピッチャーやトイレなど、設置された魔道具も問題なく作動できるでしょう。と安心した様子のサラ&アン。
「魔力もあるのではないですか?」
魔道具が無事に作動した事で言い出す。
なんですと?異世界に拉致されたら言葉の理解だけじゃなくて、魔力までついてくるの?私の戸惑いをよそに、明かりの魔法を使ってみてくださいと勧める彼女達。
都合良くすぐには出来ないでしょうと思いながら教えてもらった言葉を唱えてみる。結果、・・・・・・出来ませんでした。そりゃそうだよねー、出来たらびっくりだわ。むしろ納得だわ。
「魔道具を何度か使っているうちに出来るようになるかもしれませんよ」
様子を見ていたサラが言う。
この世界の子供達は小さな頃から魔道具に触れている内に魔力の扱いを覚えるそうなので、異世界初心者の私も同じように覚えると考えているようだ。うん、期待しすぎずに、魔道具が使えるだけでも良しとしておこう。
他にもいくつか生活魔法を見せてもらい、感心しながら話を聞く。
その後、今の季節(初夏だった)を聞き、国の歴史について書かれた本、生活魔法について書かれた本、防御魔法について書かれた本、攻撃魔法について書かれた本など数冊の本を貸し出してくれたので、書き物机の棚に置いてもらい、時間を見つけて読むことにする。
「よしっ!成功した・・・ぞ?ん?」
しわがれた声の男性が話している。
声の主は誰だろう?と床にへたり込んだまま顔をあげると、目が合った。と思う。
「ヒッ!・・・お、おまえは聖女じゃないのか!」
小さく悲鳴を上げつつ、私を指をさす。
物語やドラマじゃない限り、お前ってなかなか言われない言葉だわーなんて思いつつ、せいじょ、聖女?あーゲームやファンタジーでよく聞くあの聖女?だとすればもちろん違う。
私はごく普通の女性だ。しかも若くはないし、なんなら普通の主婦でおばちゃん・・・孫も子供もいないけれど、近所の子供や友人の孫と接する時は「おばあちゃん」と自称する還暦間近の人間だ。
「えーっと、人違いのようですね?」
返事をしつつ、周囲を確認する。
先ほどから話をしている男性は司祭のような黒い服を着ており、白髪で60代~70代に見える。他にも同じような服装の男性や、揃いのお仕着せを着た女性が数人いる。
見慣れない人たちも気になるけれどそれは横に置いて、ここはどこだ。こんな広い部屋、しかも礼拝するような場所って実物を見たことが無いよ。
さっきまで自宅のリビングにいたよね?夫と庭仕事の服装について話をしていたよね?え、夫がいないんだけど。
オロオロし始めた私に向かって、先ほどの声の主より少し若い40代くらいの茶髪の男性が話しかける。
「突然のことで驚かれたでしょう。まずはあちらの椅子に腰かけて、少しお話をしませんか?」
状況把握も大事だなと考えつつ『はぁ』と生返事をする。
壁際に並んだテーブルと椅子に案内されるようなので、よっこらしょと声を出しつつ立ち上がると、部屋にいた何人かはちょっとギョッとしている。何に驚いたんだろう?よっこらしょの掛け声?私の恰好?農家ファッションともいえる本気の装備は傍から見ると怪しく見えるだろう。
まずは頭。つばが前の方だけ張り出したような帽子で、首の後ろをカバーするように布が広がっている、その布は口元まで覆っているので目元しか出ていない。その目元も日光対策でサングラスを装着している徹底ぶりである。NO日光、NO日焼け。
身体は撥水加工のフルジップヤッケ、色は赤だ。腰巻エプロンのポケットにはハサミや紐、針金など庭作業具が入っている。下はしゃがんでもゆとりのあるデニムで仕上げに庭用手袋まで装着している。
もしかして、ここにいる人達にとって私って性別も不明状態かもしれない。
案内された椅子に座る頃には、周囲にいた人たちもぞろぞろと動き始め、部屋に残るのは最初の司祭っぽいおじいちゃんと椅子案内の男性、それとお仕着せを着た女性が2人のようだ。まずは自己紹介から始まり、おじいちゃんは本当に司祭だったようで、アルフレッド・ペティエ、椅子案内の男性は助祭のフェリクス・マランと名乗った。
私の名前を聞かれたけれど、本名の夏井久美子と名乗らず、見知らぬ場所と人々に防犯意識が働いてネットで使用する名前を名乗る。
「・・・佐藤菊です。主婦です」
職業『パート』と言ってさらに詳しく職場の名前を伝えるのもどうかと思い、そこは伏せておく。
「あの、ここはどこなのでしょう?夫はどこに?」
続けて聞いてみる。
目の前の2人は一瞬沈黙し目配せし合ったのち、助祭が話し始める。
話をまとめるとこうだ。
ここは自宅のある町内でもなければ、区でも市でも県でもない。日本でもない。いわゆる異世界らしい。
魔法を使うことが出来、人間も含めて生き物は死ぬと魔石というものを残すそうだ。稀に大木などの植物からも得られ、その魔石を使用して道具類を動かしているという。
道具類はそこそこ発展し、近年になって魔動車という魔石で動く車も使われ始めているらしい。
ただし、人が扱う魔力が少なくなってきていて、今後は発展よりも衰退する予測が一部で出ており、魔力を増やすにはどうしたらいいかと各所で議論されていた所、古い文献を読んだ教会(私が今いる場所)で聖女を召喚してみようという話になったそうな。
なんだか気軽に実行してる上に、人間1人召喚したところで解決するのかこれ?産めよ増やせよコースのような怪しげな桃色話じゃあるまいし?だとしても物理的におばあちゃんには無理な話である。
「こんな文献があったからちょっと試しに実行してみよう」
そんなノリでモルモット召喚になった気配が濃厚だなー。ちょっとだけほっとしたのは、ファンタジーにありがちな魔王を倒す旅に出ろとか言い出されなかった事。そういう存在はもしかしたらいないのかもしれない。
教会側にとってはお試しで実行して、本当に人が来ちゃったよ、じゃあどうする?そんな状態。
私にとっては自宅のリビングにいたはずが、誘拐されている状態。頼りにしたい警察も、海外だったら駆け込みたい大使館も無い。さらに言えば『戻す方法がわかりません』と止めまで刺されている。
草原で草を一本取っても元に戻せるかって言うと、目印でも無いと難しいよね。通常の(?)誘拐ならさっさと逃げだして、しかるべきところに駆け込むところだけれど、未知の場所ではどうにもならない。まずは情報が必要だ。
ざっくり説明してもらったところで、改めて助祭に質問される。
「サトーさんは先ほど『夫』と言っていたようですが、既婚者なのですか?失礼を承知ですが、お年は?」
子供の頃ならしょっちゅう年齢を聞かれて、ドヤ顔で〇歳!と申告するけれど、社会人になると年齢を言う機会って殆どない。せいぜい病院で問診票に記入する時くらいで、持病も無い私は自分の年齢を再確認する機会が少ないため、咄嗟に正確な年齢を言うことなく、他人と話す際には還暦(60歳)近いですという事が多い。
「既婚者です。60です」
今回もそう言った。四捨五入出来ない年だけれど、どんな意図で年齢を聞かれてるのかわからないし、誘拐相手に正直に伝えたいわけではない。
この部屋に出てきた人間は私1人だけだったと言うけれど、謎の図(魔法陣?)が書かれた範囲を見ると直径3mはあるだろうか。その範囲であれば、目の前にいた夫が一緒に召喚されていても不思議じゃないのに、いない。ピンポイントで女性だけ引っ張ったのだろうか?夫のことが心配だけれど、まずは自身の安全を確保しなければ。
いきなり『人違いだったから用はない』と未知の土地に準備も知識も無く放り投げられるのは、それはそれで困るなぁと思いながら正面の2人の顔を見る。
「こちらの不手際もありますし、少しの間、教会の中で過ごしていただいて、この世界の事を学んでから今後の事を決めましょう」
仕方がないなと言う態度で助祭は言う。
勝手に呼び出してそんな事を言われても、滞在させてもらえるのは助かるけれど、宿泊費はどうするか?誘拐犯に全部任せても後から何か言われないか?両親が健在だった頃、実家に里帰りする時だって宿泊費と食費を親に渡したものですし、それが誘拐犯とはいえ、他所様だった場合は確実にお支払いする案件だと思う。
ただより怖いものはない。
そばに控えていたお仕着せの女性に部屋へ案内するように言いつけ、司祭と助祭は立ち上がる。
私も立ち上がり、前後を挟むように歩き出した女性についていく。
最初の発言以外は終始無言だった司祭。若くて可愛らしい聖女が来たと期待したのだろうけれど、全身を覆った謎の人物にショックを受けたんだろう。こんなおばあちゃんで本当にごめんねと心の中で謝っておく。
建物の中をペタペタと歩くと、音に違和感を覚えた女性達が立ち止まって私の足元を見る。リビングにいたから裸足だったのよね。この建物内は土足で歩くようだけれど、廊下は綺麗に掃除されていたので、慌てて何か準備しようとした彼女達にはこのまま部屋へ案内してもらい、後で足拭きをしたり、部屋履きを借りる事になった。
いくつかの階段を上がり、案内された部屋は自宅のリビングくらいの広さで、入り口付近に小さなテーブルとソファのセット、真ん中くらいに書き物机と椅子、衝立の向こうにベッドとクローゼットがあるらしい。まずは足を清め、落ち着いたところで彼女達の名前を聞く。
ダークブロンドのお嬢さんがサラさん、赤毛のお嬢さんがアンさん、2人ともきっちり髪をまとめている。
聞いた瞬間に某ラップの商品名が思い浮かんでしまったのはしょうがない。サンドイッチを包んだりするかなー?なんて考えがよぎる。ついでにアンさんは髪の毛の色と共に名前を言いそうになるので気をつけなくては。司祭たちと違って覚えやすい名前で良かった。
目の色は部屋が薄暗いのとサングラスをしていることもあり、近くまで寄らないと分からない。
洗面やトイレなど日常的に使う場所を聞きながら、この世界の一般常識を教えてもらう。
最初から言葉が通じていたので、日本語が達者な外国人さん達だなーと思っていたら、違う言語だった。話すこと読むこと(ルビを振ったように翻訳されている)は出来るけれど、文字を書く時には勉強しないと書けないな。
そして魔法。生活魔法や攻撃魔法、防御魔法などいくつか種類があるようだけれど、生活魔法は5~6歳頃から使える人が多いらしい。使える種類は身近な人を真似て出来たかできないかで判断したり、文字が読める人は書物で知ったことを試すそうだ。
異世界の魔法あるあるで、いきなり室内で炎や水の魔法を使おうとしたら、うっかり燃やしたり濡らしたりといった惨事しか予想できない。そのため、子供が生活魔法を覚え始める頃には大人が周囲の安全に配慮して教えるそうだ。
「灯りの魔法を見てみますか?」
サラに問われてお手本をお願いすると、『lux』と唱えて指先がぽわっと明るくなり、そばにあったレトロなランプに指を移動するとランプが点いた。
おおう、魔法だ。本物だ。と、ちょっとドキドキする。
「今のは私の生活魔法でランプを点けたのですが、ランプが魔道具になっているので、子供や魔力が少ない状態の人でも点ける事が出来ます。キク様も点けてみますか?」
そもそも魔法の無い世界の人間は魔道具を使うことが出来るんだろうか?一度消したランプの魔石がはめ込まれた部分を触るように促されたので、タッチパネルを押すような感覚でちょんっと触ってみると、スッと体温が引いたような感覚がした後、ランプが光る。おお・・・点いたよ。
ランプの魔道具が使えると、ピッチャーやトイレなど、設置された魔道具も問題なく作動できるでしょう。と安心した様子のサラ&アン。
「魔力もあるのではないですか?」
魔道具が無事に作動した事で言い出す。
なんですと?異世界に拉致されたら言葉の理解だけじゃなくて、魔力までついてくるの?私の戸惑いをよそに、明かりの魔法を使ってみてくださいと勧める彼女達。
都合良くすぐには出来ないでしょうと思いながら教えてもらった言葉を唱えてみる。結果、・・・・・・出来ませんでした。そりゃそうだよねー、出来たらびっくりだわ。むしろ納得だわ。
「魔道具を何度か使っているうちに出来るようになるかもしれませんよ」
様子を見ていたサラが言う。
この世界の子供達は小さな頃から魔道具に触れている内に魔力の扱いを覚えるそうなので、異世界初心者の私も同じように覚えると考えているようだ。うん、期待しすぎずに、魔道具が使えるだけでも良しとしておこう。
他にもいくつか生活魔法を見せてもらい、感心しながら話を聞く。
その後、今の季節(初夏だった)を聞き、国の歴史について書かれた本、生活魔法について書かれた本、防御魔法について書かれた本、攻撃魔法について書かれた本など数冊の本を貸し出してくれたので、書き物机の棚に置いてもらい、時間を見つけて読むことにする。
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