わたしの勇者さま!

山城 樹

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1章:使命

勇者さまの使命

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「わたしは断固として反対です、勇者さまっ!」

 ドンとテーブルを叩くエリスは憤慨ふんがいしていた。勇者に対して意見をすることはままあったが、ここまで反対することはなかった。エリスにとって、勇者の今回の選択は絶対に許せないことだったのだ。

 城下町の中に築かれた大きな屋敷。そこの一室でエリスは勇者に対して考え直すように問い質していた。

「落ち着いてくれ。国王の言うことはもっともだ。それに、これは国王直々のめいでもあるんだ。無碍むげにはできない」

「ですが……!」

 怒り狂うエリスに対して、椅子に腰かける勇者はバツの悪そうな表情を浮かべ、コップに口をつける。

 国王からの最後の命令。それはエリスにとって最悪そのものだった。戦争で疲弊ひへいした国の戦力拡大を目指すにあたり、勇者のやることが子供を100人作ることだったのだ。たしかに、勇者という類まれなる力を持った人物の血を継いだ子供となると、その力を受け継ぐ可能性は大いにある。

 ただ、国王としてもその子供たちを戦力として見るつもりは毛頭ないらしい。あくまでも周辺国や魔族に対する抑止力だ。勇者という強大な力を持った一族がこの国にはある。そんな国に対して侵攻しようとする愚か者はいないだろうと、そういう魂胆なのだ。

「それに、この屋敷だって好きに使っていいと言われたし、今後の生活は全面的に保障するとのこと。いまさらできませんなんて言えないだろう」

 屋敷については、魔王討伐の報酬とのことだった。2人で済むにはいささか広すぎるが、エリスにとってはこれ以上のものはないというほどの豪華な住まいだ。それに、なんと生活の補助をするメイドまで用意してくれるという。まさに至れり尽くせりだ。

 だが、そんなことはエリスにとってどうでもよかった。問題なのは勇者が誰とも知らない女性と子供を作らないといけないということだ。それも100人の子供だ。1人の女性が1人の子供を身ごもると考えても100人と関係を持つことになる。エリスはそれが耐え難かった。

 ぶるぶると拳に力が入るエリスを見て勇者が口を開く。

「確かに、多く見積もっても100人の女性と交わることになる。これは倫理的にどうなんだという意見も理解できる。だが、その女性たちは希望した者のみとのことだ。仮に希望者がゼロだった場合は国王も別の手を考えるだろう」

 国王からの提案の中に、その人柄が感じられる部分は確かにあった。
 まず、100人というのは絶対的なノルマというわけではなく、そのくらい多くの子孫を作りたいということらしい。別に100人身ごもるまで続けなければならないということではない。また、勇者の子供を身ごもる女性も、強制ではなく希望者のみだ。ただ、対象は貴族などの国の中でもそれなりに地位のある家系に準ずる者限定ではあるが。

「勇者さまの気持ちはどうなのですか! 確かにお相手は希望者……つまり、勇者さまに対して好意を持っている方ということになります! ですが、お互いのことを知らないではありませんか! 勇者さまは好きでもない方とそういう関係になってもいいのですか!?」

「…………」

 うぐぐ、といった表情をする勇者。根は非常にまじめ、いやクソがつくほどの真面目な勇者である。エリスの指摘は勇者にとって確信を突いたものだった。

「不純です! 不潔です! そりゃ、勇者さまは世界をお救いになった方です! お相手からすればこれほどのお方は存在しません! わたしが危ない目にあったら自分のことを顧みず助けてくれるし! どんなに絶望的な状態でも諦めないし! それにかっこいいし!! ――あっ!」

 そこまで言ってエリスは言葉を止めた。突発的に発してしまった言葉に耳の先まで真っ赤に染まる。怒りに任せて発言してしまい、エリスはしまったと思うと同時に恥ずかしい気持ちで胸が張り裂けそうになってしまった。

 しかし、勇者はその言葉の真意まではくみ取れなかったようだ。

「お前の気持ちはわかるが、俺だって国のためにできることをしたい。それに――」

 一間置いて、勇者は確信的で、だがエリスにとっては一番聞きたくなかった言葉を放つ。

「それに、お前に迷惑はかからないだろう? 俺の気持ちについては、国を守るためならなんだってする。これまでも、これからもだ」

「――っ!!!」

 胸の奥底にある感情と、溢れそうになる想いが零れかける。目頭が一気に熱くなるのを感じて、エリスはサッと背を向けた。クソ真面目勇者のダメなところがすべて出てしまったのだ。

 確かにエリスに迷惑自体はかからない。エリスがなにかをするわけではないのだ。あくまで勇者がやるだけのこと。言ってしまえば”関係ない”のである。勇者がその言葉を選ばなかったのは偶然かもしれないが、エリスには”そう”いわれたのと同義であった。

 勇者への気持ちと、それを察してくれない鈍感な彼にエリスの心は張り裂けそうになる。勇者のために常に全力でできることを探し、拙いなりに頑張ってきたつもりだった。旅の中で常に気をつかってくれて、危ないときは助けてくれて、不安で眠れないときは眠れるまで傍にいてくれた。そんな勇者に恋心が芽生えていくことは至極まっとうでエリスも例外ではなかった。

 ずっと隣にいたのはわたしなのに――

 そんな気持ちが喉から飛び出そうになる。こんなことを言われたのに、それでもエリスは勇者に対して気持ちを伝える決心はつかない。その根底には国王に選ばれた”勇者さま”とたまたま助けられた”ただの女の子”という隔たりが心のどこかにあったからだ。

「お前の気持ちはわかる。勇者がそんな不純なことをするのが許せないのは嫌だろう」

 勇者とかそんなの関係ない。”あなた”がそういうことをするのが嫌なだけ。

 そう言いたい気持ちが口元まで迫ってくる。だが、口にしてしまってもし嫌われでもしたら? 好意を持っていることに対して勇者に拒絶でもされたら? そんな恐ろしい未来を想像してしまう。

 だめだ、これ以上ここにいると泣いてしまう。そう感じたエリスは、溢れる気持ちを消し飛ばそうと声を荒らげた。

「もう知りません! 勝手にしてください! この変態! オークちんぽ勇者!」

 ドタドタと足音荒く、ドアをくぐり屋敷が揺れんばかりの力で勢いよく開いた扉を叩きつけた。遠のいていく荒波に、勇者はため息をつき、すっかり冷めてしまった飲み物を口に運ぶ。

 天井を見上げて呟いた。



 「オークちんぽってなんだ?」
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