わたしの勇者さま!

山城 樹

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1章:使命

勇者さまとわたしの記憶

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 屋敷の大きな庭で、エリスは涙を堪えながら歩を進めていた。目的もなく、ただ溢れる気持ちを抑え込もうとしていた。

 勇者に悪気がないことはわかっている。国の状況もすべてではないにしろわかっているのだ。でも、自分の気持ちに嘘をつけないのも事実で、ただ受け入れるしかないのかと、その乱れる心の中で考えていた。

 勇者は旅をしている中でも、自分のことは二の次で他人のために全力を尽くす人だった。魔王軍との戦闘で焼け焦げた家々を見て、己がすべきことを何度も反芻はんすうし、必ずやこの戦いを終わらせるのだと、それが自分の使命だと信じていた。その信念だけは最後まで失われることはなかった。

 エリスから見てもその信念はとても強固で、どんな誘惑にも惑わされることはなかったのだ。

 そして、彼はとても心優しく、軽々に刃を向けない人物でもあった。何に対してもだ。魔族の領地で次の目的地に向かう中でそれを垣間見た出来事がある。

ーーー
ーー


 ある日、勇者とエリスは魔族の村にたどり着いた。エリスにとって魔族というのは故郷のかたきであり、どんな相手であろうとも殲滅する対象だった。ただの非力な人間にとっての脅威であり、目に入る他種族は刈り取ってしまう存在。まさに悪魔のような存在だと思っていた。

 村を一望できる高台から偵察を行い、どこから潜入し、どのように戦うか、戦闘がそこまで得意ではないエリスは勇者の力になるべく戦略を練っていた。勇者との旅の中で、彼をサポートするためにエリスはその頭脳を使うことにしたのだ。

 しかし、勇者は違った考えを持っていたのだ。

 「エリス、フードを深くかぶって人間だと悟られないようにして村に入るぞ」

 その言葉はエリスにとって、理解できない内容だった。

 「勇者さま、まずはこの丘から勇者さまの魔法で攻撃したほうがいいのではないですか。ある程度魔族の数を減らしてからでないと、苦戦してしまうかもしれません」

 「いや、ここで戦う必要はない」

 「……なぜですか? 奴らはわたしたちの敵です。戦わずしてどうするのですか」

 勇者は眼下に広がる小さな魔族の村を眺めながら、諭すような口調で話す。

 「彼らは戦闘要員ではない。よく見てみろ。俺たちの国の様相ようそうとは異なるが、ただここで暮らしているだけだ」

 確かに、これまで戦ってきた魔王軍のそれとは雰囲気が全く異なっている。畑を耕しているもの、家畜のような魔獣を誘導しているもの、背丈の小さい――恐らく魔族の子供のようなものもいる。

 勇者にとって、魔族であっても全てが悪ではないと言っているのだ。彼はエリスの返事を待たずして村の方向に進み始めた。なんて甘いことを……。そう思いながらも、エリスは言いつけ通りフードを被り彼の後を慌てて追った。

 村の入口に到達し、エリスはいつでも抜剣ばっけんできるように警戒する。だが、確かにここでは殺気というものが微塵も感じられなかった。建造物は自分たちが住んでいた町とは異なるが、それがただの平凡な村であることは理解できた。

 「勇者さま、油断しないでください。いつ戦いになるか……」

 怪しまれないように小声で勇者に告げる。ああ、とだけ勇者は返答し、足を進める。村の入口付近にいた一人の魔族の男がこちらに気付いたようだ。不思議そうにこちらを眺めている。

 エリスは背後でナイフを握る。魔族から一瞬も目を離さず、いつでも動けるように足に力が入っていた。勇者の歩みは止まらず、着実に魔族との距離を縮めていく。その歩みに一切の迷いは感じられなかった。

 そしてついに、魔族と対峙する。

 「……こんな時代に旅人かい? 物好きもいたもんだなぁ」

 魔族が口を開いた。脇にはお手製であろう籠をかかえており、その中には果物のようなものが重なっていた。真っ赤に染まったその果実はつやつやと輝いておりそれは美味しそうに見える。

 「すまない、ただの通りすがりだ。冒険が趣味でね。ここは、どういった村なんだ?」

 世間話をするような穏やかな口調で勇者が答える。まるで一人の人間に語り掛けるかのような、なんの変哲もない言葉だった。

 「ああ、ここは古くからある村でね。ルポソル村ってんだ。あんたたち、結構長旅してきたみたいだな、その汚れを見ればわかる。ささ、なにもない村だがゆっくりしていってくれ。こんな時代だから、客人は久しぶりだ」

 魔族は最初こそ驚いた顔をしていたが、笑顔を見せつつそう言った。

 「……勇者さま、罠かもしれません。殺気は感じられませんが――」

 「そうか、そう言ってくれると助かる。今日の夜を明かせればそれでいいんだが、宿はあるか?」

 エリスの小声を遮るかのように勇者が魔族へ言葉を投げかける。エリスは息を呑んだ。だが、ここで不審な行動を取ればなにが起こるかわからない。幸いにも、会話だけ見れば平穏そのものだ。

 勇者の質問に魔族は申し訳なさそうにしながら答えた。

 「すまねぇな。こんな小さな村だ。宿はないんだ。そうだな、村長のところに行ってみな。一晩くらいならなんとかできるかもしれない」

 村のほうに身体を向け、指を差した先には他の家よりに少しだけ大きな建造物が見える。あれがこの村を治める長が住む家らしい。だが、お世辞にも豪華とは言えない質素なものだった。それだけでこの村がそこまで裕福でないことは想像できる。

 「ありがとう。行ってみる」

 礼儀正しく礼を述べ、勇者は村長の家に向かい始めた。エリスはいまだに警戒を解かず、魔族の横を通り過ぎた。チラッとその顔を見たが、やはりこちらを襲う気配などは一切感じられなかった。魔族の男からすると礼儀を知らない奴だと思われたかもしれないが、エリスにそこまで考える余裕はなかった。
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