わたしの勇者さま!

山城 樹

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1章:使命

勇者さまの逡巡

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 村長の家には、老いた女性の魔族がいた。その話している相手が、敵対している人間で勇者であるとは想像すらしていないのだろう。彼女はなにを疑うこともなく二人を迎え入れた。

 そこで、エリスの価値観は塗り替えられることとなる。魔族という存在はすべて醜悪な存在で、自分たちの敵であるという常識が、打ち破られたのだ。

 村長はこの戦争について非常に憂えていた。種族や価値観が違うというだけで争い、殺し、時に蹂躙するなど言語道断だというのだ。争いはなにも生まず、負の連鎖が輪廻のごとく巡り、最後に残るのは悲しみや虚しさだけだと。

 勇者もエリスも、その悲痛にも聞こえる村長の話を最後まで聞いた。勇者はなにも言わずただ聞いていた。まさに戦争の最前線で、魔族から見れば最も脅威といえる存在なのだ。どんな気持ちで聞いていたのかエリスには想像もつかなかった。

 話が終わり、村長は村の中にある一つの建物に二人を案内した。今夜はここを好きに使っていいとのことだ。ようやく二人きりになり、エリスは勇者に問いかける。

「勇者さま、わたしたちは……一体なにと戦っているのですか。魔族は……敵ではないのですか……。なぜここの魔族たちは、わたしたちを歓迎しているのでしょうか……」

 この村で見たこと、聞いたことがエリスにとっての戦う意義と相反していたからだ。家族や故郷を滅ぼされたエリスにとって魔族というのは何があっても許せるはずがなく、魔族という種族であることが憎悪の対象だった。これがどんな感情なのかエリス自身にもわかっていなかった。

勇者は答えた。

「……魔族とは、ただの種族の呼び名であり記号だ。俺たち”人間”と同じ……な」

「――っ!違います!奴らはわたしの……ッ!わたしの家族を!友達を!根こそぎ奪ったのですよ!?」

 ついに声を荒げるエリスの瞳からは、無意識に涙が溢れていた。そして、思い出していた。あの日のことを。エリスの故郷が襲われ、逃げまどい、目の前で家族の命を刈り取られる瞬間を。

「あの日見た魔族と変わりません!ただ快楽を得るように人間を切り裂いていく悪魔です……!」

「それじゃあ聞くが、俺たちも悪魔か?」

「……意味がわかりません!そんなわけ……ないじゃないですか」

「同じだ、魔族から見れば。俺たちはこれまで魔族を殺してきた。魔族からすれば、俺たちだって悪魔だ」

 自分のことを悪魔だと言い切る勇者の眼は、本気だった。決して比喩や冗談の類ではない。その瞳に、エリスは少しだけ怯んだ。

「俺も最初はお前と同じ気持ちだったさ。魔族はすべて敵で、倒すべき存在だってな」

「じゃあ……どうして」

「助けられたんだ。一人の魔族に」

 そう言い勇者は天井を仰いだ。自分の過去を振り返るように勇者は続ける。

「旅に出たすぐの頃、俺は躍起になっていたんだ。自分は選ばれし勇者で魔王討伐、ひいては魔族殲滅が使命だって。けど、浮き足立ってた俺はただの魔獣相手に大怪我したんだ。死にかけだった。絶望したさ。自分は何も成し遂げられずここで死ぬんだって。そんな時、たまたま通りかかった魔族に助けられたんだ」

 エリスは静かに聞いていた。先ほどまで声を荒げていたのが嘘のように、そのつむがれる言の葉を。

「その後、聞いたんだ。なぜ人間である俺を助けたんだって。そしたらなんて言ったと思う?」

 それはエリスへの問いかけだった。エリスはふるふると首を横に振った。その姿に勇者は優しく微笑みかけた。

「種族なんて関係ない。自分の信念を守るために助けたんだって、そう言ったんだ」

 そういう勇者は、遠くの何かを見るような目をしていた。その出会いがあって、いまの自分があるのだと勇者は続けた。

「エリス、お前が魔族に対して恨みがあるのは知っている。だからといって、その種族すべてを恨むのは違う。戦うべき相手はしっかり見極めるんだ。いいな?」

 その言葉は、エリスの心に刻まれることとなる。悲惨な目に遭ったエリスにとってはなかなか受け入れ難い言葉であったことは確かだが、その信念に反論する余地などなかった。勇者の言葉にはそれだけの説得力があったし、勇者としての確かな芯があったのだ。

 そんな出来事があってから、エリスは勇者への信頼をより一層増していくことになった。自分の持っていない価値観や考え方を得て、初めて人は次に進むことができる。そんなことを、旅を通してエリスは勇者から学んだのだった。

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