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第3話
しおりを挟むこの日、オレがこの世界で最も心配していた“言葉が通じない”という問題は驚くほど呆気なく解決した。
順調に歩いて、徐々に見えて来た西洋風のレンガ造りの町に辿り着いたのが昼過ぎ。
レンガの外壁に沿った入り口部分に立っている門番のような人に、青年が何か手に持った物を見せると簡単に町の中に入れてくれた。
どうやら一人でなんとか歩いてこの町に辿り着いたとしても身分証だか通公証が無ければ、町に入れてももらえなかったかもしれない。
その場合この場で途方に暮れて立ち尽くしていただろう自分を想像して、また一つ彼に助けられた事を知った。
想像していた通り行き交う人々は皆上背があり体躯がしっかりとしている。
なにより色素が薄めというか……髪の色は輝くようなブロンドかプラチナなど明るい色が多く、男女問わず髪を長く伸ばしている人が多いように見える。
服装は緩いガウンのような人もいれば、ドレスのような服で着飾った女性や、作業服のような動き易さ重視の男性など様々だ。
自分にポンチョを被せた青年の考えがやっと理解出来た、確かにこんな暗い髪色はかえって目立つかもしれない。
門をくぐって正面に続く大通りを歩く、すぐに見えて来た小さな家の戸を叩き迎えてくれた女性と青年が話を始め、青年が何枚か紙幣のような物を渡すと2階のこじんまりした部屋へ案内された。
やっとまともな部屋でゆっくり出来る……と邪魔なフードを取ろうと手を掛けると、ドサリと担いでいた荷物を下ろした青年がそのまま入って来た扉を開けてこちらを見ている。
「え、すぐ出掛けるのか?」
「××××、××××××」
一緒に来るように言っているようなので大人しく着いて行く。
いよいよこの世界がどんな所か分かるかもしれないし、よく町を観察してみたかった。
再び表通りに出ると、彼は手元のメモを見ながら迷わず町の奥へ進んで行く。
オレは露店や物珍しい古道具屋のようなお店の前を通る度、つい立ち止まりそうになる。
振り返った青年が小さく溜め息をついて、少し考えた後オレの腕を掴んで足早に進む。
「え?あっごめん、ちゃんと歩くから……」
まるで迷子にならないように摑まえられた子どものようで少し恥ずかしいが、ここまでして急いで向かわなければいけない場所のようなので素直に従う。
5分も歩くと蔦の絡まった一軒の洋館の前に辿り着いた。
表の木戸に掛かった同じく木の看板には何かカラフルな文字が書いてあるが、言葉と同じで認識するのが難しいように思う。法則性が見当たらない。
表の扉を開け2人して中へ入ると全面の壁には天井まで届く木棚が据えられており、その棚に隙間なく詰め込まれた色とりどりの液体が入った小瓶が目に入る。
天井から吊るされた沢山のハーブのような乾燥した草花は注意しないと頭に触れそうだ。
よく見ると奥に置かれた木造りのカウンターの向こうで、初老の女性がなにか作業をしているようだ。
手の届く範囲の薬棚に並べられた不思議な色をした小瓶を眺めていると青年が女性と何事か話し、こちらを見て手招きをしている。
「なに……?」
この女性とは言葉が通じるかもしれないという事だろうか?
訝しげに近付くと女性はオレにカウンターの傍まで来るように指で示し、店のもっと奥から半紙大の古めかしい紙を束ねた帳簿のような本を出して来てカウンターの上に置いた。
上質な厚紙に穴を開け紐で和綴じにしたような本の何頁かを、オレに見せるように捲ったおばあさんはそのままオレに自分で中身を確認するよう促している。
見詰めてくるおばあさんのブルーグレーの瞳に心の中まで見透かされているような気分になり、なんとなく気後れしつつ書かれてある内容をよく確認する。
どうやら頁毎に異なった言語が書かれており、全く文字の形やルールは異なるように思うが、全て規則性のある50音表のような物が書かれているように思われる。
エジプトの壁画に描かれていそうな絵文字のような象形文字やアラビア数字のような文字、中でもややアルファベットのように見えなくもない文字表もあり、これに近い物は知っているなど言いながらおばあさんと捲る頁を確認し続ける。
本の一番後ろのページに載っていた文字はやや擦れて薄くなっているが、見ようによっては漢字や平仮名に近い文字にも見えてこれが一番知っている文字に近いと訴えた。
ふむふむと何度も頷いたおばあさんはオレが反応した全てのページに栞を差し込み、そのページを確認しながら店中にある棚から不思議な色の液体やら粉末の入った小瓶を、次々にカウンターの上に置いていく。
本に対応した全ての小瓶が揃うとカウンターの上はそれだけで一杯になってしまったが、栞の挟まった本をサイドテーブルに除けておばあさんは高い椅子へ座り直した。
片手に納まりそうなサイズの透明な水晶玉を陶器の皿の上に置き、揃えた小瓶から次々に中身を取り出しその水晶玉に振り掛けていく。
水晶玉はそれぞれの液体や粉末を弾くでもなく、スポンジのように全て吸収して初めは透明だったその球体に徐々に色が付き始めている事が分かる。
不思議に思いながら黙っておばあさんの手元を覗き込んでいると、やがて全ての小瓶の中身が掛け終わり、水晶玉は虹色のような複数の色が帯状に絡み合った美しい色合いになっていた。
先程の本の内容からオレの話している言葉がどういった言語であるか特定してくれようとしていると思うのだが、異世界で果たして"日本語"だと特定してもらう事は出来るのだろうか……せめてもっと世界的にもポピュラーな言語を話せれば良かったのかもしれないと思ったが後の祭りだ。
こちらに向き直ったおばあさんがオレの頬に手を添えて顔が向き合うように促してくる。
何か儀式のような物が始まるのだろうか……と不思議に思いながら顔を向けると、おばあさんはその虹色に変化した水晶玉を優しくオレの額にコツンと当てた。
感覚としては生卵を額で割られたような僅かな衝撃だったが、水晶玉は呆気なく割れてしまった。
割れた筈の水晶玉からガラスの欠片や中身が零れてくる姿を想像して、思わず強く目を瞑ったが、いつまでも顔や服に濡れたような感覚や物が落ちてくるような感覚を感じなかった為、恐る恐る目を開けると虹色の砂のような水晶玉の残骸はサラサラと空気中に溶け込むように消えてしまった。
「えーと……特に何か変わったように思わないけど……?」
おばあさんと続いて背後で待ってくれている恩人を振り返り話し掛けてみるが、もちろん言葉が通じている様子はない。
「当然じゃお前さん随分遠い所から来なさったようじゃな」
突然意味の分かる言葉を目の前のおばあさんが流暢に話始め、驚いて思わずカウンターの高い座席から落ちそうになってしまった。
素早く背中を支えてくれた青年を振り返るが彼は依然として首を振っている。
オレは今おばあさんとだけ言葉が通じているらしい。
「どうして日本語が分かるんですか!?」
やや前のめりになりながら興奮気味におばあさんに質問すると、おばあさんにとっては驚く現象ではないようで空いた小瓶をカウンターの後ろに片付けながら事も無げに答えてくれた。
「いいや、今アンタはこの国の古代語を話してんのさ。あたしはアンタの言葉をまず古代語に変更する魔法薬を調合しただけだよ」
おばあさん曰くオレの話す言葉が全く今までに聞いた事がない種類の言語だった為、なんとか先程の辞書のような本から似ている言葉を探させて、言葉の法則性を合致させるべくブレンドした全ての言語を混ぜて一気にオレの頭に叩き込んだとの事だった。
「こんな古臭い言葉今じゃ誰も使ってないけどね、この古代語から現代語に頭の中で勝手に変換する魔法薬は市販品にあるから楽なんだよ」
そう言っておばあさんが近くの薬棚に入っていた、これまた小さな可愛らしいガラスの小瓶を差し出した。中身はとろみのついたピンク色の液体のようで、なんとなく子どもの頃風邪をひいた時に飲んだ甘いシロップ味の薬の事を思い出し顔が引きつる。
「まぁ酷い味だけど飲むだけで言葉が分かるようになるんだから大した物だよ。男ならグイッと一気にやっとくれ」
口の端を上げて笑ったおばあさんに神妙に頷き、ガラスの瓶の蓋を開けると勢いのまま一気に中身を煽った。
とろりとした液体は大層飲み込み辛く甘いとも酸っぱいとも辛いともとれる味に若干の生臭さがあり、今飲んだばかりだが2度と飲みたくないなと思った。
燃えるように熱くなった喉を押さえていると、酷い頭痛がしてきてそのままカウンターへ突っ伏した。
おばあちゃんこれ本当に安全な薬?と聞きたかったが、次の瞬間強すぎる痛みに意識を手放しかけていた。
頭が痛い倒れる程不味い薬って、薬というよりもむしろ毒……?でも良薬口に苦しって言葉もあるし、薬は毒にも成りえて逆もまた然りって言葉もあったような……。
グルグル考えていると先程この店に来る前先に立ち寄った宿での会話が思い出された。
思い出すといっても言葉が分からないから、邪魔にならないようにフードを深く被って青年の横に並んで一緒に話を聞くポーズを取っていた。
女将さんらしき女性がまずは……そうだ“どうして2人なんですか”って聞いていたんだ王都から騎士が1人来るから部屋を確保してくれと予約を受けたと、それに対してこの青年は“予定が変わって2人になったから少し大きな部屋に変えてもらえないか”というニュアンスのお願いをしていた……ん?待てよなんでそんな正確に言葉の意味が分かるんだ……?いつものよく分からない発音の言葉にしか聞こえていなかった筈なのに……。
少し頭痛が治まってきたがなるべく頭は動かさないようにしつつ、今おばあさんと青年がオレを囲んで話している会話の内容に集中してみる。
「×××××?×××」
「×××××」
駄目だやっぱり聞き取れない……けど最初に聞いた時よりも法則性が聞き分けられるような……。
しばらく耳を澄まして聞いていると徐々にその内容の一部が自動変換……というのだろうか日本語の単語を挟んで会話をしているように聞こえる。
「彼が××××ですか?」
「そんな×××心配×××かい」
「ですからこのまま気絶しているなら、担いで帰ります」
え!担いで帰られるのかそれはかなり恥ずかしい……。
自分が米俵のように肩からブランと担がれる姿を想像して、より頭を揺すられそうな体勢になるのも嫌でなんとか身体に力を入れ右手だけに意識を集中して、学校の先生が出す問題に素早く答える熱心な生徒のように大きく手を上げた。
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