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第27話
しおりを挟む長めの散歩を終えて帰宅すると、辺りは既に暗くなる時間で、廊下に掛かるランタンにヴィルヘルムが早速火を灯してくれた。
何度見ても不思議な光景ではあったが、家全体が不自由のない程度に明るくなった。もしこの家を出る事になった時は、次も同じシステムのある住まいでないと生活は難しいのではと思う位に、この光景に慣れてきている。
ヴィルヘルムが食材を準備してくれていた事もあり、手早く夕食の用意も済ませて早速食事をしながらの作戦会議となった。
「3日後の祭りの日、実際何人くらいで手分けして捜せそうなんだ?」
騎士団が恐らく治安維持活動も兼ねた警察のような役割を担うなら、大きなイベント中は警備や巡回をするのが普通だろう。この町には騎士団と別に自警団のような組織もあるとは聞いていたが、どれ位の規模であるかまでは聞いていない。
「旧市街の警備人員を例年より増やして、実際に動けるのはオスカー団長と私とローレンツの3人だ」
仕事中の騎士が3人も人捜しに当たるのは、これでもかなり配慮をされているのかもしれないが、想像していたよりも少ない人員に思わず言いたくなかったが小言が漏れた。
「たった3人しかいないのに、オレのこと留守番させようとしてたのか」
「……すまない」
確かに当日オレの心配までする暇がないのは分かるが、オレだって安全な所定位置に立ってお姉さんや不審者を見付ければ、誰かに知らせる事くらいは出来るから監視カメラ程度には役に立てるはずだ。
「明日また相談するが、当日はローレンツと行動を共にしてほしい」
「ヴィルヘルムは?」
「私は旧市街の全域を隈なく移動して見回る予定だ、ローレンツには人手の特に多い商店街のみを警戒するよう頼んでいる」
ヴィルヘルムはずっと歩き回るけど、ローレンツさんは人の多いエリアに留まるという事か、団長さんはどうするのかと聞くと意外な言葉が返ってきた。
「団長は旧市街でもより怪しい店や人の出入りする場所を、重点的に見て回ってもらう予定だ」
なんだかそちらの方がよりお姉さんを発見出来る可能性が高い気がするが、何故かヴィルヘルムの表情が硬い。
「なにか問題でもあるのか?」
一瞬考えるような様子を見せた後、誤魔化しきれないと思ったのかヴィルヘルムが重い口を開いた。
「実はこの町に来た時から違和感はあったのだが、団長の様子が少しおかしい」
「どういう風に?」
「いつか話をしたかと思うが、王立騎士団は余程の重大事件でない限り、一個人の行方不明者の探索になど当たらない」
今回の祭りで旧市街に重点的に人を配置するのも、ヴィルヘルム達の警邏行動も騎士団の名目上としては、公にはしていないが”行方不明の帝国のお姫様捜し”を目的と銘打っているらしい。
同じ人捜しではあるが、ヴィルヘルムと団長さんとローレンツさんでヴィルヘルムのお姉さんを捜すにも、名目があった方が効率がいいようだ。
「当初私は騎士団を辞して自分の力のみで姉を捜そうと思ったが、それを保留にしたのはオスカー団長だ」
「それは……きっとヴィルヘルムが優秀だから辞めてほしくなかったからだろう」
オレがもし上司だとしてある日突然、優秀な部下が仕事を辞めたいと言い出したら、出来る範囲で融通を効かせるはずだ。
「それは理解しているが、団長自らの滅多にない王都外での短期滞在に加え、祭り当日も我々しか把握していないとはいえ姉の探索に3人も自由に動けるよう采配した、いくらなんでも一般人の探索に対して譲歩をし過ぎだ……」
言いながら考え込むヴィルヘルムに、譲歩してもらってなにも悪い事は無いと思うが……彼が言い淀む内容について推測してみた。
「……つまり“団長さんがおかしい”って信用出来ないかもしれないって事か?」
「……考えたくもないが、その可能性は否定出来ない」
驚いた、まさか数少ない味方の1人を彼の口から信用出来ないかもしれないと聞く事になるとは。
「とにかく団長が私の姉を捜す為ここまで譲歩をする理由が全く分かっていない、団長はああ見えて規律に厳しく、任務には私情を挟まない厳格な性質だ」
ああ見えてという部分がやや気になったが、気の良さそうな大らかな普段の態度の半面、ヴィルヘルムを殴った時の様子を思い出すとヴィルヘルムの言う通り、騎士団の仕事に対しては実直な人なのだろう。
「でもまさかお姉さんがいなくなった事に関して団長さんが関わっているなら、自分から捜したりしないと思うし、むしろヴィルヘルムが捜しに行くのも止めると思うけど……」
本当に出会って間もない団長さんについて、オレが分かる事など全く無いと言ってもいいが、それでもこの数少ない味方を疑いたくはなかった。
「そうだな、だがこの捜索に対して積極的過ぎるのも事実だ。姉の件に直接関わっていなくとも、今回の件に乗じてなにか別に思惑があるのかもしれない……」
「思惑……」
話が立て込んでしまい、すっかり温くなってしまった野菜のスープに千切ったパンを浸して食べる。
現在オレ達の持っている情報から団長さんがなにを考えているのか、漠然と推理をするのはとても難しいように思う。
彼のお姉さんから届いた手紙の内容を素直に受け止めれば、祭りの当日に旧市街に現れるはずのお姉さんを、オレかヴィルヘルムが確実に安全な場所まで保護出来れば良いはずだ。
「ローレンツさんは……?」
団長さんが信用出来ないならと思い、ふと気になって聞いてみるとヴィルヘルムは肩を竦めて即答した。
「アイツは裏表が全く無い、むしろ隠し事は全く出来ない質だ。信頼して良い」
「ふっふふ、やっぱ仲良いじゃん」
もし団長さんに何か言われても、ローレンツさんならヴィルヘルムの味方をしてくれると信じて良いようだ。あの人もこの人も信用出来ないとなると、息が詰まりそうだと思ったので本当に良かった。
「すまない色々話過ぎてしまったが、イツキも団長に対しては今まで通りの態度でいてほしい」
「分かった。けど“話過ぎた”って聞き足りない事はあっても、聞き過ぎて困る事はないからさ、むしろもっと色々教えてほしい位だし」
遠回しに満月の日がいつであるかも聞かされず、何も知らされず留守番をさせられそうになっていた事を責めると、申し訳なさそうに彼が眉を寄せるので、もうそろそろこの件について言及するのは止める事にした。
夕食を終えてそれぞれに就寝時刻までの時間を過ごす中、なにか祭りまでに自分で準備出来る事はないか考えてみる。一応時間を見ては続けている魔法の練習と、付け焼刃にはなるがもしもの時の為にヴィルヘルムから預かっているナイフの扱い方も、もう少し勉強するべきだろう。
魔法に至っては魔力と思われる身体の中で集まる熱については、以前よりもハッキリと感じるようになったが、やはり発動したタイミングで自分の周りには何の変化も起きず、ただ確かに指先まで移動した熱が無くなる事を感じるのみだった。
ナイフの練習については数日なら、ヴィルヘルムの朝の練習時間に合わせて頑張れそうだ。
「イツキ」
着替えを取りに寝室へ上がったはずのヴィルヘルムが、1枚の紙片以外なにも持たずに階段を下りて来たので、どうしたのかと疑問に思った。
「私のベッドサイドに君の手紙が……」
「……手紙?」
差し出された二つ折りの紙には確かにオレが書いた文字が並んでいて、それが先日精霊の泉に浮かべた耕平へ宛てた手紙だとすぐに分かった。
そういえば昨晩は酔っていたせいで間違えてヴィルヘルムのベッドで寝てしまい、朝も慌てて起きたので枕元の確認なんてしなかった。
「ありがとう」
彼から手紙を受け取り、一度落ち着く為にリビングのソファーへ移動した。
オレの事は心配しないでほしいと書いた手紙の裏には、既に薄っすらと別の人間が書き込んだであろう文字が透けて見えている。
そっと静かに手紙を広げると、そこには学生時代によく見た親友の耕平が書く、癖のある文字が並んでいた。
驚きの余り現実感が薄くその癖字を眺めるばかりだったが、少し離れた廊下からオレの様子を心配そうに窺っているヴィルヘルムに気が付き、気を取り直して手紙を読む事にした。
『樹へ 手紙ありがとう。
樹がいなくなってから、お前の事を思い出さない日がない。
もう墓参り行かなくても良いかもな。
どこにいたって良いから、また手紙をくれたら嬉しい。
樹の無事を祈ってる。 耕平』
耕平らしからぬ堅い文章に思わず目を瞠るが、やはりこの文面を見ると不思議とあの夢で見た親友が泣く姿は、確かに現実の物だったように感じた。
オレの部屋を片付けてくれて、一人で酒盛りする耕平に夢の中でこそオレの声は届かなかったが、この手紙が届いた事で耕平の気持ちも少しは軽くなってくれればと思う。まぁ死んだ筈の人間から突然自分の枕元に手紙が届いて、書かれている通りに裏面に返事を書くと今度はいつの間にかその手紙が忽然と消えるそうだから、今頃それこそ夢だったのかとでも思っているかもしれない。
急いで書いたらしく癖字の上に線が走っていてやや読みにくい所にも耕平の性格が出ていて、手紙を見付けて裏面に返事を書いてくれるまでの様子が目に浮かぶようで、感傷に浸る前に少し笑ってしまった。
「また手紙くれって、書いてあった」
なるべく明るく聞こえるようにヴィルヘルムに手紙の内容を伝えて、読んでみるかと手紙を差し出すと、人の手紙は読めないと断られた。
「何処にでも届くなんてすごいな」
この手紙はこの世界と元の世界を無事に行き来したのだ、一瞬もしかしたら人間が行き来する方法もあるかもしれないなんて考えそうになったが、どちらにしても墓にまで入れられたらしいオレが、普通にこの身体で元の世界に戻れるとは思えない。
手紙だけは行き来が出来ると分かっただけでも本当に良かった、今はただそう思う事にした。
「また手紙を出すよ」
自分に言い聞かせるように、耕平の手紙へ返事をするように言うと、ヴィルヘルムがその時は同行しようと約束してくれた。
「ありがとう」
上手く笑えていただろうか。
風呂に入ると言って素早く浴室に移動してやっと、この世界に来て初めて零れそうになった涙を、服の袖で強く拭った。
翌朝、なんとかヴィルヘルムに続いて朝日が昇り始めると共に起きて、開かない目を必死に開けてナイフの扱い方を習った。
やはり付け焼刃では中々上手く形にならず、今から町中を走り回って体力をつけようかと言うヴィルヘルムに、そんなに急な訓練ではどうにもならないだろうと、慌てて朝食の用意をすると言って家の中に避難してきた。熱心過ぎる先生も考えものだ。
珍しく和食風にご飯とスープ、出汁巻きと焼き魚の朝食を用意するといつもより早い時刻だったがヴィルヘルムも自主練を終えてテーブルについた。どうやら焼き魚の香りが良く、急激にお腹が空いたらしい。
もはや最近は慣れつつある変装をして、今朝もヴィルヘルムに綺麗に鬘を結ってもらい揃って家を出た。
昨日までは全く気が付かなかったが、家々の飾りは新しくなっていて煉瓦道はいつもより綺麗に掃除がされていた。祭りを前に住人達が準備をしている為だとヴィルヘルムが教えてくれたが、商店の並ぶエリアまで来ると早い時間にも関わらず既に人で賑わっていて、昨日までの自分は何故この町全体の浮足立った様子に気が付けなかったのかと、首を捻りたくなった。
時計工房へ到着してヴィルヘルムを見送り表戸から中に入ると、始業時刻前にも関わらず既に多くの職員が工房内を忙しそうにバタバタと行き交っていた。
「おはようございます」
廊下の奥と受付の奥まで聞こえるように挨拶をすると、受付の奥から工房長のダニーさんが顔を出した。
「おはようイレーネくん!早速だが着替えたらすぐにデザイン室に来てくれ!」
「はい!」
祭り中の展示に間に合わすようにと皆日々気合が入っているようだ。
エプロンを巻いてデザイン室に入ると、早速試作で出来上がっていた振り子時計の外装を力を合わせてアトリエまで運び、バランスを見ながら組み上げていく。
振り子時計の時刻は他の時計とズレる事もなく、正確に時を刻んでいた。もっと時間が経てば分針が遅れ出すという事態もないとは言えないので、しばらくは様子を見る必要がある事は変わらない。
この工房が得意とする海や水のデザインモチーフを入れたいという事で、綺麗に塗られた青い木の外装に同じく木で細工した波をデザイン化したパーツを組み込んでいくようだ。
振り子の立てるコツコツコツ……という規則正しい音と、黙々と作業する職人の横でダニーさんと今後考えられる振り子時計のバリエーションについて話し合っていた。
その間にもあちらこちらから声が掛かり、目が回りそうに忙しい1日となった。
でもそんな忙しさも今日のオレには有り難かった、余計な事を考えなくて済むから。
少しでも動きを止めるとどうしても、昨晩届いた親友からの手紙について考えてしまう。
祭りの日までにやり残す事が少しでもないよう、ダニーさんとの打ち合わせに意識を集中した。
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