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第59話
しおりを挟む2日も寝込んだオレはあと1日休みをもらって、明後日から通常勤務の予定だ。
熱は早々に下がり今は前より体調もいい。
王都という新しい環境で、自分でも知らぬ内に頑張り過ぎてしまっていたようだ。
「イツキ、気分が悪くなったらすぐに隣の家の…」
「大丈夫だって、大丈夫」
朝から心配そうに何度もオレの額に手を当てる。
今日もヴィルヘルムの眉毛は不安そうに下がりっぱなしだ。
「ほら今日なんてズル休みみたいなもんだからさ!」
元気になった事を主張しようと胸を張ったが、効果はあまりないようだ。
流石にヴィルヘルムまでそんなに何日も休む訳にはいかず、丸1日看病してくれた後は騎士団の勤務に戻っている。
今日も昼過ぎからの外せない任務の為に、こうして玄関口まで来たがまだオレの心配をしている。
熱を出したあの日から、オレ達は新しい家で暮らしている。
王都の住宅地にある小さな一軒家だが、サリウスさんの家よりも城から近い。
城からの帰りにほとんど気絶するように眠ってしまったオレを、ヴィルヘルムは既に契約していたこの家へ抱えて運び込んでくれたそうだ。
「鍵は閉めて、誰が来ても…」
「誰が来ても玄関は開けない、遅れるよヴィルヘルム」
「ああ、そうだな行ってくる」
ドアを開けたまま見送りたかったが、オレが鍵を掛けるまでドアの前から離れないのでしっかりと施錠した。
扉の向こうから聞こえる足音が遠ざかり、安心したように歩き出すヴィルヘルムの姿が目に浮かんだ。
熱が下がってから初めて部屋を見回した時は驚いたが、すでにオレはこの家が気に入っている。
新婚のご夫婦に子どもが授かり、手狭になって売りに出されていた物件だそうだ。
家の広さこそ港町で借りていた家には及ばないが、家具や造りは新しく綺麗だ。
なにより小さいが2階建てで庭まであるし、周りの家を気にしなくてもいいような塀と背の高い木も植わっている。
玄関には家のサイズには少し不相応なくらい大きい、振り子時計が運び入れられていた。
もちろん港町で世話になった工房で開発に携わった時計で、工房長のダニーさんが引っ越し祝いに送ってくれたらしい。
サリウスさんの家には改めて挨拶に行くとして、オレが何もしなくても引っ越しは既に完了していた。
「さて、まずは掃除かな…」
綺麗にされているとはいえ、引っ越しが終わったばかりの家では埃も出てくるだろう。
時間をかけて温かな木目の床を箒で掃いて、浴室で洗濯用のぬるま湯を出しておく。
床の雑巾掛けまでしたかったが、一気にやると疲れてしまいそうだ。
キッチンを覗いてヴィルヘルムが早速お隣さんから頂いたらしい、野菜がある事を確認する。
「肉も魚もないか…」
今の体調のオレにはちょうど良いが、疲れて帰って来るヴィルヘルムには野菜だけではちょとなぁ。
隅に置かれた保管箱を開けると干し肉が少し出てきたので、これを使う事にする。
料理は好きでも嫌いでもなかった、一人暮らしの時はマメに作ってはいなかったと思う。
それでも食べてくれる人がいると話は別だ、せっかくなら美味しい物を食べてほしいからもっと料理も勉強する必要がある。
はじめて見る蕪に似た野菜を図鑑で調べて、ポトフを作る事にした。
流石に何品も作れそうにないから、せめて量は多めに作ってみよう。
窓から入る乾いた風が心地良い。
王都に来てこんなにゆっくり出来る日が来るとは思わなかった。
今の精霊の観察も今度顔合わせに行く時計工房の仕事も、慣れるまでは大変だろうと覚悟している。
気持ちの準備は出来ていたが身体が追い付いていなかった、今回は本当に反省した。
色とりどりの野菜と干し肉から良い出汁が出たようで、美味しそうな香りが漂う。
考え事をしながら煮込んでいたせいか、野菜は柔らかすぎるくらいだが硬いよりは良いだろう…多分。
あらかた今日出来そうな事は済んでしまったので、ヴィエルヘムが戻るまで本でも読んで過ごす事にする。
窓際に置かれたソファーに座り本を開く、心地良い疲労感からか内容が頭に入って来ない。
数分もすると身体が徐々に楽な体勢へと、ソファーの上で寝転ぶ形になった。
これは眠ってしまうなと思った時にはもう意識を手放していた。
「イツキ、どうしてこんな所で…」
「んー…」
目を開けると困り顔のヴィルヘルムと目が合った。
出て行く前も同じ表情をしていた気がする。
「おかえり」
仰向けに寝ていたソファーからもそもそと起き上がると、オレより一回り大きな身体に抱きしめられた。
「へっ…?」
「こんなに冷えて…」
そう呟く彼の身体は確かに熱い、というか熱すぎるくらいだ。
なにかこう帰宅した時の挨拶の一環かと思いじっと動かずにいると、心配そうに空色の瞳に覗き込まれた。
「また熱が出たらベッドに戻る事になる」
「ごめん、寝るつもりはなかったんだけど…」
苦笑いしているとハッと何かに気付いたようにオレを解放し、着替えてくると言って寝室へ上がって行った。
ヴィルヘルムは本当に真面目というかなんというか、触れてくる時にこちらの了承を確認するように間を取るので、先程のような突然の行動はかなり珍しい。
例えば抱き寄せられるにしても、肩や胴に置かれた手に少し力を入れながら数秒掛けて引き寄せられる。
多分オレが嫌がって身体を捩ればすぐに開放してくれるつもりなのだろうが、その妙な間が少し気恥ずかしくもある。
「べつにどうしてくれても良いんだけどな…」
キッチンに向かいながらの独り事も、吊られて少し恥ずかしいものになってしまった。
美味しい美味しいと言いながら夕食を食べるヴィルヘルムに思わず口元が緩む。
「干し肉から良い出汁が出たのかも」
野菜の旨味と肉の味も相まって、少なめの調味料の割には味がまとまっていた。
「イツキは本当に器用だな、やろうと思えばどんな事でも出来そうだ」
「どうかな…なんでも凝り出すときりがないからなぁ」
料理も仕事もなにをするにもクオリティーを上げていこうとすると、どうしても沢山の事には手を出せない。
「でもヴィルヘルムがこんなに喜ぶなら、料理はもう少し頑張ろうかな」
こんなに褒めてくれるなら誰だってその気になるだろと笑うと、本当に嬉しそうに彼が目を細めて微笑んだ。
それだけで妙に恥ずかしくなってしまい、オレは不自然に黙ってしまった。
食事も一段落したのでオレはここ数日で思っていた事を彼に伝える事にした。
「ちょっと聞いて欲しいんだけど…」
オレが続けて何か言う前から向かいに座るヴィルヘルムは神妙な顔で姿勢を正していた。
「まず今回は心配させてしまってごめん、これから体調管理にはより気を付ける」
頷くヴィルヘルムが話の先を促がす。
「それで…オレ今回もそうだけど、ヴィルヘルムの負担になってないかな?」
「イツキ…」
すぐに否と反論しようとする彼を制して言葉を繋ぐ。
「守護騎士にはなってもらったけど、守られるだけは嫌というか…一方的に世話になるのは嫌なんだ」
金銭的にも、時間や体力だってどちらに負荷が掛かるでもなくやっていきたいと思うオレは考えが甘いのだろうか。
「オレは守ってくれるからヴィルヘルムと一緒にいたい訳じゃない、護衛だけなら気が合うローレンツさんだって良い」
唐突に話題に上がった同僚の名前に、一瞬ヴィルヘルムが渋い顔をした。
「オレはヴィルヘルムと出来れば対等でありたい、そうなれるように努力する、だから…」
深呼吸して一番言いたかった結論を口にする。
「ヴィルヘルムと一緒に生きたい」
言い終わるのが先か、立ち上がったヴィルヘルムに抱きしめられたのが先か。
一瞬で距離を詰めたヴィルヘルムに手を引かれ強く抱きしめられていた。
「…イツキは騎士として生きていく事を諦めかけていた私に、新しい生きる道を与えてくれた」
熱い胸に顔を押し付けられると、心臓の音が大きく聞こえてドキリとする。
「あの日君を見付けた時、私は同時に自分の生きていく為の誇りを取り戻した」
彼に出会った頃の自分なら大袈裟だって笑う話も、彼を深く知れば知るほどその言葉には少しの誇張も無いのだと分かる。
「だから負担だなんて思った事は、一度もない」
「ヴィルヘルム…ありがとう」
少し緩んだ腕の中から見上げると、思ったよりも近くに彼の顔があった。
「そうだ、見せたいものがある」
「え?なにを…」
笑って手を引く彼に続いて、2階の寝室へ行く。
今朝まで1階の客間で寝ていたので、今日の昼間に掃除で入った以外は馴染みのない部屋だ。
部屋の大きさには合わない大きな窓と、バルコニーが付いている事は知っていた。
「目を瞑って」
ベッドの傍で外された手を名残惜しく思いながら言われるままに瞼を閉じた。
次の瞬間、窓を開ける音と共に吹いた心地の良い風に、目を開けた。
「わぁっ…」
目の前には見事に咲き誇る桜の花があった。庭から家に寄り添うように立つ幹に、細い枝をしならせる程の数の花が咲いている。
「どうして、桜なんて…」
昼間には庭もこのバルコニーからの景色も見た筈なのに、桜の花なんて咲いていなかった。
佇むヴィルヘルムに近付くように1歩2歩と歩み寄り、バルコニーにまで迫り出す桜の花に触れた。
「本物だ」
「前に、イツキが話していただろう一番好きな花の事を」
暗くした寝室で2つの月の光を受けて浮かび上がるように光る桜を見ながら、ヴィルヘルムが種明かしをしてくれる。
「特徴を聞いて、この花に似ていると思っていたんだ」
それは他愛の無い会話の中でだっただろう、話したオレすら忘れていた。
「夜にだけ咲く花で、秘密にしていた。気に入ってくれたら嬉しい」
悪戯に成功した子どものような笑顔を見せた彼に、オレは胸が熱くなるのを感じた。
「うん、うん。すごく…」
もう見る事が出来ないと心のどこかで自分でも気が付かない内に諦めていた事まで、彼は叶えてくれたのだ。
言葉に詰まる。
この木があったからこの家に決めたんだと照れながら続ける彼に、いよいよ視界が揺れ出した。
「イツキ…泣いているのか?」
「うん、嬉しくて…」
堪え切れずに涙が零れた、次から次へと零れるので手で拭っても追い付きそうにない。
「今、この世界に来て良かったって…心から思ったんだ」
涙を拭いてくれようとするヴィルヘルムの指を躱して、その身体に思い切り抱きついた。
「ありがとうヴィルヘルム、大好きだ。愛してる」
気持ちが伝わるように強く強く抱きつくと、応えるように抱き返された。
「…イツキ、これでは顔が見えない」
「だって…見せたくない、ぐちゃぐちゃだし」
「見たい」
すこし身体を離されて、嬉しそうに笑う彼の瞳と目が合った。
「私こそ君に出会えて本当に幸せだ…愛している」
ヴィルヘルムの瞳にこそ光る物が見えた気がしたが、風に乗って頬を撫でた桜に似た花の花弁と、続いて重なった唇の熱さに意識がいってそれ以外の事は考えられなくなった。
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