10 / 60
10.初日は
しおりを挟む落ち着いた内装の執務室、朝の空気が少し冷たい。
そのまま、エリアス殿下の人柄を表したような部屋だ。
「ランベルト・ルイジアス、久しぶりだな」
「サイロ様、ご無沙汰しております」
一見強面の熊のような男、名はサイロ・ロシュエル。
幼い頃からのエリアス殿下の護衛主任。もちろん俺とも面識がある。
過去で第一王子の護衛になってからは、個人的な相談もした。
両王子の護衛主任同士、式典などはご一緒する機会も多かった。
木から落ちた幼い頃の俺達を、見事に受け止めてくれたのもこの人。
今思えば俺はこの方の働きぶりに憧れていたのかも。
「これからは仲間として、よろしく頼む」
「こちらこそ!よろしくお願いします!!」
まだ自室にいるエリアス殿下には先輩騎士が一人付いている。
目の前の主任騎士と、今日は三人体制だ。
「おはよう」
微かな花の香りと共に、エリアス殿下が入室した。
一日の予定と警備体制の打ち合わせをする。初日ということもあり今日はほぼ見学だ。
流石は少数精鋭のエリアス殿下の護衛隊だ。効率的な仕事の振り分けがされている。俺も出来る仕事があるなら取り掛かりたかった。
一通りの業務の説明を受けてから、資料室に案内された。
書類整理をしてその保管場所や種類を覚えておくよう。
執務室とは扉一枚壁一枚隔てている。機密情報が多いので窓もない。
早速いろいろ調べ物をするには打ってつけだろう。
「はぁ…」
――初日から一人になる時間があるとは思わなかった。
今日はエリアス殿下は外出もされない。やや閉塞感を感じ深呼吸をする。
…テオドール殿下の護衛をしていた時は方々へ連れ回されたものだ。
王国中を西から東へ。地方都市から小さな村まで色々な所を見て回った。旅先で無茶な事を沢山言われて…それまで以上にテオドール殿下に振り回されたが楽しかった。
過去に時間が巻き戻った今、あの時の思い出は自分の記憶の中にしかない。
――そう思うと寂しく感じた。
数時間して、俺は一瞬何もない空間を見詰めた。
新しい書類を受け取り…渡すように言われた書類を探して渡す。
エリアス殿下と初日から何を話そうか心配していた。そんな機会はない。
――顔も見たくない…という事だろうか。でも昨日は、俺を護衛に指名してくれた。
殿下を守る為には信頼関係が大切だ。今だって、隣の部屋にいたのでは意味がない。
「失礼いたします」軽食を乗せたトレーごと、給仕係が入って来た。
「こちらにご用意させていただきます」
「?」
――誰か食事でもするのか?窓もない部屋で…機密書類ばかりの中?
「捗っているか?」
「…エリアス殿下っ!?」
思わず席を立とうとしたが片手で制される。給仕係もサイロ様も静かに退室してしまった。
急に始まったエリアス殿下と二人きりの昼食。
…殿下はいつもこの部屋で食事を?たまたま今日は俺がいたから一緒に?
聞きたい事が沢山ある。でもひとつも聞けていない。
スープとパンで具材を挟んだ物など片手でも食べられるような軽食。それでもチラリと見たエリアス殿下の食べ方は本当に綺麗で。自分はどう見えているか急に不安になった。
エリアス殿下と接する度に、嬉しい反面自分が客観的に見て平静を保てているか心配になる。
だからやや表情や態度が硬くなってしまうのは仕方がないことだった。
「…ランベルトは昨日」
「っはい」
「なぜ大聖堂に?」
"なぜ"とは?質問の意図が分からなかった。
あの場には新任王族護衛騎士のほぼ全員が参加していた。
「…兄上に、行けと言われたか?」
テオドール殿下は俺が大聖堂に行く前に、護衛に指名しようとしていた位だ。
「いえ、自分の意思で行きました」
なにが聞きたいのか、エリアス殿下の歯切れが悪い。
「テオドール殿下には後から怒られたくらいです…勝手をするなと」
ははっと思わず自嘲的な笑いが出た。昨晩一晩中ぐちぐちと文句を言われて、テオドール殿下に謝り倒したことが思い出される。
――俺はなんでも正直に、エリアス殿下に話したかった。
39
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された公爵令嬢アンジェはスキルひきこもりで、ざまあする!BLミッションをクリアするまで出られない空間で王子と側近のBL生活が始まる!
山田 バルス
BL
婚約破棄とスキル「ひきこもり」―二人だけの世界・BLバージョン!?
春の陽光の中、ベル=ナドッテ魔術学院の卒業式は華やかに幕を開けた。だが祝福の拍手を突き破るように、第二王子アーノルド=トロンハイムの声が講堂に響く。
「アンジェ=オスロベルゲン公爵令嬢。お前との婚約を破棄する!」
ざわめく生徒たち。銀髪の令嬢アンジェが静かに問い返す。
「理由を、うかがっても?」
「お前のスキルが“ひきこもり”だからだ! 怠け者の能力など王妃にはふさわしくない!」
隣で男爵令嬢アルタが嬉しげに王子の腕に絡みつき、挑発するように笑った。
「ひきこもりなんて、みっともないスキルですわね」
その一言に、アンジェの瞳が凛と光る。
「“ひきこもり”は、かつて帝国を滅ぼした力。あなたが望むなら……体験していただきましょう」
彼女が手を掲げた瞬間、白光が弾け――王子と宰相家の青年モルデ=リレハンメルの姿が消えた。
◇ ◇ ◇
目を開けた二人の前に広がっていたのは、真っ白な円形の部屋。ベッドが一つ、机が二つ。壁のモニターには、奇妙な文字が浮かんでいた。
『スキル《ひきこもり》へようこそ。二人だけの世界――BLバージョン♡』
「……は?」「……え?」
凍りつく二人。ドアはどこにも通じず、完全な密室。やがてモニターが再び光る。
『第一ミッション:以下のセリフを言ってキスをしてください。
アーノルド「モルデ、お前を愛している」
モルデ「ボクもお慕いしています」』
「き、キス!?」「アンジェ、正気か!?」
空腹を感じ始めた二人に、さらに追い打ち。
『成功すれば豪華ディナーをプレゼント♡』
ステーキとワインの映像に喉を鳴らし、ついに王子が観念する。
「……モルデ、お前を……愛している」
「……ボクも、アーノルド王子をお慕いしています」
顔を寄せた瞬間――ピコンッ!
『ミッション達成♡ おめでとうございます!』
テーブルに豪華な料理が現れるが、二人は真っ赤になったまま沈黙。
「……なんか負けた気がする」「……同感です」
モニターの隅では、紅茶を片手に微笑むアンジェの姿が。
『スキル《ひきこもり》――強制的に二人きりの世界を生成。解除条件は全ミッション制覇♡』
王子は頭を抱えて叫ぶ。
「アンジェぇぇぇぇぇっ!!」
天井スピーカーから甘い声が響いた。
『次のミッション、準備中です♡』
こうして、トロンハイム王国史上もっとも恥ずかしい“ひきこもり事件”が幕を開けた――。
【完結】浮薄な文官は嘘をつく
七咲陸
BL
『薄幸文官志望は嘘をつく』 続編。
イヴ=スタームは王立騎士団の経理部の文官であった。
父に「スターム家再興のため、カシミール=グランティーノに近づき、篭絡し、金を引き出せ」と命令を受ける。
イヴはスターム家特有の治癒の力を使って、頭痛に悩んでいたカシミールに近づくことに成功してしまう。
カシミールに、「どうして俺の治癒をするのか教えてくれ」と言われ、焦ったイヴは『カシミールを好きだから』と嘘をついてしまった。
そう、これは───
浮薄で、浅はかな文官が、嘘をついたせいで全てを失った物語。
□『薄幸文官志望は嘘をつく』を読まなくても出来る限り大丈夫なようにしています。
□全17話
裏乙女ゲー?モブですよね? いいえ主人公です。
みーやん
BL
何日の時をこのソファーと過ごしただろう。
愛してやまない我が妹に頼まれた乙女ゲーの攻略は終わりを迎えようとしていた。
「私の青春学園生活⭐︎星蒼山学園」というこのタイトルの通り、女の子の主人公が学園生活を送りながら攻略対象に擦り寄り青春という名の恋愛を繰り広げるゲームだ。ちなみに女子生徒は全校生徒約900人のうち主人公1人というハーレム設定である。
あと1ヶ月後に30歳の誕生日を迎える俺には厳しすぎるゲームではあるが可愛い妹の為、精神と睡眠を削りながらやっとの思いで最後の攻略対象を攻略し見事クリアした。
最後のエンドロールまで見た後に
「裏乙女ゲームを開始しますか?」
という文字が出てきたと思ったら目の視界がだんだんと狭まってくる感覚に襲われた。
あ。俺3日寝てなかったんだ…
そんなことにふと気がついた時には視界は完全に奪われていた。
次に目が覚めると目の前には見覚えのあるゲームならではのウィンドウ。
「星蒼山学園へようこそ!攻略対象を攻略し青春を掴み取ろう!」
何度見たかわからないほど見たこの文字。そして気づく現実味のある体感。そこは3日徹夜してクリアしたゲームの世界でした。
え?意味わかんないけどとりあえず俺はもちろんモブだよね?
これはモブだと勘違いしている男が実は主人公だと気付かないまま学園生活を送る話です。
俺が王太子殿下の専属護衛騎士になるまでの話。
黒茶
BL
超鈍感すぎる真面目男子×謎多き親友の異世界ファンタジーBL。
※このお話だけでも読める内容ですが、
同じくアルファポリスさんで公開しております
「乙女ゲームの難関攻略対象をたぶらかしてみた結果。」
と合わせて読んでいただけると、
10倍くらい楽しんでいただけると思います。
同じ世界のお話で、登場人物も一部再登場したりします。
魔法と剣で戦う世界のお話。
幼い頃から王太子殿下の専属護衛騎士になるのが夢のラルフだが、
魔法の名門の家系でありながら魔法の才能がイマイチで、
家族にはバカにされるのがイヤで夢のことを言いだせずにいた。
魔法騎士になるために魔法騎士学院に入学して出会ったエルに、
「魔法より剣のほうが才能あるんじゃない?」と言われ、
二人で剣の特訓を始めたが、
その頃から自分の身体(主に心臓あたり)に異変が現れ始め・・・
これは病気か!?
持病があっても騎士団に入団できるのか!?
と不安になるラルフ。
ラルフは無事に専属護衛騎士になれるのか!?
ツッコミどころの多い攻めと、
謎が多いながらもそんなラルフと一緒にいてくれる頼りになる受けの
異世界ラブコメBLです。
健全な全年齢です。笑
マンガに換算したら全一巻くらいの短めのお話なのでさくっと読めると思います。
よろしくお願いします!
伯爵令息アルロの魔法学園生活
あさざきゆずき
BL
ハーフエルフのアルロは、人間とエルフの両方から嫌われている。だから、アルロは魔法学園へ入学しても孤独だった。そんなとき、口は悪いけれど妙に優しい優等生が現れた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる