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35. 使節団
しおりを挟む軽い足取りで階下を歩くと、知った顔に随分会えた。
一言目には怪我の状態を聞かれたので、心配ないと言って回る。
たまたま捕まえた同僚にエリアス殿下と使節団の居場所を聞いた。
「なんだルイジアス、王子の予定も把握してないのか?」
「午後から北の丘まで視察に行かれたらしいぞ」
自分も聞いた話だがと教えてくれた騎士達に礼を言って別れる。
確かに城内にいるとは限らないとは思ったが、一団はちょうど外出した所らしい。
馬車で王都の端の丘までなら、きっと夕刻までは帰られないだろう。
出鼻を挫かれた。
だが籠っていた部屋から出たお陰か気分は良かった。
中庭を通って騎士寮にも寄ろうかと歩き出すと、しばらくして声を掛けられた。
「騎士様、道をお尋ねしたいのですが…」
凛とした女性の声に、自然と背筋が伸びる思いを感じながら振り返った。
「はい。どちらへ…?」
そこには俺より頭一つ分背の低い、年若い女性が立っていた。
空色の長い髪が風に揺れて整った顔がよく見えた。
…どうしてこの人がここに?視察の為に城を出たはずでは?
「迎賓室へ、戻りたいのですが」
申し訳なさそうに訴えるこの女性を、使節団の一団として先日見掛けていなければそうだと分からなかったかもしれない。
周囲を見回すが侍従が1人いるだけだ。
一瞬先日の出来事を思い出すが、案内が出来るのは自分しかいない。
「宜しければご案内します」
「ご親切にありがとう。でも何かご用事があるのではなくて?」
「いえ、貴人をご案内する方が重要ですので。参りましょう」
歩き出してから意図せず自然に目的の人物に接触出来た事に驚いた。
隣国からの使節団の紅一点、に違いない筈だが…。
どうして殿下や他の方と別行動をしているのだろう?
それにこの中庭を通って向かう先に、外部の人間が見て面白いような施設はなにも無い。
道に迷ったにしてももっと人気がある方へ行けば良いのだ。
違和感を感じつつせっかくの機会なので人柄だけでも探りたい。
だが無駄口を叩くのは、勤務中の騎士らしくない。
沈黙が続き妙な緊張感を感じている。
それは向こうも同じだったらしい。
「――広い庭園ですね、端まで見ようと思ったらどこまでも続いていて…」
言い訳のように彼女から出た言葉に共感する。
「珍しい植物が多いので、庭木が広がる度に建物を壊して庭園の敷地を拡げているのです」
「まぁ!そんなに貴重な庭木でしたか…」
感心したように続いた女性の言葉に、なんだか毒気を抜かれる。
足を止め庭木について質問を始めた彼女に、分かる範囲で応える。
この熱心な様子が嘘だとも思えない。
庭園に興味があるのは本当だろう。
感激したように庭を見渡す女性を横目で窺う。
彼女の空色の髪が青空に透けるようだ。
一瞬そんな事を考えていると、視線を感じてか目が合った。
「あの、失礼ですが」
俺の方が余程失礼だが、言葉の先を促した。
「騎士様のような容姿の方は多くおられるのでしょうか?」
急な質問に驚く。
俺のような容姿とは…?
少なくとも婦女子に恐がられるような顔ではないと思うが…。
そんな疑問が顔に出ていたようで、彼女は必死に顔の前で手を振った。
「あのっすみません、違うんです!御髪が…わが国では珍しいお色でしたので…」
「そうでしたか、確かにそこまで多くはありませんが…地味な色でしょう」
指先で一房髪を取るが陽の光も通さないような深い藍色だ。
ある程度暗い色目であれば、濃い赤や緑などの髪色も珍しくない。
先祖返りのように曽祖父に似たらしい髪色は、兄や姉達よりも随分暗い。
好きでも嫌いでもなかったが、幼いエリアス殿下が夜空のようで好きだと褒めてくれた事を思い出す。
「…我が国では深い海の色は、建国の祖の色として尊ばれますよ」
強い風が吹いて、目を細めると笑っているはずの彼女の顔から一瞬表情が消えたように見えた。
「…今なんと…?」
「冷たい風ですね、部屋へ戻りましょう」
自然に微笑んだ女性に違和感を感じながらも頷いた。
庭園から回廊へ出て、このまま進めば使節団の滞在する迎賓室だ。
彼女の侍従も礼を言って主の為に部屋の扉を開けるべく傍を離れた。
「ありがとうございました。騎士様、良ければお名前を教えてください」
「いえ、私の事など…」
「それでは私の気持ちが済みません…申し遅れました」
使節団と関わるなと殿下から釘を刺されている、なんとかこの場を切り抜けようと思ったが…。
「私、ラインリッジから使節団代表として参りました。ネイシャ・シンドラです」
姿勢を正し優雅に礼をした彼女に条件反射で敬礼の姿勢を取る。
「失礼しました。私は――」
礼儀として名乗り返そうとしたが、背後から急に肩を引かれた。
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