43 / 60
38. お願い
しおりを挟む「…参りました」
「――それまでっ!」
乱れた息を整え、突き付けられた刃先が触れそうな胸の傷に手をやる。
正確に同じ位置に据えられたそれに、寒気がした。
倒れたままでいると、息を整えた対戦相手が律儀に手を差し伸べてきた。
自分から伸ばした手が震えている事に気が付いて、悟られないよう手を下ろした。
相手に断り、自力で立ち上がった。
「…流石使節団の剣豪ですね」
笑ったつもりだがうまく笑えているか自信がない。
対戦中とは違い、面白くなさそうに目を眇めた男が首を振った。
「ヤーズ・リフラインだ」
「騎士団所属ランベルト・ルイジアスです」
握手に応えると、一歩近付いた間合いでヤーズがニヤリと口角を上げた。
「…こちらの流儀は、わざと負けて相手に花を持たせるのか?」
俺の真意まで見透かすような態度に驚くが、苦い笑顔で返す。
「先日怪我をして、万全でなく申し訳ない」
「ああ、まぁそういう事にしておこう」
やっと外れた手の中には、小さく折り畳まれた紙が。
「ネイシャから、ルイジアス卿を見掛けたら渡せと言われたんだ」
そっちから見付けてくれて手間が省けたと言い、素早く踵を返した男の灰茶色の髪を見送る。
審判役にも礼を言うと、俺はどっと疲れた足を引きずる。
彼が歩き去った方とは別の方向へ足を進めた。
いまだ鳴り止まない動悸を落ち着けたい。
手近にあったベンチに座る。
――間違いない。
…俺は湿った森の中であの男、ヤーズ・リフラインに殺された!
剣の扱い方、太刀筋や剣の重さ、最後に見せた一瞬で胸元へ斬り込む技。
すべてあの日の森の中での襲撃を再現したような動きは、間違えようがない。
ただ先程の男からは俺への個人的な恨みの念は感じられなかった。
つまり隣国の人間が、もっと言えば使節団に選ばれるような剣士に指示を出せる人間が関わっている。
掌に握ったままだった紙片をゆっくりと開く。
『東塔で、お待ちします』
宛名も差出人も無いメモのような一文だ。
やっと震えが収まったところで、奇妙な呼び出しに応じるべく立ち上がった。
怪しげな呼び出し先は鍛錬場をよく見渡せる場所にあった。
見張り台として日に何度か兵士の出入りがある以外、特別誰もが用の無い塔だ。
石造りの螺旋階段を上がると、備え付けの小部屋の前に先程剣を交えたばかりの男がいた。
俺の姿を認めたヤーズ・リフラインは、静かにその扉を開ける。
ここ数日でよく見る、薄青色の髪の女性が振り返った。
「ランベルト・ルイジアス様、お待ちしておりました」
「…昨日は失礼しました」
まずエリアス殿下の登場で別れの挨拶も有耶無耶になった事を謝る。
ネイシャ・シンドラは気にした風もなく、首を振った。
呼び出しの意図も分からないまま勧められた席に着く。
張り出した小さなバルコニーからは少し冷たい風が吹きこむ。
「実は折り入ってお願いがあり、我々は貴方をお呼びしたのです」
「お願い…ですか、一介の騎士でしかない私に…?」
隣国の使節団の願い事など、騎士一人で叶えられるとは思えない。
一瞬内容を聞かずに帰るべきかとも考えたが、部屋の扉に鍵が掛かる音が響いた。
「ランベルト様、貴方でないと叶えられない望みなのです」
「しかしシンドラ卿…」
「ネイシャと、気軽にお呼びください」
長い綺麗な髪と同じ薄い青の瞳で見詰められ、ドキリとした。
既視感がある…誰かに似ている気がする。
「戸惑われるのはご尤もですが、まずは我々の話を聞いてください」
ネイシャ・シンドラはラインリッジの民なら誰でも知っている話を始めた。
――遥か昔、まだ隣国ラインリッジと我が国オルランド王国の国境が確立する前。
オルランド王国は既に王制が始まり、周辺の領地の取り込みに掛かっていた頃。
後にラインリッジの建国の祖と呼ばれる一人の女性が、教会から武装蜂起した。
王政に反対し宗教の下で全ての人間が平等であると説いたのだ。
千日間にわたる紛争と停戦協議の末、現在の国境が定められた。
無事独立を認められたラインリッジであったが、その犠牲は大きかった。
建国の祖とされた女性は新たな争いの火種にならないよう自ら姿を消した。
地位も名誉も求めない、本当に教会での教えを体現したような人物であったと今でも語り継がれている。
「…我が国の歴史は、一部が美化された物語です」
つらつらと語っていた彼女の口調に熱が籠った。
まさか今更建国の歴史を聞かされるとは思わなかった。
俺への頼みとどう関係があるのか?
「恥ずかしいお話ですが…現在我がラインリッジは次期統治者代表の座を巡って争いが起きています」
「っそれは…」
急に話は現代となり、機密情報であろう事実を一方的に開示した女に驚く。
こんな話を聞いてしまってはきっとタダでは帰れまい。
「私達はオルランド王国へ、人を探しに来たのです」
「…私に人を捜せと?」
静かに首を横に振ったネイシャの水色の髪が緩やかに揺れた。
15
あなたにおすすめの小説
裏乙女ゲー?モブですよね? いいえ主人公です。
みーやん
BL
何日の時をこのソファーと過ごしただろう。
愛してやまない我が妹に頼まれた乙女ゲーの攻略は終わりを迎えようとしていた。
「私の青春学園生活⭐︎星蒼山学園」というこのタイトルの通り、女の子の主人公が学園生活を送りながら攻略対象に擦り寄り青春という名の恋愛を繰り広げるゲームだ。ちなみに女子生徒は全校生徒約900人のうち主人公1人というハーレム設定である。
あと1ヶ月後に30歳の誕生日を迎える俺には厳しすぎるゲームではあるが可愛い妹の為、精神と睡眠を削りながらやっとの思いで最後の攻略対象を攻略し見事クリアした。
最後のエンドロールまで見た後に
「裏乙女ゲームを開始しますか?」
という文字が出てきたと思ったら目の視界がだんだんと狭まってくる感覚に襲われた。
あ。俺3日寝てなかったんだ…
そんなことにふと気がついた時には視界は完全に奪われていた。
次に目が覚めると目の前には見覚えのあるゲームならではのウィンドウ。
「星蒼山学園へようこそ!攻略対象を攻略し青春を掴み取ろう!」
何度見たかわからないほど見たこの文字。そして気づく現実味のある体感。そこは3日徹夜してクリアしたゲームの世界でした。
え?意味わかんないけどとりあえず俺はもちろんモブだよね?
これはモブだと勘違いしている男が実は主人公だと気付かないまま学園生活を送る話です。
Sランク冒険者クロードは吸血鬼に愛される
あさざきゆずき
BL
ダンジョンで僕は死にかけていた。傷口から大量に出血していて、もう助かりそうにない。そんなとき、人間とは思えないほど美しくて強い男性が現れた。
【完結】君を上手に振る方法
社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」
「………はいっ?」
ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。
スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。
お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが――
「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」
偽物の恋人から始まった不思議な関係。
デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。
この関係って、一体なに?
「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」
年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。
✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧
✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧
婚約破棄された公爵令嬢アンジェはスキルひきこもりで、ざまあする!BLミッションをクリアするまで出られない空間で王子と側近のBL生活が始まる!
山田 バルス
BL
婚約破棄とスキル「ひきこもり」―二人だけの世界・BLバージョン!?
春の陽光の中、ベル=ナドッテ魔術学院の卒業式は華やかに幕を開けた。だが祝福の拍手を突き破るように、第二王子アーノルド=トロンハイムの声が講堂に響く。
「アンジェ=オスロベルゲン公爵令嬢。お前との婚約を破棄する!」
ざわめく生徒たち。銀髪の令嬢アンジェが静かに問い返す。
「理由を、うかがっても?」
「お前のスキルが“ひきこもり”だからだ! 怠け者の能力など王妃にはふさわしくない!」
隣で男爵令嬢アルタが嬉しげに王子の腕に絡みつき、挑発するように笑った。
「ひきこもりなんて、みっともないスキルですわね」
その一言に、アンジェの瞳が凛と光る。
「“ひきこもり”は、かつて帝国を滅ぼした力。あなたが望むなら……体験していただきましょう」
彼女が手を掲げた瞬間、白光が弾け――王子と宰相家の青年モルデ=リレハンメルの姿が消えた。
◇ ◇ ◇
目を開けた二人の前に広がっていたのは、真っ白な円形の部屋。ベッドが一つ、机が二つ。壁のモニターには、奇妙な文字が浮かんでいた。
『スキル《ひきこもり》へようこそ。二人だけの世界――BLバージョン♡』
「……は?」「……え?」
凍りつく二人。ドアはどこにも通じず、完全な密室。やがてモニターが再び光る。
『第一ミッション:以下のセリフを言ってキスをしてください。
アーノルド「モルデ、お前を愛している」
モルデ「ボクもお慕いしています」』
「き、キス!?」「アンジェ、正気か!?」
空腹を感じ始めた二人に、さらに追い打ち。
『成功すれば豪華ディナーをプレゼント♡』
ステーキとワインの映像に喉を鳴らし、ついに王子が観念する。
「……モルデ、お前を……愛している」
「……ボクも、アーノルド王子をお慕いしています」
顔を寄せた瞬間――ピコンッ!
『ミッション達成♡ おめでとうございます!』
テーブルに豪華な料理が現れるが、二人は真っ赤になったまま沈黙。
「……なんか負けた気がする」「……同感です」
モニターの隅では、紅茶を片手に微笑むアンジェの姿が。
『スキル《ひきこもり》――強制的に二人きりの世界を生成。解除条件は全ミッション制覇♡』
王子は頭を抱えて叫ぶ。
「アンジェぇぇぇぇぇっ!!」
天井スピーカーから甘い声が響いた。
『次のミッション、準備中です♡』
こうして、トロンハイム王国史上もっとも恥ずかしい“ひきこもり事件”が幕を開けた――。
イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です
はねビト
BL
演技力には自信があるけれど、地味な役者の羽月眞也は、2年前に共演して以来、大人気イケメン俳優になった東城湊斗に懐かれていた。
自分にはない『華』のある東城に対するコンプレックスを抱えるものの、どうにも東城からのお願いには弱くて……。
ワンコ系年下イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。
外伝完結、続編連載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる