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40. 訪問者
しおりを挟む現状大人しく従えば、彼等にこちらを傷付けるつもりはない。
まずはあの使節団と殿下を物理的に離したい。
それだけで王子が安全とは言い難いが。
自分さえ隣国で役目を果たせば、三年後の悲劇が回避出来るなら安いものだ。
――そう無理矢理自分を納得させる。
先程ネイシャ・シンドラと打ち合わせた内容を反芻した。
まず俺は今日の夕方、暇を貰って実家へ帰る。
倒れた時からエリアス殿下からも実家に一度帰ってはどうかと言われていた。
そして明日出立する使節団を先に行って待つ。
実家を出て郊外へ移動し、山手にある教会で合流する手筈だ。
国境を越えラインリッジに入れば、王国の法は通用しない。
…俺の出国に気が付いたエリアス殿下が何と言っても、その時に打つ手は無いだろう。
また今日も殿下が私室に戻られるのは晩いかもしれない。
あまり沢山荷物を持ち出すのも、不審に思われるかも。
どちらにしても寮の荷物の一部を持って来る必要がある。
執務室を確認してから騎士寮に向かう。
どこにもツヴァイはいなかったが、ちょうど良いかもしれない。
色々と聞かれてうっかり下手な事を話すと不味い。
エリアス殿下にもネイシャ・シンドラの事を相談するつもりはない。
口止めをされたせいでもあるが、俺だけで解決出来るなら巻き込みたくない。
ただでさえ立場上、日々悩みも多い殿下にこれ以上心労を増やしたくはない。
それに本人にこちらの意図が伝わらなくても、殿下を守ることになるなら。
俺はどんな事でも耐えられると思う。
騎士寮は閑散としていた。
非番の騎士も出掛けている者が多く、昼過ぎという時刻もあって人気がない。
自室に入り盛大に溜め息をついた。同室のハーベスの荷物が散乱している。
「まったく…何が心配してただ…」
前から整理整頓が苦手なヤツだとは思っていたが…。
子どものような散らかし様に笑ってしまう。
しばらく片付けと自分の荷物の整理をしていると、ノックの音が響いた。
誰だ?ハーベスならノックなどしない。
というか寮の中でノックなど上品な事をする奴は稀なんだ。
「――ランベルト」
「っはい!」
昨晩も聞いた、エリアス殿下の声だ。
何故騎士寮で殿下の声がするのか、雑然とした室内で一人慌てる。
鍵は開いているとはいえ、勝手に入って来る方ではないのでこちらから急いで扉を開ける。
「エリアス殿下っ」
「入ってもいいか?」
「はっ、はいどうぞ…」
…いや待てよ。瞬間、こんな汚く狭い部屋に王子を入れるのは不味いと気付く。
「っすみません!やはりこのような部屋にお招きする訳には!」
部屋から廊下へ出て、勢いよく扉を後ろ手で閉める。
「っ!」
驚いた。エリアス殿下が目の前にいる。自分から近付いたのにあまりの近さに俺も驚いた。
扉の前に立っていた殿下と扉の間の狭い空間に立つことになってしまった。
「っも、申し訳ありません」
身体をずらしその空間から出ようとすると、殿下の手が扉に置かれた。
「っ?」
鼓動が早くなる。
落ち着け、鼻と鼻が触れそうなほど顔が近付き息を止めた。
「…中に誰かいるのか?」
「……へ?」
誰かって、同室のハーベスかツヴァイの事か?
弁解する為に口を開くが、後方の扉が開く方が早かった。
「え?で、殿下?」
あのエリアス殿下が勝手に人の部屋の扉を開けるはずがない!
唖然としていると殿下はそのまま俺ごと押し込むように部屋へ入った。
「…すまない、目立つのは嫌いだろう?」
「あ、それは。はい」
騎士寮に王子がいるだけでも大事件だ。それを人目につく廊下に留めるのは確かに不味い。
狭い部屋が珍しいのか遠慮がちだが部屋の中を見回す王子。
雑然とした部屋に王子がいる事に違和感しかない。
一脚しかない椅子を勧め、俺はその傍に立った。もちろん一番散らかっている辺りを庇うように。
どうして殿下がこんな所まで来られたのかは分からないが、俺から問い質すようなことは出来ない。
微妙な沈黙の後に、エリアス殿下が重い口を開いた。
「…朝から何処に行っていた?」
「すみません、どうしても身体を動かしたくなってしまって…」
鍛錬所での使節団の一人、ヤーズとの手合わせは目撃者も複数いる筈だ。
下手な嘘をついて疑われたくはないので、あくまで偶然鍛錬所へ行った事にする。
「…ツヴァイのことも待たずにすみません」
昨日のネイシャ・シンドラの前での一件もあり、空気が重い。
「…いや私が言い過ぎた。昨日も…お前のことが心配なんだ」
歩み寄ったエリアス殿下の指先が俺の頬を軽く撫でる。労わるような優しい手だ。
急にそれだけで泣きそうになる自分に気が付く。
わざわざ昨日のことを謝りに来てくれたのだとも分かった。
隣国へ渡れば、もうこんなに近くでこの方と話す事は無いのかもしれない。
兄弟のように育った、エリアス殿下やテオドール殿下と離れるのは何より辛い。
――だがそれでこの方を危険から遠ざけられるなら、他に選択肢などない。
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