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昼前に不自然でないように来た時の馬車に乗り込んだ。
御者のユルグに、確実にツヴァイを城へ連れ帰ってもらう為でもある。
町を出て領地も出て、しばらくして山間部へ出た。
ここからなら使節団と落ち合う約束の教会へも歩いて行ける。
馬車を停めてもらい、ユルグにツヴァイを頼むとよく言っておく。
最早ユルグにとって往路で乗せていた少年とは別の人物と捉えているようだが。
そこは治癒師の、つまり王家の秘密にも触れてしまうので言葉を濁した。
「まさかまだついて来るなんて言わないだろう?」
馬車からも降りないつもりかと思ったが、律儀に出て来たツヴァイに声を掛ける。
「歩くんだろう?ヤダね、無駄な体力は使いたくないし」
馬車の中でも思ったが、この男の口調は少年の時のそれと大して変わりがなかった。
いい歳をした大男の子どもっぽい言葉に、思わず笑う。
「なぁツヴァイ…こうやってたまには外に出たいってさ、テオドール殿下やエリアス殿下に言ってみてくれよ」
「はぁ?なにソレ?」
もうお別れだから、部外者のつもりで無責任なことを承知で口を開く。
「お二人とも優しいから、きっと君の力になってくれるよ」
俺に見せたような不平不満をそのままぶつけたら、お二人なら改善するよう動くはずだ。
歪な治癒師と王族との関係を、お互いで無理のないように修正出来たら良いと思う。
「…アンタさ、お節介って言われんだろ?」
「どうかな……君に助けてもらった俺がお願い出来ることじゃないけど」
馬の準備も出来たようなので、馬車に乗るようツヴァイを促す。
「王国を…殿下を頼む」
そんなに心配なら自分で見てろ、と彼の表情が物語っていた。
治癒師を乗せた馬車は来た道を引き返すように走り出した。
――馬車が完全に見えなくなった。
その光景に、いよいよ自分で自分の退路を断ったのだと実感する。
王子の安全と引き換えに隣国へ渡ろうとしている自分は、果てしない愚か者なのかもしれない。
使節団の言葉ひとつで相手に従おうというのだ。
本来なら他に道が無いか、あらゆる手段を検討するべきなのは分かる。
だが確かに残る胸の傷痕が、昨日のヤーズとの手合わせが、大人しく相手に従えと俺に言っているのだ。
自分が殺された恐怖とも違う。愛する人を奪われる悲しみ。
あの鬱蒼とした森の中でエリアス殿下も殺されたのかと思うと、胸が潰れそうに痛む。
彼等の手で再び王子が害される可能性を、少しでも消したい。
あの使節団をどうにかした所で、仲間が出て来るならきりがない。
幸い目的が俺だと言うなら、一旦は信じて相手の出方を探るのが最善策だ。
馬車と別れた場所から歩き始めて、なだらかな山をいくつか超えた。
やっと目的の教会が見えてきて、俺は知らず安堵の息をついた。
教会へ近付くと驚いたことに、使節団が先に到着している様子だった。
数頭の馬と、馬の世話をする灰茶色の髪を結った男と目が合った。
ヤーズ・リフラインが気軽に片手を上げ、教会の中へ声を掛けに行ったようだ。
「ルイジアス卿、ご足労お掛けしました」
程なくしてネイシャ・シンドラが建物から出て来るのと、俺が教会の前まで辿り着くのはほぼ同時だった。
彼女自らの丁寧な出迎えに少し驚く。
先日は顔を合わせなった使節団の他の人間にも、順に挨拶を交わす。
それからすぐに馬に乗ることになり、一頭の栗毛の馬に跨った。
畦道を慎重に進む間、一団と弾まない話を続ける。
彼等はネイシャ・シンドラをラインリッジの次期統治者に据える為、志を共にした者達だ。
他国に依存するのではなく、自国にある資源を見直して経済を立て直すつもりだと言う。
青臭い理想に実現性が伴っていないのかと思えばそうではなく、細かな問題にも彼等なりの具体的な回答を持っている。
俺のような象徴を立てなくても、多くの国民の賛同を得られるような気がするが。
…だが、そう簡単な話ではないらしい。
「では貴方達に協力すればラインリッジと王国の関係は悪化しない、と?」
「結果的にはそうなるでしょう」
彼女や一団の他の人間が口裏を合わせているようには思えない。
それに実際に俺がラインリッジで自由に動けてしまったら、今嘘をつかれても意味がない。
むしろ不信感が増すだけだから得策とは言えないだろう…。
「平和主義なんだ、ネイシャは」
背後にいるヤーズが気軽な口調で言った。若干含みのある表現だ。
指導者は人々の希望を一手に担うような人柄が必要だろう。
ネイシャ・シンドラの潔白さ清廉さは、少し話をしただけの俺でも感じられた。
階級制度もないラインリッジでは、大衆の心を掴む必要がある。
公平な物の考え方と、賄賂や汚職を許さない人柄が求められている。
その点、彼女は今までの経歴・活動・言動どこを取っても他の候補者に勝るそうだ。
しかし実際に綺麗事だけでは戦えない時もある。
清廉潔白な君主を作ろうとする程、周囲の手は静かに汚れていくのかもしれない。
今から三年先…俺が森の中で殺された頃、ラインリッジの統治者は別の若い男だった。
つまりこのままでは彼女は選挙に勝てなかったはずだ。
「協力いただきたいのです、我々の理想の為に…!」
「……」
彼女の澄んだ湖畔のような瞳が輝く。
もっと別の出会い方をしていれば、彼等の理念に耳を傾けられたかもしれない。
だがその信念の為に一度殺されのかと思うと、そうもいかない。
返事をしない俺にネイシャは眉を下げた。
「…すみません。ただ理解していただけるよう努力はさせてください」
寂しそうに微笑む。彼女が乗る白馬も居心地が悪そうに足を速めた。
御者のユルグに、確実にツヴァイを城へ連れ帰ってもらう為でもある。
町を出て領地も出て、しばらくして山間部へ出た。
ここからなら使節団と落ち合う約束の教会へも歩いて行ける。
馬車を停めてもらい、ユルグにツヴァイを頼むとよく言っておく。
最早ユルグにとって往路で乗せていた少年とは別の人物と捉えているようだが。
そこは治癒師の、つまり王家の秘密にも触れてしまうので言葉を濁した。
「まさかまだついて来るなんて言わないだろう?」
馬車からも降りないつもりかと思ったが、律儀に出て来たツヴァイに声を掛ける。
「歩くんだろう?ヤダね、無駄な体力は使いたくないし」
馬車の中でも思ったが、この男の口調は少年の時のそれと大して変わりがなかった。
いい歳をした大男の子どもっぽい言葉に、思わず笑う。
「なぁツヴァイ…こうやってたまには外に出たいってさ、テオドール殿下やエリアス殿下に言ってみてくれよ」
「はぁ?なにソレ?」
もうお別れだから、部外者のつもりで無責任なことを承知で口を開く。
「お二人とも優しいから、きっと君の力になってくれるよ」
俺に見せたような不平不満をそのままぶつけたら、お二人なら改善するよう動くはずだ。
歪な治癒師と王族との関係を、お互いで無理のないように修正出来たら良いと思う。
「…アンタさ、お節介って言われんだろ?」
「どうかな……君に助けてもらった俺がお願い出来ることじゃないけど」
馬の準備も出来たようなので、馬車に乗るようツヴァイを促す。
「王国を…殿下を頼む」
そんなに心配なら自分で見てろ、と彼の表情が物語っていた。
治癒師を乗せた馬車は来た道を引き返すように走り出した。
――馬車が完全に見えなくなった。
その光景に、いよいよ自分で自分の退路を断ったのだと実感する。
王子の安全と引き換えに隣国へ渡ろうとしている自分は、果てしない愚か者なのかもしれない。
使節団の言葉ひとつで相手に従おうというのだ。
本来なら他に道が無いか、あらゆる手段を検討するべきなのは分かる。
だが確かに残る胸の傷痕が、昨日のヤーズとの手合わせが、大人しく相手に従えと俺に言っているのだ。
自分が殺された恐怖とも違う。愛する人を奪われる悲しみ。
あの鬱蒼とした森の中でエリアス殿下も殺されたのかと思うと、胸が潰れそうに痛む。
彼等の手で再び王子が害される可能性を、少しでも消したい。
あの使節団をどうにかした所で、仲間が出て来るならきりがない。
幸い目的が俺だと言うなら、一旦は信じて相手の出方を探るのが最善策だ。
馬車と別れた場所から歩き始めて、なだらかな山をいくつか超えた。
やっと目的の教会が見えてきて、俺は知らず安堵の息をついた。
教会へ近付くと驚いたことに、使節団が先に到着している様子だった。
数頭の馬と、馬の世話をする灰茶色の髪を結った男と目が合った。
ヤーズ・リフラインが気軽に片手を上げ、教会の中へ声を掛けに行ったようだ。
「ルイジアス卿、ご足労お掛けしました」
程なくしてネイシャ・シンドラが建物から出て来るのと、俺が教会の前まで辿り着くのはほぼ同時だった。
彼女自らの丁寧な出迎えに少し驚く。
先日は顔を合わせなった使節団の他の人間にも、順に挨拶を交わす。
それからすぐに馬に乗ることになり、一頭の栗毛の馬に跨った。
畦道を慎重に進む間、一団と弾まない話を続ける。
彼等はネイシャ・シンドラをラインリッジの次期統治者に据える為、志を共にした者達だ。
他国に依存するのではなく、自国にある資源を見直して経済を立て直すつもりだと言う。
青臭い理想に実現性が伴っていないのかと思えばそうではなく、細かな問題にも彼等なりの具体的な回答を持っている。
俺のような象徴を立てなくても、多くの国民の賛同を得られるような気がするが。
…だが、そう簡単な話ではないらしい。
「では貴方達に協力すればラインリッジと王国の関係は悪化しない、と?」
「結果的にはそうなるでしょう」
彼女や一団の他の人間が口裏を合わせているようには思えない。
それに実際に俺がラインリッジで自由に動けてしまったら、今嘘をつかれても意味がない。
むしろ不信感が増すだけだから得策とは言えないだろう…。
「平和主義なんだ、ネイシャは」
背後にいるヤーズが気軽な口調で言った。若干含みのある表現だ。
指導者は人々の希望を一手に担うような人柄が必要だろう。
ネイシャ・シンドラの潔白さ清廉さは、少し話をしただけの俺でも感じられた。
階級制度もないラインリッジでは、大衆の心を掴む必要がある。
公平な物の考え方と、賄賂や汚職を許さない人柄が求められている。
その点、彼女は今までの経歴・活動・言動どこを取っても他の候補者に勝るそうだ。
しかし実際に綺麗事だけでは戦えない時もある。
清廉潔白な君主を作ろうとする程、周囲の手は静かに汚れていくのかもしれない。
今から三年先…俺が森の中で殺された頃、ラインリッジの統治者は別の若い男だった。
つまりこのままでは彼女は選挙に勝てなかったはずだ。
「協力いただきたいのです、我々の理想の為に…!」
「……」
彼女の澄んだ湖畔のような瞳が輝く。
もっと別の出会い方をしていれば、彼等の理念に耳を傾けられたかもしれない。
だがその信念の為に一度殺されのかと思うと、そうもいかない。
返事をしない俺にネイシャは眉を下げた。
「…すみません。ただ理解していただけるよう努力はさせてください」
寂しそうに微笑む。彼女が乗る白馬も居心地が悪そうに足を速めた。
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