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フライングコッペパン

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客    :まるこ今日は幼虫の姿なんだな。
フィッシー:成虫の姿をしていると走り回って商品落とすので…
      店の表にいる間は幼虫の姿をしておけと言ったんです。
      変身する力があるって便利。
まるこ  :しりのボリュームがすごいぞ。もむがよい。
客    :(しりをもむ音)
まるこ  :ちょっといやらしい手つきだな。
      雑念がおおくないか。
フィッシー:それは由々しき事態だな。
客    :変な気持ちは抱いてませんて。
まるこ  :ならば許そう。
客    :しかし蟻の幼虫ってどうして蛆なんだ?
      最初見たときはびっくりしたもんだけど。
      慣れるとフカフカしてて面白いさわり心地。
まるこ  :そんな原初的な質問をされても困るぞ…
      何故人間は鼻に穴が開いてて息をするのかと聞かれたら
      お前だって困るだろうに。
客    :まあそうかもしれないけども…蟻の魔物っていうと
      何かこう…ずっと蟻の姿してると思うじゃないか。
フィッシー:蟻の成り立ちを思うと魔物に進化してもたやすくは
      変貌できないのも分からなくも無い。
      蟻ってのはそもそも蜂が羽を捨てて地面に特化した生物だ。
      その蜂も、元々は寄生虫だったそうだ。
      寄生蜂っているだろう?
客    :いるの?
フィッシー:畑作業してるとありがたい存在なんだけどなあ。
      魔法使いつっても全員が畑持ってて薬草育ててる訳じゃないし
      知らないのは仕方ないのかもしれないな。
客    :古くから魔術師だったか、土地持ちの人が魔術師になったか
      位だよそんな本格的な魔法使いなんて。
      蜂っていったら普通は狩りをして、巣を作って、
      近くに寄ってきた人間を集団で襲う連中だろう?
      蜂の魔物はそういう社会性を維持しているのが多いから
      駆除がかなり困難だと聞くぞ。
フィッシー:狩りをする蜂も寄生蜂から進化した種族だそうだ。
      寄生って意外とリスキーな賭けで、残虐に見えるが
      寄生する側はなかなか大変だ。無事に生きて生まれてくる
      数は安定しない。子供に生存レースさせるくらいなら
      おとなが面倒をみてやろうと巣を作ったのが現在の蜂。
      だから狩り蜂は子供のために虫を狩っておだんごにして
      食わせているんだ。自分達は蜜とか花粉を食べてるだけで
      十分生きていけるのだけどね。
客    :へえ。
フィッシー:だから幼虫は蛆虫なんだ。体の機能をほぼ退化させて、
      ただ目の前に与えられた餌を貪り食うために進化した姿。
      いちいち毛をはやしたり皮膚を工夫したりしないのは、
      もともと体内に寄生するためだ。
      別の虫の体に寄生するには都合のいい進化をとげたものの、
      寄生させるよりはちゃんと最初からお世話した方が効率がいい
      と考えたのが、蜂。
      その蜂が地上に住むようになったのが、蟻。
      でも、一度寄生虫として特化したのに今更元の芋虫には
      戻れない。だから蟻や蜂の子供は目や足が退化してて
      つるんとしてて気持ち悪い見た目なんだ。
客    :へえー。でもまるこは目があるし足もあるぞ。
フィッシー:魔物ですから。龍虫は蟻の魔物ではあるけども、
      生物学的に見ると地蜂に戻ったともいえる。
      蟻がご先祖様だけど、龍虫は巣を作らない。
      雄と雌がいるだけで働き龍虫なんていない。
      本来女王蟻になるはずだった生殖能力が正常にあるのが雌で
      雄も普通に自発的に生活できる。
      もとはヤマアリタニアリって谷のがけっぷちに巣を作って、
      そこに咲くツツジを食べて生活する草食性の蟻だったらしいが、
      谷を開発されて住処を追われてしまったのだとか…
      ツツジ以外の花も食えると色んな花を食べるようになったけど、
      花って実は草食性の竜も好んで食べるんだよ。
      蟻がついてる花の方がうまいって好まれるようになって、
      いよいよ絶滅の危機に瀕した結果…龍を殺す力を持つ
      巨大な蟻として進化しました。
      
      それが龍虫。巨大化した結果、巣を維持することが出来なくなり
      女王蟻は単身で子育てするのが普通になった。
      蟻の女王は巣立ちの時までは羽があるけど、地上に降りた時
      自分で羽をちょんぎって捨ててしまう。だが龍虫は巣を
      作らないから、羽を切ることはしない。雄も空飛ぶ性器ではなくなり
      きちんと生活するようになった。

      そのうち幼虫も親に守られはすれど、最低限自分で飯を
      食べにいけるように足が戻り目が戻った……
      ということらしい。
客    :へえー進化と退化を一度にしてるという感じなのか。
      何にも考えてなさそうな顔して転がってるのに。
まるこ  :寝てるときは何も考えてないからな。
      野生の龍虫の幼虫も基本的にあんまり物考えてない。
      その先にあるのが生か死かの判断くらいしかしない。
      なのに人間はすぐ「わーいごはんおいちいでちゅ」とか
      ものを考えさせようとする。
      だからすぐ頭がおかしくなるんだ。無心に生きよ。
客    :ああ…なんかわからなくもない。
      動物に子供みたいな言葉を添えて考えている事を
      代弁させてるようにするアレのことだろう。
まるこ  :いいか幼虫はそんなクレヴァーな頭してない。
      幼虫の絵にフキダシがついててそこに虫の気持ちを入れよ
      みたいな問題があったときの魔虫として絶対的正解を
      教えてやろう。
      「あああああああああああああああああああああああああああああ
       あああああああああああああああああああああああああああああ
       ああああああああああああああああああああああああああああ」
      だ。もしそんな馬鹿げたクイズが出たらこう書くがいい。
      これ以外の答えを上げるような虫使いがいたらそいつの頭が
      血と錆の世界を見て人生に迷っているだけだ。殺せ。
客    :あああああああああああああああああああああああああああああ
フィッシー:ああああああああああああああああああああああああああああああ
客    :何でそんな絶叫してるんですか。子供がどうしてそんな。
フィッシー:よく考えてみて欲しい。人間の乳飲み子も「あああああああああ」
      しか発言しないではないですか。
客    :おぎゃあって言ってますよ。
フィッシー:それはある程度大きくなってきた頃でしょう。新生児はあああああ
      って泣くんです。ああああああしか言わないんです。
      どうもあんなかんじで、成虫も幼虫の言うことはよく分からない
      らしい。まるこも本物の幼虫時代は何も発言しなかったし。
      不満があったり何か言いたいことがあるとシュッて音出すんですけど。
まるこ  :今も一応出せるぞ。シュッ
客    :蛆虫のはずなのに可愛いよねまるこ。
まるこ  :かわいいより強そうのほうがほめ言葉になるのだが、どうして人は
      俺を見るとかわいいというのだ。強そうだろう。
客    :かわいいよ。店に来てお前さんと会話してると心の中の嫌な毒が
      抜けていくようだよ。マゴットセラピーってやつかな。
まるこ  :ひしみたいなことを言うな。ひしはいつまでたっても1人で寝れぬ。
      俺が添い寝してやらないといつまでも夜更かしして朝になって
      床に倒れているのだ。仕事があってもなくてもだ。仕事なら
      仕方ないが、仕事が無いのに夜更かしして倒れるとは何事だ。
フィッシー:自由研究をしていまして…俺一応錬金術師ですし…
まるこ  :そんな自由などやめてしまえ。人間は夜になったら寝ろ。
      すこやかにしりをもむがよい。
フィッシー:こんな調子で癒し系といいながら人が休憩してると
      すさまじいいたずらしてくるんだ。寝室で寝かせておくと
      枕と喧嘩して枕を引き裂き布団を爆発させて綿まきちらすし。
      本読んでるといきなり体当たりしてひっくり返してくるし。
      寒いと布団があたたまるまで暴れるし。


   図解1)冬の時期さむすぎて海老のように暴れるまるこ

客    :可愛いじゃないですか。いいなあ。虫の使い魔って管理が
      かなり大変だそうだし、食費が意外とバカにならないそうだし。
      こうやって触れ合うだけで十分だと思うんだけど、話を聞くと
      欲しくなってくるなあ。
フィッシー:魔虫が欲しいのなら取り扱い店舗を紹介しましょうか。
      まるこの実家ですよ。現在はまるこの弟さんが店に居る。
客    :おお…弟さんがいるのか。
まるこ  :羽化してじきに子供を授かってしまった阿呆である。
      おかげさまで年の近い姪が出来てしまったのだ。
客    :まあ虫ってそういうところはサイクル早いだろうし。
まるこ  :虫けらと魔虫を一緒にするな。上級魔虫は大体50~60年
      生きる長寿ぶりだぞ。野生ですら羽化してから15~20年は
      親の縄張りを間借りしてつつましく生きるというのに。
      つまり魔虫的にも子供が子供を生んだ状態なのだ。
客    :おおう…早熟な弟さんだったんだね…
まるこ  :早熟とかいう問題ではない。あいつは ただの 阿呆だーーーー
客    :おお……何だかよくわからないが悩んでいるのは分かる。
フィッシー:ハンドスピナーの真似です。
客    :何を示す踊りですか?
フィッシー:『無』…でしょうか……
      なんも考えてないときにこうやって回転するんです。
客    :つまり今は何も考えていない…
フィッシー:魔虫を飼うって、こういうノリについていけるかどうか…
      突然この状態を維持しながら空をぶっとんでいって
      「くらえフライングコッペパン」て叫ばれた挙句
      顔をしりで殴られても怒らない生活ができる人が
      魔虫を飼えると思います。
客    :フライングコッペパン…
フィッシー:花を食う虫なので成虫も幼虫も花の香りがして
      もみもみするのは楽しいんですけどね…
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