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時代遅れの山賊団

一本釣りのフィッシー

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フィッシー:(まるこの目を借りて見る限り予想は大体当たりか…
      あの装備のよさ…敵は傭兵に違いなさそうだな。
      だが随分戦いに不慣れなのが妙にひっかかる。
      罠を駆使する知識はあるのに…

      山賊ってのはおおむね村や町のはぐれ者集団だ。
      あくまで集落の中での異端者や犯罪者というだけで
      戦闘経験なんてあるやつの方が稀だ。
      マミの言うとおり森の魔術師が住む黒い樹海の傍で
      彼らの威を借りて強盗行為を繰り返すのが帝国流。
      あまり素性の良くない森の魔術師は大抵人里出身者だ。
      里にいられなくなって森に逃げ込んだ連中…
      厳密な意味では森の魔術師とは言えない犯罪者。
      同じアウトロー同士結託してお互いの甘い汁をすする。
      山賊の頭目が森の魔術師ということはよくある話だ。

      治安があまりよくない王国では凄腕の武人が崩れたり
      流れの風来坊が表舞台から駆逐されてしまったりとかの
      何かしらの事情がある場合も多いらしいが。

      帝国のその手の乱暴者は帝国軍の警備隊が対応するから
      普通はこんな風に一般の駆除依頼に出てこないはずなんだ。
      いったい何故? 何故帝国に通報せずに山賊なんて嘘を
      ついて傭兵と傭兵を殺しあわせるんだ?)

(不意に壁に何かが当たるような音がした)
(ここは半島の村ではあるが、決して歴史がある村ではないのは一目瞭然)
(新しい村は石灰の石造りではなく酸性雨に比較的強い木を使った家である)
(石造りと違い雨風に弱いが、費用は安く済む。そして音も響く)

(木造の家の木は生きている。故に乾燥して縮む際バキバキと音が鳴る)
(だが、今は晴れていても雨季だ。そうしたラップ音は出ないはず)
(注意深く耳をそばだてていると、また何かが当たる音がした)

(何度も繰り返し何かが当たっている)
(床から音がする)
(下に何かがあるようだ)
(今の手持ちの魔道触媒でも壁のすり抜けは出来る)
(壁がすり抜けられるのなら、当然床もできるはずだが…)
(建物のラップ音ではなく下に生物のなら、人が入れる空間があるはず)
(地下室があるのだと信じて、フィッシーは床に壁抜けの術を使った)



(目の前が暗い)
(だが、決して床の中に入り込んだわけではなかった)
(次第に目が慣れた。そこはあまり広いとはいえない部屋だ)
(殺風景な部屋の隅に誰かがいる)

フィッシー:さっきから床を叩いていたのはあんたか。
子供   :床がきしむ音が聞こえたから……
      あぶら丸めたやつ投げてた。
フィッシー:これか…小石に蝋燭の蝋をかためたんだな。
      これなら別の場所まで音が響いて別の奴に気づかれる
      こともない。うまいが子供の考えとは思えないな。
子供   :もしもの時こうしろって父さん言ってたから…
      金持ちでもないかぎり明かりに油を使うって。
      それを冷やして石にねりつけて投げると音が響かないって。
フィッシー:お父さん…? お父さんはどこだ?
子供   :おそと。
フィッシー:君はどうしてこんなところに? 個室というよりは座敷蝋
      みたいな場所じゃないか。お父さんが放り込んだのか?
子供   :そう…たぶん。
フィッシー:お父さんはひどいやつなのか?
子供   :うん。たぶん。…そう。
フィッシー:(ううっ煮えきらん返事だな…こんな小さい子供が
      正しく自分の身の上を語れるわけが無いが、村の子供とは
      思えないし…もう少し聞くしかないか)
      君は何をしたんだ? 父さんどうしてこんな所に放り込んだ?
      君が悪さをして罰として放り込んだのか?
子供   :違うよ。私悪いことしてないもん。父さんが勝手に
      おいてったんだもん。連れてってって言ったのに。
フィッシー:連れて行く? どこに連れて行ってもらうつもりだった?
子供   :悪いの退治しにきたんだ。でも危ないからここで待てって。
フィッシー:うん。
子供   :…………
フィッシー:(子供って逐一質問して喋らせないと喋らん生物だったな…
      まるこもこれくらい静かならなあ…って、昔はそうだったか)
      悪いのを退治しにきたのに、どうして君をここに入れた?
      迎えに来てくれないのか?
子供   :村の人もそうしたほうがいいって…でも村の人私をここに
      連れてきてからずっと父さんにあわせてくれない。
フィッシー:お父さんじゃなくて村の人が君をここに入れたのか?
子供   :うん。
フィッシー:もしかして悪いのはお父さんじゃなくて、村の人?
      お父さんから引き離して会わせてくれないのは村の人なのか?
子供   :うん。
フィッシー:意地悪するのは村の人なのか。お父さんは別に悪くないのだな?
子供   :そう…だと思う。あの人たち父さんは逃げたって言ってたけど、
      そんなことないと思う。……あなたはだれ?
      村の人じゃないよね……
フィッシー:俺は君と同じだ。
子供   :同じ……でも同じ人はここにいた。同じなの?
フィッシー:前は別の誰かがここにいたのか?
子供   :おねえさんがいた。知らない人だけど。
      私には優しくしてくれたけど、たまに怖いから好きじゃない。
フィッシー:怖い? 叩いたりとか怒鳴ったりとかするのか?
子供   :たまに…ちくしょうって壁叩いてた。ご飯投げ捨てたり…
      でも私がいるからこころがたもてるってよくなでてくれた…
      何か怖いから一緒にいたくなかったけど、いなくなってた。
      あの人は消してくれるのに、父さんには会わせてくれない…
フィッシー:(子供の評価容赦ねえな…普通にいい人だと思うんだがなあ)
      その人はどこに行ったのか分かる?
子供   :わかんない。
フィッシー:このままここにいたら君もどこかに連れて行かれるかもしれない。
      いったん外にでよう。
子供   :外に出ていいの?
フィッシー:この家の主は閉じ込めておきたいようだが、相手はただの人だ。
      魔法で逃げることはできる。外に出たら、君の父さんを探そう。

      (恐らくあの傭兵の一味はこの子を人質にとられてタダで野獣退治を
      させられているという寸法なんだろう。
      だがそれに耐えかねてか、ちからづくで取り返そうとして
      それで村は聞き分けのなくなった彼らを排除しようと山賊退治の
      依頼を出した…
      村人の話を加えると、村長はこれが初犯ではない。
      何人もの傭兵が裏切られて、何も知らずに雇われた別の傭兵に
      始末されて、その別の傭兵の弱みを握ってタダ働きさせる…を
      繰り返してきたんだ。

      さすがに山賊襲撃の頻度が普通じゃない。地元の冒険者は何か
      おかしいと遠巻きにして残っていた仕事を、完全に余所者である
      俺達が見つけた…

      一番いいのはまるこを通じてマミに状況を伝えて戦いを収めて
      もらうことだが…それをやってしまうと手持ちの魔術媒体の
      ほとんどが灰になっちまう。魔法が生命線の今それはまずい。
      単に捕らえられているだけなら助けを待てるが、どこかに連れて
      いかれるというのが妙にひっかかる…早く逃げないと)



子供   :まぶしい。
フィッシー:ずっとあんな場所にいれば仕方ないが目が慣れるまで待つのはまずい。
      君のお父さんというのは傭兵か…冒険家か何かなのだろう?
子供   :うん。
フィッシー:恐らくこの村に騙されて働かされていたんだ。
      今俺の仲間が交戦してる。その中にお父さんがいるかもしれん。
      俺達はこんなことになっているとは知らずに村を襲う山賊と
      きかされてきた…
子供   :こうせん…て何?
フィッシー:戦ってる。もう何人か死んでる…その中にお父さんがいたらすまん。
      だが、まだ生きているかもしれない。森にいるから、行こう。
子供   :…知らない人と森に行くなって父さんから言われてる。
フィッシー:(ああ…普通はそうだよな…こんな小さい子供じゃ仕方ない)
      それはまあ…ごもっともだ。だが君を1人でこの村に残すのも危険だ。
      いや、村長が怪しいだけで他の村の人は何も知らないようだから…
      いちかばちか村の人に預かってもらうか。
男    :おい。そこの。
フィッシー:ゲッ。何だ?! ……ん? あの紋章は…帝国の宮廷魔術師じゃないか。
      どうしてこの村に宮廷魔術師がいるんだ?
男    :ゲッとは何だ。疚しい心でもあるのだな? そんな小娘を連れて…
      斡旋所からおかしな依頼があったときいて来てみればあやしい奴が
      子供をどこぞに連れて行こうとしている…犯人はお前か。
フィッシー:犯人は村長だ。見かけはさわやかな好青年だがやってることは
      えげつねえ。だが丁度良かった。あんた役人だろう。この子を
      預かってくれ。森で仲間と山賊が交戦中だ。無益な戦いだと伝えに
      いかないとお互い殺しあってしまう。
男    :はあ? 私にはお前が怪しく見えるんだが。
フィッシー:めんどくさい奴だなあんた。
男    :めんどくさいものか。私はさっき村についたばかりだぞ。
      いきなり犯人はさわやかな好青年風の村長だといわれても
      何がなにやらさっぱりだわ。いいからお前も来い。
バプト  :………あれ? どうしてフィッシーが帝国にいるの。
フィッシー:親父? いや、どうしてって俺がききたいよ。
男    :えっ? こいつが噂の聖痕の……? 賢者殿の息子さん?
      帽子で顔を意味ありげに隠しているから怪しい奴だとばかり…
バプト  :どうしてって、こいつの監視だよ。こいつ宮廷魔術師ではあるが
      この通りどうにもトンマで高圧的でねえ…
      外回りで聞き込みどころか相手を怒らせて事件を引っ掻き回す
      事が問題になってて。一応読心術を覚えてる魔術師なのに、
      現場ではこの調子で全然使わないんだよね。
      働き者だが、許可も出てないうちからがさ入れ調査を強行して
      関係性を引っ掻き回す。何のために外回りに配属されたのやら。
男    :ううっ…で、ですがね…読心術というのはそんなみだりに
      使うべきものではありません。魔術師である以前に公安に携わる
      者としてそんな疚しい事はできません。
バプト  :阿呆。ならおとなしく魔法を封じて公安部隊の兵にでもなっとけ。
      彼らに非道の手を使わせないためにも場を乱さず情報を集めるのが
      俺達の仕事だといっとろうが。
      お前、本来なら部下を持つ身分なんだぞ。その部下から不満の声が
      あまりにも大きく出るようになったから俺がついてきたんだ。
      こんなの恥ずかしい事だぞ。
男    :ですがそれは…ユエステ家長として沽券に関わるであります。
      ユエステの正義は魔道と共にあるのですぞ。どうして一部の為に
      家の誇りを捨てねばならんのです。
バプト  :こんな調子なのよ。沽券に関わると思うなら言う事をきけよ。
      そのおうちの正義を遂行した結果降格したようなもんなのに…
      ……でもまあ、今回はお手柄ということにしておこうか。
      お前がこんなところにいるとは思わなかった。どうしたんだ?
      その子供はどうしたん…
フィッシー:親父がいるなら早い話だ。この子を連れて森に行ってくれ。
      親父が通報を受けた入れ違いで俺の客がその仕事を請けちまった。
      この子は件の山賊の連れ子…村長の家の地下に幽閉されていた。
      山賊の正体は子供を人質にとられた傭兵だ。村長を問い詰めてくれ。
      あいつは耳障りのいい話しかしないが、俺の予測が正しければ
      この辺りの害獣を退治してくれていた魔獣を村に無許可で討伐依頼
      を出して、それ以降報酬を払わず弱みを握って無賃で害獣狩りを
      させて…ゆすりが効かなくなった傭兵を山賊として討伐依頼を出して
      新しい傭兵を雇う、を何回も繰り返してきた外道だ。
バプト  :この子を連れて行けば山賊側に戦う理由がなくなるということか。
      わかった。じゃあ行こうかお嬢ちゃん。
子供   :うん。
フィッシー:親父の言うことはきくんだ…
      知らない人と森に行くのはダメってまた言い出すと思ったら。
バプト  :年食いすぎて男の人扱いされてないだけですよ。
      じゃあそんなわけだから。俺はちょっと森に行く。お前は村長に
      遠慮なく話を聞いて来い。
男    :息子とはいえこうもあっさり信じるんですか?
バプト  :この娘を連れてきた時点で分かるだろうに…
      フィッシーは村長の実態を実際に見たんだ。変なところで拘るな。
      こいつは帝国魔道師軍のハルマ・ユエステ。俺の部下…というほど
      直接的なもんじゃないが、宮廷魔術師の教育係である以上はまあ
      そういうことになるね。見た目通りの強情張りの問題児…というか
      おっさんだが攻撃的な口論ならこいつの独壇場だ。
      少しの間お守りをちょっと頼むよ。じゃあね。
フィッシー:(めんどくさい子供の次はめんどくさそうなおっさんのお守り…)
ハルマ  :行ってしまわれた…では我々はその怪しい村長に事実確認をしよう。
      お前の言うとおり卑劣な依頼を繰り返していたのなら、処せねば。
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