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19不審者
しおりを挟む夜のとばりのおちた部屋。
「ひ、――…ぃん」
幼子の泣き声が、暗闇にこだまする。
廊下にはもれない程度。
ちいさな……だからこそ切ない泣き声が、同じ部屋にいる私の耳にだけ聞こえていた。
「きゅう」
枕に顔をおしつけて泣く彼の体にそっと寄り添った。
するとリュクスくんは枕を放して、私を強く抱きしめてくる。
濡れた頬がこすりつけられ、湿ったと息が嗚咽とともに顔にかかった。
「きゅ」
「ひ、っく……ぅ、ははうえ……ま、り……ぃ……」
昼間は元気で笑顔をたくさん見せてくれるリュクスくんだけれど、夜になると度々思い出して辛くなるのか泣いてしまう。
マリーさんとお母さんの名前を呼びながら、疲れて寝てしまうまでこれは続く。
「きゅう」
あぁ、胸が痛い。
逢いたいという願いを、どうやったって叶えてあげられない。
こんなに欲しているのに連れてきてあげられない。
代わりになんて絶対になれない。
たった四歳の男の子が抱えるには重すぎる感情だろうに。
「きゅう」
ごめんね。
私はただ抱き枕になって、彼の気持ちが落ち着くのを待つしかない……。
そんな時間がしばらく続いて、やがて寝息が聞こえてきてから、私は深い息をはいた。
自分の何倍も大きな人に加減なしで抱きしめられっぱなしの状況は息苦しくて、腕の中からそっとはいでる。
めくれたシーツを咥えて引っ張って肩までかけてあげて、顔をのぞき込むと目元には乾き始めた涙の跡が。
「きゅ……」
ペロリとなめとりながら、いい夢みてねと願った。
眠るまえはぐずるリュクスくんは、一度眠りに落ちてしまうと朝までぐっすりな子だ。
念の為しばし眺めて起きる気配がなさそうなのを確認した私は、ベッドから降りた。
私が昇り降りできるように、ベッドと床のあいだに踏み台を作ってくれている。
床の上に降りて、よしと気合いを入れる。
子供が寝たあとは大人の時間だ。
夜遊びにでるのだ!
人間の姿になって服を着て廊下にでると、ちょうどトマスさんが見回りで歩いていた。
「あ、トマスさん。探す手間なくなってよかった」
「散歩か?」
「うん。少しだけ外を飛んでくるから、リュクスくんのことよろしくね」
「気を付けてな」
勝手に出かけると、いなくなったのに気づかれた時に大騒ぎになると思って、出かけるときはちゃんと知らせている。
私といるとき以上にリュクスくんを見守っていてほしいしね。
昼間に一人での散歩はリュクスくんが寂しそうにするので、もっぱら夜が私の散歩時間だ。
屋敷の人たちは本音では外に出したくないみたいな雰囲気だけれど、やっぱり竜の本能的にか外を自由に飛び回れないのは精神的にしんどすぎた。
人間にとっては広い公爵家も、空を飛ぶようになった竜にとってはたとえ赤ちゃんでも手狭なのだ。
屋敷の中だと飛べばすぐに壁にあたってしまって全力で飛べないし、風を感じてどこまでも羽ばたいていきたい欲は抑えられない。
ーー閉じ込められることは、凄く苦しい。
こうして言葉を話せるようになってからそれを訴えると、『人間の家』が竜にとって窮屈なのだという考えはあったらしく、朝までに帰ってくるならとリュクスくんのお父さんにも許容されるようになった。
どうやら城にいる竜騎士のパートナー竜や、郊外で極たまに飼われたりする竜も、外をとぶ自由は普通に持っているものらしい。
帰るべき『家』にちゃんと帰ってくるものだから、閉じ込めたりはしないんだって。
「じゃあトマスさん。行ってきます。一、二時間で帰って来るから大丈夫だと思うけど、エルメールさんにもリュクスくんの様子ときどき見に行ってもらえるようにお願いしといてね!」
「はいはい。気をつけてな」
トマスさんが窓をあけてくれたので、窓枠に手をかけて身を乗り出した。
「あ、服の後始末よろしく!」
「……女の子のパンツ片付けさせられるの、結構しんどいんだが」
子供用だからぎりセーフだと思うよ。
前世で履いていた下着とちがってドロワーズという短いズボンだから私はあんまり下着感がなくて恥ずかしくない。
――空を飛ぶのって気持ちいい。
歩くとすぐに転んでしまう身からして、やはり竜は飛ぶのが一番の移動手段なのだろう。
慣れてしまうとてくてく歩くよりも、ずっと楽で自然な感じがする。
公爵家の窓から飛び出して、王都の町のカラフルな屋根を見下ろしながらくるくる旋回したり、宙がえりしたり、どれだけ早く飛べるかやってみたり。
心地の良い風に吹かれてふわふわ宙に浮いたままで留まってみたり。
そんな時間が、楽しくて心地がいい。
「きゅっ」
ふと、後を振り返ってきょろきょろ見渡す。
当然だけど誰も見当たらない。空の上にいるのだから当然だ。
お父さん、邪魔にならないようにするから護衛をつけさせてって言ってたけどどうなってるのかなぁ。
ここ空の上だよ? 見当たらないよ? 本当についてきてる? もしや忍者?
「きゅー?」
護衛、居るのか居ないのかわからないや。
そんな疑問を抱えつつも、それから三十分ほど空を堪能した私は、貴族街のはずれあたりにあった屋敷の、赤い屋根の上で休憩させてもらうことにした。
「きゅう」
ふう。運動すると喉がかわく。今度から水筒をお願いしようかな。
この体に引っかけられる斜めがけのやつ。
「……どうやって捕まえようかと考えていたんだが、都合よく降りてきてくれるとはな」
「きゅ?」
声のほうを振り向く。
すると、なんと背後に黒づくめの男の人が立っていた。
暗い上に男が真っ黒な服装だからまったく存在に気付かなかったのか、それとも私がここに来てから近付いてきたのかは分からない。
なににせよ、夜に紛れるような黒ずくめの格好でいきなり声をかけて近づいてくるなんて、どう考えても不審者だ。
私は警戒して、すぐに飛び立とうと羽を広げた――のだけれど。
「おっと、少し話がしたいんだ。待ってくれ」
「きゅっ!」
尻尾をつかまれて阻止された。
さらに男はつかんだ尻尾を引っ張って、私を丸ごと腕の中に抱き込んでしまう。
見知らぬ男に抱きしめられている状況なんて嫌すぎる。
気持ち悪い。怖い。
ゾワワッっと全身に悪寒が走った。
やだやだ、放してよー! へんたーい!
「きゅきゅー!」
「こら、暴れるな。少し話を聞きたいだけだ。危害は加えないと約束する!」
「きゅー!」
今じゅうぶん危害加わってます!
ちょっと護衛! いるなら今出てくるべきなのにどうしたの!
私は『逃がして! 離して!』と暴れてやるが、男の力は強くてまったくびくともしない。
結局は五分くらいで私が力尽きた。くやしい。
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