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29おとぎ話
しおりを挟む私は聞く姿勢をとって彼の言葉を待っていた。
やがてカインは、なんだかちょっと真面目な顔で口を開く。
「……なんだ、あの光は。なぜあんなに光る」
「洗礼式のやつ? 知らないよ」
「お前がやったんだろう」
「私の意志じゃないもん。勝手に光ったんだからしょうがないじゃない」
私だって目立って恥ずかしかったんだよ!
わざとじゃないんだと主張すれば、カインは複雑そうに唇を歪めた。
それから疲れたように、溜息をはきつつ肩を落とす。
自分で自分の髪をかき乱して、また大きく深いため息を吐いた。
なんだか随分つかれているようだ。
「……本当に変わった竜だな」
開け放たれた窓から耳に届くのは、パーティーで賑わう変わらず楽しそうな人々の声。
そこから入って来た風がゆるく吹いて、さらさらとカインの乱れた銀色の髪が揺れた。
……どうしてこんなに、不安定な空気を纏ってるんだろう。
「……本当に、竜妃とは関係ないんだな」
「まだ言う? しつこい、まったくの他人だってば」
「そうか」
「……ねぇ、どうしてそんなに竜妃にこだわるの?」
誰もが知っている有名なおとぎ話の竜。
ただそれだけで、『竜妃』という存在が本当に存在したなんて、国中の誰一人として思っていない。
たとえ私が人間になれる竜だということが公になったって『物語みたいな話ね』という感じで驚かれはするだろう。
でもカインみたいに『竜妃が蘇ったのか』というような感じで、私と竜妃を同一の竜として重ね合わせる人はほぼいないはず。
事実、グランメリエ公爵家の人は『おとぎ話のような力をもったとても珍しい赤ちゃん竜』として扱ってくれている。
竜妃と私を同じになんて、一切考えていない。
「あぁ確か前に、カインはあのおとぎ話は実際にあったことを綺麗に脚色したものだって言ってたっけ」
「そうだ」
「でもさ、その竜妃と私って、人間になれるという能力が一つだけ同じだったってだけでしょ?」
たった一つが重なっただけ。
ただの偶然で済ませられるくらいのもの。
なのにどうしてこんなにカインは私と竜妃を重ね合わせるのだろう。
首を傾げるばかりな私に、カインは眉をぎゅっと寄せた。
「……――王族は、十五になった年から禁書庫の閲覧が許可されるようになる」
「それが、どうしたの?」
今日は、穏やかな陽気の祝いの日。
なのにすぐ目の前で話す彼の声は、重く沈んでいる。
「そこに表向きの歴史書からは消された当時の王の手記や、側近らが残したのだろう記録などが詳細に残っていた」
「つまり竜妃が……実は本当に、いたってことがその禁書に書いてあったの? それでおとぎ話じゃないって分かったんだ?」
「あぁ、しかもおとぎ話に聞くようないい話なんかじゃ全然なかった。王は仲間が傷つけられることを何より嫌がる竜妃の弱みに付け込み、逃げれば他の竜達を狙い、根絶やしにするまで竜石を狩り続けてやると脅して彼女を自分の傍に留め続けた。彼女が人間に変化した姿は、それほどに美しく手放しがたいものだったらしく、王は執着してしまった。それから竜妃が死ぬまで何十年も鎖で繋ぎ、体罰で弱らせ、言葉で泣かせていたと」
きゅっと、心臓が縮まった感覚がした。
私は、胸を押さえながらいつか見た夢を思い出す。
鎖でつながれた、額に石をもつ女性の前に立つ、いびつな笑みを浮かべた王冠を被った男。
どうして私があの光景を見たのかは分からないけれど、どうやらあれは昔に実際にあったことらしい。
竜を捕え、閉じ込め、自分のものにした強欲な王。
その子孫が、竜妃と同じく人間になれて人間の言葉を話せる私に会いに来た。
あの竜妃と私を重ね合わせて。
「禁書として隠されている以上、王族に近しい者以外はその話が事実に過去にあったことだと知りうることはない。おそらく当時に箝口令が敷かれたのだろう。現代ではもう禁書庫の隅にある数冊の書物だけにしか残っていない古ぼけた記録だ。王族であってもわざわざ読む部類の書物ではないから、兄妹たちもまだ知らないようだな。父上は知っているようだが、やはり大昔の話しだからと特に重要視はしてらっしゃらないようだ」
禁書庫というからには、その内容は誰にも話してはいけないものなのに、私は今、漏らされている。たぶん本当はいけない事だろうに。
おとぎ話の元となったそれは、王族でもわざわざ読む部類の本では無いということで、十五になり閲覧が許された書物から知ってしまったその事実を、彼は誰にも言えないまま抱えるしかなかった。
兄弟関係がどうなのかは分からないけれど、相談しにくい感じなのかな。
王様は、私という存在はリュクスくんのお父さんからの報告で一応認識はしているらしいけれど、やはり大昔の話だからとそれほど関心を持ってはいないようだ。
でもカインは、自分のご先祖様がしたことにひどくショックを受けてしまった。
過去に血族が犯した罪を知ってしまったばかりで動揺していたタイミングに、ちょうどよく私が……竜妃とおなじような存在が現れ、余計に動揺がひどくなったんだろう。
大昔に過ぎさった歴史のひとかけら。
私にとっては可哀想なよその竜の話ってだけで、同情はするけれど深刻に考えるまではいかないこと。
でもカインはそんなふうに軽くは考えられず、傷つけられた竜の痛みを強く想像してしまった。
王族である自身が背負う罪を、責任を、考えてしまったんだ。
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