魔法のキスで花咲く恋を

おきょう

文字の大きさ
11 / 11

11 終

しおりを挟む
「これだけ花を止められていたんです。重要な場では切り抜けられます。父上、婚約解消の理由はなくなります」
「う……む……まさかこんなものを開発していたとはな……」

 これまでにない花咲きの魔体質。
 王城の魔法使いたちでも解明まで十年はかかるだろうと読んでいた。
 それではネモフィラは結婚の適齢を逃してしまうし、ニコラウスは王となるための経験を積まなければならない重要な時期の枷となるから、婚約解消が決まったのに。

 ニコラウスは、ありえない期間で完成させてしまった。
 驚く三人の前で、彼は口端をあげる。

「これで、私とネモフィラの婚約解消はなかったことと言うことで宜しいですね?」
「……はぁ」

 ひどく疲れた様子で項垂れた王は、ため息を吐きながら頷いた。
 王の頭にも肩にもネモフィラの花がのっている。

「あぁ、花の放出を確実に止められるのならば、ネモフィラとニコラウスが共にいる弊害はない。ただし副作用についての研究はもっと詰めるように。……こうなった以上、彼女が次期王妃になることに反対などあるはずがない」
「弊害はあるでしょう? わたくしが相手でなければ、その魔法薬も必要ありませんし」
「ネモフィラは私と結婚したくないの? 」
「したいです! でも、枷にはなりたくないのです」

 ニコラウスは複雑そうに息を吐いたあと、説明してくれる。

「花咲きの魔体質が制御できる以上はもう、ネモフィラの人望と教養、そして私たちの魔力から生み出された花や植物から作られる薬の価値からして、国の利益の方が圧倒的に大きいんだ」
「そしてその利益は、ネモフィラが相手でなければ生み出せないものだ」
「お父様」

 ニコラウスの説明を補足した父ジェイムの顔は、晴れ晴れとしていた。
 ネモフィラはいますぐジェイムの胸に飛び込みたい気分になった。
 しかし腰に回されたニコラウスの腕が離れることを赦してはくれなかった。
 
(さっきのキスといい、家族の前でこんなにくっ付いているままなのは恥ずかしいのだけど)

 そわそわとするネモフィラをよそに、国王がニコラウスに向かって口を開く。

「ニコラウス。お前の為を思ってのことだったのだ」
「分かってますよ、父上。感謝いたします」
「ネモフィラも、すまなかった」
「いいえ」

 部屋に腰まで積もった花を片づけてもらう人をよぶ為、テーブルに積もった花の中に手を突っ込んでベルを持った国王陛下は、空いた方の手で追い出すふうにしっしと手を降る。
 下がれという合図だ。

「もう婚約解消などと二度と言わん」
「父上の判断は間違っていませんよ。――私が、どうしても諦められなかっただけです」


* * * * *

 部屋をだされたあと、ネモフィラはニコラウスの私室へと連れられた。
 
 今日で終わりだと思っていた関係が続くだなんて、まだ夢のようでふわふわした気分だ。

「ニコラウス様。本当にこんなにあっさりと薬ができてしまうものなのですか?」
「あっさりとじゃないよ。そうとう頑張ったよ?」
「でも花咲の魔体質のための薬の研究を進めていたなんて、わたくしそんなの聞いておりませんわ」
「そりゃあ……できればこう……さらっと格好よく、あっさりした感じで解決してみせて「ニコラウス様すごいです! 格好いいですわ!」ってネモフィラに褒めて欲しかったからね。黙ってた」
「まぁ……」

 ニコラウスが黙っていた理由の子供っぽさに、ネモフィラはぽかんとしてしまう。

「それでも婚約解消が内々で決定して話しを出された時に話そうとはしたんだ。しかしネモフィラは私を避けるようになっていて、声をかけにくくなっていた……」
 
 とても静かな声に、はっとした。
 見つめた彼は口端をあげつつも、どこか寂しそうな表情で、ネモフィラの髪を一房もちあげ、クルリと指で弄ぶ。

「……そうなるとどんどん不安になってきた。政略結婚だから私の傍にいてくれたのか? 解消を知った途端に離れられるような、簡単な想いだった? そもそも想い合っていたのは勘違いで、これまで聞いていた言葉はただの政略結婚の相手のご機嫌取りのためのもので、その必要がなくなったら顔もあわせたくないくらいに本当は嫌われていたのだろうか、と」
「違います! ニコラウス様が嫌いだから避けたのではないのです!」
「あぁ、もうわかった。分かってるよ。でも……想像すると怖くなって、無理やり捕まえて話をするのに臆病になってしまったんだ」

 避けたのは、ネモフィラが最初だ。
 ネモフィラの方がよっぽど臆病で、逃げてばかりいた。

 ニコラウスの婚約者でなくなることが怖くて、目を背けるようになった。
 なによりも一番最初にニコラウスへ向き合わなければならなかったのに、逃げた。
 終わりを告げられるのが怖くて、距離をあけた。
 そんな態度だったからニコラウスも不安になって、ネモフィラと一歩距離をとるしかできなくなった。

(わたくし、まったく、周りが見えていなかったわ)

「ニコラウス様、本当に申し訳ございませんでした。わたくしの方も、もう嫌われたのだと思っておりました」
「なぜそんなことを思ったんだ」
「だって、ニコラウス様、同じ研究会の令嬢と仲良くなさってたではありませんか。わたくしよりもご趣味が合いそうで、とても仲良く歓談してらっしゃる場も見ました。学園で噂にもなってらっしゃったし……」

 これまで特定の女性と仲良くすることのなかった彼が、休み時間ごとにクラスメイトで同じ研究会の女性と一緒に過ごしていた。

 しかもニコラウスの方が付きまとってっている風だとまで噂を聞かされた。
 ただの噂ならまだしも、実際に仲睦まじく寄りそっている場面を見たものだから、どうしても不安になってしまうのだ。

「いえ……つまりは、おそらく花咲きの魔体質を止める薬の開発に協力していただいていたのですよね」
「その通りだ。彼女の知識が必要だっただけだ。しかし彼女は本当に凄いな、専門の研究者たちが不可能だとするものを、あっさりと解決してくれたのだから」

 ニコラウスいわく少し魔体質について話しただけで、一瞬で効きそうな鉱石や薬草、組み合わせや作り方などを諳んじてくれたらしい。
 何度も何度も繰り返し質問しにいって、これがダメだったといえば他の解決法があっさり口から出て来たりするそうだ。

「学生の身であるが、もう既に国一番どころか世界で一・二を担う研究者だぞあれは」
「本当に凄いお方でしたのね。あの、でも……いつもは必要があって女性と過ごす時間が出来るときは事前に報告くださってました」

 どうして今回に限って、理由を教えてくれなかったのだろう。
 ネモフィラにまで噂が回ってきたくらいなのだから、ニコラウスも周りからどう見られているかは気がついていたはずなのに。 

「それはネモフィラがわるい」
「私が? ええと……何かしてしまいましたか?」」
「婚約解消の話を私に一切相談せずに避けたんだ。うん、ネモフィラがわるい」
「まぁ……」

 ぷいっと顔を背けたニコラウス。
 金色の髪のすき間から赤い耳が覗いている。

(つまり、拗ねていたということ?)
 
 ネモフィラが婚約解消の話を親からされたことをニコラウスに一番に相談しなかったから。
 頼ってくれなかったから、寂しくて悔しくて拗ねてしまった、と。
 父から時期がくるまでニコラウスには話さないようにと言われていた、なんてただの言い訳でしかない。
 今回ばかりは親や国王のいう事を聞く良い子ではなくなって、言いつけを破ってでも相談してほしかったと、そういう事なのだろう。

「……だから、周囲に勘違いされると分かっても弁明しなかった」 

 だから拗ねてしまって、わざと周囲への噂をそのままにし、誰に聞かれても訂正をしなかった。
 とても子供っぽい。でもそこも可愛いと、ネモフィラは思ってしまう。
 完璧な王子様ではないこういう欠点が愛おしいと感じるあたり、やはりとことんまで惚れてしまっているのだろう。

「すみませんでした。わたくし、ニコラウス様からの決定的な別れの言葉を受けるのが怖くて、逃げておりました」
「え?」

 ニコラウスが驚いたみたいな顔をしてこっちを見た。

「てっきり……私が、頼りないから相談しなかったのだと思っていた。それか本当は望まない政略結婚だったからだと」
「そんなわけありません!」
「そうか……そうだったのか」

 噛みしめるみたいに呟いてから、とろりとほほ笑む。 
 それは彼に恋するネモフィラを殺人的にときめかせる優しい笑顔。

「っ……反則ですわ」

 ネモフィラはかかとを浮かして身を乗り出し、ちゅっと音をならして唇を奪う。
 一瞬のことに目を見開き固まるニコラウスに、思わず笑いがもれた。

「ニコラウス様、可愛らしすぎます」
「君からのその褒め言葉は初めてだな……」

 しばしして持ち直したらしい彼からするりと手が伸びて来て、ネモフィラの頬が包まれる。
 指先に肌をさすられ、さらに彼の呼吸が感じられるほどに顔を寄せられた。
 ぞくぞくとした感覚が背中をはって、感覚がしびれていく。 
 揺れる瞳と、熱い吐息がさらに近付いてくる。
 耳元に低い声が甘く響く。

「君が必要なんだ。傍にいてくれ。私を諦めないで」
「……はい。もう絶対に離しません、諦めません。どうか末永くお傍においてくださいませ」

 今度は彼から返されるのだろう口づけを受け取るため、ネモフィラはゆっくりと瞼をふせる。

 そうして愛しいひとの温かな胸の中へと、安心して身を任せた。
 重ねられた柔らかな唇への感触に心が満たされていると、近くでポンッと小さく音がなった。

 うっすらと瞳を開けると、大好きな人の背後でひらりひらり。
 
 青く美しいネモフィラの花が、いくつも舞っていた――……。



しおりを挟む
感想 3

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(3件)

田沢みん
2020.10.29 田沢みん

変わったタイトルに興味を惹かれて読みましたが……とても良かったです!
途中辛い場面はありましたが、これも考えがあってのことだと分かるし、実際王子はやり遂げた!
2人のほんわかした雰囲気とお花のポポポンッにキュンキュンしました。
素敵なお話をありがとうございました!

解除
もふもふママ
ネタバレ含む
解除
tente
2020.10.23 tente

ニコラウスを応援しています。
きちんと話をしようとせず、逃げてばかりの主人公相手に苦労させられて可哀想ですが、乗り越えて、主人公もニコラウスと共に歩む強さを持てると良いですね。
二人の幸せを祈っています。

解除

あなたにおすすめの小説

あなたが遺した花の名は

きまま
恋愛
——どうか、お幸せに。 ※拙い文章です。読みにくい箇所があるかもしれません。 ※作者都合の解釈や設定などがあります。ご容赦ください。

将来の嫁ぎ先は確保済みです……が?!

翠月るるな
恋愛
ある日階段から落ちて、とある物語を思い出した。 侯爵令息と男爵令嬢の秘密の恋…みたいな。 そしてここが、その話を基にした世界に酷似していることに気づく。 私は主人公の婚約者。話の流れからすれば破棄されることになる。 この歳で婚約破棄なんてされたら、名に傷が付く。 それでは次の結婚は望めない。 その前に、同じ前世の記憶がある男性との婚姻話を水面下で進めましょうか。

背徳の恋のあとで

ひかり芽衣
恋愛
『愛人を作ることは、家族を維持するために必要なことなのかもしれない』 恋愛小説が好きで純愛を夢見ていた男爵家の一人娘アリーナは、いつの間にかそう考えるようになっていた。 自分が子供を産むまでは…… 物心ついた時から愛人に現を抜かす父にかわり、父の仕事までこなす母。母のことを尊敬し真っ直ぐに育ったアリーナは、完璧な母にも唯一弱音を吐ける人物がいることを知る。 母の恋に衝撃を受ける中、予期せぬ相手とのアリーナの初恋。 そして、ずっとアリーナのよき相談相手である図書館管理者との距離も次第に近づいていき…… 不倫が身近な存在の今、結婚を、夫婦を、子どもの存在を……あなたはどう考えていますか? ※アリーナの幸せを一緒に見届けて下さると嬉しいです。

【完結】時計台の約束

とっくり
恋愛
あの日、彼は約束の場所に現れなかった。 それは裏切りではなく、永遠の別れの始まりだった――。 孤児院で出会い、時を経て再び交わった二人の絆は、すれ違いと痛みの中で静かに崩れていく。 偽りの事故が奪ったのは、未来への希望さえも。 それでも、彼を想い続ける少女の胸には、小さな命と共に新しい未来が灯る。 中世異世界を舞台に紡がれる、愛と喪失の切ない物語。 ※短編から長編に変更いたしました。

男装令嬢はもう恋をしない

おしどり将軍
恋愛
ガーネット王国の王太子になったばかりのジョージ・ガーネットの訪問が実現し、ランバート公爵領内はわいていた。 煌びやかな歓迎パーティの裏側で、ひたすら剣の修行を重ねるナイアス・ランバート。彼女は傲慢な父パーシー・ランバートの都合で、女性であるにも関わらず、跡取り息子として育てられた女性だった。 次女のクレイア・ランバートをどうにかして王太子妃にしようと工作を重ねる父をよそに、王太子殿下は女性とは知らずにナイアスを気に入ってしまい、親友となる。 ジョージ殿下が王都へ帰る途中、敵国の襲撃を受けたという報を聞き、ナイアスは父の制止を振り切って、師匠のアーロン・タイラーとともに迷いの森へ彼の救出に向かった。 この物語は、男として育てられてしまった令嬢が、王太子殿下の危機を救って溺愛されてしまうお話です。

愛のバランス

凛子
恋愛
愛情は注ぎっぱなしだと無くなっちゃうんだよ。

【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて

ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」 お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。 綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。 今はもう、私に微笑みかける事はありません。 貴方の笑顔は別の方のもの。 私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。 私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。 ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか? ―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。 ※ゆるゆる設定です。 ※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」 ※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。