嘘つきな悪魔みたいな

おきょう

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第八話

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 グランメリエ家にティナが嫁いで来て、そろそろ一カ月が経とうとしていた。

 この一カ月、気づけば月が変わっていたというほどにティナの日常はひどく緩慢で、変わり映えのしないものだった。

 
 どれほどかと言うと、まず朝起きて朝食を終えると、庭の植物に水やりをする。
 それが終わると昼食で、午後は暇つぶしに刺繍や編み物などをしてやり過ごす。
 夕食を終えると手紙を書いて、就寝。
 以上のことを約三十一日間。寸分の変化もなく毎日毎日繰り返している。
 実につまらない日々だ。


「せめてお茶くらい一緒に出来る友達がいればいいのに」

 あまり文句や小言を口に出さないティナがぼやいても仕方ないほどに、毎日が暇だった。
 せめてもとロザリーを何度かお茶に誘ったけれど、使用人なんかが主と席を共になど出来ないと断られてしまっている。
 規律やマナーに厳しいしっかりとした育ちの女性なのだろう。
 その証拠にロザリーは毎回とても丁寧に、心をこめてお茶を入れてくれて、ティナの身の回りのものにも気を使ってくれていた。
 彼女のおかげでティナは何不自由のない生活を出来ている。
 感謝してもしたりないほどだ。
 お茶に付き合ってくれないのは少し寂しいが、こんなに尽くしてくれている彼女に不満など言えるはずもなかった。

 ――――誰一人知る人のいない王都での生活。

 残念ながら、庭仕事は水やりくらいしか任せてもらえてない。
 都会の令嬢は土で手を汚すなんてもっての他らしく、ティナはただこんなものを作ってほしいと指示を出すだけでいいらしい。
 侯爵家の妻として正しい姿がこうなのだと諭されてしまえば、もう何も言えなかった。
 野山をかけて育ったティナにとって、ここでの生活は思った以上に窮屈だ。
 そして持てあました時間もどうにもならない。

 ティナはため息を吐きながら、編み棒を動かす。
 今やっているのはレース編みだ。細かいから時間がかかる分、暇つぶしにはちょうどいい。

「普通の奥さんなら、社交で忙しいのでしょうけど」

 ティナにはそんな役割は求められていないらしい。
 田舎に住む実家の母でも、もっといろんな場へ出かけて余所の貴族たちと交流を持っていたのに。

(ただ籍だけ入っていればいいって、楽な様でものすごくしんどいわ)

 そんなことを考えながら、ティナは延々と編み針を動かす。
 丸くまとめた白く細い糸の玉の減り具合、徐々に大きくなっていくレースストールだけが、時間の経過を教えてくれる。

「……はぁ。暇すぎる」

 また、今日何度目かのため息を吐いてから、窓の外を見た。
 青々とした晴天だ。実家にいたころならば外へ飛び出していたことだろう。

「そういえば、まだ外出したことがなかったわね」

 実家のレジトール周辺は田畑や放牧地ばかりだったから、外出といっても散歩くらいだった。
 ここでの散歩は広い庭でことたりてしまう。
 だから思い付いたことはなかったけれど、考えてみればここは王都なのだ。
 この国でもっとも栄えている場所。
 きっと街に出るとたくさんの商店があふれ、笑顔の人々で賑わっているのだろう。

 特に買いたいものや、行きたい場所があるわけでは無いけれど。
 もしかすると暇つぶしには、なるかもしれない。

「どうせ他に何もないのだし。街がどんななのか、興味も出てきたかも」

 引っ込み思案で自分から活発になるなどあり得ない性格のティナが、思わず外に出てみたいと思ってしまうほどに、彼女は時間を持てあましている。
 ティナはテーブルの上に置いてある鈴を手に取り、二度ほど振った。
 リンリンとなる音は高く響き、隣室で控えているロザリーにまで届くだろう。




* * * *



 王宮近くにある通りには、比較的裕福なものたちが訪れる高級店が整然と並んでいる。
 
 気飾った紳士淑女しか見かけない閑静な場所に、ティナとロザリーの乗った馬車は止められた。
 実家ではなかった都会的な空気に少し戸惑いながらも、馬車を降りて綺麗に整備された石畳の道に足をつける。

 王都では街の中心部に富裕層が集まる。
 反対に、中心部から離れれば離れるほど治安の悪さも上がるらしい。
 ティナわざわざ厄介ごとに巻き込まれに行くような冒険好きでもないので、大人しく一番平和的な一番中央にある商店通りのここを外出の先に決めたのだ。

「ティナ様、気になるお店はございますか? 何でもおっしゃって下さいませ」
「そう、ね……だったら可愛い髪飾りとか見たいかも。あとは本が欲しいわ」
「でしたらあちらの方に、おすすめの店がございますわ。ぜひ行ってみましょう」
「えぇ、ロザリーのおすすめならきっと間違いないわね。案内してちょうだ……?」


 並ぶ看板に目を向けてながら店を見つくろっていたティナとロザリーの会話を中断したのは、背後からした大きな声だった。

「おおおっとと!! やってしまったぁー! 誰かー!」

 驚いて振り向くと、何やら赤い球状のものがこちらへとコロコロ転がってきている。

「何?」
「……林檎ですわね」
「あぁ。そうね……林檎、ね」

 赤い球体のものは、間違いなく林檎。

 それが幾つも幾つもころころとこちらへ転がって来ていた。

 今のいままで気づかなかったけれど、どうやらこの通りは僅かに坂道になっているらしい。
 上の方で穴の開いた大きな紙袋を手に慌てている男の様子からすると、うっかり落としてしまったリンゴが勢いずいてしまい、下の方へ転がって止まらなくなっているのだろう。

「さすがに見て見ぬふりはできないわ。拾いましょう、ロザリー」
「え? ……ティナ様はお人よしですわね。かしこまりました」

 ティナとロザリーは、一つ、二つ、三つ、と順々に足元に転がってくる林檎を順番に拾っていく。
 傾斜はわずかなものだから間に会わないほどのスピードでもなく、幸いにも転がって来た八つ全部をせき止めることができた。

「すまない! 助かった!!」

 そういって穴の開いた紙袋を手に走って来たのは、金髪の男性。
 さらに後ろからは、彼の連れらしいもう少し年上に見える赤毛の男性も。
 先にティナの前までたどり着いた金髪の青年、はかぶっていた帽子を脱いで胸元に置き、こちらへ向かって丁寧に腰を折る。
 その間に、赤毛の男がティナとロザリーから林檎を回収していく。
 実に統率のとれた二人の行動からして、おそらく長いこと共にいる主従の関係なのだろうと予想がついた。

「親切なお嬢さんたち。本当に有り難う」
「いいえ。お気になさらずに。でも、ずいぶん傷がついてしまいましたね。瑞々しい良い林檎ですのに」
「いやいや。焼き菓子に入れてもらうつもりだから形が崩れてもかまわない…な?」

 金髪の男が赤毛の男に同意を求める。

「もしかしなくても作るのは私ですか?」
「嫌か? では私が作ろうか」
「……やめてください。厨房の者がひっくり返りますよ。私が作ります」
「そうかそうか。楽しみにしてるぞ! あっはっは」

 場を離れるタイミングを見失ったティナとロザリーは、気軽い彼らのやりとりをぽかんと眺めていた。



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