嘘つきな悪魔みたいな

おきょう

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第九話

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 ティナは林檎の落とし主である男性の姿に目を瞬かせた。

 声をあげて明るく笑う彼に合わせて揺れるのは、美しい金髪。
 丁寧に手入れされているのか、太陽のにさらされたそれは縁が淡く光って見えるほど。

(目は、きれいな青。まるで王子様みたいな人だわ)

 金髪碧眼で、すらりとした体躯の長身。
 爽やかに笑う表情にも嫌味がなくて、まるで絵物語に描かれた定番の王子様のようだと思うのはティナだけではないだろう。
 その証拠に、通りを歩いている女性たちが揃って彼に熱い視線を浴びせている。
 そして彼の一歩後ろで林檎を抱え控えている赤毛の男は、おそらく金髪の男より年上の三十歳前後。
 腰には細い剣を穿いていて、こちらも絵物語の中の騎士ナイトを思い起こさせる。

 ぼんやりとそんなことを考えていたティナに、金髪の青年が急に振り向いた。
 何を言うのかと首をかしげて待つティナを、彼はじっと綺麗な青い目でただ見つめてきた。
 まるで観察するかのような、探るかのような。
 身の内までも見られているかのようなほどに、ひたすらに凝視されてしまう。

「……?」

 なんだろう、この状況。
 まったく見知らぬ人にじろじろと観察されては、戸惑うしかない。

(な、何……?)

「もう参りましょう」

 ロザリーも無言のまま見つめてくる男を不可解に思ったのか、ティナにそう耳打ちをした。
 もちろんロザリーの意見に大いに同意するで頷いてみせる。
 いまだにティナを見つめてる金髪の男に、ティナは愛想笑いを浮かべて「ではこれで……」と立ち去ろうとしたのだ。
 だが、それよりも一瞬早く金髪の男が口を開く。

「いやぁ! とにかく非常に助かった。心優しく麗しいご令嬢たちに感謝しよう」
「いいえ、私たちは本当に何も。あの、では……」

 今度こそ立ち去ろうとして、だがやはり失敗する。

「あぁそうだ!」

 男ははっきりとした口調で台詞を被せてくるのだ。
 ティナの少しのんびりとした話し方では、負けも当然と言うこの強引な会話術にはどうやっても勝てない。

「これは礼をしなければ。時間は大丈夫だろうか? よければ近くにいい店があるのだ、お茶とデザートでもごちそうさせてもらおう! な! キラール、かまわないだろう」
「まぁ、宜しいのでは。シ……」
「メオだ。私はメオと言う。おっと、家名は聞かないでくれよ? 秘密がある方が恰好いいからな」
「………えぇ…と、メオ様」
「そうだ。では行こうか、お嬢さん? ……そうだ、君の名前も聞いておこう」

 そう言ってメオと名乗る金髪の男は腰を折り、まるで舞踏会へのダンスの誘いでもしているかのように優雅に手を差し出す。

(……着いて行って大丈夫なの?)

 どう考えて、p大丈夫で無い気がする。

 強引すぎて怪しい。良い家柄の人であることは間違いないのに、家名を隠すところも不可思議すぎる。
 ロザリーを振り返ると、無言のままで首を振られた。
 関わるなと言う意味だろう。
 ティナももちろん同意見なので差し出されたメオの手に乗ることは当然なく、断ろうと口を開こうとした。
 しかしまた、メオはティナの意見など聞く気もない様子で無理やりティナの手を握ってしまった。
 異性と手を握った記憶なんて、父以外はリカルド以外いなかったのに。

「え? あの!?」
「心配しなくても、すぐそこの店に行くだけだ。怖いことなどなにもない」

 そういって、メオと名乗った男は爽やかに笑う。
 きらきらした金髪がとても綺麗で、整った顔と印象的な青い瞳に目を奪われる。
 どこまでも人を引き付ける魅力をもった人だ。

 ――----少なくとも、悪い人ではない気がした。

 だって悪い人がこんなにも透き通った目をしているものだろうか。
 こんなにもてらいなく優しい笑顔が出来るのだろうか。

 つい最近、最悪な旦那様に引っかかってしまった己の人を見る目の無さを、その時のティナは忘れていた。
 王都に来て一カ月。
 いまだにロザリー以外しか知る人はいない。
 一人で鬱々と過ごしていた日々に光をさしたこの綺麗な青年に、ティナの気持ちがぐらりと傾いてしまう。

「……本当に、お茶だけ?」
「もちろん」
「変な場所に連れ込もうものなら、大声を上げます」
「ははっ。大丈夫。君に危害は加えない。で、名前は教えていただけるのかな」
「………ティナと申します。家名は、こちらも秘めさせてください」
「いけません!」

 ロザリーが、窘めるように声を上げるけれど。
 ティナは握られた手を自分から握り返してしまった。
 出会って数分の相手に着いていくなんて馬鹿みたいなことしていると分かっている。

 でも……だって、ティナは寂しかった。

 話を聞いてくれる人を求めていた。
 自分で納得してここに居て、今の体裁だけの妻をしているこの状況に甘んじているけれど。
 だからって平気な顔をしていられるような大人じゃない。
 そんな不安定な心境に揺れるティナの前に颯爽と現れたメオは、すごく眩しい存在に見えて、どうしても乞わずにはいられなかったのだ。

「信じてくれて、ありがとう」

 手を握リ返したティナにメオは本当に、とても嬉しそうにはにかんで力を込める。
 慣れた動作で完璧なまでにスマートに、彼はティナを店までエスコートした。


 ――――メオが連れてきてくれた店は、ティナたちが居たところから徒歩五分程度のところだった。
 富裕層を相手にしている店だけあって、広く豪奢なホール内に各テーブルがそれぞれかなりの間を開けて置かれている。
 スタッフに促されて座ろうとしたティナに、ロザリーはそっと声をかける。

「……私はあちらの席に」
「え?」
「一緒でいいじゃないか」
「いいえ。一介の侍女が主人と同席など出来ません」
「ふむ……ではキラールは侍女殿と同席すればいい。こちらはこちらで楽しもう」

 そんなやり取りの結果、ティナとメオ。
 ロザリーとキールが別々のテーブルへ着くことになった。
 ロザリーと引き離され、一人で見知らぬ男性と対面してお茶をするこの状況。
 夫の居る身として正しくはないだろう。

(私、なんて馬鹿なことをしているのかしら。寂しさを理由に見知らぬ男性とお茶を飲むだなんて)

「………」

 リカルドを裏切っているような罪悪感に、ティナは表情を曇らせる。

「ティナ殿? どうした、好きなものを頼むがいい」
「……はい」

 元気のないティナに、メオは優しく笑って声をかけてくれた。
 本当に優しい。細やかな気遣いができる紳士は実は貴重だろう。
 みんな大体は何らかの思惑や下心があるもので、その裏のある心は結構分かりやすいのだ。
 なのにメオにはそれが無い。
 無意識にこれだけ相手を思いやれるのは、元々の気質のようだ。

「ずいぶん女性の扱いに長けてらっしゃるのですね」
「マナーに煩い家庭に育ったもので。レディファーストは徹底されている。何にする?」

 渡されたメニューには色とりどりのケーキや、沢山の種類のサンドイッチなどの軽食が挿絵とともに描かれている。
 ティナは苦い紅茶の気分にはなれなくて、オレンジジュースと甘いショコラケーキを選ぶことにした。



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