嘘つきな悪魔みたいな

おきょう

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第十九話

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 リカルドがティナを見つけたのは、もう深夜遅くになってからだった。

 小さな街のはずれにある小高い丘の上。
 なんとなくティナにプロポーズしたあの場所に似たそこで、ティナは一人で月を見上げていた。

「ティナ!!」

 馬から飛び降り、叫びながら走り寄るリカルドに振り向いたティナは、ひどく驚いた様子で立ちすくんだまま動かない。
 逃げられる前にと歩を速め、ティナの前に立った。
 ずいぶん長いこと探しまわったから、リカルドの呼吸はずいぶん乱れていた。
 呼吸を整えて滴る汗を衣服の袖で吹きながら、ティナを見下ろす。

「ティナ」

 もう一度名前を呼ぶと、ティナの身体がびくりと跳ねる。
 脅えたような反応にリカルドは胸の奥が疼いた。

(傷つくのは間違いだ。ティナにこんな顔をさせているのは自分なんだ)

 そうやって自分に強く言い聞かせないと、彼女に何をしてしまうか分からなかった。
 走り回って探し回ってやっと見つけたのだ。
 リカルドとティナの身長差はずいぶんあるから、うつむいてしまったティナの表情はまったく見えない。

「ティナ」

 今度はゆっくりと、怖がらせないように出来るだけ優しい声音で彼女の名を呼ぶ。

「………ごっ、めん…なさい…」

 消え入るような小さな声で、ティナが発した言葉はリカルドへの謝罪。

「どうして謝る?」

 訳が分からなった。
 だってティナは、結婚したのに1度も顔を見せない薄情なリカルドに怒って出て行ってしまったのだと、リカルドは思っているからだ。
 馬鹿なことをして見限られた。
 どう考えたって悪いのは自分で、ティナが謝る理由が分からない。
 怪訝に思って訪ねるリカルドに、ティナはずっとうつむいたまま、やはり消え入るような細い声で返す。

「片田舎の小貴族の娘なんかが、こんな……一方的に離縁など無礼なことを…」
「私が、身分になどこだわる人間だと?」
「……っ…で…でも」

 ――何かが変だ。

 リカルドはそう確信した。
 自分とティナの間に、何かもの凄く大きな誤解が生じているのだと、やっと理解した。

「ティナ、何があった。どうして家を出た。言ってくれないとわからない」

 ティナに会わないで、一切言葉を躱す機会を与えなかったのはリカルドの方だ。
 だからこそ今、きちんとティナの言葉を聞かなければならないと思った。

「……わ…私、は…」
「あぁ」

 そう言ったきり、ティナはしばらく押し黙ってしまった。
 けれどリカルドは次の台詞を辛抱強くまった。
 彼女が何を伝えたいのかを、どれほど小さな声で言われても逃さないために耳を澄ます。

 しばらくして、ティナは思い切ったように突然顔を上げて、叫ぶように訴える。
 目じりには涙が溜まっていて、必死な表情だった。

「っ…私は! あなたの奥さんになりたかったんです!」
「……?」

 ティナが必死に伝えてくれた台詞の、意味がわからない。
 願わなくてもティナはリカルドの妻だ。
 それを嫌がって出て行ったのは、ティナなのに。

「何を言っている、当たり前だろう。ティナは俺の…」
「見せ掛けだけの妻なんてもう沢山です!」
「……は?」
「好きな人が他の人を想っているなんて嫌! もう私は、あなたの求めるような従順な妻ではいられません」
「見せ掛、け……おい、ちょっと待て。何を言っている」

 ティナの台詞を聞いたリカルドの表情がとたんに鋭くなる。
 元々ある怖い顔のせいではない、実際の感情そのままを映す厳しい表情だ。
 でもティナは、そんなリカルドの戸惑いに気付けるような余裕はすでに失っているようだった。

「他の女性を想ってらっしゃって、彼女の元に通ってばかりで家に帰って来てくださらない。体裁だけの妻でも、あなたが望むならいいと思ってた。役に立ちたかった。愛してるから、嫌われたくなかった。でも、そんなの寂しすぎて……どんどん汚い感情が大きくなっていって……。これ以上いると、あなたの好きな女性に何をしてしまうか分からなっ…」
「ティナ?」
「…ふっ、ぇ……っ」
「っ……」

 くしゃりと顔をゆがませたかと思えば、ティナの目から大粒の涙が流れだす。
 その涙に、リカルドはますます混乱を深くしていくのだった。
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