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第二十七話
しおりを挟む深夜遅くに届けられた国王からの書状を読むリカルド。
じっと紙片を見つめている彼は、先ほどから厳しい表情で口を閉ざしていた。
ティナは邪魔をしないように静かに傍らに立ち、茶葉を入れたポットにお湯を注ぐ。
苦くないなら紅茶は一番好きな飲み物なのだ。
茶葉を蒸している間に、またリカルドの隣に腰かける。
テーブルに広げてある溜まりに溜まった首都住まいの貴族たちからの返信の続きを書くために、ティナは再びレターセットに向き合った。
「…王宮から、お呼び出しですか?」
もう何回も書いた詫びの文章を書きながら、気にしてないふりを装って聞いてみる。
あまり顔を見られたくない気分だろうと察したティナは、意識して視線を机の上の用紙に向けた。
その問いにリカルドは手紙から顔を上げたようで、ティナの耳には衣擦れの音と紙を畳む音が届く。
「いや。なんでもない。ロザリーはこっちで公正に裁くから手出し無用とのことだ。あと明後日まで絶対顔を出すなと念を押されてしまった」
「そうですか」
苦笑するリカルドに、ティナも苦笑を返す。
テーブルに視線を落としペンを動かすティナの腰に、ふいにリカルドは腕を回した。
ぎゅっと力を込めて抱きしめて、薄茶の髪に顔をうずめている。
「あの…リカルド様?」
「うん」
「動きにくいので、できれば離れていただきたいのですが」
「……無理だ」
「………」
聞き分けのない子供のような反応に、ティナはついため息を吐く。
(シルヴェストル陛下が今日と明日、お休みを下さったのって私の為では無かったのね)
信じていた侍女に裏切られ傷ついただろうティナを慰めるために、シルヴェストルは気を利かせてくれたのかと思ったのだ。
でもどうやら違うようだと、子供のように縋りついてくるリカルドを一瞥してよく理解した。
リカルドはシルヴェストルが帰ってからずっとこの調子で、ティナの側から離れない。
かと言ってティナを慰めるではなく、むしろ慰めてくれとばかりに甘えてきている。
まるで面倒な子供のような落ち込み方だ。
長い付き合いのシルヴェストルとキラールのこと。
リカルドがどういう時に落ち込んで、どういう時に使い物にならなくなるのかよく理解しているはずだ。
だからこれはきっと、明後日までに元の仕事の出来る側近に戻しておいてくれと、面倒な役割をティナに押し付けて来たのだろう。
――――家のことを他人に任せっぱなしで、簡単なチェックさえしていなかったこと。
屋敷が数年前と比べて、やたらと煌びやかな内装に変わっていたこと。
美術品や装飾品が知らぬ間に増えていたこと。
必要以上の人数の使用人を雇っていること。
『侯爵家』だから絢爛豪華なのだと思っていたけれど、どうやら贅沢を好むロザリー一人の判断らしかった。
全て、彼はティナに指摘されて初めて気が付いたようで、抜けすぎていた己に対して自己嫌悪し、ずっと気落ちしているのだ。
「生まれたころから育ってきた家がここまで変わっているのに、どうして気が付かないのでしょうね」
リカルドにとって痛いところだと分かっていても、思わず指摘してしまうのは仕方ないだろう。
「……仕事が、忙しくてだな」
「そうですね。お仕事が忙しいから、仕方ないですね」
「…………。……すまない」
ティナを抱きしめる腕にまた力がこもって、思わず笑ってしまう。
持っていたペンをテーブルの上に置いて、ティナは身を返して横を向くとリカルドの頭を抱きしめた。
艶やかな黒髪を優しく撫でると、リカルドはさらに身体を傾けてティナに寄りかかってしまう。
本当に寄りかかられるとティナなど潰れてしまうので、おそらく力加減はしているのだろうが。
首元あたりまで倒れてきたリカルドの頭を撫で続ける。
そうしてしばらく甘やかしていたけれど。
「私、リカルド様は欠点なんてない完璧な大人の男の人だと思ってました」
ティナが小さな声で呟いた台詞に、リカルドは顔を上げた。
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